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第10話 友情は炎の如し
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「……なあブリッツ。助けてくれたのはありがたいが、あいつにかかってるのって──」
「発火草の植物油だが何か?」
振り返り、こちらを見やるその表情には悪びれた様子が一切感じられない……。
「発火草の油ってお前──」
「あんな巨体、普通にやりあって勝てるわけないじゃないか。こうするんだ」
左手に構えた短刀を、槍の柄より少し上に切りつける。
彼のその動作を起点に、止まっていたミノタウロスの振る巨木は空を切り、チチチッと不穏な音が巨牛の至る部位から聞こえてくる……。
「それで、アイネ様はどこに居るんだい? リュート」
「今はそれどころじゃ──」
俺の言葉を遮るように、ミノタウロスの悲痛の雄叫びが響き渡った。
「なんだ!」
──ブリッツのやつ、相変わらず無茶してくれるなぁ!
周囲の温度が僅かに上がり、不廃物を焼いたような悪臭が鼻をついた。
ミノタウロスの上半身が燃え上がり、悲痛の雄叫びは絶えることが無い……。
「明らかに格上の相手には頭を使うんだ。そうしないと勝ちの目なんてものは見えないからね」
特に強く炎上する自分の頭を抱え、ミノタウロスは膝をつき、上がり続けていた声を鎮めていった。
「──バカブリッツが!」
「誰がバカだ! 僕は君を助けてやろうと──」
バカの発言は放置して、急いで巨牛の懐へと駆けてゆく。
このままじゃ、あの燃え盛る巨体が倒れて、領内でボヤ騒ぎ──下手すれば大火事に繋がるぞ!
──? なんだ?
俺が後僅かで懐に入り込もうとした瞬間、既に真っ黒になっている巨牛の目がこちらを睨みつけ──
「──くぅっ!」
今日一番の巨大な咆哮。思わず、持っていた剣を手放し両耳を塞いで、目も閉じてしまう。
──う、動けねぇ……!
よくゲームなんかでも咆哮で動けない、なんてあるが、なるほどこんなもの身動きが取れたものじゃ無いな。
視覚、聴覚を塞いだ上に、出来る限り踏み込んでいないと、いつ吹き飛ばされてもおかしくない。
咆哮は収まったようだが、未だその余韻が残っている……肌に感じていた熱が失せ、俺も僅かに目を開いていき──
「あぁ──くっそ!」
武器を失っているミノタウロスの拳がこちら目掛けて振り下ろされていた。
リュートの性格的にも、俺自身の恐怖心的にもあまり使いたくなかったんだが……仕方あるまい。
武器を拾い上げることもせず、息を深く吸い込む。目前まで迫る拳に集中して──
「打つ!」
巨牛の拳と合わせるように流動的な動きで打ち合わせる!
別に、ミノタウロスより力があるだとか、そんなんじゃない。ただ、力の使い方が違うというだけの話だ。
合わせた拳は明らかに奴の方が上だが、体勢を崩すのはあちら側。
俺はそのままもう一度深く空気を吸い込むと、体勢を崩している巨牛の腹へと飛び乗り、息を吐き出すのと合わせてその巨体ごと、地面へと踏み込んでいく……!
大きな振動を立てながら、その巨体は広い地面へと倒れ込んだ。
「悪いな。助ける術が分からないんだ」
我ながら、一度この姿になった生物を救う術を考えていなかった、自分に嫌気が差す。
なんの罪もない雌牛を殺すのは忍びないが、致し方あるまい。
「──ふぅ」
体内の息を全て吐き捨て、新しく大量の空気を取り込んでいく。
巨大な声量で呻く、目の前で倒れたその巨牛を見下げると、僅かに目頭が熱くなるのが分かった。
こちらを睨みつけるその凶悪な瞳も、今の俺には泣いているように見えて仕方ない。
──本当にすまない。
自然に身を任せ、息を吐き出すのと同時に、体の全ての力を拳に流して行き──
「──ハァっ!」
彼女の心臓へと、俺の全てを込めた拳を突き立てた。
周りからみたら、力なく拳を突いたように見えた事だろう。それでも、この拳にはあらゆる力が加わっている。
その大きく突き出た口からは、胃液と血液の混じった液体を吐き出し、こちらを睨んでいた黒い瞳は色を失っていった。
なんともなしに彼女の背がつく地面に目を見やれば、僅かなひびが確認出来た。
「……また怒られるかな、これ」
近づいてくるブリッツの足音を聞きながら、自分の気持ちを誤魔化すように呆れた風に呟いた。
「相変わらず不思議な力を使うな。いつもいつも不気味で仕方がない」
「不思議でもなんでもない。いつも言ってるだろ? 力の流れを考えているだけだよ」
おそらく息絶えたミノタウロスの上から飛び降り、ブリッツの正面に立つ。
「まあ、今回は助かったよ。ありがとうな」
「よせ、気持ち悪い。僕はアイネ様のために動くだけだ」
やっぱブレることのない性格。色気のない眼鏡を持ち上げるその仕草も、知った通りの癖だな。
「……なら、もう少し考えて行動しろ。あのままじゃ大火事だったぞ」
「……そこは浅はかだった。謝罪させてもらう──すまなかった」
存外素直じゃないか。
思わず緩んだ口元を誤魔化すように、わざと聞こえるように大きなため息を吐きかける。
「まあ、今回はお互い助けられたということで」
「不本意だが、その事実は覆らないだろう」
俺が拳を作り持ち上げる。ブリッツもため息を漏らしながらも、同じ仕草をして、息の触れ合う距離まで互いに近づく。
これがこの二人の決まり事、戦闘が終わるといつもそうだ。
互いの胸に握り拳を置く。そして──
「「この生命に感謝を」」
仲がいいと思えない二人の、息の合う唯一の瞬間だ。
「発火草の植物油だが何か?」
振り返り、こちらを見やるその表情には悪びれた様子が一切感じられない……。
「発火草の油ってお前──」
「あんな巨体、普通にやりあって勝てるわけないじゃないか。こうするんだ」
左手に構えた短刀を、槍の柄より少し上に切りつける。
彼のその動作を起点に、止まっていたミノタウロスの振る巨木は空を切り、チチチッと不穏な音が巨牛の至る部位から聞こえてくる……。
「それで、アイネ様はどこに居るんだい? リュート」
「今はそれどころじゃ──」
俺の言葉を遮るように、ミノタウロスの悲痛の雄叫びが響き渡った。
「なんだ!」
──ブリッツのやつ、相変わらず無茶してくれるなぁ!
