遺跡に置き去りにされた奴隷、最強SSS級冒険者へ至る

柚木

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五章

34話【闇属性】

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 夕暮れ時になり吹き抜ける風も冷たくなってきた。
 鞄一杯にアキレア草を満たして「そろそろ帰りましょうか」とノエルが提案する。

『…』

 それに対し、スレインは黙ってしゃがみ込んだままだった。ノエルは返事のない彼を、どうしたのかと窺う。
 助けを求めて困った顔でクルルを見るが、鶴髪の少女は明後日の方向を向いている。

『――出て来いよ』

「え、…えぇ!?」

 思わず此処に居ますけど!、と返事をしそうになった。しかし、スレインの醸し出す雰囲気が妙に刺々しく、言葉を飲み込む。

 混乱するノエルを他所に、クルルがジッと見詰める茂みの中から数人の男達が現れた。

「あ、貴方達は…!」

 見覚えのある風貌に声を上げる。
 
 彼らは昨日飲食店でスレインに絡み、金を巻き上げられた冒険者【ドラゴンの尾】だった。既に武器を手に取り、戦闘態勢に入っている。
 
 徐に立ち上がり、青年は体を揺らして男たちに向き直った。

『はぁ~…、何の用だよ?むさっ苦しい』

「公衆の面前で大恥かかされたんだ。冒険者ってのは面子が大事なんでねぇ…」

 彼らのリーダーが勇む。スレインの警告に泡を吹いて失神した事実は、彼のプライドを甚く傷付けたようだ。

 それ以外の男たちは及び腰で武器を握っている。スレインの圧倒的な暴力を思い出したのか、足が震えていた。
 
 白髪の青年はそんな情けない男たちを嘲笑し、ただ1人まともに相手をしてくれそうなリーダーに『んで?』と続きを促す。

「俺たちの金を返して貰おうか」

『んなの、残ってる訳ねーだろ。スッカラカンよ』

 両手を上げて頭を振る。

 事実、昨日の金は飲食代と宿代に消滅していた。本来なら数日食い凌げる金額だったが、クルルの腹の前では雀の涙だ。

「じゃぁ、テメーで稼ぐんだ。腕が立つんだろ?クエストの報酬を俺たちに毎回届けろ。簡単だろうが」

 金を返せないなら、彼に使いっ走りになれと言っている。
 白髪の青年は黙ったまま口角を持ち上げ、邪悪な笑みを濃くした。

 スレインは支配される事、強要される事が何より嫌いだ。

「後は…そうだな、」

 少し悩んだ後、大男は2人の少女を一瞥した。口元に下品な笑みを浮かべて、目をイヤラしく細める。

「その女達は俺たちが預かるぜ」

『は…?』

 スレインの表情が抜け落ちた。瞠目し、男の言葉を何度も頭の中で繰り返す。その意味を正しく理解しようと努めた。

「心配するな…朝には帰してやる。一晩中、たっぷり可愛がった後でな」

「…っ」

「…」

 全身の鳥肌が立ちノエルが怯え、クルルは静かに嫌悪感を露わにする。
 無遠慮に体を舐めるような視線と、口から覗く赤い舌に不快感が募った。

『……』

 スレインの魔力が騒ぐ。木々が騒めき、鳥が慌しく羽ばたいた。禍々しい闇が集結しようとしていた。

「な…何ですか…急に」

 不穏な空気にノエルが寒気を感じ、両腕を抱く。

 ――クルルを可愛がる?誰が?コイツらが?

