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陣触・上

18-1「酒!」

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 宇宙歴3502年1月18日2013時。

 タイラーの自室である『つくば』艦長室には今、オーデルが自身の艦である『けいはんな』に戻らずに、タイラーカフェのカウンター席に座ってタイラーをジト目で睨んでいた。

「酒!」

 開口一番これである。カウンターを挟んで彼に対峙していたタイラーは、観念してカウンター裏に隠してあった酒瓶を取り出す。

「ふん、どうせジェームスと飲んでいるだろうと思っておったわ。あいつも吞兵衛だからな」

「ああ、ジェームス先生が口を滑らしたのかと思っていましたが、ヤマ勘でしたか、誤魔化すべきでしたね」

 言いながら、タイラーはブランデーグラスに、慣れた手つきでロックアイスを入れると、月で仕入れた上等なウィスキーをダブル程に注いでオーデルへと差し出した。

「ふんっ、月のウィスキーだな。まあ『けいはんな』にも運び入れたが、今日はこれで勘弁してやる」

 言いながら、オーデルはグラスを掴むとその芳醇な香り漂う琥珀色の酒を一口含む。

『艦長、いるかの?』

 その時だった、艦長室に来室を知らせるチャイムが鳴り、ジェームス医師の声がタイラーカフェに響いたのは。噂をすれば陰である。

「どうぞ先生。今日はもうカフェは店仕舞い。ちょうどバーが開店したところです」

 言いながらタイラーは艦長室のドアのロックを解除した。滑り込むように白衣姿のジェームスが艦長室へ入ってきた。

「やあやあ、毎度馳走になってばかりじゃ悪いと思っての、今日はワシの秘蔵を持って来た! って、げ! なんでオーデルがおるんじゃ!?」

「成り行きだ! いいから来い。どうせやる事は変わらん。だったら固まって飲む方がいいに決まっている」

 オーデルに言われて、ジェームスは渋々カウンター席へ腰掛けると、白衣で隠して持ってきていた一升瓶をカウンターへと置いた。瓶には達筆な筆跡で純米大吟醸『月下美人改』と書かれている。

「今日はちゃんぽん(複数の種類の酒を飲む事)ですな。先に酔い覚ましを飲んでおいた方が良さそうだ」

 タイラーは言いながら、カウンター裏を漁って瓶型の缶を3本取り出すと、2本を二人に渡して一本を開封して一気に飲み切った。彼が持つ缶には『ウコンの重力DX』と書かれている。二人に渡した缶も同様のものだった。

「やれやれ、ご厚意に甘えるとするか」

 言いながらオーデルもそれを煽る。隣ではジェームスも一気にそれを飲み干していた。

「で、タイラー大佐。あの出鱈目な兵の練度は何だ? シド大尉を見たときにも感じていたが、『つくば型』全艦の兵の練度は異常だ。恐らく同数の現役連邦軍兵士と対立しても大差で勝つだろう」

 言われたタイラーは、彼らが飲み干した缶をカウンター下のダストボックスへ放り込みながら答える。

「それが『第四世代人類』の特性ですよ。オーデル元帥もご存知でしょう?」

「それは分かっている。儂が聞いているのは彼らの『武術』に関してだ。多くはお前が仕込んだものだそうだな。一体お前は何物だ。名は確かハチロウとか言っていたな。クロウ少尉の兄だと?」

 それを聞かれてしまうと、タイラーであっても言葉に詰まる。

「そうです。クロウは私の弟、はるか4000年の時を超え、ようやく私が見つけ出して保護した大切な肉親です。そしてあの場に居たミツキ少尉もまた、生前に隣の家に住んでいた少女です。彼女の実家は道場でしてね、私は幼い頃から、それこそ弟が生まれる前からその道場で研鑽を積んでいた者です」

 オーデルの予想に反して、正直に答えるタイラーにオーデルは訝しみながらも、手に持ったグラスを傾ける。

「では、次だ。『鬼』とは何だ? ミツキ少尉はその子孫であると言ったな、どういう意味だ?」

 それに対しての回答をタイラーは限定的にしか持たない。その問いに答えたのはオーデルの隣に座るジェームスだ。

「遥かな昔、まだ人類が統一国家を持たないころ、極東の列島には日本という国があった。現在のニホン列島と同じ形でな。そこには皇族というロイヤルの元になった国家元首の一族が居た。『鬼』とは太古の昔に彼ら皇族に弓を引いた者達の『総称』だ」

 そのジェームスの知識にタイラーも舌を巻く。彼はいつの間にかその歴史を調べていたようである。

「そして、どうやら『鬼』と呼ばれる者の一部には、超常の力を持つ存在が一定数存在したようだ。その原理はわからん。だが、ミツキ少尉の遺伝子には確かに一般的な人間のとは異なる『遺伝子』が存在していた。タイラー艦長の指示でそれを排除して彼女の身体を再構成するのには骨が折れたわい。一度彼女の遺伝子データをこの月から送信してもらって、その因子を排除したデータを月の協力者に送り返したのだから」

