異世界は小説の中にて─改変の物語─

SatoNaka

文字の大きさ
上 下
11 / 18

第11話 朝練

しおりを挟む
「昨日は結局、あの男を取り逃がしちまった……どうにもうまくいかないな」

 先をある程度分かっていても、やはり現実に動こうとすれば上手くはいかないな。

 あれだけ激しく暴れていたこともあり、ミノタウロスとの戦闘後、すぐに人が集まってきた。
 当然、リアとアイネも様子を見にきたが、ブリッツの姿を確認した時のアイネは、悪戯がバレた子供のようだったな。
 まあブリッツは彼女にあまいから、それほどのお咎めはなかったようだが。
 
 当然リュンヌも来たが、すぐに状況整理に移ったため、特に話すこともなく事後処理の流れとなった。
 まあ、直接携わった俺とブリッツには、後ほど話を聞くと言っていたが、昨日は音沙汰なかったな。

「──さて、朝の稽古けいこというものも大事なようだからな。リュートの体をなまらせるわけにもいかない」

 体力付けと剣術の復習、素振り。……昨日のあの格闘術もある程度見直しておかないとな。
 屋敷の裏庭、昨日ミノタウロスとやり合った場所でもあるが、空間が広く基本人も来ないため、朝稽古に向いた場所だ。
 いつもは人がいないのだが……今日は先客がいるな。

「早いじゃないか、ブリッツ」

 見た目にも重そうな、鋼鉄の長槍を振り回す手を止め、汗に濡れた黄金色の髪を振るう。
 薄縁のメガネを通して、こちらを睨んできた。

「君が遅いんだろう? 次期領主として、もう少し自覚を持つべきじゃないかい?」
「そりゃ悪かったな」

 相変わらず悪態をついてくる。……まあ、リュート相手にしか漏らすところを知らないのだけど。

「……なあリュート。結局、昨日の化け物はなんだったんだ?」
「調査中さ。最近は、領内で似たような事件が多発していてな。……それでも、あれほどの生物は初めてだ」

 本当に、厄介な状況にしてしまったと思う。こんな展開を急く必要あったか? 昔の俺よ。

「そうか、それは災難だったな。…………どうだ? 久しぶりに」

 槍を腰の高さで構え、首を傾げている。
 ……これも、二人の間で決まっている一つの所作だ。

「昨日の今日で、か?」
「だからこそ、だ」

 ブリッツは見た目も性格も、メガネのよく似合う理知的な奴なんだが、こういう時に関しては割と熱い。悪くない性格だ。

「……分かった。やろうか」

 小さくため息をついて見せ、鞘から直剣を引き抜き、中段に構える。

「ルールは忘れていないだろうな? リュート」
「お互いが納得のいく決着、だろ?」

 曖昧この上ないルールだが、昔からこの二人はこんなやりとりをよくしている。

 お互いに中段の構えのまま、視線を交え、心の中で三つ数える……一、零!

「「──いざ!」」
 
 合図と共に、互いに地面を蹴り距離を詰める!

 その速度は互角──のはずだが、接触するより早く、ブリッツの槍が目の前に……!
 真っ直ぐ駆けていた足を捻り、剣の背で槍を受け流しながら、右に避ける。

「──っ!」

 槍に集中しすぎた! 唐突に受けた腹部への衝撃……槍を手放したブリッツが脇を締めたまま拳を差し込んでいる……!

 予想外の攻撃に怯む俺をよそに、中空で遊ぶ槍を拾い上げ、そのまま体を一回転捻り、勢いよく振り抜いてくる──が、痛みに耐えながらも剣で受け止めた。──重い!

 力で言えば間違いなくこちらが上。しかし、最初の一撃のダメージがまだ残っていることと、ブリッツの速度で捻る、その槍にかかる遠心力は凄まじいもののようだ。

「くぅ。ふざ──けるなぁ!」

 力の扱いでは一枚も二枚もこっちが上手うわてだ! どんな体勢だろうが、力で負けるかよ!

 槍を弾き返し、追撃に入ろうと体勢を整え──っ!

「──僕をみくびるなよ、リュート! 君のそのバカみたいな闘い方は把握している!」

 俺が弾いた勢いをそのまま、もう一度逆回転で体を捻り、反対から槍を振り抜いてくる……!
 もう一度受け止めるが、その勢いはさっきの比にならない。
 力で負けるのはしゃくだが、致し方あるまい! 受けている剣を傾け、槍を頭の上へと受け流す。
 
 おそらく、本人も扱い切れていないだろうその力に引っ張られて、ブリッツの体勢が崩れた! 
 この隙に次の一手を──

「甘いぞリュート」

 崩れかけた体勢の中、明後日の方向に飛んでいくはずの槍。ブリッツはその柄を思い切り地面に叩きつけると、地面に突き刺さるその芯を軸にして、体勢を立て直す勢いのまま俺の眼前にその爪先つまさきを──!

