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一章
11話【ナタリア遺跡】
しおりを挟む奴隷の青年は、有り得ない状況にハニーブロンドを揺らして飛び起きる。
目が覚めるとナオの顔が目前にあって、後頭部には柔らかな感触があった為だ。
「おはよう御座います!目が覚めましたね!」
『…ナオ様…、えっと…』
混乱しているレインは周囲を見回す。森の中に居て、どうやらナオとの合流場所に辿り着いたようだ。
「レインさん、蛇に噛まれたみたいなんです!急に立ち上がったりしないで下さいね」
『あ…』
彼女の言葉であの悪夢が現実だったと悟る。
アビリティを確認すると言われ、アンモスが蛇を捕まえ鋭い牙を無理矢理腕へ突き立てられた。
思い起こした体験にビク、と震えた腕には包帯が巻かれて応急処置がされている。
「いやァ、目が覚めて良かったぜ」
後方からヌッと出て来た大男に、レインの血色が悪くなった。
「2人で森を歩いてたら急に倒れっから吃驚したぜェ。俺が背負って此処迄運んでやったんだ。有り難く思えよ?」
『…は、はい。……ご迷惑をお掛けしました…』
猫を被るアンモスの笑顔に恐怖する。
「…ナオ殿にも感謝するんだなスレイン!脚が痛くなるだろうと止めたのに、お前などに……」
忌々しそうに眉間に皺を寄せたディーリッヒは少女の白い太腿に目をやり、ゴクリと喉を鳴らした。
彼が咎めるのは、ナオに膝枕をしてもらった一点だ。声の端々に僻むような感情が見え隠れしている。
『申し訳ありません、ナオ様…』
低く頭を下げたレインの髪に付いた落ち葉を取り、彼女は「いいえ、好きでやったので気にしないで下さい!」と柔らかく微笑んだ。
『僕はどれくらい…』
「小1時間程度だ。さっさと進むぞ」
木に凭れ腕を組んでいたカイルが催促する。慌てたレインは外套を羽織り、荷物を背負った。
「もー!カイルさん、目覚めたばかりですし、もう少し休んでからでも…」
先に進んだカイルに抗議するナオ。その後ろにディーリッヒが続いた。
繁々とレインを見下ろしていたアンモスは「ナオが毒消しを使っちまったんだ。本当はどれくらい毒が効かないのか見たかったんだが残念だぜ」と口角を上げて小声でぼやく。
アンモスの声がいつ迄も耳に残った。
◆◇◆◇◆◇
リンドを出発して3日目、ルーンブルッジの森の奥深くを進むと、急に開けた場所に到達した。
朝霧でよく見えないが、生い茂っていた緑が視界から無くなる。
足から伝わる地面の感触が、若草から土へ変わった。深緑に混じった、湿った泥と花の香り。
濃厚な霧は方向感覚を狂わせる。前方を歩くナオさえ見失ってしまいそうになり、歩を早めた。
目の前が真っ白で、奇妙な世界に囚われてしまったと錯覚する。微な水音を聞き取り、霧の中に目を凝らす。
視界の端に映ったひらひらと舞い落ちる白い花弁に気を取られた。
「危ないですよレインさん!」
『!、』
泥濘に脚を取られた途端、腕を掴まれた。
雲の切間から顔を出した朝陽が辺りを照らす。深い霧が晴れ、海と見紛う大きさの湖が目の前に姿を現した。
湖水を囲む白木蓮に咲いた真白の花が水面に浮いている。蓮華の花弁が岸辺を埋め尽くして陸が何処までも続いているようだ。
湖畔の上を霧が滑り、風に揺られ漣に変わる。繰り返し足元へ花弁と共に押し寄せ、透明な水を彩っていた。
「遺跡はこっちだな」
「そこにスライムが居んぜ。気をつけろよ」
「フン、弱小のスライムなんて俺の敵じゃない」
アンモスの警告に対して、心外だと鼻を鳴らした伯爵家の嫡男はまだ泡のように小さなスライムを踏み潰した。
その後を歩いていたナオは口元に手を添えて壁を作り「レインさん」と声を抑える。音量を絞った彼女の言動を汲み取ったレインは耳を欹てた。
