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第14話 近隣の村
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「ごめん、姉さん」
教会の祭壇。アリアさんのような修道女たちが、お祈りをするための空間。
アリアさんは、破れてしまった紙を握り締め、祭壇に飾られた美しい女性の石像を見上げている。
この世界における女神。過去の神話において語られる、命を司る女神──という設定だ。
もっとも、この世界に神なんて実在しないし、もしいるとするなら、この世界を書いてきた俺なのかもしれないな。
ブリッツは、手紙を破ってしまったことを悔い、深く頭を下げてアリアさんへと謝罪している。
手紙の内容は当然、異性からの恋文などではなかった。ただ、おそらく男からの手紙、というのは嘘ではないのだろう。
『お父さん、まだかえってこないの? ぼくはいいこにしています。お母さんのおてつだいもしてるし、この前ははたけのおしごともてつだったんだよ!』
前半部分しか確認できなかったため、これ以降の文は不明だが、おそらく子供の手紙だろう。
しかし、この文からでも予想はつく。この教会の女神は、命を司る。
──おそらく、この子の父親はすでにこの世には居ない。
「……あたしに謝られても困るさね。あたしはただ手紙を受け取り、女神様へとお祈りする事しかできない。あの子の言葉を、女神様に伝える事しかできないからね」
気丈に応えてはいるが、その声は震え、離れていても分かるほどに震えるその肩は、とてもる小さく見える。
こう言うのは良くないだろうが、あくまで手紙が破れたに過ぎない。そんな、些細な事でも、彼女は涙を流す。
自分の不甲斐なさに? 違う。
弟のバカさ加減に? 違う。
子供の大切な気持ちを、その書き綴られた手紙を、形式的に祈る事はできても、本当の意味で祈るための、その大切な手紙を──原因はブリッツにあれど、自分の一言も理由にあったかもしれない。
なにがあったにせよ、その子の気持ちを無下にした──そう、自分のことを責めているんだ。
「……僕はバカだ。勝手な早とちりでこんなことを……」
「知ってる。あたしの愚弟は昔からバカだからね」
手心の一切ない、アリアさんの発言。すでに落ち込んでいるブリッツが、更に凹んでしまう。
「でもね」
本来の、優しく朗らかな声音に戻った彼女は、祈りをやめ、ブリッツの方へと振り向く。
「大事なことは大事だと、よぉーく知ってる。だからそうして泣けるのさ。あたしの自慢の弟さね」
自分の愚かさに涙を流す弟と、起きてしまった事故への悲しみに涙を流す姉。……二人はやはり、どこか似ているな。
……ただ一つ、気になることがある。必ず空気を崩すことになるから言いたくないのだが、その返答いかんでは、急ぎの理由ができてしまう。
「……なあアリアさん。その手紙を書いた子について教えてくれないか?」
尋ねられた本人は、きょとんとしており、背後の女性陣からはなんか痛い視線を感じる。
ブリッツも訝しんでいるだけに過ぎず、視界に映る二人が静かに居てくれるのが唯一の救いだ。
「ちょっと行ったとこの甘い野菜を作ってる家の子だよ。リュート君も知っているはずさ」
「ああ、よく知っています」
やっぱりそうか……。
件の家は原作の中でも登場した。
今回の見回りが重要だと言った理由もそこにあり、事件が発生するのはその家で──
「──え? 既に父親は亡くなっている……?」
「……改めて確認されると、少し辛いものがあるなぁ、リュート君」
「あ、いや……すみません」
思わず口に出していたか……。
しかしおかしい。作中では、元々体が弱かった父親が、この事件に巻き込まれることによって命を落とす予定だった。
先んじて行動すれば助けられると思い、早くの行動に出たはずなのに……既に死んでいる、だと? また展開が変わっている……どうなっているんだ?
「どうかなさいましたか、旦那様? 先ほどからの発言、旦那様らしくありませんわ……アイネ、少し心配にございます」
「らしくない発言……?」
俺がいつそんな発言をした? 確かに空気は読めていなかったかもしれないが……疑問に思うことを発言していただろうか?
