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第1話 疑心と疑惑
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「おいおい……嘘だろ? ……まさかな?」
俺がよく通わせてもらっている、少し大きめの本屋。
特に、漫画やライトノベルの配置が広く、ライトノベルを好んで物色する俺のような人種には、最高の店舗だ。いつもありがたく利用させてもらっている。
当然、店頭には多くの新刊が並び、人気の高い物は展示場所も広く使われている。
その中でも一際広く陣取っている、今話題とされるライトノベル──
「【最初で最後の物語。】……偶然、だよな?」
新刊であり、俺にとって初めて見る作品。
当然、その表紙に描かれた可愛いヒロインたちに記憶はない。
しかし、そのタイトルには聞き覚えがある。……いや、忘れることなんてできないタイトルだ。
【最初で最後の物語。】──今はまだ趣味として小説を書いている俺の、初めての作品。そして、初めて公募に出した作品でもある。
懐かしいな……あれは三年前か?
当時は至高の作品を創り上げたと、我ながら恥ずかしいほどに舞い上がっていた。──公募に出して、一次選考すら通らなかった時は絶望したものだ。
しかしそれから、あの作品は世に出したことはない。誰も知るはずがない作品だ。
「ま、まあ誰でも思い浮かぶタイトルだからな、うん。偶然──」
表紙を開き、折り返しの内表紙。魅力的なキャラたちが格好良く描かれているイラスト。その次のページには目次がある。
……唖然とする他なかった。そのサブタイトルたちもまた、俺の古い記憶の中に存在するんだから、どうしようもない。
「……なんだよ、これ」
立ち読みはあまり好ましくないが、念のため何ページかめくらせてもらった。どれだけ読んでも、俺の記憶にある内容、文章だ。
「──ふざけるなよ!」
広いとはいえ、人の混み合う本屋。叫んだ俺が注目を集めることは必至だ。
何事もなかったように本を閉じ、俺のイメージの中には一切居ない黒髪のヒロインを睨み、その場にそっと戻す。
「──ちっ!」
周りの客には不快な思いをさせたかもしれないが、大きな舌打ちを残してその場を足早に立ち去った。
※
「やっぱりおかしい。いくら確認してもほぼ俺の原文と同じだ」
大通りの喧騒の中、携帯に保存しておいた過去のデータを弄って確認したが、やはりほぼ同じ文体、内容だ。
どうなってる? あの作品は三年も前に応募した作品だ。今更なぜ書籍に? そもそもあの原文は俺しか持っていないはず……。
それに、あの表紙だ。おそらく大きく描かれていたのがヒロインだろう。
しかし、彼女は俺のイメージではあんなクールなキャラじゃないし、髪の色がそもそも違う。彼女の髪は清楚な空だからこそ、その可憐さが──
「ん?」
周囲の喧騒を遥かに上回る、耳障りな高音──トラック?
人間、予想外の展開に見舞われると存外冷静なものだ。甲高いブレーキ音とクラクションを響かせ、高速で走っているはずの鉄の塊は、止まっているように見える。
……そして俺は、信号が赤く点灯する横断歩道の上に居た。
……その後のことは自分にもよく分からなかった。
自分の中から聞こえる鈍い音と同じくして、まともな視界は失い、体は熱湯に浸かったかのように熱くなり、その肢体に力を込めることすらできなくなった。
周囲の音は何も聞こえず、視界いっぱいに映る赤く染まるコンクリートの壁に、張り付くように落ちた携帯。
その画面には俺の最高傑作ともいえる過去の作品の中でも、最も大切なシーンが開かれている。今の俺の心境を表しているようなそのセリフ……。
「ごめんな、リア──」
お前を本当の姿で世に出してやりたかった──。
※
「──様! リュート様!」
「……?」
とても可愛らしい声。何か慌てているようだが……ここはどこだ?
鼻にかかる優しい匂いに周囲を見渡すと、多くの木々に囲われた空間。森か何かか?
なんとなくどこかで見たことあるような……。
「リュート様! 意識が戻られたのであれば、退避をお願いします!」
リュート……? 少し発音に違和感はあるが、俺のことだろうか?
可愛い声に視線を向けると、思わず息を詰まらせてしまった……。
あれはなんだ……狼、じゃないよな。ツノ生えてるし。
いや、そんなことはいい。その狼と対峙する少女。彼女の方が問題だ。
噛みつきにかかる狼を、その細く長い脚で蹴り上げている。
その透き通る青い瞳は不安げに揺らぎ、時折こちらを見ている気がするが……。
狼も諦める様子はなく、その立派なツノを彼女に向け高速で突進していく。
しかし、少女のその細く白い腕は見た目に反し、強烈に狼を地面に叩きつけた。
「流石だ……」
思わず俺の口を突いた言葉は、あの狼にも聞こえていたようだ。その鋭く凶悪な瞳をこちらに向け──
「て、まて! 俺はやめとけ!」
明らかに標的が俺に変わったんだが! あんなのにどう立ち向かえばいい?
