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道行
9-4「お前の死因はきっと戦死じゃねえわ」
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格納庫に戻り、自身のデックスに乗り込んでシミュレータ訓練を終え、航空隊と共に食堂に来たクロウが知ったのは、この『つくば』がいつの間にか大気圏外へ脱出していたという事実であった。
実は、この時代のこの手の大型の艦艇の大気圏脱出は、クロウの時代のロケットの大気圏脱出のような多大なGと衝撃を伴うものではなかった。
食堂に座る技術科のクルーの数名が『前時代大気圏脱出ごっこ』をしており、そのジェットコースターに乗るような彼らのオーバーリアクションを見ながら隣のケルッコが教えてくれた事実である。
さて、訓練を終え、流石に無罪放免とはならないものの、共に食事を取る事を許されたユキもこの場に居た。クロウは当初大いに彼女の突撃を警戒したが、実際に突撃してきた彼女を止めたのは意外な人物だった。
アザレア・ツクバである。
「おおぅ! アザレアちゃん!! なんで私の邪魔するのさ!?」
「ダメ、クロウは隊長を嫌いじゃない。でも、隊長が近すぎるのはクロウ嫌がる」
これである。
これには当初ユキの突撃を覚悟していたクロウも、航空隊の面々も面食らった。
だが、何の思い付きかアザレアは常にユキとクロウの直線上のクロウの脇で常に自分の身を盾にしてユキからクロウをガードしていた。しつこく食い下がろうとするユキに対してアザレアが無言でユキをいなし、時に投げ飛ばす始末である。どうやらアザレアはクロウの護衛として機能するつもりのようであった。
これを歓迎したのはミーチャである。ユキのじゃじゃ馬っぷりは彼女の長年の親友でもあったミーチャに取っても手に負えないものであったが、アザレアの思わぬ活躍によってユキの暴挙は食い止められている。
諦めていないユキは相変わらずだが、アザレアが居れば航空隊内の規律は一定に保たれると思ってよさそうだった。
「ぶぅ! アザレアちゃんのガードが固すぎてクロウ君の1m以内に近寄れないじゃないさ!」
食堂の長机のクロウの席からアザレアを挟んで座るユキが不満げに言う。この食堂に到着してもアザレアのガードは健在であった。
ユキが空席であるクロウの反対側に回り込もうにもアザレアがそれを許さない。無理にそれを実行しようとするユキとアザレアがまるで女子レスリングのように両手を構えて向かい合う一幕もあったが、ユキのタックルに対してアザレアが即座に抑え込み、関節技を極めた。これにはユキも食堂の床を手のひらで叩いてタップするしか無かった。
「本当にここまで自分の意思をはっきりと表に出すアザレアちゃんを見るのは初めてだわ」
クロウとアザレアを交互に見ながら、クロウの真ん前の席に食事のトレーを置きながら言うトニアである。
「トニア少尉。貴女は確かアザレアと同室でしたよね? アザレアは普段どんな子なんです?」
航空隊のメンバーは士官以下の階級も含んでいるが、専用機を与えられるという立場上、下士官であっても士官の待遇を受けていた。
そのため、アザレアを始めケルッコ、マリアン、ヴィッツも下士官ではあったものの士官用居住区の居室を与えられていた。
因みに、航空隊の部屋割りは、ユキとミーチャが同室、トニアとアザレアが同室、ケルッコとヴィッツが同室、マリアンだけが船務科の通信士であるニコラ・マッケイン少尉と同室という部屋割りである。
その二コラと食堂の入り口でばったり遭遇したマリアンは、今少しだけ航空隊の面々と離れた席で二コラと食事を取りながら会話に花を咲かせていた。同室同士、同じ歳同士の彼女たちはとても仲が良いようである。