『…――遊びはやめた。鏖殺おうさつだ』

 手袋をした手がビキビキと音を立てる。脅しではなく息の根を止めると決めた。 

 串刺し?火炙り?絞首?斬首?
 可能な限り残虐な方法で。
 2度と自らの前に現れぬように。汚い手でクルルに触れぬように。

 スレインの凶悪な殺意が男達に叩き付けられる。その瞬間、彼らは喉を押さえて苦しみだした。みるみるうちに青くなり踠き苦しむ。

「…ッ…な!…、」
「あが……っぁ…」

 開ききった冷酷な琥珀の瞳孔が、涙と涎を垂れ流して苦しむ男たちを冷酷に見下ろしていた。

 ――簡単には殺さない。クルルを言葉で辱めた。刃を向けた。それだけで万死に値する。

「また…、何…しやがっ…!か…ッ」

 膝を突いた大男の正面に立って、尋ねた。

『選ばせてやる。ゆっくり体の肉を削いでいくのと、じっくり体を焼いていくなら、どっちが良い?』

 左右に裂けた口を掌で覆い、サディスティックな表情を隠す。
 四肢をもぎ取って、魔物の餌にするのも良い。串刺しにして血を全て絞り出し、大地の肥やしにするのも悪くない。
 
 感情の昂りは抑えがきかず周囲のマナを喰らい尽くす。彼の周りに結集する魔力は禍々しい闇の力だ。
 
 集合した魔力はスレインの頭上で渦を作る。次第に闇を纏った大きな焔に変わり、熱風が肌を炙った。
 声を荒げて怒鳴るでもなく、喚くでもない。一見落ち着いた声とは裏腹に荒れ狂う魔力が彼の心中を表していた。

 男たちが声にならない叫び声を上げる。目前の男が|闇属性だと気付いた時には既に手遅れだった。

「…ッ!ま、…まじょ…の」
「……、ナ…ット…ウォーカー…!かひゅ…!」

 呼吸が出来ない。彼らはスレインに完全に呑まれてしまっていた。
 逃亡したくとも体が動かない。まるで直接首を締め付けられているかのような圧迫。
 
 喉を押さえ悶絶する男たち。返答が得られないので、アンケートは諦めて手を翳す。

『ブライァ…』

「ちょぉっと待ったあぁーー!」

 スレインの腕を引いたのは藤色の瞳の少女だ。
 驚き毒気を抜かれた彼の殺意が霧散し、頭上で燻っていた黒炎が晴れ、男たちは一命を取り留める。

「ッはぁ、はぁ…ッ!」
「ゲホゲホ」

『何しやがる放せ!』

「や、やり過ぎですッスレインさん!」

『これは正当防衛だ。一度見逃してやったのに、喧嘩を売って来たのはコイツらだろ?』

 命を取られても仕方がないと、彼は主張した。

『ましてや、俺のクルルを頭の中で汚しやがって…』

 根本はそこだ。
 リーダーの男を睨むと、彼の肩が跳ね小刻みに震える。

 可哀想な程に恐懼する大男を見やり「兎に角…ここは私に任せて下さい」と強い瞳で訴えた。

『はぁ……?』

 眉間に濃い皺を刻み、何か考えを持っていそうなノエルが前に出るのを許す。

 彼女は屈んで男たちと目線を合わせ、大事ないか容態を確認した。
 5人の男たちの内、2人が気絶、1人が失禁、1人は混乱、まともに口がきけそうなのはリーダーただ1人だ。

「今後、私たちに関わらないで下さいね」

 怯えた男は首を縦に振った。

「……後、彼が闇属性なのも口外しないでくれると助かります」

 後ろのスレインを手で示すと、大男は真っ青になる。今度は千切れんばかりに何度も首を振って見せた。

 闇属性だと露見すれば大事になる。
 密告されれば憲兵が動くし、邪悪だと認定されれば神殿の聖騎士も黙ってはいない。もしも彼が抵抗しようものなら、剣聖が直接出向いて来る可能性だってある。
 それらを鑑みると、彼の属性は隠蔽するべきだ。

