異世界は小説の中にて─改変の物語─

SatoNaka

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第7話 小説と栞

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「ふぅ……なんだか疲れたな」

 リュートの意識になってからまだ一日と経ってないのに、すでに疲労感が半端じゃ無い。この主人公、苦労してたんだな……。

 二人が風呂に入っている間に、今日のことでも整理しておこうか。

 俺、里中竜達さとなかりゅうとは、謎の盗作? に遭い、油断したところで交通事故。
 死んだと思えば、自らの小説の主人公、リュートの意識として目覚め、そのヒロインであるリアに助けられる。
 その後屋敷に戻り、アイネが先走ったところまでは俺の書いた作品と全く同じ……。

 しかし、そこでアイネが一人で領地を出ていて、危険に晒されたこと、そしてさっきの謎のお風呂シーン──

「リアの家紋……直接見ると流石にきついな……」

 下弦の月をモチーフにした半月と、下方には雲の紋様。それを包むかのように縁取る稲穂。領地の名産である稲穂が家紋であることは、誇らしいことだろう。
 ……彼女の過去は少しややこしい。あの家紋も、ただのお洒落とは違う。
 肉体的にも精神的にも、彼女が傷を負った結果だ。

「本当に、リアには苦労ばかりかけてるな」

 ……浸るのは後にしよう。今は整理が先だ。

 ここまでの流れでは、展開の細かなところは違えど、リアに助けられ、アイネが領地にやってくる。その大筋には変化がないように思う。

 ともすれば、今後の展開も大筋は同じかもしれない。

「──なら、先んじて展開を知っておいた方が動きやすいよな」

 机の引き出し、基本的に俺しか開けないその引き出しにしまってある一冊の本。
 
 【最初で最後の物語。】

 まさか、その世界にやってきてしまうなんて思いもしなかったな。
 ……自分の最高傑作の中に入って、その作品を見ている状況なのか? ややこしいな。

「ん? なんだこれ」

 引き出しから顔を見せたその小説。見た目には質素で小さな一冊の本。
 そして、見慣れないものが一つ。

「薔薇……か?」

 わずかに薄赤く輝きを見せる真っ赤な薔薇。八重咲きの美しいそれが、金属の栞の先に提げられている。
 薔薇特有の匂いは感じられないし、触った感触も造花のように思う……薔薇の栞が挟まれたページを確認するため、小説を開いて読んでいく。

「…………これ、さっきまでのシーンか?」

 まだ物語も序盤のそのページには、さっきまで俺が体験していた展開が記されていた。
 しかし、俺はこんな内容で書いた記憶は無いぞ?
 そりゃ古い記憶だし、俺の記憶違いなんてこともあるんだろうが……。
 前後を見直しても、ほぼ変化がない中、違和感なく物語が繋がるように、改稿されているように思う。

「しかも、ご丁寧に文体も俺と全く同じじゃないか」

 もし改稿されているなら、もう一人俺がいて、今の状況を見ながら改稿しているかのようだ。
 流石にそんなことは考えにくい……やっぱりただの記憶違いか?

「……待てよ? 思い出した、この物語の最後って──」

 もし、この物語の大筋に沿って今後も展開していくとするならば、物語の終着点──最終回は同じ結果になる可能性が高い! 
 だとしたら! 俺の記憶が正しければ──

「────そうか、そりゃそうだよな」

 考えても見れば、当然の事実。
 なんですぐに思い当たらなかったのか。俺はバカなのだろう。

 最後までめくって、最終行に書かれた小さな文字。

「次巻へつづく。──くそっ」

 悪態をついたところで仕方ないが、こんな不思議な現象のくせに、そこは忠実にラノベらしくしてくれやがって。
 この後に他作の宣伝でも書かれてた日には、破り捨てていたかもしれない。……危なかった。
 
 結局、最後にどうなるのか確認できなかったな。
 俺の記憶通りだと悲惨なことになる。三年も経っているんだから、記憶違いであって欲しいところだが……。

「──ん?」

 俺以外には誰もいないはずの部屋、入り口あたりから物音が聞こえた。
 ──どうやら、アイネの愛猫が加えてきたボールらしきものが落ちた音のようだ。
 俺が視線を向けると、「にゃーん」と可愛らしく鳴いて見せてくる。

「……悩んでいても仕方ない。とりあえずは目先のことでも考えておこう」

 もう一度視線を落とし、栞の挟まれたページを開く。
 そこから数枚めくった先、今後起こる可能性のある出来事に目を通す。

「──ふむ、大筋が変わらないとすれば、かなり大事な場面が直近で起こりそうだな」

 これはかなり重要だ。もしかしたら、俺の思っている最後の展開を、変えることが出来るかもしれないな。肝に銘じておこう。

「どうした? あ……」

 さっきの猫が足元まで擦り寄ってきた。
 その拍子に栞となっていた薔薇の花弁が一枚抜け、軽く宙を舞って猫の鼻先へと落ちていく。
 鼻先に落ちたその花弁は光を失い、造花のはずのその花弁からは、鼻によく通る甘い香りが感じられた。

「──あれ、どこいった?」
 
 ふと、手元の小説に視線を戻してみると、いつのまにか薔薇の栞が消え、どこのページが くだんのページかわからなくなってしまった。
 辺りを見渡しても栞は見つからないな……。

「まあいいか。少し気にはなるが、なんとなく気にすることでもない気がする」

 俺の一言に同意するかのように一鳴きすると、アイネの愛猫は きびすを返し、入口のボールを咥えて出ていく。
 彼とすれ違うように、突然愛らしい顔が姿を覗かせた。

「リア?」
「リュート様、先程は申し訳ありませんでした! 食事の準備も直に済みますので、移動の方お願いしますっ」

 いつの間にやら風呂は済んだようだな。しかし、視線があってから終始、視線を地面に向けている。

 こちらに見せている空色の髪と可愛らしい耳がほのかに濡れていて、俯いているにも関わらずその頬が朱に染まっているのが分かった……風呂上りのためだろうか。
 少し 艶美えんびに感じてしまうのは、俺が よこしまなのか……?
 しかし、こんなにかしこまったリアというのも、珍しい気がするな。

「分かった」

 俺の返事を聞くなり、一礼して足早に去ってしまった。
 ……とりあえず本を閉じ、引き出しに戻す。
 色々と疑問は残るが、今は考えていても仕方ない。
 
「何より、リアのご飯は美味いはずだからな。楽しみで仕方ない」

 意識がこちらにきてから、直接食事を摂るのは初めてだ。
 彼女の手料理はさぞ美味しいんだろうな。
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