学園都市型超弩級宇宙戦闘艦『つくば』

佐野信人

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月にて・下

14-3「なるべく、有意義な話である事を期待するよ」

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 その公園内の慰霊碑へと続く長い階段の上、その男はそのシルバーの瞳を歪めてクロウを見下ろしていた。

「よう、クロウ・ヒガシ。待っていたぜ」

 その赤黒い髪の毛を揺らしながらそう言う『声』にクロウは聞き覚えがあった。月面での死闘でクロウと対峙したヨエル・マーサロその人である。

 今クロウはその長い階段の中ほどにある踊り場でヨエルを見据えている。一目彼を見た瞬間、機体越しにしか会っていないにも関わらず彼がヨエルだと『分かって』しまった。それは彼も同様のようである。

 クロウの周りには先ほどまで一緒に居たトニアとアザレアはいない。

 彼女らにしばらく別行動を取るように提案されたからだ。二人を泣かせてしまった手前、クロウはそれを断ることが出来ず、カフェテラスからも目立っていたこの公園の慰霊塔を目指した。

 道中でこの慰霊塔が『第四次火星戦役』の際に犠牲になった月の住人の為の慰霊碑である事を知った。

 今、二人が近くにいないこの事実。これを幸運と取るか不運と取るかはこの後の展開次第だ。クロウは努めて瞳をヨエルから外さないように周りの気配を探る。

 階段は左右を深い林で覆われている。その林をかき分けるように、この幅10mはありそうな白亜の階段がその一番上に、そびえる高い慰霊塔に向かって伸びているのだ。

 左右の林には微かに気配がある。恐らくは左右に一人ずつヨエルの仲間、つまりクロウにとっての敵が潜んでいる。背後の階段にはまだ気配はない、が、そこを塞がれれば詰む。

 逆にクロウもそこへ下がるのは敵も折り込み済みであると考えるべきで、今この瞬間に背中を向けて逃げ出すのは下策である。

 問題は、いつから彼らがクロウ達をマークしていたか、だろう。ヨエルの仲間はこの左右に控える二人だけか、まだカフェテラスに居るはずの二人は無事か? クロウは努めてヨエルから視線を離さないように背後の街並みを見る。

「お前のツレなら別に何もしていないぜ。俺はお前と話がしたかっただけだからな。それ以外はどうでもいい」

 そのヨエルのセリフに、クロウはヨエルを正面に見る。

「それはご丁寧にどうも。話をしたいという割に、護衛はつけているんだねヨエル」

「こいつらが勝手に付いてきただけだ。本当なら一人『女ども』に張り付こうとしたのを止めてやったんだぜ? 感謝して欲しい位だな」

 それを聞いてヨエルが嘘を付いていない事をクロウは『理解』してしまった。その事実にクロウは小さく舌打ちする。なんでこんなにもこの男の事が『分かって』しまうのだろうか。

「くくく、お前は本当に勘がいい奴だな。とりあえずこの場で『お前をどうにか』することだけはないと誓えるぜ? 邪魔が入らないように通信とか発信機は妨害させて貰っているがな」

 言われてクロウは自分のリスコンに目を落とす。トニア達と食事を取る前に正常に命令書を受信していたそれは、今完全にその通信状態を圏外と表示していた。

「まあ、立ち話もなんだろう? ちょっと『上』まで付き合えよ。ここの景色も悪くないが慰霊碑の麓からだと街が一望出来るぜ。椅子もあるしな」

 言いながらヨエルは階段の上を親指で指して見せた。逆らおうにもクロウは他に選択肢がない。クロウはゆっくりと頷いた。

「なるべく、有意義な話である事を期待するよ」

 かかか、と笑うとヨエルはクロウに背を向けて階段を上り始めた。クロウもそれに続くと左右の林に潜んでいる気配もまたクロウに付いてきた。当然であるがどうあっても逃がす気は無いらしい。

 しばらく階段を昇ると開けた場所に出た。

 慰霊塔の真下は塔を中心に円形に広場となっていた。その慰霊塔を眺めるように周囲に点々とベンチが設置されている。ベンチの近くには何と飲み物の自動販売機が存在していた。

 クロウはこの危機的な状況にも関わらず、はるかな時代を経てなおほぼ変わらない見た目をしている自動販売機に感動していた。変わらないものは変わらないらしい。

「んー クロウは、ブラックでいいか。いかにもコーヒーとか好きそうな顔だ」

 言いながらヨエルは彼自身の左手に取り付けられているリスコンと同じような機械を自販機に翳して飲み物を買っていた。取り出し口から取り出したそれをクロウへ向かって放る。

 クロウは空中でそれを受け取る。それはクロウが想像した通りに冷たいブラックコーヒーの缶であった。クロウは漠然とこの時代にも缶詰という文化はまだあるのだな、と考えていた。

