12 / 66
第三週「牡蠣の雑炊」
(11)心が汚れている人の証拠
しおりを挟む「何故あのような無茶をした」
「す……すみません」
「すみませんじゃすまないよ。見てるこっちはハラハラしたんだからね?」
「は、い……」
謁見の間から場所は変わり、今は騎士団本部へと連れてこられていた。
杉崎が魔導師たちを引き付けている間に海はアレクサンダーとクインシーに手を引かれてあの場から逃げ出した。本当はヴィンスの宿に戻ろうとしていたのだが、橋を下ろす許可が取れなかった。エヴラールが海を城下町に戻ることを許さなかったからだ。
アレクサンダーがエヴラールに何度も橋を下ろすように掛け合ったが、杉崎の対応に手を焼いていてそれどころではないと帰されてしまった。その為、海は騎士団本部に身を寄せているのだが、ただいまクインシーとアレクサンダーに本部の食堂で説教されている。海の位置は三者面談の教師側と言えば分かるだろうか。腕を組んで海を睨んでいるアレクサンダーと、困り顔で笑うクインシー。
これなら宿に帰りたかった。アレクサンダーたちが普段暮らしている本部が見れる!という淡い期待は見事に打ち砕かれてしまったのだから。
「カイ? ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる! だからそんな怒らないで欲しいんだけど……」
「ならば何について叱られているのか言ってみろ」
「えっと、それは……」
「ほらやっぱり聞いてないー!」
「聞いてるってば! もう今後、あんな真似はするなってことじゃないの!?」
「あの女の件だけではない!!」
ビリビリッと鼓膜が震えそうな程の怒鳴り声。隣に座っているクインシーも突然の大きな声に驚いて腰を浮かせていた。
「何故、城に来た!」
「俺にだってやる事があるんだよ! その為にはここにもう一度来なきゃ行けなかったんだ」
「お前がやることなどここにはない! 明日、橋を下ろしてもらうように話を通す! 二度と城には来るな!」
アレクサンダーの言い方に沸々と怒りが湧いてきて、怒鳴り返そうと口を開いたが、この状況はまずいと思ったクインシーが慌てて止めに入ってきた事によって海の意見は言葉にならなかった。
「待って待って! 喧嘩しないでって! ほら、あっち見てみなよ!」
クインシーが指差した方をアレクサンダーと共に見る。食堂の出入口に団員たちがコソコソしながらこちらの様子を伺っているのが見えた。
「アレクサンダーの声であいつら来ちゃったじゃん! カイが謁見の間に一人で来たっていうことにも驚いてるのに、アレクサンダーが怒鳴ってたらもっとびっくりするだろ!?」
「知るか! あいつらは追い返せ!」
「だからそんなに怒るのはやめなっての! そんなに怒ってたらカイだって聞くの嫌だよ!」
「こいつが勝手なことをしたからだろうが!」
「悪かったな!! 勝手なことして!」
もう我慢できるか。海の意見を聞かずに一方的に怒鳴ってくるアレクサンダーに向けて叫び返して睨んだ。海のヘボい睨みではアレクサンダーはビクともしない。
「もういいよ。俺が悪うございました!!」
「ちょ、カイ!!」
ガタッと椅子を跳ね飛ばす勢いで海は立ち上がり、二人に背を向けて歩き出した。
「カイ!! 話は終わっていない!」
「知らないよ! 俺の話は聞かないくせに、なんでアレクサンダーの言い分だけ聞かなきゃいけないんだよ!」
「聞いているだろう!」
「聞いてない! 言ったところですぐに否定して怒るだろ!」
クインシーの制止の声も聞かずに海は駆け出した。
これ以上、話をしていても無駄に怒りが湧くだけだ。
「アレクサンダーのバカ。バーカ、バーーーカ!!」
本部の外に出て、表から裏に回って叫んだ。こんなこと本人に言ったらなんて返ってくることか。
「アレクサンダーがちゃんと聞いてくれないのが悪いんじゃないか」