「アザレアはいつも大人しいわ。彼女から私に声を掛けてくれた事なんて数える程しかないんじゃないかしら? ところで、私の事もトニアでいいわよ。アザレアもいつの間にか呼び捨てで呼んでいるじゃない」
言いながらトニアはウインクする。今更であるが、トニアとクロウは同じ歳である。同じく同じ歳であるケルッコもトニアの隣の席に座りながら言う。
「僕の事は比較的すぐに呼び捨てで呼んでくれていたんだけどね」
言われてクロウはアザレアとケルッコを呼び捨てで呼んでいた事を始めて自覚した。クロウは軽く降参のポーズを取って見せる。
「すまなかったトニア。同じ歳なのは聞いていたから知っていたんだけど、何だろう、トニアは第一印象からどこか『お姉さん』みたいな印象を持っていてさ、僕自身兄がいるからかな、どこか敬意みたいなものを持っていたんだと思う」
クロウは正直に自分のトニアに対する印象を語った。
「へえ、それは嬉しいな。実は私には弟がいるの! この艦の機関科で伍長をしているわ! 航空隊の私達とはなかなか時間が合わなくってなかなか航空隊のみんなとは会えないんだけどね。メッセージではマメにやり取りしてるのよ」
言いながらトニアは自分のリスコンを操作して、トニアと身を寄せながら恥ずかしそうに眼をそらしている少年の写真をクロウに示して見せた。栗色の髪の毛がトニアのその美しいロングヘアと同じ光沢を放っていた。
「おお! よく似た姉弟だね。僕の兄貴はイケメンでさ、僕とは似ても似つかないんだ。よく親戚や近所の人にはよく似ているって社交辞令で言われていたけど、全然兄貴のほうが大人っぽくてさ何をやっても凄い兄貴なんだぜ!」
クロウは久々に兄貴の自慢をしたと思う。思えば身の上話をこの時代でするのも久しぶりだった。
「私にはクロウ君の容姿も整って見えるんだけど、彼にとってそのお兄さんは特別みたいね」
熱っぽく語るクロウの気を逸らさないようにトニアはケルッコへ言う。
「俺にもそう見えるよ。彼は何ていうか、育ちがいい男に見える」
「なんだ、クロウの兄貴の話かよ。面白そうだな俺にも聞かせろよ」
そんな各々の近くに大柄な男がトレーを持ってやってくる。シドである。後ろにはパラサも伴っていた。
「おお、シド先輩! もう階級章取り換えたんですね」
言いながらトニアの横に腰掛けたシドとその隣にさも当然のように座るパラサを見ながらクロウは言う。
シドの腕に付けられた階級章は軍曹のそれではなく既に大尉のそれに取り換えられていた。それを指摘されたシドは「ち、目ざとい野郎だ」と呟いた。と、同時にパラサがシドに対して肘鉄を軽く入れていた。
「ああ! そうだよ! お前と別れた後にすぐに主計課に行かされて、その後自室に戻ってチクチク針仕事だ! 全部だぞ全部! クローゼットに入ってる全部の階級章を一気に取り換えさせられた。こんなもん使うときに適当に変えればいいってのによ」
「いいじゃない。私も手伝ったからすぐに終わったでしょ、それにアンタ、そうやってなあなあにして誤魔化す気満々だったじゃない」
ぐうの音も出ないといった様子でシドは口を噤む。クロウはその様子を見て、ああ、パラサ大尉にずっと監視されていたんだな、と察した。
「お揃いになって良かったですね、パラサ大尉」
クロウの精一杯のシドに対する援護射撃である。
クロウの知るパラサであればこの一言で狼狽する筈だった。
「ふっ、そうね。お揃いで私も嬉しいわ。そういえばクロウ少尉も戦術科で、航空隊で、ついでに少尉で、歳も同じでトニア少尉とお揃いね。よかったわね、二人の組み合わせもとってもお似合いだと思うわ」
