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第9話 魔物
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「──くそっ。あれじゃ期待は出来そうにないな。リュンヌのやつ、いい気になりやがって……!」
この声──まだ間に合いそうか?
見失ったあいつを探して彷徨っていたが、裏庭の方から聞こえてきたな……少し遠回りしないといけないか。急ごう!
「……放牧でもしているのか? 何故こんなところに乳牛がいる?」
離れていても良く聞こえる低い鳴き声。どうやら、屋敷の近くまでうちの雌牛が迷い込んだらしいな。
……まずい。急げよ、俺!
「──ちょうどいいな。リュンヌへの当て付けにもなる。試作品の実験台となってもらおう」
くそ! あのクズ男、うちの牛に手を出すんじゃない!
「さあ、思う存分暴れてこい!」
男の声と共に、悲鳴にも聞こえる雌牛の鳴き声──
「──遅かったか……!」
遠く離れていく男の笑い声を背景に、俺の目の前に見える牛の姿は、記憶にある彼女とは、すでに大きく異なっていた。
その頭に生えるツノは巨大に厳格を持ち、顔つきも凶悪なものへとなっている。
こちらを確認して吹く鼻息は、勢いも強く獣臭さを広げていく。
元々大きな体躯を、二倍ほどまで拡大したその身を、後ろ足二本で持ち上げ、長く雄々しい尾っぽで二度ほど地面を叩く……。
「ミノタウロス……!」
よくファンタジーな物語に出てくる二足の牛人、ミノタウロスそのもの……!
展開が分かっていても、その圧倒的な容姿には怖気付いてしまう。
「助けられなかったか……」
領地の牛を一頭失ってしまった……悪いな、俺がもう少し早く動けていれば……!
しかし、俺の気持ちを気にした風もなく、周囲を二度、三度と見渡し、近くに見える巨木に手をかけた。
「おい、まさか──」
そのまま巨木を根から引き抜き、周囲に響く雄叫びと共に、その巨木を空高く持ち上げる!
「……今の声で誰か来てくれればいいが、俺一人でどうにかなるのか?」
当然、俺の呟きなど聞く者はいないし、ミノタウロスとの視線が交わってしまう。
俺の目を凝視していたミノタウロスは、空に向けてもう一度雄叫びを放つと、地面を抉るように足を踏み込み──
「──速い!」
その巨体に似合わず、縮地のような動きと速さで距離を詰めてくる……!
──しかしやはりこの体は、俺の意思に関係なく動くらしい。
無意識に距離を取り、ミノタウロスが振りかざしてくる巨木さえも、体が勝手にいなしていく!
「すごいなリュート、こんな相手でも臆する気配がない!」
リュートの体で呟くセリフではないかもしれないが、思わず口をついてしまう。
そんな俺の呑気な思考もリュートには関係なさそうだ。
無造作に巨木を振り回す、ミノタウロスの攻撃が当たる様子は無い。……無いのだが──
「隙がないな」
見た目以上の力を持っているのか、自分の背丈の倍はある巨木を振り回す、その速度が速すぎる。入り込む余地が無い。
リュートもおそらく同じ考えなのだろう。攻撃を避けはしつつも、近づこうとはしない。
「──まずいな」
けして狭くは無い空間。しかし、攻撃をいなすうちに少しずつ、後退っていたらしい。すでに背面の壁がすぐそこまで迫っていた。
このまま避け続ければ、逃げ道はなくなり攻撃を受けるしかなくなるし、そうでなくても屋敷の壁が壊されてしまう……それは面倒だな。
「……頼むぞ? リュート」
自分の体に言い聞かせるように呟くと、俺の意思で、まっすぐとミノタウロスの手の動きに集中する──
「──今!」
巨木の乱舞の中、一瞬の隙間を縫って入り込む。
体を捻り、腰に佩いた剣を引き抜いて、こちらに目掛けて振り下ろされる巨木を受け止め──
「くっ──!」
無理か!
リュートの身体能力でタイミングは問題無かった……。
それでもやはり、巨牛の力は計り知れない。受け止めたその体勢のまま宙に放り投げられてしまった。
「ちっ──」
どうなってるんだあの牛は!
ついさっきあれだけの大振りをしておいて、未だ宙に浮く俺の方へ向かってきているじゃないか!
いくらリュートの体とはいえ、空中でできる行動なんてたかが知れている。
「受け止め切れるか……!」
地面に着く前に体勢を整え、ミノタウロスに視線を戻す──まずい!
すでに目前まで到達している巨牛、振り払われる巨木……! 着地が間に合わない!
「──なんだ!」
突然、どこからともなく鋼鉄の長槍が放り込まれ、俺と巨木の間の地面に突き刺さる。
しかし、そのまま動きもなく巨木が振り抜かれ──ない?
「……どうしたんだ?」
振り抜かれるはずの巨木は途中で止まり、ミノタウロスの怒号にも聞こえる雄叫びが響き渡る。
何事もなく着地したまま、思わず呆然としてしまった。しかしあの槍、どこかで見たような……。
そして、ミノタウロスが巨木を戻そうと力を込めたとき、その頭の上に何かの容器が落とされた。……槍といい、あの容器といい、どこから飛んできてるんだ?
容器からは、鼻につく僅かに黄色味を帯びた、半液状のものがばら撒かれている。
「……これ、まさか──」
「──まったく。相変わらず無茶な戦い方をしているな、君は。それでは命がいくつあっても足りないぞ」
初めて聞く声だが、誰なのかすぐに分かった。
さっき地面に突き立てられた槍の側、黄金色の髪の男がその柄を握っていた。
この声──まだ間に合いそうか?
