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ルイス ①
しおりを挟むトラウマの克服練習は順調だと思う。完全に克服しているかと言われるとそうではないが、撮影現場でもカメラの前を通ることができるし、赤いランプが点いていてもそれが自分に向けられていなければ大丈夫だ。以前のように卒倒しないだけでも随分な進歩と言える。けれどそれと引き換えに、と言っていいか分からないが最近妙な動悸が起こるようになった。いつもカメラを構えて写真を撮る時にそれは起こっていた。今まで感じたことのないようなドキドキで、耳の中がブワンブワンと血流で大きく唸り頭に血が上ったみたいになり顔まで真っ赤になってしまう。これはトラウマと関係あるのだろうと思っていたけれど、カメラを持っていないフィンの顔を見た時、また心臓が鳴り始めた。誰もカメラを持ってない。僕も、フィンも、その他の人も。なのに心臓は煩く鳴った。原因がよく分からない。分からないけれど、怖いと感じない種類であることは確かだ。
*
ルイスはドアを開けて買ってきた昼食とドリンクの袋をテーブルに置いた。
「おかえり」
「ちゃんと一人で起きたんですね」
「もう十一時だからな。オフだからってダラダラするなって言ったのはお前の方だぞ」
「それは、はい、そうなんですけど」
寝顔があまりにも気持ちよさそうだったから起こすのは勿体ない気がしたとは言わなかった。
「何買ってきたんだ」
「ドリンクとサンドイッチです。ビーフとシーフード。どっちがいいですか。僕はどちらにするか決めかねてその二つを選んだからどっちになってもかまいません」
「じゃぁ、シーフード」
フィンは紙包みを一つ取り、またバルコニーへ出て椅子に座った。バルコニーには椅子が二脚と丸テーブルが一つ置いてある。ちょうどいい具合に庇がつけられているので、直射日光は当たらない。
「いただっきまーす」
早速袋を開けて頬張るフィンの顔をルイスはじっと見ていた。口いっぱいに含んでまるで食いしん坊のリスのようだ。
「なぁんだよ」
「いえ、頬っぺたが食べ物でいっぱいなので」
リスみたいで可愛いという言葉を飲み込んで、ふふふとルイスは笑う。自分もビーフサンドの封を破いて食べる。ローストビーフのタレが甘辛くて美味しい。そっちはどうですかとシーフードサンドを見ると、フィンが一口食えよと差し出した。口がついていない方から少し齧ってこっちも美味しいですねとまたほほ笑んだ。交換してもいいぞとフィンは提案したがビーフのままでと言った。そして気づくとまた顔が赤くなっていた。
「赤面恐怖症とか」
きょとんと眼を丸くしてルイスはフィンを見た。ルイスの顔がまた赤いのを気にしている。
「いえ、そんな症状は今までありませんでした。寧ろ蒼白になる方でしたから」
「でも最近様子へんじゃねぇか」
「それは、僕も少し気になってて……」
自分でも不確かだと言うような素振りのルイスから視線を外し、フィンはそうだよな、うん、そりゃそうだ、と独り言を言ってからまた口を開いた。
「なぁ、カメラを触る練習さ、しばらく止めないか」
「急に、どうして」
ルイスはガタリと椅子を引いて立った。フィンと撮影する時間は楽しい。できれば続けたい。このおかげでカメラに対する抵抗感がぐっと下がったしトラウマだってもう少しすれば克服できてしまう気がする。もしかして迷惑だったのだろうか。ルイスは頭の中でいい訳を探していた。
「だってよ、その赤面症みたいなのってきっとカメラの練習の所為だろ。違うのか? 毎回撮影してる時に起きるみたいだし、一旦中止して様子見た方がいいんじゃないかと思って」
「いえ! カメラはきっと関係ありません! だって、だって、さっき下からあなたを見た時にも顔が赤くなったんです。誰もカメラなど持っていないのに、です。だからきっと関係ないんです」
少し興奮気味に説明して、ルイスは言い終わった後さらに顔を赤くした。フィンはドリンクで口の中の食べ物を流してしまうと、姿勢を正して座りなおした。
「あのな、怒らないで聞いてくれよ。自意識過剰だったらマジでごめん。それって、その……俺を意識しすぎてるとかあるわけ?」
「な、な、な、ど、ど、ど、どういう意味で……」
ルイスは立ったまま拳を握って更に顔を赤らめる。
「ぼ、僕が、あなたを好きという事ですか」
「いや、そこまで言ってない」
フィンは落ち着けとジェスチャーした。
「僕はあなたのマネージャーです。そういう感情は持ち合わせていません!」
「ごめん。そんなに怒るなよ。悪かった。そうだよな、どう考えてもそうだよな」
フィンはごめんごめんと苦笑いしてサンドイッチをまた食べた。ちょっと眩しいなとサングラスを掛けて。ルイスはその後一言も喋らずに昼食を終えてまた車で出かけてしまった。
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