クロウのその発言は、しかしパラサのこの発言によって予想外の方向へ流れ弾として飛んでいき想定外の被害を出した。
「ぴゃっ!」
直撃弾はクロウの真ん前に座っていたトニアである。
この瞬間までクロウを異性として意識していなかったトニアにパラサのこの発言が直撃したのだ。瞬間トニアは赤面しクロウから顔を反らすように真下を、自身の椅子に座る足元を見てしまった。
「こーんにゃろ! クロウ君は私んだって言ってるだろ!」
その発言に対して暴れ出そうとしたユキに対して、アザレアが瞬間ユキの座る椅子の足を蹴った。ユキはそのまま椅子ごと真後ろに倒れ、強く頭を打ってそのまま黙る。その一撃で気絶していた。
「アザレア、少しだけやり過ぎだ。でもよくやった。こいつは暴れ出すと面倒くさい。その前に止められるのならこの方法もありだな」
言いながら、既に食事を食べ終わっていたミーチャは気絶したユキの首根っこを掴んでずるずると引っ張っていく。
「起きられると本当に面倒そうだ。こいつはこのまま営倉にぶち込んでおく。誰か適当に私らの食器片づけておいてくれ」
ひらひらと腕を振りながらそのまま進むミーチャに引かれて、白目を剥いたユキは食堂の入り口から消えていった。
「何だろう、本当に残念な人っすね」
それを見送ったヴィンツ少年の言葉である。無論それは自分たちの隊長であるユキに対する感想であった。彼は手早く自分のトレーの上に彼女らの食器を重ねた。
「こいつ、手慣れていやがる」
そのヴィンツの手際を見て思わずシドは呟いた。
「あー、『この程度の事』で驚いていたら航空隊では生きては行けないっす。日常茶飯事過ぎて自分は慣れたっす。ごちそうさまでしたっす。自分は巻き添えになりたくないので自室に戻るっすけどケルッコ先輩いいっすか?」
「ああ、すまないヴィンツ。俺は『面白そう』だからここにもうしばらく居る。先に寝てくれていて構わないぞ」
そう言いながら同じ居室で生活するヴィンツを見送るケルッコと「うっす、失礼するっす」と言いながら去るヴィンツを見て、シドとクロウはヴィンツのこの艦の軍曹ともこの艦の中では年少であるとも思えない落ち着きっぷりに底知れないものを感じていた。
「で、どこまで話したっけ。そうそう、パラサ大尉が提案したトニアとクロウがお似合いだって話だったよね。それは俺も思ってた。クロウ、彼女はこう見えてかなり人気があるんだ。彼女のパイロットスーツ姿を見ただろうからわかるだろうけど、ナイスバディだろう? 顔も可愛い。いっそ彼女をそのまま『彼女』にしてしまうって言うのも俺は手だと思うぜ」
ケルッコの追い打ちがトニアとクロウに突き刺さった。バンカーバスター並みの破壊力を伴って。
トニアは顔から湯気を噴き出して、「クロウ君ごめんね! 私もクロウ君の事、嫌いじゃないと言うか、カッコいいと思ってると言うか、うん! まだ知り合ったばっかりだけどじゃあそんな感じ!!」とよくわからない事を言いながら自身の食器もそのままに駆け出してしまった。
「ああ、あれは脈ありだぞクロウ。陰ながら応援する」
言いながらケルッコはトニアがそのまま残した食器を自分のトレーに片づけだした。
「人にちょっかい出すとどうなるか分かったかしら? クロウ少尉? 明日から大変ね? 今何角形かしら? 指折り数えてみたらいかが?」
優雅に食後のコーヒーを口に含みながら、パラサは高らかにクロウに対して勝利宣言とも取れる問いかけをする。
「うっわ。意地悪いなお前」
「知らなかったのシド? 貴方の『惚れた女』はこういう女よ。それに惚れられた貴方はもう何処にも逃げられないし絶対逃がさないわ。諦めてリッツ家の家督を継ぐことね」
言われてシドは再び黙る。