見失ったあいつを探して彷徨っていたが、裏庭の方から聞こえてきたな……少し遠回りしないといけないか。急ごう!
「……放牧でもしているのか? 何故こんなところに乳牛がいる?」
離れていても良く聞こえる低い鳴き声。どうやら、屋敷の近くまでうちの雌牛が迷い込んだらしいな。
……まずい。急げよ、俺!
「──ちょうどいいな。リュンヌへの当て付けにもなる。試作品の実験台となってもらおう」
くそ! あのクズ男、うちの牛に手を出すんじゃない!
「さあ、思う存分暴れてこい!」
男の声と共に、悲鳴にも聞こえる雌牛の鳴き声──
「──遅かったか……!」
遠く離れていく男の笑い声を背景に、俺の目の前に見える牛の姿は、記憶にある彼女とは、すでに大きく異なっていた。
その頭に生えるツノは巨大に厳格を持ち、顔つきも凶悪なものへとなっている。
こちらを確認して吹く鼻息は、勢いも強く獣臭さを広げていく。
元々大きな体躯を、二倍ほどまで拡大したその身を、後ろ足二本で持ち上げ、長く雄々しい尾っぽで二度ほど地面を叩く……。
「ミノタウロス……!」
よくファンタジーな物語に出てくる二足の牛人、ミノタウロスそのもの……!
展開が分かっていても、その圧倒的な容姿には怖気付いてしまう。
「助けられなかったか……」
領地の牛を一頭失ってしまった……悪いな、俺がもう少し早く動けていれば……!
しかし、俺の気持ちを気にした風もなく、周囲を二度、三度と見渡し、近くに見える巨木に手をかけた。
「おい、まさか──」
そのまま巨木を根から引き抜き、周囲に響く雄叫びと共に、その巨木を空高く持ち上げる!
「……今の声で誰か来てくれればいいが、俺一人でどうにかなるのか?」
当然、俺の呟きなど聞く者はいないし、ミノタウロスとの視線が交わってしまう。
俺の目を凝視していたミノタウロスは、空に向けてもう一度雄叫びを放つと、地面を抉るように足を踏み込み──
「──速い!」
その巨体に似合わず、縮地のような動きと速さで距離を詰めてくる……!
──しかしやはりこの体は、俺の意思に関係なく動くらしい。
無意識に距離を取り、ミノタウロスが振りかざしてくる巨木さえも、体が勝手にいなしていく!
「すごいなリュート、こんな相手でも臆する気配がない!」
リュートの体で呟くセリフではないかもしれないが、思わず口をついてしまう。
そんな俺の呑気な思考もリュートには関係なさそうだ。
無造作に巨木を振り回す、ミノタウロスの攻撃が当たる様子は無い。……無いのだが──
「隙がないな」
見た目以上の力を持っているのか、自分の背丈の倍はある巨木を振り回す、その速度が速すぎる。入り込む余地が無い。
リュートもおそらく同じ考えなのだろう。攻撃を避けはしつつも、近づこうとはしない。
「──まずいな」
けして狭くは無い空間。しかし、攻撃をいなすうちに少しずつ、後退っていたらしい。すでに背面の壁がすぐそこまで迫っていた。
このまま避け続ければ、逃げ道はなくなり攻撃を受けるしかなくなるし、そうでなくても屋敷の壁が壊されてしまう……それは面倒だな。
「……頼むぞ? リュート」
自分の体に言い聞かせるように呟くと、俺の意思で、まっすぐとミノタウロスの手の動きに集中する──
「──今!」
巨木の乱舞の中、一瞬の隙間を縫って入り込む。
体を捻り、腰に佩いた剣を引き抜いて、こちらに目掛けて振り下ろされる巨木を受け止め──
「くっ──!」
無理か!
リュートの身体能力でタイミングは問題無かった……。
それでもやはり、巨牛の力は計り知れない。受け止めたその体勢のまま宙に放り投げられてしまった。
「ちっ──」
どうなってるんだあの牛は!
ついさっきあれだけの大振りをしておいて、未だ宙に浮く俺の方へ向かってきているじゃないか!
いくらリュートの体とはいえ、空中でできる行動なんてたかが知れている。
「受け止め切れるか……!」
地面に着く前に体勢を整え、ミノタウロスに視線を戻す──まずい!
すでに目前まで到達している巨牛、振り払われる巨木……! 着地が間に合わない!
「──なんだ!」
突然、どこからともなく鋼鉄の長槍が放り込まれ、俺と巨木の間の地面に突き刺さる。
しかし、そのまま動きもなく巨木が振り抜かれ──ない?
「……どうしたんだ?」
振り抜かれるはずの巨木は途中で止まり、ミノタウロスの怒号にも聞こえる雄叫びが響き渡る。
何事もなく着地したまま、思わず呆然としてしまった。しかしあの槍、どこかで見たような……。
そして、ミノタウロスが巨木を戻そうと力を込めたとき、その頭の上に何かの容器が落とされた。……槍といい、あの容器といい、どこから飛んできてるんだ?
容器からは、鼻につく僅かに黄色味を帯びた、半液状のものがばら撒かれている。
「……これ、まさか──」
「──まったく。相変わらず無茶な戦い方をしているな、君は。それでは命がいくつあっても足りないぞ」
初めて聞く声だが、誰なのかすぐに分かった。
さっき地面に突き立てられた槍の側、黄金色の髪の男がその柄を握っていた。
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