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Smile 4
しおりを挟む滞在中のホテルの部屋は同室だ。同室と言ってもフィンにあてがわれた部屋は大きなコンドミニアムで中に個室が四つもある。リビングルームにはキッチンがついていて自炊もできるがルームサービスを頼むこともできる。急なゲストの滞在にも対応できるし、バルコニーはプライベートパーティが催せるほど広い。一階にはプールもついていてゲストならば24時間利用可能だ。今は入る季節ではないが、夏なら泳いで気分転換もできるだろう。
「本当にいい部屋ですね」
「ああ。ただ寝泊まりするだけなのに勿体ない位」
「ここからプールをバックに写すのもいいかもしれません、立ってください」
二人は白ワインのボトルを開けて飲んでいた。フィンはグラスを持ちながらバルコニーに背を預けて両肘を掛けやんちゃなポーズをする。ルイスはお酒にはほとんど手を付けずにカメラの調整ばかりしていた。
「ハリウッドスターのパーティーナイトって感じですね」
「パーティする客はいねぇけどな」
少し高い場所からフィンを見下ろす様にカメラを構えてプールが映りこむように構図を取る。何度かシャッターを切った後、フィンはカメラをよこせと手を振った。ルイスは少し戸惑った。心配するなよ、と言いたげなフィンの視線を感じながら恐る恐る渡す。
「これさ、夜景も綺麗に撮れんのかな」
そう言ってフィンはファインダーを覗きこみ、目下の夜景を撮ろうとシャッターを何度か押した。すぐに撮った写真をカメラの画面で確認するが採光の調整が上手くできておらず真っ黒で、ところどころ光がぽつぽつと浮かぶものしか撮れなかった。
「もうちょっと光を沢山取り込まないと駄目ですね、ここをこうして……」
フィンの手の中のカメラをルイスが横からいじる。
「どこが、どう……」
ルイスの操作を確認しようとフィンもカメラについている小さい画面を見た。隣同士で小さな画面を見るため自然顔が近くなる。肩がぶつかり、ごめんとフィンが笑った。それだけなのにルイスは目を真ん丸にして胸を押さえた。
「どうした?」
フィンが固まったままのルイスを見て訝る。
「いえ、何も……どうも最近動悸が」
「カメラのせいか?」
フィンがさっと手の中のカメラを自分の背後に回した。またフラッシュバックを起こしてしまうのだろうかと心配になり一気に酔いが醒める。
「いえ、そうではないと思うんですが……」
最近いつもこうだとルイスは混乱した。フィンが近くに来ると動悸がする。カメラの所為ではないと思いたい。だがカメラでフィンを撮影し始めてから心臓がバクバク音を立てるようになったので関係なくはない気がする。
そのまま心臓に手を当てて早く治まれとルイスは心の中で呪文のように唱えた。言葉通りに止まってはくれないけれど倒れるほどの事ではない。今の心音は種類が違う気がする。
「今日はもうこれで終わろう」
フィンが反省したようにカメラを専用のケースに戻そうとしたのでルイスはケースをさっと移動させた。
「もう少しだけ」
ルイスはカメラを再び持ってレンズをフィンに向けた。
カメラの中からフィンを見るのが好きだ。画を撮るのも随分こなれて来たし、フィンが自分に素の表情を見せてくれる事も嬉しい。撮影の時とは違う砕けた笑顔。自分だけに見せてくれているような特別感がそこに生まれて、撮影することが純粋に楽しい。ぶっきらぼうに見えてマネージャーのトラウマ克服に付き合ってくれる優しいフィン。そうだ、ちゃんとお礼を言おうと思っていたんだ。
ルイスはシャッターを押しながらフィンに話かける。
「あの、フィン……」
「うん?」
フィンは相変わらず自然体でファインダー越しにルイスを覗き返す。
「いつも協力してくれて、その……ありがとう」
面と向かってちゃんと言いたいのに、どこか照れくさい。なぜだか分からない。マネージャーになりたての時はもっとドライだった気がする。礼を言うべきところは言い、干渉しない、一定の距離をちゃんと保てるプロフェッショナルなマネージャーを演じようとしていた。でもフィンがあまりにも自然に、飾る事なくありのままを見せてくれるので愛着が湧いてしまったんだとルイスは思う。
「いいよ。ルイスも俺のために色々走り回ってるの知ってる。バラファンドルへの逃亡の時にどれだけお前に頼ってるか痛いほどわかった」
「逃亡って……旅行と言ってくれますか」
今度はバルコニーの手すりに顔を預けて夜景を見下ろす横顔に何度もシャッターを切った。
「だからお互い様。お前がいるから俺も頑張れる。俺はお前にも幸せになってほしいから」
そういってレンズ越しのルイスを見て二カッと無邪気な笑顔を見せた。ルイスはカメラをぼとりと手から落とした。ガシャンと大きな音がする。
「うわっ! おい! カメラ壊れた?!」
焦ってフィンがカメラを拾ったが本体の角のプラスティック部分が欠けてしまったようだった。レンズはどうやら無事でほっとする。
「どうしたんだよ、ルイス?」
ルイスは顔を真っ赤にしたまま立ち尽くした。
「おい、ルイス。顔赤いぞ。酔ってんのか? いや、お前ほとんど飲んでないよな。ひょっとして熱あんじゃねぇの?! やべぇ、フロントに電話して体温計持ってきてもらおう!」
フィンはバタバタと中へ入ってフロントへ電話した。頭から湯気が出そうなルイスは言われるがままベッドに寝かしつけられ寝かされた。
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