クロウは先日までのパラサとのやり取りを思い出し、最早完全にイニシアティブをパラサに握られている事を知った。クロウは思わず頭を抱える。そんなクロウの腕の袖を引っ張る者がある。アザレアである。
「大丈夫、クロウは私が守る。私はクロウが好き」
最後に特大の爆弾をアザレアが投げて食堂でのやり取りは爆散した。最早大惨事である。
そのままなあなあに解散し、生気もなくシドと共に自室に戻ったクロウであったが、その片袖を引っ張ったまま自室のドアまでアザレアは付いてきていた。
流石にシドとクロウの部屋には入ってこなかったが、閉まる自動ドアとともに「おやすみ、クロウ」と表情を変えずに彼女は言った。
「クロウ、お前今何角形の中に居るんだ?」
どっかりと自重に負けながらベッドに身を落とすシドに問われて、クロウは頭を激しく左右に振る。
「勘弁してくださいよ先輩。僕は特に何もしてないですよ? 人をジゴロみたいに言わないでください!」
ベッドに横になったままシドは答える。
「バカ言え、この状況で現状を直視しないとか、『地雷原の看板があるのにそこに駆け込む』ようなもんだぞ、いい、代わりに俺が数えてやる。ユキ、アザレア、トニアだろ? それと幼馴染も探してたよな? ああ後、パラサの妹のエリサ嬢にも注意しないといけないかも知れんぞ」
言われたクロウはゾッとする、そこに自身も含めると6角形だった。
「マジ勘弁してくださいよ先輩、そんなんじゃまるでハーレムじゃないですか。僕は自慢じゃないですけどモテた事なんて無いですよ!」
それを聞いたシドは鼻でため息をつく。いっそその中の誰か『一人』でもちゃんと選べばこんな面倒な事にならずに済んでいるのに、と呆れたのだ。
シドは少ないクロウとの付き合いの中でも、彼の『思い切り』のいい部分は評価していた。それが何故か女性関係となると彼に『それ』が急に薄れるのだ。
「お前の死因はきっと戦死じゃねえわ、その内の誰かにきっと刺されて死ぬ」
シドの不吉な予言だった。こうして彼らはしばしの休息を取る。順番にシャワーを浴びて寝たのだった。
実は、この時代のこの手の大型の艦艇の大気圏脱出は、クロウの時代のロケットの大気圏脱出のような多大なGと衝撃を伴うものではなかった。
食堂に座る技術科のクルーの数名が『前時代大気圏脱出ごっこ』をしており、そのジェットコースターに乗るような彼らのオーバーリアクションを見ながら隣のケルッコが教えてくれた事実である。
さて、訓練を終え、流石に無罪放免とはならないものの、共に食事を取る事を許されたユキもこの場に居た。クロウは当初大いに彼女の突撃を警戒したが、実際に突撃してきた彼女を止めたのは意外な人物だった。
アザレア・ツクバである。
「おおぅ! アザレアちゃん!! なんで私の邪魔するのさ!?」
「ダメ、クロウは隊長を嫌いじゃない。でも、隊長が近すぎるのはクロウ嫌がる」
これである。
これには当初ユキの突撃を覚悟していたクロウも、航空隊の面々も面食らった。
だが、何の思い付きかアザレアは常にユキとクロウの直線上のクロウの脇で常に自分の身を盾にしてユキからクロウをガードしていた。しつこく食い下がろうとするユキに対してアザレアが無言でユキをいなし、時に投げ飛ばす始末である。どうやらアザレアはクロウの護衛として機能するつもりのようであった。
これを歓迎したのはミーチャである。ユキのじゃじゃ馬っぷりは彼女の長年の親友でもあったミーチャに取っても手に負えないものであったが、アザレアの思わぬ活躍によってユキの暴挙は食い止められている。
諦めていないユキは相変わらずだが、アザレアが居れば航空隊内の規律は一定に保たれると思ってよさそうだった。
「ぶぅ! アザレアちゃんのガードが固すぎてクロウ君の1m以内に近寄れないじゃないさ!」