「もし戦闘になったら私の近くに来て下さいね」
『?、分かりました』
「その時は荷物なんて全部捨てて下さい」
『、それは…… しかし』
荷物の中には、旅路に欠かせない必需品が入っている。筋肉トレーニングの重り、煙草なども預かっているが食料品、治癒ポーション、毒消しなど、それらを破棄するなど許されるだろうか。
「……レインさん、この際だからはっきりさせておきますけど」
珍しく強い口調になった彼女の声にドキリとする。思わず立ち止まってしまった青年を、振り返ったナオは眉根を歪めて怒っているようで、同時に同じくらい悲しそうだった。
「その荷物なんかより、レインさんの命の方が何十倍も、何百倍も…物とは比べられないくらい大事なんですよ」
何かを訴えかける、少女の強い眼差しは激情に揺れている。
『……、 』
否定も肯定も、何が正解か分からない。言うべき言葉を見つけられず口を開けてから、何も言わないまま閉じてしまった。
ナオの考えを否定したくはない。しかし、自らの命にそれ程価値があるかと問われれば、レインは無いと即答する。
矛盾と暫し葛藤した。
「兎に角、魔物が出たら私の近くに来て下さい。絶対に守ってみせます。良いですか?約束ですよ?」
『――はい』
少女の優しさに、困ったような笑顔が零れる。
2人の様子を盗み見ていたディーリッヒは忌々しそうに目を細め、舌打ちをした。
湖畔の淵に飛び出た、遠くからだと枯れ木のように見えていた無数の影の全貌が現れる。それは枝でも木の根でもなく、石を組み上げて作られた背の高い柱だった。
3mもの長い石柱が等間隔に左右に並び、遺跡の入り口へ導いている。中には倒壊して折れている物もあるが、凡そ1000年前の建造物なので無理もない。
水苔が張り付き、丹色が霞んで見える。水面に浮かぶ石畳を進めばナタリア遺跡の深部へ通じていた。
渡り人のナオは、柱がまるで鳥居のようだと感じ息を飲む。
石柱の中央を通過して、祭壇のある祠のような入り口で立ち止まった。
「良いか?俺とナオは前、次に公子、アンモスの順番だ」
「レインさんは何処に?安全な所が良いと思いますが」
「…そうだな。お前はアンモスの前に入れ。武器が持てないなら松明を持っていろ」
『畏まりました』
役割を与えられたレインは荷物を下ろし、松明の準備に取り掛かる。布を洋燈用のオイルで濡らし太木に巻き付けた。魔道具で火をつけると先端が燃え上がる。
カイルがレインから洋燈を奪った。
「魔物は火を怖がるから丁度良いだろ?」
『はいカイル様、御心遣いに感謝致します』
大口を開ける地下への階段を降りる。遺跡に脚を踏み入れた途端、湿度が下がり冷気を感じた。カイルが持つ洋燈の光を頼りに歩きながら、ひたすら階段を降りる。
吹き上げる風に松明の炎が揺れて、消えまいか不安を煽られた。
石壁を伝っていたヤモリが灯りに驚いて、石の隙間に入り込む。
「やはり、狙うなら大物だ」
「此処に生息してる大型の魔物なら大蛙か?」
「ただ大きければ良いってもんじゃねェだろ?ブライニグルが居るってギルド職員が言ってたぜ」
【紅の狼】にとってナタリア遺跡など本来探索すらしないレベルなのが窺える。パーティー全体の足取りは軽く、暗いにも関わらず警戒していない。
A級冒険者に護衛されるディーリッヒは気が大きくなっており、大物を仕留めアップシートを終え、皇帝の催すパーティーで武勇に花を咲かせ周囲から一目置かれる存在になる妄想をしていた。
「ナオ、何か居るか分かるか?」
「んー…索敵はテオドラさん程得意じゃないんですけど、奥から羽音が複数します」
「十分だ。恐らく大蝙蝠だな」
何百、何千もの階段を降り、両開きの扉に行き着く。湖水の水がチョロチョロと水路を流れている。
湖の地下だと自覚した時、レインは遺跡が崩れやしないかと不安に駆られた。