周囲の温度が僅かに上がり、不廃物を焼いたような悪臭が鼻をついた。
ミノタウロスの上半身が燃え上がり、悲痛の雄叫びは絶えることが無い……。
「明らかに格上の相手には頭を使うんだ。そうしないと勝ちの目なんてものは見えないからね」
特に強く炎上する自分の頭を抱え、ミノタウロスは膝をつき、上がり続けていた声を鎮めていった。
「──バカブリッツが!」
「誰がバカだ! 僕は君を助けてやろうと──」
バカの発言は放置して、急いで巨牛の懐へと駆けてゆく。
このままじゃ、あの燃え盛る巨体が倒れて、領内でボヤ騒ぎ──下手すれば大火事に繋がるぞ!
──? なんだ?
俺が後僅かで懐に入り込もうとした瞬間、既に真っ黒になっている巨牛の目がこちらを睨みつけ──
「──くぅっ!」
今日一番の巨大な咆哮。思わず、持っていた剣を手放し両耳を塞いで、目も閉じてしまう。
──う、動けねぇ……!
よくゲームなんかでも咆哮で動けない、なんてあるが、なるほどこんなもの身動きが取れたものじゃ無いな。
視覚、聴覚を塞いだ上に、出来る限り踏み込んでいないと、いつ吹き飛ばされてもおかしくない。
咆哮は収まったようだが、未だその余韻が残っている……肌に感じていた熱が失せ、俺も僅かに目を開いていき──
「あぁ──くっそ!」
武器を失っているミノタウロスの拳がこちら目掛けて振り下ろされていた。
リュートの性格的にも、俺自身の恐怖心的にもあまり使いたくなかったんだが……仕方あるまい。
武器を拾い上げることもせず、息を深く吸い込む。目前まで迫る拳に集中して──
「打つ!」
巨牛の拳と合わせるように流動的な動きで打ち合わせる!
別に、ミノタウロスより力があるだとか、そんなんじゃない。ただ、力の使い方が違うというだけの話だ。
合わせた拳は明らかに奴の方が上だが、体勢を崩すのはあちら側。
俺はそのままもう一度深く空気を吸い込むと、体勢を崩している巨牛の腹へと飛び乗り、息を吐き出すのと合わせてその巨体ごと、地面へと踏み込んでいく……!
大きな振動を立てながら、その巨体は広い地面へと倒れ込んだ。
「悪いな。助ける術が分からないんだ」
我ながら、一度この姿になった生物を救う術を考えていなかった、自分に嫌気が差す。
なんの罪もない雌牛を殺すのは忍びないが、致し方あるまい。
「──ふぅ」
体内の息を全て吐き捨て、新しく大量の空気を取り込んでいく。
巨大な声量で呻く、目の前で倒れたその巨牛を見下げると、僅かに目頭が熱くなるのが分かった。
こちらを睨みつけるその凶悪な瞳も、今の俺には泣いているように見えて仕方ない。
──本当にすまない。
自然に身を任せ、息を吐き出すのと同時に、体の全ての力を拳に流して行き──
「──ハァっ!」
彼女の心臓へと、俺の全てを込めた拳を突き立てた。
周りからみたら、力なく拳を突いたように見えた事だろう。それでも、この拳にはあらゆる力が加わっている。
その大きく突き出た口からは、胃液と血液の混じった液体を吐き出し、こちらを睨んでいた黒い瞳は色を失っていった。
なんともなしに彼女の背がつく地面に目を見やれば、僅かなひびが確認出来た。
「……また怒られるかな、これ」
近づいてくるブリッツの足音を聞きながら、自分の気持ちを誤魔化すように呆れた風に呟いた。
「相変わらず不思議な力を使うな。いつもいつも不気味で仕方がない」
「不思議でもなんでもない。いつも言ってるだろ? 力の流れを考えているだけだよ」
おそらく息絶えたミノタウロスの上から飛び降り、ブリッツの正面に立つ。
「まあ、今回は助かったよ。ありがとうな」
「よせ、気持ち悪い。僕はアイネ様のために動くだけだ」
やっぱブレることのない性格。色気のない眼鏡を持ち上げるその仕草も、知った通りの癖だな。
「……なら、もう少し考えて行動しろ。あのままじゃ大火事だったぞ」
「……そこは浅はかだった。謝罪させてもらう──すまなかった」
存外素直じゃないか。
思わず緩んだ口元を誤魔化すように、わざと聞こえるように大きなため息を吐きかける。
「まあ、今回はお互い助けられたということで」
「不本意だが、その事実は覆らないだろう」
俺が拳を作り持ち上げる。ブリッツもため息を漏らしながらも、同じ仕草をして、息の触れ合う距離まで互いに近づく。
これがこの二人の決まり事、戦闘が終わるといつもそうだ。
互いの胸に握り拳を置く。そして──
「「この生命に感謝を」」
仲がいいと思えない二人の、息の合う唯一の瞬間だ。
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