食堂の長机のクロウの席からアザレアを挟んで座るユキが不満げに言う。この食堂に到着してもアザレアのガードは健在であった。
ユキが空席であるクロウの反対側に回り込もうにもアザレアがそれを許さない。無理にそれを実行しようとするユキとアザレアがまるで女子レスリングのように両手を構えて向かい合う一幕もあったが、ユキのタックルに対してアザレアが即座に抑え込み、関節技を極めた。これにはユキも食堂の床を手のひらで叩いてタップするしか無かった。
「本当にここまで自分の意思をはっきりと表に出すアザレアちゃんを見るのは初めてだわ」
クロウとアザレアを交互に見ながら、クロウの真ん前の席に食事のトレーを置きながら言うトニアである。
「トニア少尉。貴女は確かアザレアと同室でしたよね? アザレアは普段どんな子なんです?」
航空隊のメンバーは士官以下の階級も含んでいるが、専用機を与えられるという立場上、下士官であっても士官の待遇を受けていた。
そのため、アザレアを始めケルッコ、マリアン、ヴィッツも下士官ではあったものの士官用居住区の居室を与えられていた。
因みに、航空隊の部屋割りは、ユキとミーチャが同室、トニアとアザレアが同室、ケルッコとヴィッツが同室、マリアンだけが船務科の通信士であるニコラ・マッケイン少尉と同室という部屋割りである。
その二コラと食堂の入り口でばったり遭遇したマリアンは、今少しだけ航空隊の面々と離れた席で二コラと食事を取りながら会話に花を咲かせていた。同室同士、同じ歳同士の彼女たちはとても仲が良いようである。
「アザレアはいつも大人しいわ。彼女から私に声を掛けてくれた事なんて数える程しかないんじゃないかしら? ところで、私の事もトニアでいいわよ。アザレアもいつの間にか呼び捨てで呼んでいるじゃない」
言いながらトニアはウインクする。今更であるが、トニアとクロウは同じ歳である。同じく同じ歳であるケルッコもトニアの隣の席に座りながら言う。
「僕の事は比較的すぐに呼び捨てで呼んでくれていたんだけどね」
言われてクロウはアザレアとケルッコを呼び捨てで呼んでいた事を始めて自覚した。クロウは軽く降参のポーズを取って見せる。
「すまなかったトニア。同じ歳なのは聞いていたから知っていたんだけど、何だろう、トニアは第一印象からどこか『お姉さん』みたいな印象を持っていてさ、僕自身兄がいるからかな、どこか敬意みたいなものを持っていたんだと思う」
クロウは正直に自分のトニアに対する印象を語った。
「へえ、それは嬉しいな。実は私には弟がいるの! この艦の機関科で伍長をしているわ! 航空隊の私達とはなかなか時間が合わなくってなかなか航空隊のみんなとは会えないんだけどね。メッセージではマメにやり取りしてるのよ」
言いながらトニアは自分のリスコンを操作して、トニアと身を寄せながら恥ずかしそうに眼をそらしている少年の写真をクロウに示して見せた。栗色の髪の毛がトニアのその美しいロングヘアと同じ光沢を放っていた。
「おお! よく似た姉弟だね。僕の兄貴はイケメンでさ、僕とは似ても似つかないんだ。よく親戚や近所の人にはよく似ているって社交辞令で言われていたけど、全然兄貴のほうが大人っぽくてさ何をやっても凄い兄貴なんだぜ!」
クロウは久々に兄貴の自慢をしたと思う。思えば身の上話をこの時代でするのも久しぶりだった。
「私にはクロウ君の容姿も整って見えるんだけど、彼にとってそのお兄さんは特別みたいね」
熱っぽく語るクロウの気を逸らさないようにトニアはケルッコへ言う。
「俺にもそう見えるよ。彼は何ていうか、育ちがいい男に見える」
「なんだ、クロウの兄貴の話かよ。面白そうだな俺にも聞かせろよ」