カイルの指示に従い各所にある松明だった朽木に火をつける。湿った木が多く殆どは着火しなかったが、無いよりは格段にマシだった。
扉を開くと無数の蝙蝠が襲撃して来る。
カイルが剣技で瞬く間に斬り殺す。上部に避難した個体はナオの魔術によって撃ち落とされた。
「ギャギャ、ギャ!」
羽根を切り裂いて飛べなくなった大蝙蝠を、ディーリッヒが見下ろす。
「仲間を呼ばれたら面倒だから殺すんだ」
「出来るかァ?お坊ちゃん」
「フン…」
剣を鞘から抜く。ナオを一瞥して目が合うと、彼はウィンクして見せた。「ひぇ」とも「おげ」とも取れる短い奇声を放ったナオは直ぐに視線を切る。
地べたを這う蝙蝠を追って壁際に追い詰め、ディーリッヒは何度も剣を振るう。
足元へ首が飛び、レインは飛び退いた。斬り刻まれた羽、血肉に塗れた内臓、生気を失う瞳を直視する。血生臭い光景に、強烈な吐き気が込み上げた。
『…ッ、ぅ…』
「はっはっは!度胸のないダラシない奴だ」
端に寄り口元を押さえ膝を突いた彼にナオが駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
『すみ…ませッ…!ゲホッ』
奴隷の丸めた背中を手で摩り、介抱する姿はまさに天使だ。
アップシートで素晴らしい成果を上げれば、彼女との距離も更に縮まるに違いない。容姿端麗でお似合いの2人だと帝国中に騒がれてしまう。
伯爵家に迎える準備も整えてある。危険の伴う冒険者を続ける必要もなくなり、全てを伝えた時の彼女の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
「よし、ナオ。俺たちだけで先の様子を見に行く」
カイルに促されナオはレインを気遣いつつ、その場を離れる。
息を整える青年の肩を、ディーリッヒが力のままに蹴り飛ばした。
「いい気になるなスレインッ!ナオ殿は皆に平等に優しいのだ!」
唾と共に悪態を吐き捨てる。
「おいおい、こんな所で無駄な体力を使うな。坊ちゃんは大物の魔物を仕留めるんだろォ?」
「はぁ…はぁ…。嗚呼、そうだな…」
アンモスは、だから子供のお守りなんてうんざりだと肩を下げる。無性に煙草が吸いたくなった。
先に進んだカイルとナオは通路の偵察に行っており、いつ帰ってくるか分からない状況だ。ディーリッヒが奴隷を痛め付けている様をナオに目撃されるのは良くない。
彼女の性格上、クエストの達成など二の次に奴隷を助けようとする。下手すればパーティーに加入させようとする可能性だってある。
剣術も魔術も使えない奴隷を仲間にしたところでメリットは皆無だ。
1ヶ月彼女と行動を共にした彼の結論は「利用価値はあるが、お人好し過ぎる」だった。これにはカイルも同意している。
何にでも首を突っ込むし、困っている人を見ると放っておけない性格。お陰でよく振り回されているが、S級になる為なら些細な問題だ。
「アンモスさーん」
気の抜ける緊張感の欠片もない声で手を振る少女に軽く頷く。
護衛対象を連れて来ても安全だという合図だ。アンモスは通路を顎でしゃくり、2人を先に進めた。
「大鼠が居ましたが、カイルさんがサッと撃退しました」
「流石だなァ、カイル」
「…五月蝿い」
満更でもないカイルは襟で表情を隠す。彼なりの照れ隠しにナオは仄々と見ていた。
「大物は何処だ?鼠など持ち帰っても笑われるだけだぞ」
「此処での最高ランクのB級を狙う」
「ブライニグル、チュパカブラ、ガグってこったな」
ブライニグルは体が氷の鱗で覆われた魚のような姿をしている魔物だ。水の中も自由に潜水し、同じように空気中も泳ぐことが出来る。
水魔法を操り、鰭が異常に発達しているのが特徴だ。
チュパカブラは獣の血を吸う怪物。全身が毛で覆われており、背中には立髪のような突起がある。
