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三章
23話【日記】
しおりを挟む〔――君はジャミルを食べただろう?彼の力はどうだい?昼の視界は明る過ぎて眩しい筈だ。吸血欲求は?血を吸いたいと思う?
嗚呼、ごめんよ。責めている訳じゃないさ。強い者が弱い者を喰らうのは世の理だ〕
日記は4ページに渡り思いを綴った。やっと落ち着いたのか、次の文章は浮かんで来ない。
食った吸血鬼の能力を受け継いでいるとは笑えない冗談だ。今のところ吸血欲求は無いが、確かに視界が明る過ぎて眩しかった。
〔君という存在に興味が湧いたよ。君の全てを知りたいなぁ〕
『…お前は何だ?』
〔あれ、ボクに興味を持ってくれるのかい?〕
転移魔法で多くの者をマーレ洞窟へ誘い殺した。この辺鄙な場所で、誰かが訪れるのを待っていたかのように思える。
忘れ去られた吸血鬼の始祖ジャミルの存在を知り、転移、鑑定などの多くの魔力が必要とされる古代魔法を使い熟す者。
〔……エドヴァンと、名乗っておこうかな。呼ぶ時はエド、とかエドちゃんで構わないよ〕
『誰が呼ぶか』
間髪入れずスレインがそう言うと、クスクスと日記が笑っているような気がした。
〔実はボクはとうの昔に死んでいるんだ。日記は生前ボクが使用していたものさ〕
幽霊は今まで見た事がない。この文字が浮かぶ日記も超常現象や心霊の類なのだろうか。
〔此処は昔使ってた別邸なんだ。マーレ洞窟攻略のお祝いに好きに使ってくれて構わない。状態保存の魔法が掛かっているからそんなに傷んでなかっただろう?〕
古い家だが傷んではいない。生活出来る程度に整えられていた。
庭園の野菜や草花が元気なのも魔法による詐術。
浮島全体に保存魔法が掛かっていたとすれば、エドヴァンの魔法の腕は本物だ。
〔後、ボクからプレゼントがあるんだ。奥の布を引いてくれるかい?〕
クルルが部屋の奥に掛かった大きな布を取り払った。
そこには人が2人並べる姿見が置かれている。
縁の細工は見事なものだが、それ故にガラクタが置かれたこの部屋には不釣合いだった。
〔みぞの鏡って聞いた事あるかな〕
望みを映す鏡。見た人の欲しいものを、欲望を、自らも気付いていない真実を…。
鏡に魅入り、現実との区別がつかなくなった者、狂った者、廃人と成り果てた者も多くいた。
実現出来る望みなのか、はたまたそうではないのか判断がつかず落ちぶれた者も。鏡を目にして幸せになった者の話など聞いた試しが無い。
〔鏡の前で思い浮かべると良い。君達の欲しい物、必要な物…こうあったら良いな、という欲望を〕
土足で心の中に踏み込まれた心地がした。
鏡に映る姿に違和感がある。反転する世界の中のスレインには、無い筈の左腕が有った。
慌てて腕を見ると、先程まで欠損していた左手があるではないか。
握って感触を確かめる。角度を変えて目に映した。
「良かった!」
明るい声を上げて、クルルが抱き付いてくる。目を白黒させ、何が起こったのかと日記を確認した。
〔クルルちゃんの望みだね〕
クルルがスレインの腕が治るように望み、その望みを鏡が体現したとでも言うのか。
治癒魔法とは明らかに違う、次元を超えたアーティファクト。
神殿の神官であっても欠損した部位を蘇らせるのは難しい。更に時間が経過した傷、自然治癒した傷跡は治癒魔法が掛かりづらい。
それこそ一度クルルが傷を塞いでくれていた。彼女の治癒は完璧である。
ジャミルとの戦闘で負った傷はまだしも、マーレ洞窟を彷徨っていた際の、時が経った怪我も完璧に直してみせた。
神獣とはいえ莫大な魔力を酷使したに違いない。事実、スレインの傷を癒した後クルルは疲れ果て、ベッドの傍でそのまま眠ってしまった。
あの時高位の治癒魔法が使えれば彼の腕も治せたのではないか、と力不足を悔やんでいた神獣は真っ先にスレインの腕を考えた。
正確に言えば、あの大きな掌で再び撫でて欲しいと欲望を曝け出した訳だが。
目尻が柔らかくなったスレインの左手がクルルの頭をポンポンと優しく撫で、望みが現実になる。
〔実はこれ、ボクがみぞの鏡を真似て作ったレプリカなんだ〕
エドヴァンが照れ臭そうに白状した。人物の欲しい物を映し出す鏡。鏡に映った望みは現実世界に出現する。ただし、1人に対したった一度だけ。
〔さ、スレインくんの欲しい物は何だい?〕
問われてただ漠然と考えた。欲しい物。必要な物。
反転した世界が歪む。
そこにはアイボリーのスーツを着込む青年が居た。革靴に長身を引き立てるズボン、黒いワイシャツにネクタイ、ベスト。上着は肩に掛け、マゼンタのサングラスが一際目立つ。