建物を背にして座り込み、足元にあった石ころを適当に投げる。ぶつぶつ文句を言いながら石を投げている姿は完全にいじけている子供の様。自分でも大人気ないと思ってはいるが、今から謝りに戻る気にもならなかった。
「ばーか……」
暫くはここで頭を冷やした方がいいかもしれない。
そう思って海はそこで石を投げ続けていた。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
「カイ? ここにいるの?」
「クインシー?」
石を投げ続けてどれくらい経ったか。ひょこりとクインシーが顔を出した。
「やっぱいた。こんな所でなにしてるの?」
「……頭でも冷やそうかと」
「そっか。カイも怒ってたもんね」
「まだ……アレクサンダーは怒ってる?」
「それはどうかな。自分で見てくるといいよ」
「…………会いたくない」
まだアレクサンダーと会いたいと思わない。怒っているのであれば尚更。
「こんな所にいたら風邪ひくよ。中に戻ろう?」
「冷やしてるから丁度いいんだよ」
「頭どころか全身冷えちゃうよ」
海の頭の上へと掛けられるもの。それはほんのりと温かかった。
「これじゃクインシーの方が風邪ひくじゃん」
「んー? なら早く戻ろう?」
「だからまだ戻りたくないって……」
「じゃあ、俺も戻らないでここにいる」
自分の上着を海に掛け、クインシーは海の隣に腰を下ろした。
それから何をするでもなく沈黙が流れる。
「カイはさ、ここに来て何がしたかったの?」
「説明して分かってくれるか……」
「言ってくれなきゃ分かんないなぁ」
話したところで伝わるかは分からない。海にだって分かってないことがあるのだから。でも、一人で抱えているのも辛い。誰かに聞いて欲しい。出来れば、これからどうすればいいかを教えて欲しかった。
「聖女の呪いが付き纏ってるんだ」
「呪い?」
「うん。記憶を受け継いだ時はそんなこと無かったのに、最近になってよく聞くようになったんだ。過去の聖女たちがラザミアを呪う声が。許せないって気持ちが」
「……ずっと?」
「ずっと。謁見の間で彼女達の怒りを抑えるのは大変だった。国王と魔導師を前にした途端、恨み言が酷くなったんだ。常に声は聞こえていたけど、今日ほどじゃなかった。聖女の声に……殺されるかと思った」
今思い返せばとても恐ろしかった。何人もの聖女が国王たちに向けて罵詈雑言を吐き散らかし、怒りの感情を露わにする。彼らには言葉が届いていないから、海が受け止めるしかなかった。神経をすり減らしながらの国王たちとの対話は本当にしんどかった。
「カイ」
辛かった、と一言漏らすと、クインシーは海を横から抱きしめた。痛いほど強く抱きしめられたが、海はクインシーから離れようとはしなかった。今はそれくらい強い方がいい。痛みを感じるとここにいる実感が湧く。海はちゃんとこの場にいて生きているのだと。
「クインシー……俺……嫌だ、死にたくない」
クインシーの背中に腕を回してしがみつくように抱きしめ返す。言い表せぬ恐怖と不安に泣き出しそうになる。こんな所で泣くわけにはいかない。まだ城に来たばかりで何もしていないのに、早々に音をあげている暇はないのだ。泣き顔を晒すことの無いようにクインシーの首元に頭を埋めて隠した。
「死なせないよ。カイは絶対に死なせない。そんなことアレクサンダーが許すと思う? 俺は絶対に許さないから。聖女の呪いだろうが、城下町の闇だろうがどうでもいい。カイを怖がらせるなら俺が許さない」
包み込むように抱きしめられて徐々に不安が消えていった。もう大丈夫だと言おうとしたが、人の温もりが心地よすぎて離れるに離れられなかった。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説


結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです


王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる