学園都市型超弩級宇宙戦闘艦『つくば』

佐野信人

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クロウ・ヒガシ

3-2「お前さんも苦労性だね」

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 多くのクルーたちが寛ぐ『つくば』艦内の食堂では19時15分現在、ジャージ姿のクロウが生気もなく突っ伏していた。

「シド、やり過ぎよ」

 クロウの衣服や日用品を、シドとクロウの部屋に持ってきたパラサは、ちょうど『VR』を終え、シドと共に現実空間に復帰したクロウを『救出した』。

「しにますやん、しにましたやん……」

 ぐったりと、クロウは虚空を見つめてそんなことを繰り返しつぶやいていた。

「だって、カリキュラムは任すって艦長が言ったもーん! 俺のせいじゃないもーん!!」

 言いながらも、若干やり過ぎた事を反省したシドは、なるべくクロウを見ないように顔をそらし、コーヒーを啜った。

 クロウがシドと過ごした『8日間』は壮絶を極めた。

 1日目はシドの宣言通り、集団行動の訓練を実施した。道場から校庭のグラウンドのようなステージに一瞬で切り替わると同時、クロウとシドの姿は儀礼用の軍服姿になっていた。これは敬礼の訓練には軍服が必要な故の措置だった。行った事は軍隊における敬礼の仕方、右向け右、左向け左などの基本動作、歩き方、駆け足の仕方、などなどだった。

 クロウはここで、敬礼という動作に初めて種類があることを知った。よくテレビなどで見ていた手を額の所でかざす敬礼は無帽(帽子を被っていない状態を指す)ではしてはいけない敬礼だった。

 この動作が間違いなく出来るようになるまでひたすら繰り返した。時に帽子を被り、時に帽子を脱ぎだ。

 これが出来るようになって2日目、クロウは地球連邦の正式採用小銃である99式自動小銃の『VRデータ』を手渡された。データとはいえ、VR空間内では質量を持って表現され、触感も重さも錆止めに使用する油のにおいまでもがリアルに表現されていた。

 2日目はこの渡された99式自動小銃の分解組み立てを永遠とやらされた。99式自動小銃はその整備性の向上のため、組み立て分解に工具を一切使用しない。代わりに最初に取り外せる部品が工具としての役割を果たしていた。具体的にはその部分はスパナレンチの代わりとなっており、ネジ閉め緩めが可能となっていた。

 この作業は毛布を敷いた机の上で行われ、分解でも組み立てでも、万が一部品を机の端から落とそうものなら即座にやりなおしであった。

 クロウが何とか組み立て分解の作業を手順通りに行えるようになると、今度は制限時間5分以内に分解し、完全に分解した状態から5分以内に組み上げるという課題が追加された。

 結果的に焦らず手順通りに確実に体が動くようになると、5分以内に分解組み立てを行うのはそう難しい事ではなかったが、それが出来るようになると、今度は目隠しをした状態で同じことをするという課題が与えられた。

 一見すると難易度が上がるように思えたが、クロウはこの頃には指先で触っただけでどの部品を触っているのか、その構造がどうなっているのかが手に取るようにわかるようになっていた。

 それが楽しくて夢中になって組み立て分解をしているうちに気が付いたら課題はクリアしていた。

 このカリキュラムはシドの想定以上の速さで習得できたらしく、訓練中初めてシドは「お前は機械を触るセンスがある」と褒めてくれた。40時間以上ぶっ続けで訓練を受けていたクロウはこの一言が嬉しくてもっと頑張ろうとやる気を出した。

 ちなみに、分解解体の合間に抜き打ちで『敬礼の号令』がかけられ、これに遅れるとまたやり直しだったが、これには数回で慣れた。1日目でシドがみっちり付きっ切りで指導してくれたおかげだとクロウは思う。

 3日目に連れてこられた空間はなんと山岳地帯だった。クロウとシドの服装は陸戦用の山岳迷彩服だった。

 さすがにこれにはクロウも「宇宙戦艦で山岳戦闘のシチュエーションなんてあるんですか先輩?」と聞いたが、シドの答えは予想外でごく真面目な顔で「普通にあるよ」との事だった。