少女の衣類も変化していた。
胸元が開いた腿までを隠すスリットの入った白いワンピース。スリットから重ね着した黒いスカートが揺れる。指先まで黒い布が覆い、肩に甲冑のような蒼い装飾があしらわれていた。太腿までを黒い靴下が肌を隠している。レンヨウの獣型の姿に近い色合いの服だ。
彼らの後方には、二輪で走る鉄の塊が置かれていた。
見た目は完全に未来の大型二輪バイク。マットブラックを基調としたスタイリングと、金属の素材感とのコントラストでより存在感のある佇まいをしている。2室構造のマフラーは上質な雰囲気をより一層引き立てていた。
〔難しい要求をするもんだ〕
一瞬で鏡の中の世界が現実になる。
スレインの視界はマゼンタのフィルターが掛かった。クルルの衣類も代わり、気に入ったのかくるくると回ってスカートの靡く様子を楽しんでいる。
後方には大型二輪があった。ナオに教えてもらった鉄の乗り物をヒントに、大昔〈アノーラ〉の大地を走っていたとされる乗り物を想像した。
〔抽象的なイメージで伝えてくるなんて。ボクに対象の知識が無かったらどうするつもりだい?それに、一度に幾つも願うなんて強欲だなぁ〕
上着のポケットに入っていた黒手袋を出しながら『賢者ってのも強ち間違っちゃいなかったんだなー』と賞賛を贈る。
〔、もっと褒めてくれて良いんだよ?フフン、ありとあらゆる叡智を結集した賢者と言われたボクに他に聞きたい事はないかい?〕
調子に乗りやすい性格、とスレインは心内にメモした。
『地上に帰るには?』
〔庭の先に途切れた道があるだろう?そこで“ルビエーニャ”と唱えると良い。但し注意が必要だ。地上に帰ると、簡単に此処には戻って来れない〕
地上へ帰る転移魔法陣まで用意されている。別邸と言うからには、他にも家があるのだろう。
『この鉄の塊の操作方法は?』
〔ボクの時代だとガンマと呼ぶんだ。そこに跨って魔力を流せば良い。君の魔力が底を尽きない限り走れる筈さ。そうだな最大で馬の3倍のスピードが出る。走り方は説明されるより体で覚えた方が良い〕
長距離走行時の快適性を追求した造り。フューエルタンクは左右に張りを持たせつつ、ニーグリップ部を絞り込ませた形状は、見る角度により様々な表情を見せるこだわりのデザイン。座り心地を追求したワディングシートは上質な印象と長距離での快適性をより一層高めている。
『これ小さくならねぇの?すんげー重い』
〔無理を言わないでくれ。君の中途半端な知識にボクが補正して形にしたんだよ?〕
そこまで書かれた後、間が空く。
〔うーん、確かこの部屋にアイテムボックスの機能が付与されたアクセサリー型のアーティファクトがあった筈だ。容量が少なくて使い道が無かったんだけど、常に持ち運びがしたいなら丁度良いと思うよ〕
棚の引き出しを開けたスレインはアクセサリーとやらを見付けた。黒い宝石をはめ込んだシンプルな指輪を中指に通す。
バイクを収納すると、後半分の空き容量がある。これを容量が少ないと捨て置いたエドヴァンは一体何者なのか。
〔他にも欲しい物があれば持って行くと良い。数多の情報をくれた君達への対価はちゃんと払う。じゃないとフェアじゃないからね〕
『こんなガラクタばっかの中から…』
見た所整理の行き届いてない部屋にはよく分からない魔道具が散乱している。その中から必要な物を選別するのは骨が折れる。
急ぐ訳でもないし、地道に見ていくかと諦めた。
『…お前とジャミルの関係は?』
〔…良きビジネス関係だったよ〕
『答えになってない』
〔そんな事言われてもなぁ。言うべき事と、言わなくても良い事はあるさ。ボク自身の事を語るにはまだまだお互いを知らないと思わないかい?まぁ、でも君の全てを教えてくれるなら――〕
エドヴァンの知的好奇心は止まらない。スレインに関する全てが知りたいと滲み出ていた。それこそ食の好みから、風呂でどの部位から洗うのかまで詳細に。
すると無表情のクルルが傾斜台から日記を取り床に落とす。閉じた日記の上で何度も跳ねて踏み付けにした。「レインの全部を知って良いのはクルルだけ」と対抗意識を燃やしたようだ。
手袋をして呪印を隠したスレインは、日記を見下ろし良い気味だと悪い顔で口元を歪めた。
『さ、クルル。そんなばっちい本は捨てて飯にすっか』
「おー」
同意したクルルはスレインの後をテケテケ追い掛ける。
神獣に踏み付けにされた日記は、折れたページに〔まったく…〕と文句を綴っていた。
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