我ながら情けない! あんな可憐な少女が強く闘っているというのに、その抜けた腰は動くことすら叶わないじゃないか!
「リュート様!」
狼のスピードは凄まじく、一瞬にして俺の目前まで──来たのも束の間、視界の外へと吹き飛んでいった。
「何が」
「リュート様、ご無事ですか?」
俺を横目に見据える青い瞳に、空のように薄青く短い髪を靡かせる彼女が、その小さな背を俺に向け立っていた。
吹き飛ばされた狼はもう一度ツノを彼女に向け、高速で突進を──
「危ない!」
「大丈夫ですよ」
優しい声で微笑む彼女は、突進してくる狼のツノを右手に抜いた剣で受け止め、上空に弾く。そのまま左手で抜いたもう一本の剣を、その狼の首に目掛けて振り抜き──
「……はは、ほんとカッコいいな」
首を失った狼の胴体が、周囲の地面を赤く染め上げていく。
彼女はわずかに長さの違うその二本の剣についた血を振り払い、腰に提げる一つの鞘へと納めた。
気を落ち着かせるためか、何度か深呼吸した彼女は、その綺麗な顔を歪ませてこちらに振り向き──
「リュート様ぁ!」
「ふぇ?」
抱きつかれた。
何がなんだか分からないぞ……なんだこれは。なんだこの状況は!
彼女に抱きつかれていると余計に気になる……綺麗な髪から生えるその三角の耳……!
「なあ、聞きたいことがあるんだが……」
「はい、なんでしょうか?」
わずかに涙を浮かべる彼女の不安顔に、胸が締めつけられる……。
馬鹿みたいなことだと思いながらも一呼吸すると、彼女の容姿に抱いた疑問を投げかけていた。
「君は……フローリア、なのか?」
目の前にいる可愛らしいケモミミ少女は、怪訝に歪めた表情で首を傾げている。
「……そうですよ。私は、あなたのリアです。頭でも痛めてしまわれましたか?」
そう……だな。俺の頭はどうにかなってしまったらしい。
そんなことが……ありえるのか?
俺がよく通わせてもらっている、少し大きめの本屋。
特に、漫画やライトノベルの配置が広く、ライトノベルを好んで物色する俺のような人種には、最高の店舗だ。いつもありがたく利用させてもらっている。
当然、店頭には多くの新刊が並び、人気の高い物は展示場所も広く使われている。
その中でも一際広く陣取っている、今話題とされるライトノベル──
「【最初で最後の物語。】……偶然、だよな?」
新刊であり、俺にとって初めて見る作品。
当然、その表紙に描かれた可愛いヒロインたちに記憶はない。
しかし、そのタイトルには聞き覚えがある。……いや、忘れることなんてできないタイトルだ。
【最初で最後の物語。】──今はまだ趣味として小説を書いている俺の、初めての作品。そして、初めて公募に出した作品でもある。
懐かしいな……あれは三年前か?
当時は至高の作品を創り上げたと、我ながら恥ずかしいほどに舞い上がっていた。──公募に出して、一次選考すら通らなかった時は絶望したものだ。
しかしそれから、あの作品は世に出したことはない。誰も知るはずがない作品だ。
「ま、まあ誰でも思い浮かぶタイトルだからな、うん。偶然──」
表紙を開き、折り返しの内表紙。魅力的なキャラたちが格好良く描かれているイラスト。その次のページには目次がある。
……唖然とする他なかった。そのサブタイトルたちもまた、俺の古い記憶の中に存在するんだから、どうしようもない。
「……なんだよ、これ」
立ち読みはあまり好ましくないが、念のため何ページかめくらせてもらった。どれだけ読んでも、俺の記憶にある内容、文章だ。
「──ふざけるなよ!」
広いとはいえ、人の混み合う本屋。叫んだ俺が注目を集めることは必至だ。
何事もなかったように本を閉じ、俺のイメージの中には一切居ない黒髪のヒロインを睨み、その場にそっと戻す。
「──ちっ!」
周りの客には不快な思いをさせたかもしれないが、大きな舌打ちを残してその場を足早に立ち去った。
※
「やっぱりおかしい。いくら確認してもほぼ俺の原文と同じだ」
大通りの喧騒の中、携帯に保存しておいた過去のデータを弄って確認したが、やはりほぼ同じ文体、内容だ。
どうなってる? あの作品は三年も前に応募した作品だ。今更なぜ書籍に? そもそもあの原文は俺しか持っていないはず……。
それに、あの表紙だ。おそらく大きく描かれていたのがヒロインだろう。
しかし、彼女は俺のイメージではあんなクールなキャラじゃないし、髪の色がそもそも違う。彼女の髪は清楚な空だからこそ、その可憐さが──
「ん?」
周囲の喧騒を遥かに上回る、耳障りな高音──トラック?
