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五章
33話【冒険者登録】
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翌日、冒険者ギルドの建物の前にスレイン達の姿があった。
土地を分断する白亜の外壁の中央に立派な門が構えてある。来る者を歓迎するように、格子の両開きの扉は開け放されていた。
内側に鎮座する4階建ての巨大な建造物は遠くからでも一際目立つ。中央に広い玄関が口を開け、絶え間なく人が行き来していた。
「さぁさぁ!こっちですよ!」
ノエルが元気良く案内する。スレインは欠伸をして、クルルは彼の裾を掴み目を擦っていた。
『朝っぱらから元気な奴だな…』
呆れたような物言いに、ノエルは眉根をピクリとさせる。白髪の男に詰め寄り「…お陰様で夜更けまで全ッ然眠れませんでしたけどね!」と怒りを露わにした。
『なぁ~に怒ってんだよ。カルシウム足りてねーんじゃねーの』
小指で耳を掻いて、まるで他人事のスレイン。
「ぐぬぬ…、貴方達が…っ」
怒りで震える少女はそこまで言って言葉を飲み込む。今度は羞恥に顔を紅潮させ涙目になった。
『あ?』
「貴方達が…!夜遅くまでっ…、ェッ、っ…な事を……っ、してたからッ……!クルルさんの声が…っその…」
恥じらいが捨て切れず真っ赤になって唇を尖らせる。
思い当たる節があるのか、スレインは『あー、なるほどなぁ~?』と悪い笑みを浮かべた。
『壁が薄くて聞こえてた訳だ?それとも、耳を欹てて聴いてやがったな?』
「そ、そそんな訳ないじゃないですか!あんな…激、しくシてたら…!嫌でも耳に入ります!」
昨晩スレインとクルルは、ノエルが泊まっていた安宿に宿泊した。安価故に壁が薄く、情事が筒抜けだったらしい。
クルルの白い首筋に残る痕が妙に生々しく思えて、ノエルは直視する事が出来なかった。
『だから声抑えろって言ったろ?クルル』
「だって、気持ち良かったから…」
『クルルさん…(キュン)』
「ちょーーっとぉ!!お2人には羞恥心が無いんですかッ!?」
白昼堂々と繰り広げられる破廉恥な会話に、真っ赤になったノエルが止めに入る。
両腕でバツを作って「他に人が居る時には、そういう会話は控えて下さいっ!」とピシャリと言う。
『へいへい…』
ノエルの勢いに負けて、取り敢えず気のない返事をした。
「むーー…」
守るつもりがないと見透かしたノエルの恨めしい視線を背中に浴びながら玄関に通じる階段を登り、冒険者ギルドへ入る。
吹き抜けの天井は高く、温かな光を放つ照明が下がっていた。
ラウンジの横に大きな掲示板がある。その前には真剣な顔をした冒険者たちが集い、仲間内で囁き合っていた。
奥には受付のあるカウンターが並び、ギルドの職員が忙しなく動いている。
スレインは指でサングラスの位置を直し周囲を一瞥した。彼と同様に冒険者が此方を吟味しているのが分かる。
好意でも敵意でもない、好奇の篭った視線。
人間、獣人、エルフ、ドワーフ、精霊人…冒険者の職業に種族の垣根はないようだ。
「登録の受付はあっちです!」
『あ?嗚呼…』
ノエルの案内でカウンターへ向かう。彼女が受付嬢に話を通して登録用紙を2枚貰った。
テキパキと用件を熟すノエルがほんの少しだけ心強いと感じた。少なくともカウンターの横に置かれていた花瓶を割って泣きべそをかくまでは。
『……』
「ああ!?何故そんな風に私を見るんですかッ!?」
不憫だと憐れんでいると、ノエルが過剰に反応する。クルルが何も言わずによしよし、と頭を撫でるので「クルルさんーーっ!」と抱き付いて号泣していた。
『これって馬鹿正直に書く奴いんの?』
「あはは~、職員さんの前でそれ言っちゃうんですねー」
用紙には名前、年齢、生年月日、性別、種族、アビリティ、属性、使用武器、志望動機、得意な事…記入欄は個人情報のオンパレードだ。
