異世界は小説の中にて─改変の物語─

SatoNaka

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第5話 屋敷への帰宅

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「旦那様、私は今幸せですわ」

 本当は御者の人と乗りたかったんだが、流石に二人をあまり近づけたくもなかったからな……結局、俺とアイネ、リアと御者の男性という組み合わせだ。

 来た道を戻るだけなのだが、思ったよりも大所帯になってしまったな。
 二人ずつ乗せる馬が二頭、頭上を鷹のような鳥が数羽、馬の手綱を握っているため見えないが、アイネの側には彼女の愛猫あいびょうも乗っているはずだ。

「別に、お前と乗りたくて選んだ訳じゃ無いからな。変な勘違いしないでくれよ」
「旦那様、とてもいじらしいですわ。そんなに恥ずかしがる必要などございませんのに」

 人の話は全然聞いてないな……あまり話してるとリアからの視線が痛いんだが。

「それにしても旦那様? 随分と見ていないと思いますが、この景色は相変わらず壮観ですわね」
「地形なんてものはそう変わらないさ」

 リュートの住む領地は、すぐ側に巨大な山がそびえている。
 霊峰れいほうと言うわけでは無いが、神様の住居があるんじゃないか、なんて噂される山だ。

 その高度もさることながら、領内の農産にとても貢献してくれている。
 山頂から流れてくる水は澄んでいて、そのまま飲んでも美味しい。その上、子供の時から飲んでいると、病気にもならないなんて言われている。
 
 そんな水が領地を横切っているんだ。
 多少雨が降らなくても水に困ることは無いし、飲み水に困るようなことも無い。
 そして何より、日本での記憶がある俺にとって嬉しいことが──

「リュート様。馬車は無くなってしまいましたが、契約の方は何とぞよろしくお願いしますね。我が領地でも噂に名高い、〝米〟とやらを楽しみにしている者が多いのです」
「ああ、アイネの件もあるからな。お互い良い契約を結べることを願ってるよ」

 そう、米だ!
 山の麓にある土はどれも、水捌みずはけがほど良く、柔らかい。
 山から流れる水を含む土は、酸素や微生物も多量に含まれていて、多くの肥料も要求しない。
 正直、農産しろと言わんばかりの土地なわけだ。豊穣ほうじょうの神から、何かしらの加護を授かっているとしか思えない。

 山から吹き下ろす風のためか、昼夜での温度差が激しく、畜産の方に向かないのが唯一の欠点と言える。
 しかしそれについても、懸念と言うものがない。

「旦那様、直に着くと思うのですが、一つわがままを申し上げてもよろしいですの?」
「なんだ改まって」
「先ほどの些事さじのためか、肌とお召し物が汚れてしまいました。湯場をお借りしたく思う次第ですわ」

 風呂か。まあ、急ぐ用事があるわけじゃ無いし、それくらいいいだろう。

「分かった。戻ったら準備するよ」
「ありがとうございます、旦那様!」

 そんなに嬉しいのか? しかしあまりきつく抱きつくのはやめていただきたい……。
 色々と柔らかいものがあたって気になってしまう。──なにより、リアが前を向いてくれなくなってしまう!

「リア! 気持ちは分からんが、とりあえず前を向いてくれ! 客を乗せてること忘れるんじゃ無い!」
「リュート様はいけずです! アイネ様とは仲良く話しているのに、私のことは分かってくれないんですね!」

 頬を膨らませていても、なんとか正面を向いてくれたか。
 むくれる姿は可愛くていいのだが、あのままでは視線も痛いし、危なくて仕方ない……。

 まあ、懸念がないと言う理由は全身密着させてくるこのアイネにある訳だが……彼女の領地と言った方が正しいか。
 彼女の領地は広い平地で、基本的に暖かく穏やかな気候に恵まれている。つまるところ、畜産に向いた土地だ。
 その上でうちとの良好な関係のため、うちからの麦や野菜を餌にしてやれば、これもまた動物たちが健康に育つわけだ。

「さて、到着だな」

 高い山脈に囲われた、なんとも言えない大きさの土地。
 山から降りてくる川に、水を蓄えるダムのような場所。
 至る所に設けられた水車と多くの田畑が特徴だ。

 こうして外から見ると、本当に壮観で、それでいてのどかな景色。
 ここが、リュートの住まう領地になる。

 二頭の馬を厩舎きゅうしゃに預け、三人を連れて、リュートの屋敷へと歩き出す。

「懐かしいですわ。領地の中までお邪魔するのはいつぶりでしょうか。──ふぅ。いつきても空気がとても気持ちいいですわね」

 アイネのいう通り、この土地に吹く風は気持ちいい。
 いわゆる霊峰から流れてくる風だからだろうか? 単純に自然豊かだからかもしれないな。

「さあ、屋敷まではもう少し歩く。とりあえず──」
「おやリュート君、もう帰ってきたんだねぇ?」

 言葉を遮るようにかけられた声の主。見慣れた女性だな。

「ああ、アリアさん。今回は途中まで来てたアイネを迎えに行っただけだからね」

 彼女は領民の中でも一目いちもくおける女性だ。仕事は早く、人としても優れている。
 父とも仲が良く、小さい頃なんかはよか遊んでくれた記憶がある。
 そして、なにより美人だ。

「そっか。……んー、しかしこれはまた、とんだ色男になったよねぇ、リュート君も」

 なんか後ろの二人を見てないか……? 

「リュート様は昔から素晴らしい男性ですよ、アリアさん」
「見る目がありますわね、貴女。私の旦那様はそれはもう、最高の旦那様ですわ!」

 そして睨み合う二人……嬉しいことを言われたはずなのに、ため息が漏れてしまうのは何故なんだ!

「いやぁ、本当に、両手に華だこと!」

 方や、小柄に似合わぬ適度に大きな胸に、愛らしい面持ちの青髪碧眼、ケモミミ美少女。
 
 方や、細身の体にも関わらず全身に女性らしさを漂わせる、クールな面持ちの赤髪赤眼の美女。

 ああ、間違いなく両手に華さ。
 だが、アリアさんの生暖かいその視線にも感じられる、どこか残念な気持ちになってしまうのは何故なんだろうな。

「とりあえず屋敷の方に戻るよ。アリアさん、変な噂だけは流さないでくれよ」
「変な噂って何かねぇ?」

 その悪戯を企む子供の微笑みは、わかっている人間にしか出せない表情なんだよ、アリアさん。
 
 屋敷に向かう途中、何人かの領民に出会しては、二人のことについて何かしら呟かれて、精神をすり減らしていくこととなった。
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