瞳は大きくてカメレオンのように眼球が強靭な円錐状のまぶたに保護され大きく出突している。
ガグは顔面を縦に割くように口があり、腕が肘を起点に2本に分岐している。二足歩行で移動し、皮膚が岩のように硬質で通常の刃はまず通らない。
この何れかを持ち帰れば拍手喝采だ。アップシートでこれ程の魔物に手を出す者は居ない。
公爵家でも、精々C級のグレムリンやゴブリン、オーク程度だろう。
それを聞いたディーリッヒは気を良くして、剣を振り回した。老朽した石壁が砕けるのを自身の力によるものだと勘違いして慢心する。
「おい、騒がしくするな」
見兼ねたカイルが注意した。
「はぁ?A級パーティーのリーダーともあろう者が、そんなのでどうする。此処は弱い奴らの探索場なのだろう?」
挑発的な発言にもパーティーを率いるリーダーの表情は崩れない。ただ、「……勝手にしろ」とだけぶっきらぼうに言って背を向けてしまった。
「まぁまぁ、カイルさん。ディーリッヒさんも、あまり音を立てないようにして下さい」
ナオが間に入って仲を取り持つ。
「チッ、ナオ殿が言うなら仕方ない」
腰に剣を戻す動作も大袈裟で、舞台俳優のように演技がかっていた。フフン、と鼻をならして得意げに振った鞘が、一部凹んだ石壁に当たる。
ディーリッヒの手に、カチリと何かを押した感触が伝わった。
「ん?」
途端に地響きが轟き、ゆっくりと床全体が沈み始める。
「何をした!?」
「し、知らん!俺のせいじゃない…!」
「…ッ、おいおい…」
地揺れが収まると、何も無かった石壁にアーチ状のトンネルが出現していた。
「…、…はっは…は!凄いぞッ!隠し通路じゃないか!」
興奮したディーリッヒは通路へ向けて駆け出す。
「俺が見つけ出したんだッ!」
「おい公子!」
制止を振り切って先に進んだディーリッヒに、カイルは頭を痛めた。
闇の中に消えて暫くすると、ディーリッヒの絶叫が聞こえた。
「…チッ…」
「ディーリッヒさん!」
木霊する声に導かれるように疾走する。一行が辿り着いたのは正に黄金の部屋だった。
天井近くまで積み上げられた金貨、財宝、秘宝の数々。足元は砂金が散らばりジャリジャリとした感触がする。
金塊や黄金で出来た椅子、メイス、価値さえ底知れない美しい絵画。
「何だ?此処は…」
「あははは!宝物庫に決まっているだろう!見付けたのは俺だから、全て俺のものだ!おいスレイン、持てるだけ鞄に詰めておけ!」
『は、はい…』
持てると言っても、レインの鞄は一杯なので服のポケットくらいしか空いている場所はない。
「また人を送って取りに来させないとな…。ははは!」
見た事のない財宝の山に有頂天になり、笑いが止まらなかった。
「ナタリア遺跡にこんな所があるとはなァ」
「…しっ」
ナオが人差し指を唇に当てた。真面目な顔付きに、全員の動きが止まる。
彼女の優れた聴覚が捉えたのは暗闇の奥から聞こえる鎧の摩擦音だ。
「うわ…!」
「スケルトン…!」
宝が山積みにされた部屋を挟むように、分裂した2つの穴からボロボロの鎧を纏った大量の骸骨が姿を現した。眼窩に闇が灯り、赤黒い乾いた血液が全身にこびり付いた魔女の眷属だ。
「ナオ頼む!」
リーダーの呼び掛けに呼応してナオが魔法を行使する。温かな光を放つ微粒子が漂い、地面に大きな陣が刻まれた。
幾重にも重なる魔法陣は彼女の膨大な魔力を示している。
「ホーン・ラピュセル…!」
呪文と共に光が辺りを包んだ。眩い輝きに包まれたスケルトンは瞬時に浄化され、砂粒となり弾け飛ぶ。
眩耀が晴れると残されていたのは僅かな光の粒子だけだった。
「何度見てもスゲェな…」
「えへへ…まだ力加減が…」
十数体を一撃で葬った術に感嘆を漏らしたアンモスに、ナオが照れ臭そうに頭を掻く。
魔法と属性が密接な関わりを持つように、属性同士も互いに作用しあっている。