 ジェームスは更に続ける。

「クロウ少尉の元の身体にも、彼女と同じ遺伝子異常が見受けられた。それも複数の。恐らくクロウ少尉には『鬼』と呼ばれる存在の因子が二種類存在していた。彼の場合ミツキ少尉のように最初からその因子を持っていた訳では無いのだろう。彼の身体の中には腫瘍としてその遺伝子異常が巣食っていた。もっとも、体ごと換装した今となっては関係のない話ではあるが」

 そこまで言って、ジェームスはタイラーを見た。

「恐らく、彼があのまま冷凍されずに生きたとしても、もって数年だっただろう。今ここに彼が生存しているという事実は奇跡としか言いようがない」

 言われたタイラーはゆっくりと頷いた。それは、タイラー自身も知らなかった事実であった。

 八郎として師であるミツキの祖父に言われたのは、今後クロウの傍にミツキが居ないとクロウの命が危険であるという事、そして、ミツキに定期的に『鬼』の力の源である血液を抜いて貰わなければクロウは『鬼』と化してしまうという事だった。

 恐らく、その腫瘍がクロウの全身に及んだ時、クロウはその『鬼』となってしまっていたのであろう。

「そうですか。ですが、その奇跡を引き当ててクロウも私も今ここに在る」

 神妙にそれに応えるタイラーである。

 そもそも冷凍葬されたからと言って、それが復元される保証などどこにも無いのだ。まして、今はタイラーとクロウが過ごしていた時代から4000年も経っている。

 仮に、その間に彼らの身体が保存から外れてしまったり、先に誰かが再生されてしまったりした場合、再会など叶わなかったのだ。

「なあ、タイラー大佐。貴官が生前戦っていたという、あやかしという存在はどういったものなのだ? 儂にはその伝承の断片的な知識こそあるが、それが実在していたなどという話は聞いたことが無い」

 オーデルはそれをタイラーに問うが、それはタイラー自身にもなんとも言えない話であった。

「実は私自身、アレがどういった存在なのかはよく分かっていないのです。ただ、彼らは刀で切り伏せる事は出来ました。銃が効くかどうかは分かりませんが、最悪刃物であれば殺せるとは思います。アレが生きているかどうかは分かりませんが、あれらは殺すと散りも残さず消えてしまうのですよ」

 それを聞いたジェームスが言う。

「私には、その話自体初耳なので良く分からないのだが、それは物理的にこちらに干渉できる存在なのだね?」

 問われたタイラーは頷きを返した。それを見たジェームスは続ける。あくまで仮説だが、と付け足してだ。

「それは恐らく、別次元の存在だろう。オーデルも艦長もその存在と接触した事は無いだろうが、実は私は別次元の存在と接触したことがある。あるいはその方に聞けばその存在の意味も分かるかも知れない」

 そのジェームス医師のセリフを聞いた直後である。タイラーはその気配に艦長室のドアを見つめた。そして、その予感通り、艦長室に来客を知らせるチャイムが鳴るのである。

「誰か?」

『アザレア・ツクバ軍曹、です』

 タイラーの誰何すいかに対して、少女の声が返ってきた。

 それはタイラーも、その場に居た誰もが予想もしなかった少女の声であった。このタイミングで彼女がここに来る理由がタイラーには思いつかなかった。

「入れ」

 今、タイラーカフェのカウンターの上にはアルコールが並んでいるが、彼女であれば問題ないと判断したタイラーはドアのロックを解除する。

 アザレアはその表情を崩さずに入室すると、一同を認めて敬礼した。彼女はまさかこの場所にタイラー以外の人物がいるとは思っていなかったのだろう。タイラーはすぐに彼女へ声をかけた。

「敬礼不要。どうしたアザレア軍曹?」

 アザレアは顔を上げ、ジェームスとタイラーを認めると、その動かない表情でしかし何処かほっとしたような印象をタイラー達に与えていた。

「ジェームス先生と、タイラー艦長に、お願いが、あって、来ました」

 タイラーもジェームスも彼女の口調については知っている。彼女を焦らせないように慎重にそれを聞く。

「私の脳を、『電脳』に換装して、クロウを、守れる力を下さい!」

 喋る事を苦手とする彼女は、それでも一生懸命に強い意志を持ってそれを言うのである。

「私は、『彼女達』の中で、きっと一番、弱い。でも、並んで立っていたいから!」

 ジェームスはその彼女の姿を見て、タイラーを見つめた。

「私個人としては、『フォース・チャイルド』である彼女を応援したい気持ちもあるのだが、艦長。許可を貰ってもいいかね?」

 タイラーはその問いに、口元を綻ばせて言う。

「ええ勿論ですよ先生。私としてはミツキが一番、ユキ大尉が二番目に応援したい所なのですが、誰かにだけ依怙贔屓というのもフェアではありませんからね。私も一肌脱ぎましょう」

 それを聞いていたオーデルが言う。

「儂は勿論孫のパラサとエリサが一番じゃが、アザレアと言ったか、彼女のような者は嫌いではない。儂も協力しよう」

 こうして親父たちによる独断と偏見で、アザレア改造計画はスタートするのだが、この時点でそれを知る者はこの艦内においてこの場に居るものしか居ない。
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