そんな各々の近くに大柄な男がトレーを持ってやってくる。シドである。後ろにはパラサも伴っていた。
「おお、シド先輩! もう階級章取り換えたんですね」
言いながらトニアの横に腰掛けたシドとその隣にさも当然のように座るパラサを見ながらクロウは言う。
シドの腕に付けられた階級章は軍曹のそれではなく既に大尉のそれに取り換えられていた。それを指摘されたシドは「ち、目ざとい野郎だ」と呟いた。と、同時にパラサがシドに対して肘鉄を軽く入れていた。
「ああ! そうだよ! お前と別れた後にすぐに主計課に行かされて、その後自室に戻ってチクチク針仕事だ! 全部だぞ全部! クローゼットに入ってる全部の階級章を一気に取り換えさせられた。こんなもん使うときに適当に変えればいいってのによ」
「いいじゃない。私も手伝ったからすぐに終わったでしょ、それにアンタ、そうやってなあなあにして誤魔化す気満々だったじゃない」
ぐうの音も出ないといった様子でシドは口を噤む。クロウはその様子を見て、ああ、パラサ大尉にずっと監視されていたんだな、と察した。
「お揃いになって良かったですね、パラサ大尉」
クロウの精一杯のシドに対する援護射撃である。
クロウの知るパラサであればこの一言で狼狽する筈だった。
「ふっ、そうね。お揃いで私も嬉しいわ。そういえばクロウ少尉も戦術科で、航空隊で、ついでに少尉で、歳も同じでトニア少尉とお揃いね。よかったわね、二人の組み合わせもとってもお似合いだと思うわ」
クロウのその発言は、しかしパラサのこの発言によって予想外の方向へ流れ弾として飛んでいき想定外の被害を出した。
「ぴゃっ!」
直撃弾はクロウの真ん前に座っていたトニアである。
この瞬間までクロウを異性として意識していなかったトニアにパラサのこの発言が直撃したのだ。瞬間トニアは赤面しクロウから顔を反らすように真下を、自身の椅子に座る足元を見てしまった。
「こーんにゃろ! クロウ君は私んだって言ってるだろ!」
その発言に対して暴れ出そうとしたユキに対して、アザレアが瞬間ユキの座る椅子の足を蹴った。ユキはそのまま椅子ごと真後ろに倒れ、強く頭を打ってそのまま黙る。その一撃で気絶していた。
「アザレア、少しだけやり過ぎだ。でもよくやった。こいつは暴れ出すと面倒くさい。その前に止められるのならこの方法もありだな」
言いながら、既に食事を食べ終わっていたミーチャは気絶したユキの首根っこを掴んでずるずると引っ張っていく。
「起きられると本当に面倒そうだ。こいつはこのまま営倉にぶち込んでおく。誰か適当に私らの食器片づけておいてくれ」
ひらひらと腕を振りながらそのまま進むミーチャに引かれて、白目を剥いたユキは食堂の入り口から消えていった。
「何だろう、本当に残念な人っすね」
それを見送ったヴィンツ少年の言葉である。無論それは自分たちの隊長であるユキに対する感想であった。彼は手早く自分のトレーの上に彼女らの食器を重ねた。
「こいつ、手慣れていやがる」
そのヴィンツの手際を見て思わずシドは呟いた。
「あー、『この程度の事』で驚いていたら航空隊では生きては行けないっす。日常茶飯事過ぎて自分は慣れたっす。ごちそうさまでしたっす。自分は巻き添えになりたくないので自室に戻るっすけどケルッコ先輩いいっすか?」
「ああ、すまないヴィンツ。俺は『面白そう』だからここにもうしばらく居る。先に寝てくれていて構わないぞ」
そう言いながら同じ居室で生活するヴィンツを見送るケルッコと「うっす、失礼するっす」と言いながら去るヴィンツを見て、シドとクロウはヴィンツのこの艦の軍曹ともこの艦の中では年少であるとも思えない落ち着きっぷりに底知れないものを感じていた。