人間、予想外の展開に見舞われると存外冷静なものだ。甲高いブレーキ音とクラクションを響かせ、高速で走っているはずの鉄の塊は、止まっているように見える。
……そして俺は、信号が赤く点灯する横断歩道の上に居た。
……その後のことは自分にもよく分からなかった。
自分の中から聞こえる鈍い音と同じくして、まともな視界は失い、体は熱湯に浸かったかのように熱くなり、その肢体に力を込めることすらできなくなった。
周囲の音は何も聞こえず、視界いっぱいに映る赤く染まるコンクリートの壁に、張り付くように落ちた携帯。
その画面には俺の最高傑作ともいえる過去の作品の中でも、最も大切なシーンが開かれている。今の俺の心境を表しているようなそのセリフ……。
「ごめんな、リア──」
お前を本当の姿で世に出してやりたかった──。
※
「──様! リュート様!」
「……?」
とても可愛らしい声。何か慌てているようだが……ここはどこだ?
鼻にかかる優しい匂いに周囲を見渡すと、多くの木々に囲われた空間。森か何かか?
なんとなくどこかで見たことあるような……。
「リュート様! 意識が戻られたのであれば、退避をお願いします!」
リュート……? 少し発音に違和感はあるが、俺のことだろうか?
可愛い声に視線を向けると、思わず息を詰まらせてしまった……。
あれはなんだ……狼、じゃないよな。ツノ生えてるし。
いや、そんなことはいい。その狼と対峙する少女。彼女の方が問題だ。
噛みつきにかかる狼を、その細く長い脚で蹴り上げている。
その透き通る青い瞳は不安げに揺らぎ、時折こちらを見ている気がするが……。
狼も諦める様子はなく、その立派なツノを彼女に向け高速で突進していく。
しかし、少女のその細く白い腕は見た目に反し、強烈に狼を地面に叩きつけた。
「流石だ……」
思わず俺の口を突いた言葉は、あの狼にも聞こえていたようだ。その鋭く凶悪な瞳をこちらに向け──
「て、まて! 俺はやめとけ!」
明らかに標的が俺に変わったんだが! あんなのにどう立ち向かえばいい?
我ながら情けない! あんな可憐な少女が強く闘っているというのに、その抜けた腰は動くことすら叶わないじゃないか!
「リュート様!」
狼のスピードは凄まじく、一瞬にして俺の目前まで──来たのも束の間、視界の外へと吹き飛んでいった。
「何が」
「リュート様、ご無事ですか?」
俺を横目に見据える青い瞳に、空のように薄青く短い髪を靡かせる彼女が、その小さな背を俺に向け立っていた。
吹き飛ばされた狼はもう一度ツノを彼女に向け、高速で突進を──
「危ない!」
「大丈夫ですよ」
優しい声で微笑む彼女は、突進してくる狼のツノを右手に抜いた剣で受け止め、上空に弾く。そのまま左手で抜いたもう一本の剣を、その狼の首に目掛けて振り抜き──
「……はは、ほんとカッコいいな」
首を失った狼の胴体が、周囲の地面を赤く染め上げていく。
彼女はわずかに長さの違うその二本の剣についた血を振り払い、腰に提げる一つの鞘へと納めた。
気を落ち着かせるためか、何度か深呼吸した彼女は、その綺麗な顔を歪ませてこちらに振り向き──
「リュート様ぁ!」
「ふぇ?」
抱きつかれた。
何がなんだか分からないぞ……なんだこれは。なんだこの状況は!
彼女に抱きつかれていると余計に気になる……綺麗な髪から生えるその三角の耳……!
「なあ、聞きたいことがあるんだが……」
「はい、なんでしょうか?」
わずかに涙を浮かべる彼女の不安顔に、胸が締めつけられる……。
馬鹿みたいなことだと思いながらも一呼吸すると、彼女の容姿に抱いた疑問を投げかけていた。
「君は……フローリア、なのか?」
目の前にいる可愛らしいケモミミ少女は、怪訝に歪めた表情で首を傾げている。
「……そうですよ。私は、あなたのリアです。頭でも痛めてしまわれましたか?」
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