闇属性の弱点は光属性。逆もまた然りだ。火と水の原理も同じである。
残る土、雷、風属性にも優劣と循環が存在していた。
よって闇属性の魔物には光属性の魔術が効果的。
2本の通路から行進して来るスケルトンの数は一向に衰えない。
アンモスは指にメリケンサックを嵌めて反撃した。
兜ごと殴打したスケルトンの頬骨が砕け、下顎が落下する。
高々と振り上げられた錆びた剣を、カイルが軽々と受け止めた。
力が鬩ぎ合う間もなく、閃光が走るとスケルトンが両断されている。
A級冒険者の実力を目にし、ディーリッヒは「おぉ…」と口角を持ち上げた。
A級まで到達した冒険者は経験値が高く戦闘力も凄まじいと聞いた事があるが、正にその通りだ。その彼らを雇う自らこそ最強の存在なのではないか。
暗闇から溢れるように、倒しても倒しても押し寄せてくるスケルトンの数は30体を超えた。終わりの見えない戦闘に【紅の狼】の面々にも疲労が滲んでくる。
津波のように打ち寄せる骸骨を押し留めながら少女が叫ぶ。
「明らかに対人用の罠です!」
「嗚呼、一度引き返した方が良いぜカイル!」
「……そうだな、一旦退却だ」
B~C級御用達の狩場での撤退はA級のプライドが傷付くが、いたしかたない。どんなギミックか不明な現段階で進むのは危険過ぎる。
今回は護衛任務であり、魔物を駆逐するのが目的じゃない。
頭の整理をしたカイルは剣の柄でスケルトンの胸を強打し、後方に押しやる。
「何を言ってる!?もう少しだッ!この先にきっと見た事もない大物がいるぞ!」
退却を聞いたディーリッヒが反抗して、不用意に前に突き進んだ。
「ちょ、ディーリッヒさん!?」
「ナオ殿、見てろ!俺の洗練された剣技を」
へっぴり腰で横薙ぎに剣を振る。ディーリッヒ自慢の剣技は、スケルトンが持つ盾に易々と阻まれ、切っ先は全く届いていなかった。
――おかしい。ボロボロの朽ちた装備品にも関わらず頑丈でビクともしない。
ディーリッヒは青褪める。カイルたちは簡単に彼らを粉砕していた。だから屠るのも容易いと思ったのに…。
荒野や墓地に出没するアンデットとは訳が違う。1体1体が、訓練された兵士とも劣らない。
眼窩の闇の焔が色濃く揺れる。何も映していない筈なのに何もかもを見透かされているようで、かつて無い寒気に血の気が引いた。
圧倒されたディーリッヒは尻餅を突き、短い悲鳴を漏らす。
「ヒ…っ」
頭を覆って身体を丸めた無防備な背中に剣が振り下ろされる寸前、滑り込んだカイルが剣を払った。
重厚音が響き、スケルトンの重心が揺らいだ。その隙を見逃さない若きリーダーは畳み掛けるように剣技を放つ。
「守ってやるから大人しくしてろ!」
目紛しく変化していく状況に翻弄され立ち竦むレインは浅い呼吸を繰り返していた。
芋虫のように地を這っていたディーリッヒが壁際により、尻で後ずさる。
「はぁ、はぁ…」
壁際に置かれた一際大きな宝石が目に付く。台座に置かれ眩しい程に青い輝きが揺らめいていた。海を閉じ込めたような細密なカット。
これぞ古代の大秘宝に違いないと確信した。
女性に贈ればさぞ喜ばれるだろう。素直になれないナオも、今回ばかりは惚れ直す筈だ。
邪な想いを馳せるディーリッヒが、ニヤけた顔で宝石を握った瞬間、またも激しい地揺れに見舞われた。
大きな縦揺れで、全員が地面に膝を突く中でナオだけが身を屈めて耐えれている。
動揺が混乱を招き「どうなってるんだ!?」とカイルが叫んだ。
「おい坊ちゃん!それを元の場所に戻せッ!」
「なんだと?俺が手に入れた財宝だぞ!?」
アンモスに指差された手元の宝石を背に回し、皆の視界から隠すディーリッヒ。
そうこうしている間に頭上へ魔法陣が浮き上がり、眩い光が全体を包んだ。
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