「で、どこまで話したっけ。そうそう、パラサ大尉が提案したトニアとクロウがお似合いだって話だったよね。それは俺も思ってた。クロウ、彼女はこう見えてかなり人気があるんだ。彼女のパイロットスーツ姿を見ただろうからわかるだろうけど、ナイスバディだろう? 顔も可愛い。いっそ彼女をそのまま『彼女』にしてしまうって言うのも俺は手だと思うぜ」
ケルッコの追い打ちがトニアとクロウに突き刺さった。バンカーバスター並みの破壊力を伴って。
トニアは顔から湯気を噴き出して、「クロウ君ごめんね! 私もクロウ君の事、嫌いじゃないと言うか、カッコいいと思ってると言うか、うん! まだ知り合ったばっかりだけどじゃあそんな感じ!!」とよくわからない事を言いながら自身の食器もそのままに駆け出してしまった。
「ああ、あれは脈ありだぞクロウ。陰ながら応援する」
言いながらケルッコはトニアがそのまま残した食器を自分のトレーに片づけだした。
「人にちょっかい出すとどうなるか分かったかしら? クロウ少尉? 明日から大変ね? 今何角形かしら? 指折り数えてみたらいかが?」
優雅に食後のコーヒーを口に含みながら、パラサは高らかにクロウに対して勝利宣言とも取れる問いかけをする。
「うっわ。意地悪いなお前」
「知らなかったのシド? 貴方の『惚れた女』はこういう女よ。それに惚れられた貴方はもう何処にも逃げられないし絶対逃がさないわ。諦めてリッツ家の家督を継ぐことね」
言われてシドは再び黙る。
クロウは先日までのパラサとのやり取りを思い出し、最早完全にイニシアティブをパラサに握られている事を知った。クロウは思わず頭を抱える。そんなクロウの腕の袖を引っ張る者がある。アザレアである。
「大丈夫、クロウは私が守る。私はクロウが好き」
最後に特大の爆弾をアザレアが投げて食堂でのやり取りは爆散した。最早大惨事である。
そのままなあなあに解散し、生気もなくシドと共に自室に戻ったクロウであったが、その片袖を引っ張ったまま自室のドアまでアザレアは付いてきていた。
流石にシドとクロウの部屋には入ってこなかったが、閉まる自動ドアとともに「おやすみ、クロウ」と表情を変えずに彼女は言った。
「クロウ、お前今何角形の中に居るんだ?」
どっかりと自重に負けながらベッドに身を落とすシドに問われて、クロウは頭を激しく左右に振る。
「勘弁してくださいよ先輩。僕は特に何もしてないですよ? 人をジゴロみたいに言わないでください!」
ベッドに横になったままシドは答える。
「バカ言え、この状況で現状を直視しないとか、『地雷原の看板があるのにそこに駆け込む』ようなもんだぞ、いい、代わりに俺が数えてやる。ユキ、アザレア、トニアだろ? それと幼馴染も探してたよな? ああ後、パラサの妹のエリサ嬢にも注意しないといけないかも知れんぞ」
言われたクロウはゾッとする、そこに自身も含めると6角形だった。
「マジ勘弁してくださいよ先輩、そんなんじゃまるでハーレムじゃないですか。僕は自慢じゃないですけどモテた事なんて無いですよ!」
それを聞いたシドは鼻でため息をつく。いっそその中の誰か『一人』でもちゃんと選べばこんな面倒な事にならずに済んでいるのに、と呆れたのだ。
シドは少ないクロウとの付き合いの中でも、彼の『思い切り』のいい部分は評価していた。それが何故か女性関係となると彼に『それ』が急に薄れるのだ。
「お前の死因はきっと戦死じゃねえわ、その内の誰かにきっと刺されて死ぬ」
シドの不吉な予言だった。こうして彼らはしばしの休息を取る。順番にシャワーを浴びて寝たのだった。
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