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序章【イカれた誕生日パーティー】

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 静寂が包む廃墟と化した古い洋館。至る所埃だらけで黴臭い。シャンデリアに蜘蛛の巣が厚く被さり、殷賑いんしんはもう随分昔の事だと見て取れた。腐朽した壁が崩落し冷気を感じる。

 壁に空いた小さな穴から赤色の眼が覗いていた。鼻を小刻みに動かし用心深く周囲の様子を探って、穴から這い出て来たのは2匹の鼠。静けさが佇む広い廊下で追い駆けっこが始まった。
 唐突に、暗闇の奥から何者かの足音が響く。鼠たちは慌てて縺れ合い、壁の隙間へ隠れて見えなくなった。

『~♪』

 陽気な鼻歌が闇の中に溶けていく。音を外して分かりにくいが、誕生日を祝う歌に聞こえなくもない。

『~~♪~♪~、~』

 不自然に波打つ旋律を口遊むのは1人の青年だった。

 弾む踵に合わせて白髪が揺れる。左腕が二の腕から途切れており、ワイシャツの至る所に赤黒い染みが付着していた。
 悽愴な怪我をしているにも関わらず、琥珀色の瞳にはこの上ない逸楽の感情が刻まれていた。

 白髪の青年は薄ら笑いを浮かべたまま、広間へ続く両開きのドアを蹴飛ばす。
 腐り果てた木製の扉は嫌な音と共に拉げた。

 他の部屋と比べ清掃された形跡のある食堂。その中心にテーブルクロスを着飾った長机があり、燭台の炎が妖しく揺れる。
 周囲を囲む大きな窓には真っ赤なカーテンが引かれ、そこは食堂というよりもまるで舞台劇場のようだった。

 立派な椅子の前には取り分け用の食器とシルバーが並び、奥の大皿に“料理”が2皿置かれている。
 1皿目にヒトの首。2皿目は心臓。奇妙な事にソレらはまるで生きているかのように動いていた。

「えらく待たせるではないか」

 青年の帰りを待ち侘びた生首が喋る。

『いや~、悪りぃ。丁度良い大きさの蝋燭が無くてさ』

 首と平然と言葉を交わす青年は、懐から照明用の蝋燭を取り出し指の上で器用に回した。

『もう仕方ねぇから灯り用ので良いわって思って。アンタを待たせるのも心が痛んだしな』

 嘯く青年は無邪気に笑って、手に握った蝋燭を傾け燭台から火を灯す。暖かな灯色が濃くなり、珍奇な食卓を彩った。

『う~ん…、アンタが喋ってくれねーと寂しいな。どうすっか…』

 火を灯した蝋燭と、ひとりでに喋る生首を交互に見る。
 当初の予定では心臓はメインディッシュ、彼がデザートだった。誕生日ケーキに蝋燭は必須。問題は蝋燭を立てる位置だ。目に突き立てるのも良いが、彼には心臓を喰われる様をありありとその目に焼き付けてほしい。
 残るは口だが、それではお喋りが弾まない。パーティーは愉快な会話を楽しまなくては。

「マリアーナが居ればケーキなどあっという間に作ってくれただろうに」

『あー…マリアーナね。居ねぇもんを嘆いても仕方ねぇさ。今はケーキの代用を…』

 悩む青年の手元に大ムカデが忍び寄る。生首は気付いていながら、注意喚起を意図して怠った。
 息を吐くように『決めたわ』と声色変えずに呟いた青年は、明後日の方を向いたまま、フォークでムカデの首を貫きテーブル上に磔にした。
 反応が遅れた百足の王は体を激しく捻り蠢く。しかし、シルバーは深々と突き刺さりピクリとも動かなかった。

『こっちがデザートで、アンタが招待客って事で』

 ニコニコと微笑む琥珀に狂気が過ぎる。青年はムカデごとテーブルに刺さったフォークの柄に、力任せに蝋燭を突き刺した。

「ははは、これは見事な」

『だろ?ケーキの代わりにゃ不細工な見た目だが、この際目を瞑るさ。ついでに味もな』

 改めて椅子に腰掛ける青年は、久方振りの祝い事に唇を吊り上げた。
 向かい合った首と目が合う。凄艶な笑みを携えて、改めて客人たちを歓迎した。

『嗚呼、俺の誕生日パーティーに来てくれて感謝する。しかもその身を以って祝ってくれるなんて感激だ!クソ不味いだろうが、この際我慢するさ』

 首は皮肉を込めた失笑を零す。

『さぁー、歌も祈りも省略!待ち焦がれた食事の時間だ』

 行儀悪く皿とシルバーを打ち鳴らし、ステーキ用のカービングナイフに持ち替える。小さく鼓動する心臓に、刃が吸い込まれた。

「……っ」

『あれ、やっぱ痛みは感じんの?自分が喰われる側に回って、どんな気持ちな訳ぇ?』

 瞳孔を開きダランと舌を出す。あからさまな挑発にも、首は優雅な表情を崩さない。

「…ふむ、多少覚悟はしていたが最早痛みは感じん。こうなる事は貴殿に心臓を握られた時にある程度予測していた」

『なぁんだ、面白くねー』

 興醒めだとばかりに椅子へ半身を埋める。そして何事か閃くと悪戯っ子のような笑みで前屈みになった。

『じゃぁ例えば、耳を引き千切ったらどう?歯を抜いてやったら?鼻を削いだら?』

「さぁ?やってみると良いではないか」

 やれと言われたらやりたくなくなる、そんな幼子のような反発精神で眉根を歪める。
 どうせなら止めてくれと懇願された方が加虐心が擽られて愉快だ。

 フォークを噛んだ青年は、耳を摘んでいた指を放した。

「存分に味わってくれたまえよ。究極を極めた我輩の血肉は正に至高であろう」

『どうだかな』

 手前の平皿へ移した心の一部。青年は先程とは打って変わって礼儀正しくナイフを動かす。左腕を欠損している為に全て右手だが、姿勢が良く所作としては整っている。塊を口に入れ、目を閉じて注意深く咀嚼した。

『ハズレだ。生臭ぇゴム食ってるみてー』

 もう一口放り込み、ゴムと称したコリコリの食感に顔を歪める。削られた心臓はまだ動いていた。

『丈夫だな。いつになったら死ぬん?』

「さぁ…だが一切の魔力も練れない。我輩の最期も近いのだろう」

 それを聞いた青年の口がニンマリと左右に裂ける。臓器から削いだ大きめの肉塊をフォークに突き刺し、歯を突き立てて一口毟り取った。

『少なくとも800年か?長っいこと生きてんだから、さっさとくたばれ。ホント、害虫並みの生命力だわ』

「フハハ!それを言うなら貴殿もであろう?」

 途切れた左腕に目をやり、ワイシャツを派手に彩る血痕を辿る。目を覆いたくなる怪我にも関わらず平然とお喋りに興じる青年は異常だった。

『…フン、元からこうだった訳じゃない。知ってるだろ?』

 今はもう、ずっと昔のように感じる過去を顧みる。他でもない自分の歩んだ軌跡が、まるで知りもしないアカの他人の記憶を覗いているような心地だ。

 遠くを見ていた青年は、不意に首と視線が交わるとニコリと笑った。その笑みは恍惚に満ち溢れ、天使のように無邪気で悪魔のように残虐だった。

 鮮血に塗れた彼は置かれた大皿を引き寄せ、舌舐めずりをしながら――…

『誕生日パーティーなんて、楽し過ぎて狂っちまいそうだな!』

 そう、言うのだった。
 
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