「──つぅ!」

 そのまま蹴られた俺の体は、宙を浮き吹き飛ばされる。
 地面につくなり、受け身の要領で体を転がして、そのまま跳ね起きるように、体勢を整えた。

 ブリッツを見やると、柄を上段、矛先を中段に構えた体勢で、こちらの様子を窺っている……。

「……リュート、君は強い。僕も保証しよう。だが、その実直な性格と闘い方に関しては直すべきだ。領主として、将来人の上に立つならば尚更な!」
「余計なお世話だ!」

 真正面から高速で近づいてくる……!
 ブリッツの言いたいことも分からなくはない。だが、リュートは──物語の主人公ってのは、このままでいなくちゃいけない!
 ブリッツの突く矛先が、こちらの肌に触れる直前、腰に取り付けた鞘を引き抜き、槍の柄を上空へ弾く。

「なっ──!」

 予想外の動きに反応が遅れたのだろう。崩れた体勢を立て直そうとするが、俺の拳の方が速い──!

「旦那様ー、ブリッツー、食事の準備ができたと、フローリアが呼んでいますわよー」

 アイネの声が聞こえたと同時に、周囲に張り詰めた空気が霧散した。
 俺の拳は寸止め、ブリッツの体勢も不安定のまま、互いに動きを止めてしまう。

「……貴方達、何をしてらっしゃいますの? 朝から汗まで流して。そんな状態で食事をされても困りますわ。行水してから来てくださいまし。では、私は先に行ってお待ちしておりますわね」

 アイネが去っていくのを確認すると、二人して脱力してしまう。

「アイネ様は相変わらず麗しいな」
「……麗しいかは知らんが、あいつの自分に素直なところは嫌いじゃないな」

 直接見ると、文章の上で見るよりも二回りは可愛く見えるもんだ。また機会があれば、役に立たせてもらうとしよう。

「……変わったな、君」

 驚いた様子のブリッツの言葉に、俺はただ苦笑いしかできなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クズ聖王家から逃れて、自由に生きるぞ!

梨香
ファンタジー
 貧しい修道女見習いのサーシャは、実は聖王(クズ)の王女だったみたい。私は、何故かサーシャの中で眠っていたんだけど、クズの兄王子に犯されそうになったサーシャは半分凍った湖に転落して、天に登っちゃった。  凍える湖で覚醒した私は、そこでこの世界の|女神様《クレマンティア》に頼み事をされる。  つまり、サーシャ《聖女》の子孫を残して欲しいそうだ。冗談じゃないよ! 腹が立つけど、このままでは隣国の色欲王に嫁がされてしまう。こうなったら、何かチートな能力を貰って、クズ聖王家から逃れて、自由に生きよう! 子どもは……後々考えたら良いよね?

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成
ファンタジー
ゴブリンに支配された世界で、唯一人間が住むことのできる土地にある、聖エリーゼ王国。 ユレイトという土地を治める領主エヴァンは、人道的な優れた統治力で知られる。 エヴァンは遠征から帰ってきたその日、領主邸の庭園にいる見知らぬメイドの存在に気づく。その者は、どう見ても男であった。 個性的な登場人物に囲まれながら、エヴァンはユレイトをより良い領地にするため、ある一つのアイディアを形にしていく。

運命の剣

カブトム誌
ファンタジー
剣と魔法の世界で、名門家の若き剣士アリオスは、家族の期待と名声に押し潰されそうになりながらも、真の力を求めて孤独な戦いに挑む。しかし、心の中にある「一人で全てを背負う」という思い込みが彼を試練に追い込む。自分の弱さを克服するため、アリオスは命がけの冒険に出るが、そこで出会った仲間たちとの絆が彼の人生を大きく変える。 過去の恐れを乗り越え、仲間と共に闇の力に立ち向かうアリオスの成長の物語。挫折と成長、そして仲間との絆が織りなす感動的なファンタジー。最後に待ち受けるのは、真の強さとは何かを知ったアリオスが切り開く新たな未来だ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

ハナノカオリ

桜庭かなめ
恋愛
 女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。  そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。  しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。  絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。  女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。  ※全話公開しました(2020.12.21)  ※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。  ※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。  ※お気に入り登録や感想お待ちしています。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...