上 下
14 / 18

第14話 近隣の村

しおりを挟む
「ごめん、姉さん」

 教会の祭壇。アリアさんのような修道女たちが、お祈りをするための空間。

 アリアさんは、破れてしまった紙を握り締め、祭壇に飾られた美しい女性の石像を見上げている。
 この世界における女神。過去の神話において語られる、命を司る女神──という設定だ。
 もっとも、この世界に神なんて実在しないし、もしいるとするなら、この世界を書いてきた俺なのかもしれないな。

 ブリッツは、手紙を破ってしまったことを悔い、深く頭を下げてアリアさんへと謝罪している。
 
 手紙の内容は当然、異性からの恋文などではなかった。ただ、おそらく男からの手紙、というのは嘘ではないのだろう。

『お父さん、まだかえってこないの? ぼくはいいこにしています。お母さんのおてつだいもしてるし、この前ははたけのおしごともてつだったんだよ!』

 前半部分しか確認できなかったため、これ以降の文は不明だが、おそらく子供の手紙だろう。
 しかし、この文からでも予想はつく。この教会の女神は、命を司る。
 ──おそらく、この子の父親はすでにこの世には居ない。

「……あたしに謝られても困るさね。あたしはただ手紙を受け取り、女神様へとお祈りする事しかできない。あの子の言葉を、女神様に伝える事しかできないからね」

 気丈に応えてはいるが、その声は震え、離れていても分かるほどに震えるその肩は、とてもる小さく見える。
 こう言うのは良くないだろうが、あくまで手紙が破れたに過ぎない。そんな、些細な事でも、彼女は涙を流す。

 自分の不甲斐なさに? 違う。
 弟のバカさ加減に? 違う。
 
 子供の大切な気持ちを、その書き綴られた手紙を、形式的に祈る事はできても、本当の意味で祈るための、その大切な手紙を──原因はブリッツにあれど、自分の一言も理由にあったかもしれない。
 なにがあったにせよ、その子の気持ちを無下にした──そう、自分のことを責めているんだ。

「……僕はバカだ。勝手な早とちりでこんなことを……」
「知ってる。あたしの愚弟は昔からバカだからね」

 手心の一切ない、アリアさんの発言。すでに落ち込んでいるブリッツが、更に凹んでしまう。

「でもね」

 本来の、優しく朗らかな声音に戻った彼女は、祈りをやめ、ブリッツの方へと振り向く。

「大事なことは大事だと、よぉーく知ってる。だからそうして泣けるのさ。あたしの自慢の弟さね」

 自分の愚かさに涙を流す弟と、起きてしまった事故への悲しみに涙を流す姉。……二人はやはり、どこか似ているな。

 ……ただ一つ、気になることがある。必ず空気を崩すことになるから言いたくないのだが、その返答いかんでは、急ぎの理由ができてしまう。

「……なあアリアさん。その手紙を書いた子について教えてくれないか?」

 尋ねられた本人は、きょとんとしており、背後の女性陣からはなんか痛い視線を感じる。
 ブリッツも訝しんでいるだけに過ぎず、視界に映る二人が静かに居てくれるのが唯一の救いだ。

「ちょっと行ったとこの甘い野菜を作ってる家の子だよ。リュート君も知っているはずさ」
「ああ、よく知っています」

 やっぱりそうか……。
 件の家は原作の中でも登場した。
 今回の見回りが重要だと言った理由もそこにあり、事件が発生するのはその家で──

「──え? 既に父親は亡くなっている……?」
「……改めて確認されると、少し辛いものがあるなぁ、リュート君」
「あ、いや……すみません」

 思わず口に出していたか……。
 しかしおかしい。作中では、元々体が弱かった父親が、この事件に巻き込まれることによって命を落とす予定だった。
 先んじて行動すれば助けられると思い、早くの行動に出たはずなのに……既に死んでいる、だと? また展開が変わっている……どうなっているんだ?

「どうかなさいましたか、旦那様? 先ほどからの発言、旦那様らしくありませんわ……アイネ、少し心配にございます」
「らしくない発言……?」

 俺がいつそんな発言をした? 確かに空気は読めていなかったかもしれないが……疑問に思うことを発言していただろうか?

「そうですね。確かに、少し様子がおかしいです。先ほどからのリュート様の発言は、どこか焦ったような感情をお見受けします」

 焦り……あぁそうか。この後起こるであろう問題について知っているのは俺だけ。リュートですら、知るはずのない事件だ。
 なの俺は、なにもないはずの今の状況に、不安を感じている。こいつらからしたら、なんで? と思うことだろう。

「……そうか。ごめん。少し考え事をしていたせいで、気がつかなかった……」

 場を乱したはずの俺に、四人の心配げな視線が刺さる。……リュートが、どれだけ信頼されているのか、よく分かる視線だな。
 ……変に思われるかもしれない。それでも──

「それでも、これは大事なことだ。──アリアさん、記憶が違っていると困るから、念のためその家に案内してくれないか?」

 不自然な俺の発言に訝しんだ様子……それでも小さなため息をついて、微笑み返してくれる。

「いいさね。次期領主様の不可解な命令、従わない訳にはいかんからね!」

 そう発言する彼女の様子は、いつもの陽気な笑顔に戻っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蟲の皇子 ~ ダークエルフのショタ爺とアマゾネスの筋肉娘がおりなすアラビアン・ファンタジー ~

雨竜秀樹
ファンタジー
 ダークエルフの少年蟲使いとアマゾネスの奴隷戦士が主人公のアラビアン・ダークファンタジー。  西と東の異なる文化の中間地点に位置する交易都市エルカバラードの領主イヴァ。  ダークエルフの少年である彼の地位は傀儡と仕立てあげられたものであり、実質的な権力はありません。ですが、領主が死ぬことによりエルカバラードが混乱することを望む勢力から暗殺者を送り込まれております。そろそろ権力を握ろうと考えている時、奴隷として売られているアマゾネスのペルセネアを見つけて買い取るところから物語は始まります。  男女比は7:3を目標にしております。  この話はダークエルフの少年とアマゾネスの奴隷戦士の2人が交易都市エルカバラードを舞台に活躍いたします。内容には蟲・奴隷・略奪・拷問・虐殺など、非人道的、残虐なシーンが有りますので、苦手な方は読まれる際はご注意ください。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...