 曰く、市街地戦も、室内戦も、寒冷地戦も、無重力戦も、微重力戦(1Gに満たない重力下での戦闘)もあるがそのいずれもが白兵戦はありえる。とのことで、その全ての基本が山岳から学べるとの事だった。

 まず匍匐前進のやり方をみっちり教わった。クロウは体を傾けた際のヘルメットの重さに戸惑ったが、数回の練習で何とか地面に近い前進方法をマスターした。「やはり、武術経験者は体を動かすことに関して覚えがよくて教えるのも楽でいい」とはこの時シドが漏らした一言だった。

 時間が余ったと言い出したシドは、山岳地帯における虫よけの仕方、顔に塗るドーランの塗り方などを教えてくれた。

 ドーランとは黒、黄、緑、灰の色からなる肌に塗るクリームであり、肌をその色に塗りつぶす事が出来た。自然界において人間の肌というのはとにかく目立つものであり、戦闘中はこれらを肌に塗る事で敵からの発見を防ぐのだという。VRではさすがに日焼けはしないが、ドーランは日焼け防止効果もあるそうだ。

 試しにドーランを塗らない状態と塗った状態でシドは100m先に立って見せてくれたが、たったそれだけでかなりの効果があることをここでクロウは知った。

 3日目も半分に差し掛かった所で、山岳地帯をしばらく歩き、開けた場所に出ると、そこは障害物踏破の訓練場だった。

 様々なトラップが仕掛けられており、一週目はシドの実演を交えながら、この障害物はこのように突破するといった方法論を学んだ。

 だが「じゃ、実際やってみよっか」シドが何気なく放ったこの一言が地獄の始まりだった。

 シドによる「オラオラ走れ走れ! 速く走らないと敵から狙い撃ちだ!」という罵声のもと、なんとシドはクロウに向かってVR銃を乱射し始めた。最初油断していたクロウはあえなく頭部を撃ち抜かれ、初めてVR内で死んだ。

 クロウは『死ぬ』のは初めてでは無かったが、数秒間意識があること、動かそうとしても体が動かない感覚、気が狂いそうな痛みを体験した。

 頭部を撃ち抜かれても当たり所によっては即死しないという事実をクロウはこの時初めて知った。

 完全に事切れてから、クロウは元通り復活した。シドは事も無げに「じゃ、スタート位置に戻って」というと、クロウがスタートすると同時に「わー敵襲だー!」と叫びながら再び銃を乱射し始めた。クロウは必死で走り、時に匍匐前進をし、シドがリロードしている瞬間を狙って障害を突破するなどを試みて、と、試行錯誤をしながら何度も死んだ。

 その度にスタート地点に戻ってやり直しだった。

 この死んだ地点から戻る時が曲者で、シドはランダムで『敬礼の合図』を行った。

 遅れると撃たれた。

 死んだ回数をクロウは数えていたが、10回を超えた辺りで不毛だという事に気づきやめた。とにかく、シドには体中のありとあらゆる箇所を撃たれた。即死ではない場合は続行である。

 腕などならまだいいが、足を撃たれると被弾率は格段に上がる。クロウはなるべく身を低く、這ってでも進むことを覚えた。

 3日目も終わりを迎えるころ、クロウは左手を撃ち抜かれ、右ももの端に被弾した状態で何とかゴールに立っていた。クロウはこうして小銃で狙われたらまず死ぬこと、生存するのは難しいという事を、その身をもって知った。

 生き残るにはとにかく狙われる前に射線から逃れる事、この一点だった。クロウはこうして自分を狙う銃口がどこを狙っているかを見ることを学んだ。

 4日目、クロウとシドは最初の道場に戻っていた。服装も道着で最初のままである。

 散々殺されたクロウに油断は無かった。シドはここで竹刀を差し出した。これで打ち合うのだと言う。無論防具などない。曰く必要ないとの事だった。

 第四世代人類は竹刀などでは死なない。その程度のケガなら数分で治るとの事だった。シドの言っていた事は本当で、明らかに格上のシドにクロウは何度か右親指に小手を貰って親指の骨を折られたが、数分で治った。