「そうですね。確かに、少し様子がおかしいです。先ほどからのリュート様の発言は、どこか焦ったような感情をお見受けします」
焦り……あぁそうか。この後起こるであろう問題について知っているのは俺だけ。リュートですら、知るはずのない事件だ。
なの俺は、なにもないはずの今の状況に、不安を感じている。こいつらからしたら、なんで? と思うことだろう。
「……そうか。ごめん。少し考え事をしていたせいで、気がつかなかった……」
場を乱したはずの俺に、四人の心配げな視線が刺さる。……リュートが、どれだけ信頼されているのか、よく分かる視線だな。
……変に思われるかもしれない。それでも──
「それでも、これは大事なことだ。──アリアさん、記憶が違っていると困るから、念のためその家に案内してくれないか?」
不自然な俺の発言に訝しんだ様子……それでも小さなため息をついて、微笑み返してくれる。
「いいさね。次期領主様の不可解な命令、従わない訳にはいかんからね!」
そう発言する彼女の様子は、いつもの陽気な笑顔に戻っていた。
教会の祭壇。アリアさんのような修道女たちが、お祈りをするための空間。
アリアさんは、破れてしまった紙を握り締め、祭壇に飾られた美しい女性の石像を見上げている。
この世界における女神。過去の神話において語られる、命を司る女神──という設定だ。
もっとも、この世界に神なんて実在しないし、もしいるとするなら、この世界を書いてきた俺なのかもしれないな。
ブリッツは、手紙を破ってしまったことを悔い、深く頭を下げてアリアさんへと謝罪している。
手紙の内容は当然、異性からの恋文などではなかった。ただ、おそらく男からの手紙、というのは嘘ではないのだろう。
『お父さん、まだかえってこないの? ぼくはいいこにしています。お母さんのおてつだいもしてるし、この前ははたけのおしごともてつだったんだよ!』
前半部分しか確認できなかったため、これ以降の文は不明だが、おそらく子供の手紙だろう。
しかし、この文からでも予想はつく。この教会の女神は、命を司る。
──おそらく、この子の父親はすでにこの世には居ない。
「……あたしに謝られても困るさね。あたしはただ手紙を受け取り、女神様へとお祈りする事しかできない。あの子の言葉を、女神様に伝える事しかできないからね」
気丈に応えてはいるが、その声は震え、離れていても分かるほどに震えるその肩は、とてもる小さく見える。
こう言うのは良くないだろうが、あくまで手紙が破れたに過ぎない。そんな、些細な事でも、彼女は涙を流す。
自分の不甲斐なさに? 違う。
弟のバカさ加減に? 違う。
子供の大切な気持ちを、その書き綴られた手紙を、形式的に祈る事はできても、本当の意味で祈るための、その大切な手紙を──原因はブリッツにあれど、自分の一言も理由にあったかもしれない。
なにがあったにせよ、その子の気持ちを無下にした──そう、自分のことを責めているんだ。
「……僕はバカだ。勝手な早とちりでこんなことを……」
「知ってる。あたしの愚弟は昔からバカだからね」
手心の一切ない、アリアさんの発言。すでに落ち込んでいるブリッツが、更に凹んでしまう。
「でもね」
本来の、優しく朗らかな声音に戻った彼女は、祈りをやめ、ブリッツの方へと振り向く。
「大事なことは大事だと、よぉーく知ってる。だからそうして泣けるのさ。あたしの自慢の弟さね」
自分の愚かさに涙を流す弟と、起きてしまった事故への悲しみに涙を流す姉。……二人はやはり、どこか似ているな。
……ただ一つ、気になることがある。必ず空気を崩すことになるから言いたくないのだが、その返答いかんでは、急ぎの理由ができてしまう。
「……なあアリアさん。その手紙を書いた子について教えてくれないか?」
尋ねられた本人は、きょとんとしており、背後の女性陣からはなんか痛い視線を感じる。
ブリッツも訝しんでいるだけに過ぎず、視界に映る二人が静かに居てくれるのが唯一の救いだ。
「ちょっと行ったとこの甘い野菜を作ってる家の子だよ。リュート君も知っているはずさ」
「ああ、よく知っています」
やっぱりそうか……。
件の家は原作の中でも登場した。
今回の見回りが重要だと言った理由もそこにあり、事件が発生するのはその家で──
「──え? 既に父親は亡くなっている……?」
「……改めて確認されると、少し辛いものがあるなぁ、リュート君」
「あ、いや……すみません」
思わず口に出していたか……。
しかしおかしい。作中では、元々体が弱かった父親が、この事件に巻き込まれることによって命を落とす予定だった。
先んじて行動すれば助けられると思い、早くの行動に出たはずなのに……既に死んでいる、だと? また展開が変わっている……どうなっているんだ?
「どうかなさいましたか、旦那様? 先ほどからの発言、旦那様らしくありませんわ……アイネ、少し心配にございます」
「らしくない発言……?」
俺がいつそんな発言をした? 確かに空気は読めていなかったかもしれないが……疑問に思うことを発言していただろうか?
「そうですね。確かに、少し様子がおかしいです。先ほどからのリュート様の発言は、どこか焦ったような感情をお見受けします」
焦り……あぁそうか。この後起こるであろう問題について知っているのは俺だけ。リュートですら、知るはずのない事件だ。
なの俺は、なにもないはずの今の状況に、不安を感じている。こいつらからしたら、なんで? と思うことだろう。
「……そうか。ごめん。少し考え事をしていたせいで、気がつかなかった……」
場を乱したはずの俺に、四人の心配げな視線が刺さる。……リュートが、どれだけ信頼されているのか、よく分かる視線だな。
……変に思われるかもしれない。それでも──
「それでも、これは大事なことだ。──アリアさん、記憶が違っていると困るから、念のためその家に案内してくれないか?」
不自然な俺の発言に訝しんだ様子……それでも小さなため息をついて、微笑み返してくれる。
「いいさね。次期領主様の不可解な命令、従わない訳にはいかんからね!」
そう発言する彼女の様子は、いつもの陽気な笑顔に戻っていた。
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