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願い②

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「どうやったらそうなるの。意味が分からない」

 付き合ってくれと言われている気がする。でもそんなわけない。相手はスーパーモデルのアンディ・クローだ。世界的に有名でロンドン市内を走るバスの広告には彼の写真がでかでかと載っている。その彼が自分と付き合いたいなんてあり得ない。理解できない。あまたいる友人の一人であろうとは思うが、あくまでポジションはルイスの従兄弟。

 アンディの袖を今度こそ潜り抜けて、振り返る。目の錯覚ではない。そこにいるのはやはりアンディだ。パパラッチたちに催眠術でも掛けられたのだろうか。それともこれは趣味の悪いいたずらなのか。眉間にしわを寄せて理解不能だと部屋の中をうろつくシリルにアンディは話し始めた。

「君はいつもルイスの事ばかりだから、気づかなかったのかもしれない。僕だってこの気持ちに気づいたのはつい最近だ。だから正直こんな風にアピールしている自分に少し戸惑ってる」

 戸惑ってるのはこっちだと言いたかったがシリルは口を閉じていた。アンディは続ける。

「僕、今まで君の頼み事は断ったことがないでしょう。初めは君たち二人を守るためだと思っていた。今でも二人には幸せになってほしいと思ってる。
 誰かと付き合ってても、君の事を考えている自分に気づいたんだ。君がルイスの事件について罪の意識を拭えないで苦しんでるとことも、どうにかしたいってずっと思ってきた。ルイスが幸せになることが君の幸せだと疑わなかった。だからレベッカの事も色々奔走した。君が恋人と暮らし始めたと聞いた時は正直ショックだった。パパラッチたちが君の写真を撮っているのを見ると自分をうまくコントロールできるかわからないくらいに憤りを感じたよ。そしてさっきマイクと離れるって聞いたら心の中が躍ったんだ。これは恋でしょ」

「それは僕がルイスの従兄弟で、僕の事を弟のように思ってくれているからであって、恋とは違う」

 きっと違う。恋愛と勘違いするのはアンディが優しいからだ。そういうとアンディは首を横に振った。

「僕は好きじゃない人に優しくできるようなできた人間じゃない。すごく利己的だ。むしろそうじゃないとこの世界ではやっていけない」

「ルイスの事が好きだというならまだしも、僕なんかを好きになるわけないでしょう。揶揄わないで」

「揶揄ってない。僕は今本気で君を口説こうとしてるんだから」

「口説くって、僕は今パパラッチに追われてて、恋人に振られたばっかりで……」

「僕はルイスに一度キスしたことがある」

「ほら、やっぱり。ルイスの事が好きなんだよ」

 自分であるはずがないだろう。心で否定してなんだか悲しいがその方がよほど自然だ。美しいルイス。可哀そうなルイス。モデルになる夢をあきらめなければならなくなったのは、事件を未然に防げなかった幼い自分のせい。だから彼の役に立つことをしたかった。ルイスはとうとう記憶を取り戻し今過去に向き合おうとしている。トラウマが治ればいいのにと思う。そして夢をかなえてほしいと切に願う。そうすれば自分も真に解放されるはずだ。そのためにはアンディは欠かせない存在だ。ルイスを導いてくれる。

「ルイスの事は頼んだ。僕は君たちとは違う世界で生きてるんだから」

「違う世界ってなに」

「表の世界だよ。僕の顔をよく見なよ。見慣れてるかもしれないけど、僕には白斑がある。体の痣も君が見た時より大きくなっている。治らないと言われているし確たる治療法もない。僕はずっとこのままなんだよ。君のそばにいていい人間じゃない」

 シリルは窓の外を見た。区画の端の樹がこの前切り倒されて街路樹はそこだけ歯抜けになっていた。不格好だから弱いのか害虫もついていて葉が白くなっていた樹があったが他の樹に病気が移るのを防ぐため、撤去された。

 仕方のないこと。当たり前の事。だが何かが排除されるたびに自分を重ねてしまう癖があった。こんな風に自分を卑下して考えるのは不健康だ。わかっている。だからそれなりに目立たないように影になって生きてきた。アンディたちと一緒にいると光の当たる人間と自分は違うのだといつも見せつけられているような感覚に陥った。卑屈になっても謙虚になっても病気は治らない。救いなのはルイスが昔と変わらず慕ってくれることだった。ルイスが大事だ。そして彼を夢へとつなげるためにはアンディが必要だ。アンディはルイスのためならなんだってする。影響力もあるしお金もある。もう何も心配しなくていい。不運なシリルの事は忘れてみんな幸せになればいい。
 
 知らず下を向いて拳を握りしめていた。アンディは窓辺で自虐的な言葉ばかりを吐くシリルの腕を取り振り向かせた。

「ルイスとキスした後、君の事ばかりを考えるようになった」

「なに……」

「ルイスにキスしたのに、僕は君の顔ばかりを頭に浮かべていたんだよ」

「罪悪感でしょ」

「その通り。罪悪感だ。自分のしたことが愚行に思えた。君を裏切ったような気分が最悪だった。君に嫌われる事が何より怖かったんだよ。君が連絡してくるのはルイスに関係することしかないんだって分かってても、君が僕の事をよく思っていなくても、君には笑っていてほしいと、そう思っていた」

「だからそれは勘違い」

「違うよ。憂鬱そうなタンザナイトの瞳が夕日に照らされたあの夜から、僕は君の事ばかりを追いかけている。これは恋だよ、シリル」

 シリルの瞳は大きく揺れた。

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