「奢りだ、飲めよ。別に毒なんか入っていねぇ。そもそもお前とは『もう敵対する』理由がねぇ」

 言いながらヨエルはクロウに顎でベンチの一つを示して見せていた。そこに座れという意味らしい。

 クロウは素直にそのベンチへと腰掛けた。ヨエルもまたそのベンチのクロウの反対側へと腰掛ける。

「クロウ。お前『目覚めて』何年だ?」

 どうやらこの男は本当にクロウと世間話をしに来たらしい。

「4日」

 別に嘘を付いてもしょうがないので、クロウは受け取ったコーヒーの缶を開けながら答える。

「おいおい、嘘だろう? 昨日今日目覚めたって言うのかよ。しかも嘘ついてねぇ。腹立つなお前」

「どうしろって言うんだ。嘘をついてもどうせ『アンタ』には分かるんだろうヨエル?」

 ヨエルはクロウに言われて「かかか、違いない」と目を細めて笑う。

「俺はここに来てもう3年経った。お前と大差ない歳でこの『時代』に放り出されてもう3年だ。わかるかクロウ? 大先輩様だぜ?」

「だから、何だって言うんだヨエル。アンタも僕と同じ『ロストカルチャー』だって言いたいんだったら昨日にももう聞いた」

 クロウは不機嫌そうに受け応える。ベンチの後ろに先ほど林の左右に居た気配が居る。下手に動くことが出来ない。

「いいや、別にぃ。俺はお前とは違って『第三世代人類』としてこの『時代』に放り出されて、木星のコロニーで散々死ぬような訓練してここにいるだけだぜ」

「同情すればいいのか? そんなの運じゃないか。別にアンタと僕の違いなんてその程度のものだ」

 そのクロウの応えを聞いたヨエルは鼻で笑う。

「ふん、そうだな。その通り。お前は『運が良くて』、俺は『少し運悪かった』ただそれだけだ」

 ヨエルはそう言いながら、クロウを見る。その銀色の瞳で真っすぐと。

「クロウ、お前は『戦争』に勝利者が居ると思うか?」

 極めて真面目な声色で、である。

 クロウはその哲学的な問いをしばし考える。この場合の『戦争』とは国同士の戦いの事ではない。戦争は国家間における外交の一手段でしかない。異なる者同士が出会い、相いれない時、争いはごく自然に発生する。その単位がある一定の集団規模同士となった場合、それを『戦争』と呼ぶ。

「『戦争』に勝利者なんかいない。『生き残る人』と『生き残れなかった人』が居るだけだ」

「やっぱりな、お前は俺と『同じ』だ」

 言いながら、ヨエルはそのベンチから立ち上がってクロウを見下ろした。何処かその表情は悲しげにも見えた。

「クロウ。講和条約は締結される。確実に、だ」

「ヨエル、それはどういう……」

「言ったとおりの意味だ。今回、俺たちは完全にしてやられた。程なくして『第三世代人類』はこの太陽系から消滅する。全員『第四世代人類』になってな。それは俺も含めてだ」

 言いながら、ヨエルは手をクロウの後ろに向かって振る。同時にクロウが座るベンチの後ろから2人の男が藪をかき分けてヨエルの後ろへと出て来た。

「今度はゆっくり話しようぜ。クロウ。次に会うときは『敵同士』とも限らない」

 ヨエルが言った次の瞬間である。ヨエルのリスコンから激しい音と共に叫びが響いた。

『大尉! 聞こえますか! 今すぐ『撤退』してください! 奴ら正気じゃない!』

 どうやら、別の場所にいるヨエルの仲間のようである。ヨエルの階級はどうやら大尉であるらしい。

「どうした、藪から棒に『つくば』から陸戦部隊でも出て来たのか? 報告は正確にしろ!」

 その通信の相手にヨエルは苛つきながら問いを返していた。

『そ、それが。連中フル装備です! 数は…… おおよそ3千人ほど! 一目散にそちらに向かっています!』

「は!? こっちはクロウと接触して10分と経っていないんだぞ? どうしたらそんなことになる!!」

 ヨエルが叫ぶと同時である。クロウが座るベンチ越しに地響きが響き始めた。見れば、月の地下都市の端、クロウが今朝トニア達と共に『つくば』から出て来た街の入り口の方に遠く土煙が上がっている。

「う、嘘だろ……!」

 ヨエルはその光景が余りにも非現実的であったが為に、自身の服のポケットから単眼鏡を取り出して一度ソレを確認さえした。

「冗談ではない。本当に『正気』ではない! ずらかるぞ。押しつぶされるってレベルじゃない。『あんなもの』に巻き込まれたら細胞も残らん」

 その呆然と座るクロウに声を掛ける事も無く、ヨエルとその護衛の男たちは一目散に慰霊塔の反対方向へと駆けだした。

「なんだかな……」

 そう言うクロウがその『つくば型』混成軍に確保されるまで5分と掛からなかった。彼らは『つくば型』のその互いの艦の間で大乱戦を繰り広げていた陸戦隊員達である。

 クロウのリスコンの反応をロストした事を察知した『つくば』船務長アンシェラが補足し、乱闘の真ん中で今まさに『けいはんな』副長リーディアと素手による殴り合いの大喧嘩をしている最中のパラサに報告した事で事態は一気に動いたのだ。

 パラサは乱闘を直ちに中止、その場で動ける状態を保っていた『つくば型』クルーを即座に召集。その全兵力を、クロウの反応がロストした地点に向けて突撃命令を下していたのだった。
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