受付員曰く、情報があった方が仕事の任せられる範囲、適材適所が分かりやすく割り振りがしやすいとの事。ランクも上がりやすい傾向があるらしい。
『へぇ~』
羽ペンで書いたのは名前のみ。冒険者の規約が書かれた確約書にもサインする。
『面倒臭ぇしコレで良いわ。クルル、名前書けるか?』
「ん」
拙い持ち方でクルルも名前を書く。エドヴァンに習った成果だ。
「ほぼ空白じゃないですか!本当にこれで提出するんですか!?」
『良いんだよ』
クルルの種族名を書く訳にはいかない。レンヨウなどと記載すれば大騒ぎになる。だからと言って他の種族を語れば面倒な事になりかねない。
露出するレンヨウの特徴、蒼い角や艶のある尾は他種族は持ち得ない。語り継がれる神獣レンヨウの容姿が曖昧なのは、彼らにとって幸運だった。
書類に視線を落として溜め息を溢したノエルが、受付係に渋々提出する。
ギルド職員も苦笑しつつ、ブロンズ製のタグを準備し始めた。
「冒険者にはS級からF級までランクが存在しますが、最初は皆さんF級スタートです」
ニコニコした職員がトレーに乗せたタグを差し出す。
「はい!これでお2人とも今日から冒険者です!」
『簡単過ぎねぇ?』
名前が刻まれたタグを受け取って怪訝そうに肩を竦めた。
「ははは…近年冒険者組合は人手不足らしいですし、1日何千人と来る希望者を1人1人審査していたら大変ですからね」
『まぁ俺にとっちゃぁ、都合良いケド』
素性を詮索されないのは有り難い。
『これクルルのな』
クルルの掌に、彼女のタグを落とす。首を傾げた少女は銅の金属を角度を変えて観察した。
匂いを嗅いだ後、かじかじと齧ろうとする。
「美味しくない」
『食い物じゃねーよ。コレは身分証みたいなもん』
興味なさそうに指で弄るクルルに、紛失しそうだと危惧する。
『俺が持っとく?』
「…」
コクンと頷いたクルルのタグを受け取り、自らのタグと一緒に内ポケットへ落としてノエルに続いた。
彼女は軽い足取りで掲示板へ向かっていた。
「スレインさん!クルルさん!最初のクエストはこれにしませんかッ!?」
クエスト内容が書かれた羊皮紙を広げる。【薬草採取】のF級クエストだ。
『――は?』
「え?」
おかしな空気が流れる。
◆◇◆◇◆◇
『あーー…クッソ、騙された!』
青空が広がる草原の下、スレインは憤っていた。木漏れ日が降り注ぐ木下で、煙草に火をつける。
苛々とするスレインにノエルが「あ、謝ってるじゃないですかぁっ!」と必死に縋り付く。
というのも、ノエルの出したクエストを受領するにはF級じゃ不可能だと後から聞いたからだ。彼女の出した依頼はA級、つまり最低でもB級に到達せねば、クエストを受ける資格がない。
冒険者になれば当然、全クエストを受けられるものだと思っていたスレインの落胆は半端ない。
「だって、そんな事も知らないなんて思わなかったですし…」
『アァ!?』
「ひぇーー!お助けをー!」
命乞いをしてクルルに駆け寄るノエルを見届けて、煙を吸って気を落ち着ける。
頭を掻きむしって世の中に無知な己に腹を立てた。
このままじゃいつか足元を掬われる。とんでもない間違いを犯すかもしれない。
遠くで薬草採取に精を出すクルルを見る。漂う蝶に興味が移って、追いかけて浮遊していた。捕まえようと手を伸ばし、戯れている彼女はもう薬草の事はすっかり忘れている様子。
陽だまりの中、伸び伸びと泳ぐクルルに目を細めた。
『……』
いつか夢見た風景だ。青空を自由に飛び回る神獣。穏やかな風が花の香りを届ける。
あの殺伐とした毎日が嘘のようだ。死に物狂いで魔物から逃げ回った過去が遠く感じる。地獄の掃き溜め、血生臭い死闘、全身を巡る毒素の味。
ゆっくりと流れる時間と、開放感のある壮大な景色。大地を舐める爽やかな風に煙が拐われる。
「スレイン!」
クルルが目の前に飛んで来た。驚きつつ煙草の火を潰し『何?どしたん』と迎える。
