上 下
73 / 79

Smile 4

しおりを挟む
 
 滞在中のホテルの部屋は同室だ。同室と言ってもフィンにあてがわれた部屋は大きなコンドミニアムで中に個室が四つもある。リビングルームにはキッチンがついていて自炊もできるがルームサービスを頼むこともできる。急なゲストの滞在にも対応できるし、バルコニーはプライベートパーティが催せるほど広い。一階にはプールもついていてゲストならば24時間利用可能だ。今は入る季節ではないが、夏なら泳いで気分転換もできるだろう。

「本当にいい部屋ですね」

「ああ。ただ寝泊まりするだけなのに勿体ない位」

「ここからプールをバックに写すのもいいかもしれません、立ってください」

 二人は白ワインのボトルを開けて飲んでいた。フィンはグラスを持ちながらバルコニーに背を預けて両肘を掛けやんちゃなポーズをする。ルイスはお酒にはほとんど手を付けずにカメラの調整ばかりしていた。

「ハリウッドスターのパーティーナイトって感じですね」

「パーティする客はいねぇけどな」

 少し高い場所からフィンを見下ろす様にカメラを構えてプールが映りこむように構図を取る。何度かシャッターを切った後、フィンはカメラをよこせと手を振った。ルイスは少し戸惑った。心配するなよ、と言いたげなフィンの視線を感じながら恐る恐る渡す。

「これさ、夜景も綺麗に撮れんのかな」

 そう言ってフィンはファインダーを覗きこみ、目下の夜景を撮ろうとシャッターを何度か押した。すぐに撮った写真をカメラの画面で確認するが採光の調整が上手くできておらず真っ黒で、ところどころ光がぽつぽつと浮かぶものしか撮れなかった。

「もうちょっと光を沢山取り込まないと駄目ですね、ここをこうして……」

 フィンの手の中のカメラをルイスが横からいじる。

「どこが、どう……」

 ルイスの操作を確認しようとフィンもカメラについている小さい画面を見た。隣同士で小さな画面を見るため自然顔が近くなる。肩がぶつかり、ごめんとフィンが笑った。それだけなのにルイスは目を真ん丸にして胸を押さえた。

「どうした?」

 フィンが固まったままのルイスを見て訝る。

「いえ、何も……どうも最近動悸が」

「カメラのせいか?」
 
 フィンがさっと手の中のカメラを自分の背後に回した。またフラッシュバックを起こしてしまうのだろうかと心配になり一気に酔いが醒める。

「いえ、そうではないと思うんですが……」

 最近いつもこうだとルイスは混乱した。フィンが近くに来ると動悸がする。カメラの所為ではないと思いたい。だがカメラでフィンを撮影し始めてから心臓がバクバク音を立てるようになったので関係なくはない気がする。

 そのまま心臓に手を当てて早く治まれとルイスは心の中で呪文のように唱えた。言葉通りに止まってはくれないけれど倒れるほどの事ではない。今の心音は種類が違う気がする。

「今日はもうこれで終わろう」

 フィンが反省したようにカメラを専用のケースに戻そうとしたのでルイスはケースをさっと移動させた。

「もう少しだけ」

 ルイスはカメラを再び持ってレンズをフィンに向けた。

 カメラの中からフィンを見るのが好きだ。画を撮るのも随分こなれて来たし、フィンが自分に素の表情を見せてくれる事も嬉しい。撮影の時とは違う砕けた笑顔。自分だけに見せてくれているような特別感がそこに生まれて、撮影することが純粋に楽しい。ぶっきらぼうに見えてマネージャーのトラウマ克服に付き合ってくれる優しいフィン。そうだ、ちゃんとお礼を言おうと思っていたんだ。

 ルイスはシャッターを押しながらフィンに話かける。

「あの、フィン……」

「うん?」

 フィンは相変わらず自然体でファインダー越しにルイスを覗き返す。

「いつも協力してくれて、その……ありがとう」

 面と向かってちゃんと言いたいのに、どこか照れくさい。なぜだか分からない。マネージャーになりたての時はもっとドライだった気がする。礼を言うべきところは言い、干渉しない、一定の距離をちゃんと保てるプロフェッショナルなマネージャーを演じようとしていた。でもフィンがあまりにも自然に、飾る事なくありのままを見せてくれるので愛着が湧いてしまったんだとルイスは思う。

「いいよ。ルイスも俺のために色々走り回ってるの知ってる。バラファンドルへの逃亡の時にどれだけお前に頼ってるか痛いほどわかった」

「逃亡って……旅行と言ってくれますか」

 今度はバルコニーの手すりに顔を預けて夜景を見下ろす横顔に何度もシャッターを切った。

「だからお互い様。お前がいるから俺も頑張れる。俺はお前にも幸せになってほしいから」

 そういってレンズ越しのルイスを見て二カッと無邪気な笑顔を見せた。ルイスはカメラをぼとりと手から落とした。ガシャンと大きな音がする。

「うわっ! おい! カメラ壊れた?!」

 焦ってフィンがカメラを拾ったが本体の角のプラスティック部分が欠けてしまったようだった。レンズはどうやら無事でほっとする。

「どうしたんだよ、ルイス?」

 ルイスは顔を真っ赤にしたまま立ち尽くした。

「おい、ルイス。顔赤いぞ。酔ってんのか? いや、お前ほとんど飲んでないよな。ひょっとして熱あんじゃねぇの?! やべぇ、フロントに電話して体温計持ってきてもらおう!」

 フィンはバタバタと中へ入ってフロントへ電話した。頭から湯気が出そうなルイスは言われるがままベッドに寝かしつけられ寝かされた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

俺の親友がモテ過ぎて困る

くるむ
BL
☆完結済みです☆ 番外編として短い話を追加しました。 男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ) 中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。 一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ) ……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。 て、お前何考えてんの? 何しようとしてんの? ……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。 美形策士×純情平凡♪

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

処理中です...