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第15話 ハクビシン

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「遅かったか!」

 アリアさんの案内で、件の家までやってきた──のだが……!

「あの二人を傷つけさせる訳にはいかない。先にいくぞ、リュート!」
「おい、ブリッツ! ──くそ! リア、俺たちも追うぞ!」 
「はい!」

 アリアさんとアイネには残るよう指示を送り、ブリッツの後を追う。
 その行先に視線を向けると、木造の小さめの家屋の前、綺麗な女性と、彼女に庇われた男の子の姿があった。
 問題なのは、彼女たちを睨みつける数頭の生物。

 四足でいながら、おそらく俺の腰よりは高くまである、茶色の体毛を纏う身体。
 猫や狸にも見えるそのシルエットと、こめかみから鼻筋に見える白いラインが特徴的な生物。
 こちらに気づき、短く低い唸り声を上げている。

「ハクビシンか……でかいな」

 日本でも現物は見たことないが、流石にこんな巨体ではないだろう。

 しかしブリッツのやつ、なんであんな速いんだよ! 
 俺だけならまだしも、リアも追いつけそうにないぞ……。

「ブリッツ様は流石ですね。しかし、警戒してくれている今が好機です。リュート様、私たちも急ぎましょう!」
「ああ、ブリッツだけに任せる訳にはいかないからな!」

 ブリッツにならい、俺たちも速度を上げる。
 まだ、ハクビシンたちも親子に飛びかかる様子が無いのが救いだ……それでもいつ──

「言ってる側から!」

 数頭の内の一頭が、おそらくブリッツが近づいてきたことに反応して、動きだしてしまう……ブリッツももう少しで着くんだ、我慢してくれよ!

「舐めるなよケダモノ!」

 叫び声と共に、ブリッツが親子に襲いかかるハクビシン目掛けて、槍を投擲とうてきする。
 その槍は速度を増していき、母親に食らいつこうとするその顔に──

「外したか! ……だが問題はない!」

 当たる直前、ハクビシンは槍に気付いて後退した。もちろん、槍が当たることはなかったが……。

「──僕の目の前で、この二人に傷を負わせる訳にはいかないからね」

 ハクビシンと親子の間に到達したブリッツが、槍を拾い上げて再度構えた。……間に合って良かった。

「……遅いぞリュート。体が鈍っているんじゃないか?」
「うるせぇ。……まだ終わってないんだ。軽口叩いてる場合かよ」

 構えるブリッツと三頭のハクビシンの睨み合いの中、更に親子を守るように俺とリアが対峙する。

「スピードだけのケダモノ相手なら、万に一つも負ける気がしないからね」
「そうかい」

 口角を上げて三頭を睨みつけるその視線は、頼もしい限りだ。……癪だが、今のこいつとなら負ける気はしないな。

「では、リュート様、ブリッツ様。一人一頭、お願いします!」
「すぐに終わらせる」
「任せろ!」

 迷いなく動くリアを合図に、ハクビシンも、俺とブリッツも、ほぼ同時に動き出す!
 ハクビシンたちも同じ考えなのか、一頭一人と別れ──てはくれなさそうだな! くそ!

「ブリッツ!」

 三頭共に、迷うことなくブリッツ目掛けて駆け出していた。
 
「僕は甘いと言ったぞ、このケダモノ。例え三頭相手でも、僕が君たちに劣ることはない!」
 
 リアと俺もすぐに助けに行こうと、方向転換して、目的地を変更するが……これ、本当にあいつ一人でなんとかするんじゃなかろうか。

 ブリッツは槍を巧みに回し、最初の一頭の噛みつきを叩き伏せた。
 その後に続く二頭の攻撃もいなし、一頭には傷を負わせている。

「どうしたケダモノ。まだ僕に触れてすらいないじゃないか」

 重いはずの鋼鉄の長槍を、片手と脇で構え、余裕の笑みでハクビシンたちを睨みつけている……俺もリアも、思わず立ちすくんでしまった。

 そして、リュートも俺も、リアですら知っている。
 こうなって居る時のブリッツは──

「かかってこないのであれば、こちらから行かせてもらおう!」

 最初に傷を負っているハクビシンに追い討ちを決め、矛先でその首筋を裂き、絶命させる。
 そのまま近くにいた一頭へと駆け出し、低い唸り声と共に爪を向けてくるハクビシンを、槍の石突で宙へと浮かせ、手首の捻りだけで回した槍でその腹部を切り裂いた。

「あと一頭──」

 背後から隠密に動いていたハクビシンに視線を向けると、バレたことに気づいたハクビシンの方も、やけになったのか飛びかかった。
 ──しかし当然、今のブリッツにその攻撃は届くこともなく、胴体と首が切り離されてしまう。……少し、同情してしまうな。

「すまないな。僕はそんな優しいつもりは無いんだ」

 哀愁漂わせるその様子からは、少なからずの同情の色が感じられる。
 本当に、動きに調子の乗っている時のこいつは負ける気がしない。

「リュート様、周囲に気配も臭気も感じません。おそらくこれで全てかと」

 鼻をひくつかせ、耳をあらゆる方向に向けながら、リアが報告してくれた。
 獣人である彼女の五感はとても優れている。

「そうか。それなら良かった」

 誰も傷つくことなく、この場を収めれたのは本当に良かったと思う。

 戦闘を終え、返り血に赤く染まるブリッツ。
 さっきまでの軽快な戦闘も含め、鬼神のようにも見えるな。
 しかし、こちらに近づきながら、無事に安堵している親子を見るその様子はとても暖かく感じる。
 ……そんな表情が出来るんだな。

「……リュート、君がどういう意図でここに来たがったかは分からないが、その判断のおかげで彼らを助けられた。感謝する」

 リュートに向けてこんな優しい顔をしたブリッツなんて、作中にあっただろうか。……本当に良かったな、助けてやれて。

「スル!」

 ──なんだ? もうハクビシンたちは居ないはず……

「なんで……」
「どうしたんだ? どこか怪我でもしたのか?」

 母親の腕を振り解き、いつのまにか男の子がブリッツの足元まで来て、そのズボンにしがみついている。

「なんでお父さんは……」

 あぁ……この世界でも変わらないのか……やめてくれ、聞きたく無い。
 ブリッツはこの後に続く言葉を知らない。故に聞き耳を立てている。おそらく他の三人もだろう。

「どうしてお父さんの時は助けてくれなかったんだ! 助けてくれてたらお父さんは……!」
「スル、やめなさい! お父さんのときは仕方なかったの! わかるでしょ!」

 う……やはりきつい。正論は間違いなく母親にある。
 しかし子供の気持ちになれば、当然の感情だろう。……もし、その場に俺たちがいたなら……。

「嫌だ! お父さんだって──」
「ほらスル君。落ち着いて、ね? お姉さんと話そ?」

 アリアさんは強いな。俺たちはなにも言えないで、立ち竦むことしかできない……。
 子供を慰めながら、俺たちに行けと合図してくれている。

 四人顔を見合わせ、アリアさんに無言で礼を送り、俺たちはその場を後にした。
 
「お兄さんたちのバカー!」

 泣き叫びながら俺たちに向けられた、その幼稚にしか聞こえないはずの言葉が、深く心の芯まで突き刺さった。
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