「…また吸ってる」
むくれた顔で煙草を睨む。スレインの体を気遣った小言が擽ったい。
頭をポンポン撫でると神獣の機嫌は瞬く間に良くなった。
「これ」
クルルの手には花で作った冠がある。それをスレインに被せ嬉しそうに笑った。
さっきまで真面目に薬草を摘んでると思っていたが、如何やらコレを作っていたようだ。
『サンキューな』
稀に見るミスマッチ。
可愛らしい花々で出来た冠と、悪人のようなスレインをノエルが交互に見る。チグハグな組み合わせに彼女の表情は引き攣った。
スレインは花冠を飾られた後、外すでもなく、クルルが離れたのを確認して煙草に火をつけ直していた。
毒煙に紛れて自然が満ちる空気を肺一杯に吸い込む。
たまにはこんな風にまったりと過ごすのも悪くない。クルルが気持ち良さそうだし、それが何よりだ。
『…ふぁああ…』
「もーー!お2人とも少しは手伝って下さいよぉ!」
木陰で欠伸を零すスレインと、空中を漂うクルル。1人薬草収集に励むノエルが非難の声を上げた。
『薬草ったって、分かんねーし』
煙草を咥えてお手上げ、と両手を上げるスレインの潔さ。クルルもそれに倣った。
ノエルが深く溜め息をして、「良いですか?」と前置きする。
「F~D級の時は下積みだと思って、沢山のクエストをこなす事が大事です!」
『何でよ』
得意げに前のめりになるノエルに尋ねる。
銀髪の少女は勿体ぶって「ちっちっち…」と人差し指を振った。
「下積み時代に培われた経験が、B~A級になった時に役立つからですよ!私も冒険者になったばかりの頃、香り高いキノコを探して森に行きまして、なんとそこでバジリスクと出会ったんですが――…って、聞いてますか!?」
話の途中でスレインとクルルがイチャつき始めた。それを注意し、コホンと咳払いする。
「つまり私は、こういう低ランクのクエストこそ疎かにせず、真面目に取り組むべきだと…」
『草なんて見分け付かねーしなぁ』
退屈そうに仁王立ちする彼の横で、クルルが頷く。
彼らが探すべき薬草は回復薬にも用いるアキレア草。薬草採取の基礎の基礎と言っても良い。
伸びた茎の頂部に白い小花が固まって咲き、葉はノコギリのように細かい切れ込みが入っている。
フーガの街近くの、魔物の少ない草原に群生地帯があり難易度も高くない。
「お2人とも、今までどんな風に過ごして来たんですか…」
世間知らずにも程がある。ましてやアキレア草は、潰して傷薬にしたりと馴染みのある身近な薬草の筈だ。
ノエルは黙考の後「仕方ないですねぇ」と一息ついた。
「冒険者に引き込んだのは私ですから、色々教えてあげます」
『…』
「な、なんですか!?その苦虫を噛み潰したような顔は!」
ここぞとばかりに先輩風を吹かす彼女に、スレインが顔を歪める。散々情け無い所を見てきた為、一抹の不安が拭えない。
『俺はさっさと金が欲しいんよ』
ノエルの出した討伐依頼をクリアし、早々に報酬を手にしたいのが正直なところだ。
アルが報酬と称してスレインに渡したサファイアの指輪は、クルルが非常に気に入ってしまい売却出来ずにいた。
「お気持ちは分かりますが、今は焦らず経験を積むのも大切です!これから冒険者として活躍するなら尚更ですよ!」
彼女にしてはまともな事を言う。
「だってホラ、もしも怪我をしたらアキレア草を探せば良いって、このクエストを通じてお2人とも覚えれたでしょう?」
『…まぁな』
ノエルが薬草を片手に微笑む。
彼女が言った、下積みだと思って沢山のクエストを経験した方が良い、という言葉の意味が分かった気がした。
するとクルルがレインの裾を掴み「あんな草なくても、クルルが居る」と拗ねている。
ニコニコ顔で『そうだな』と額をくっ付け合う2人に、目のやり場に困ったノエルが顔を赤くしていた。
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