 ただし、そう思っているのはノエルだけだった。

『俺は別に気にしねーけどなぁ』

「クルルも」

 属性が周囲に知れ、憲兵に囲まれでもしたら殺せば良いだけの事。相手が追手だろうが神殿だろうが関係ない。
 邪魔をする者は1人残らず殺す。

 スレインは物騒な考えのままリーダーを見下ろした。

『言いたきゃ言えば良いさ』

 判断を委ねる青年の物言いに、強者の余裕を感じる。

 死神に首の後ろを撫でられているような、強烈な死の気配。
 大男は声さえ出せなかった。スレインの背後に漂う底知れない闇を見て、ドラゴンの尾を踏んだと強く自覚したのだった。

◆◇◆◇◆◇

 フーガの街に戻る途中、誰も口を開かなかった。

 スレインは今後の金のやり繰りに頭を悩ませており、クルルは星空に夢中。いつも喧しいノエルが口を噤んだ状態。
 その沈黙が破られたのは唐突だった。

「スレインさん…」

『何よ』

「スレインさんって…その、闇属性なんですね…」

 気まずそうに視線を逸らせる彼女は頬を掻く。

 ノエルの言いたい事を悟ったスレインは『別に良いぜ』と先回りをした。

「え?」

『さっさと行け』

 ぶっきらぼうに手で払う。

 闇属性のスレインと関わる事は、リスクが伴う。
 冒険者として真っ当に仕事に勤しむ彼女にとっては、不利益にしかなり得ない。

 それらを鑑みても、ノエルが彼らとの接触を絶ちたいと願うのも理解出来る。

「あ…。違いますよッ!そんな事ではなくて…!」

 スレインの言動の意味を察し、両手を振った。

「スレインさんが強いのは分かりますが、やはり属性は隠して行動した方が良いと思うんです。近年、魔女狩りや、闇属性の密告が多くて憲兵が目を光らせてますし」

 真面目な話をする藤色の瞳の少女に、スレインは片眉を上げる。

「最悪、タグを剥奪されたりするかもしれません」

『…なるほどな』

 タグを剥奪される、とは冒険者としての職を失うという事。
 必死にクエストを達成しても報酬を得られないのであれば、何の意味もない。

『あーー…野盗にでもなった方が手っ取り早いかもしれねーな』

 大金を手にするまでの道のりの長さに、気が遠くなる。
 クルルの髪を梳きながらぼやくと「スレインがなるならクルルもなる!」と無邪気な声が聞こえた。

『よぉーし、クルル。さっきの奴らの金品奪って来ようぜ』

「おー!」

「そ、そんなのダメに決まってます!」

 声を弾ませた2人が間違った道に進もうとするのを、ノエルは服を引っ張り必死に阻止する。

「それにしても…スレインさんの正体がドラゴンとは驚きました」

『あ?』

 凶々しい黒炎を纏う彼の姿を目にした彼女の反応は至極当然だった。どうやらスレインを黒炎帝龍が人の形を模した姿だと捉えている。

『どう見ても人間だろ』

「いえ、その凶悪な顔付き…。最初から只者ではないと思っていたんですよ!」

『…』

 予想外の返答に心中複雑になる。凶悪だと言わしめたのは、舐められないようにと掛けてたサングラスのせいだと言って欲しい。
 飲食店の店主にも接客は遠慮してくれ、と言われたばかりだった為、傷は浅くない。

 心なしかションボリしたスレインに「え?何か悪い事言いましたか!?」と、ノエルが焦る。
 クルルが「スレインはカッコいい」と頭を撫でて慰めてくれなければ、立ち直るのに時間を要しただろう。

 人間だと言い張ってノエルの誤解を解いた。その間、スレインは彼女を不思議な心地で見ていた。

 冒険者たちと一緒に、闇の魔力を目にした筈だ。それなのに彼女は畏怖も避諱もしていない。

 ――闇属性が恐ろしくないのか?

 ファヴレット帝国の国民の多くは魔女の災厄を恐れて名前さえ呼べない。
 闇属性は魔女の眷属の証だと考えられており、国と神殿によって討伐が進められている。

 それは勿論、人間も例外なくだ。

 再びノエルに視線を送る。

『…変なヤツ――…』

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