 問題はケガをしようが、吹っ飛ばされようが立ち合いが終わらないという点だった。痛みで悶絶するクロウに対し、シドは執拗に追撃した。何とか片手で竹刀を盾にし、時間を稼いでいる間にケガが治りの繰り返しだった。

 突きであばらを折られ、肺に刺さって吐血したが、なんとそれすらも数分で治った。追撃の手を緩めずにシドは言う「その回復速度は『VR』のせいではなく、第四世代人類特有のものだ。どんなケガがどれくらいで治るのか体で覚えておけ」との事だった。

 4日目正午、今度は竹刀の代わりに真剣を渡された。今度はこれで打ち合うと言う。もはや慣れてしまっていたクロウは、直後右耳を突きでそぎ落とされた。

 ルールは竹刀の時と同じだった。欠損部位も時間さえあれば回復するという事実をこの時クロウは身をもって知った。

 ただ、腕、指、足などの骨格のある部分を切断された場合(なんとシドは易々とこれらを両断した)、かなり時間がかかるようで、大抵の場合回復を待たずにクロウは殺された。

 そこから先はひたすら真剣で打ち合った。

 これだけ鍔迫り合いをすれば、普通の真剣は使い物にならない程刃こぼれもすれば、刀身も曲がるのが必定である。だが、頼もしいことにこの訓練で使用した真剣は折れず、曲がらず、刃が欠ける事すら無かった。

 打ち合いの合間にシドにその事を聞くと、なにも『VR』のせいではなく、この真剣もこの時代特有のものであるらしかった。

 最終的にやられっぱなしかと思われたクロウも、シドに対して防戦であれば耐えられる程になった。シドとクロウには身長差が10cmほどあるため、どうしてもリーチには差が出る。攻め手に欠けるクロウだが、そこは剣道と武術を嗜んでいた意地もあり、どうにかシドの太刀筋を見極めようと目を凝らした。

 その最大限に集中力を使用している最中、突如警報のようなアラームが鳴り響いた。いつの間にか現実時間の19時となっていたのだ。おおよそ数日間、シドとクロウはこの道場で死合を行っていたという事になる。シドとクロウは静かに納刀し、互いに礼をしてVR空間を後にした。

 最後は締まったかに見えたシドとクロウの訓練であったが、現実世界に戻った瞬間クロウに凄まじい疲労感が襲ってきた。肉体的疲労は全くないのに動けない。シドがクロウを拘束していた粘着テープを剥がしているときもピクリとも動けなかった。

「誰でも初めてVRでガチの訓練をするとそうなるから心配するな、『VR酔い』って俺らは呼んでる」

 と、シドは苦笑交じりに言った。そうこうしているうちに、部屋のチャイムが鳴らされ、両手に大きな紙袋をいくつもぶら下げたパラサが部屋に入ってきた。パラサはクロウのベッドにそれらの紙袋を投げ出すとその袋の一つからジャージを取り出し、シドに投げて渡した。

「流石に病院着じゃ可哀そうだから着せてあげて、着せたら担いで食堂まで来なさい」

 言い放って、パラサは部屋のドアを出ていった。シドは鼻でため息を吐きながら彼女の背中を見送ると、「恥ずかしいだろうがちょっと我慢な」と言いながらクロウにジャージを着せていった。

 恥ずかしいも何も、クロウは体どころか声すら発することが出来なかった。クロウにジャージを着せ終わると、シドはクロウを肩に担いで部屋を出る。部屋のドアの横の壁にパラサが背を預けて待っていた。

「お前さんも苦労性だね」

 と、シドがパラサに声をかけると、パラサはその長い金髪の髪をかき上げてツカツカと無言で歩き出した。

 そして、現在時刻19時19分今へと至る訳である。
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