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ウィッグ
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駐車場にはルイスと俺、アンディ、シリル、三台の車で来た。シリルは撮影見学の後そのままロンドンへ帰る予定だ。アンディのけたたましい音のする高級車はどこにいても目を惹いて彼の車と知っていたらすぐに彼がどこにいるのかわかってしまうのではないかと危機管理には疑問が湧いた。だが有名人とはこういうものかも知れない。
俺とルイスの後について二人はトレーラーまでやって来たがルイスはカメラの前に立つことはできないのでトレーラーから覗いて見学する。アンディとシリルだけ俺と一緒に現場に入り、近い場所から見学をすることになった。アンディの登場にスタジオ全体が一気に色めき立つ。そうだ、シリルに足蹴にされているから忘れがちになるけれどアンディは俺とは違って既に名を馳せた有名人で業界内で知らない人間などいない。アンディが得意げになってほら僕結構凄いでしょうととシリルにこっそり話したが、シリルは鼻でフンと一蹴りするとアンディは頭をがっくり垂れる。ルイスが見ていたらきっとアンディを慰めているのだろう。二人のやり取りは何だか微笑ましく映った。
今日撮影するシーンは主人公の心の中を描写する。能力者である敵が主人公の頭の中に入り込み幻覚を見せて感情を直接揺さぶる。エキストラが沢山出て来て具現化されたトラウマとなり、弱っている主人公を闇に誘うがそれに屈さず葛藤や過去を乗り越えて現実の苦難に立ち向かっていこうとする、大切な場面だった。
同じ灰色のスモッグの様な服を着たエキストラたちが続々と現場にやって来た。みんな一様に金髪のウィッグを被っていて、週刊誌で目元を隠すような四角い形の帯を目元にペイントされていた。後で特殊効果を施すのだろう黒ではなく緑に塗られている。目元が緑で灰色のユニフォームを着た金髪集団がウジャウジャとスタジオの中に犇めく光景は異様だが、エキストラたちの興奮度は凄く、スタジオ全体が熱気球の中の様に熱く感じられた。実質汗を掻き出したエキストラのペイントを直そうとメイクスタッフがフレーム内に入り込んでメイク直しをしている。早く風を起こせと巨大な扇風機がつけられ、とうとう撮影が始まるとエキストラ内での熱量が更に上がった。エキストラの準備が完了すると監督が出てきて、アンディに手を振る。アンディは手を振り返し、監督が椅子に座ると一気に緊張が走った。
敵による心の中への侵入の声は前もって録音してあり、場面に合わせて流される。俺のセリフ回しに合わせて調整され、エキストラたちにセリフもないので俺の独演だ。
自分に語り掛けるように、それでいて敵の思惑通りにはいかないように抗いながら自分自身との葛藤を表現するのは難しかった。見えない敵と戦う恐怖、猜疑心を克服し大切な人を守るために振り出す勇気。どれも現実には経験しえない設定だが、香港の港の倉庫での戦いを思い出しながら演じた。守りたいものを守る力があっても無くても、立ち向かっていく覚悟と勇気。教えてくれたのはカイだった。あいつの隣に立てる男になるんだ。そう思うと力が湧いた。
金色の髪のエキストラたちから一斉に手を伸ばされて恐怖にうずくまり、どこからか聞こえる闇の声に抗う。暗闇を打ち破り、金色の髪の幻想たちは散り散りに走って消えて行くと台詞のシーンは終わった。独演の後は、別視点でのショットもいくつも撮影し、特殊加工を施す為、何度か同じようなシーンでの動きを繰り返す。朝に始まった撮影は昼過ぎまで掛かり今日の撮影はこれで終わりだと言われたのは午後四時を過ぎていた。俺の移動した後にエキストラたちが列をなして小道具のウィッグと服を脱いで箱に入れそれぞれスタジオを出て行った。
アンディとシリルは途中何度か休憩を取って終わった時は姿が見えなかったが、トレーラーに戻るとまだいた。俺は動きのあるショットが後半に控えていたので、途中の食事は控えめにしていたため腹ぺこで、トレーラーに届けられていたサンドイッチとフルーツを大量にかきこんだ。
「そんなに焦って食べなくても誰も取らないから。この後皆で食事しようかって言ってたのに」
「腹減って死にそうだ」
「ワイヤーに釣られたり、飛んだり大変だよね」
撮影を初めて見たと言うシリルは本当に感動したように言う。
「心の中に重力なんてないからな」
「本当カッコよかったよ」
シリルに褒められて俺は親指を立てた。ルイスは後で映像チェックしますから、と冷静にマネージャーの顔をしている。昨日のへべれけ状態を思い出してそのギャップにうっかりつっこんでしいまいそうだが黙っておいた。氷の仮面は彼の防御術の一つだ。
「それ食べ終わったら行きましょうか。これ以上食べたらあなた寝てしまいそうですし」
ルイスは目の前に置いてある食べ物をごっそりのけて冷蔵庫にしまった。
「あ、サンドイッチは持って帰ろうぜ。夕食後に腹減ってたら食うから」
「夕食をしっかり食べればいいでしょう」
シリルとアンディが俺たちのやり取りを見て笑っていた。とげとげした空気はもうない。どうやら完全に打ち解けたみたいだった。
荷物を抱えて四人でトレーラーから出る。アンディとシリルが先に出てのだがスタッフが片づけをしていた。出てきたアンディに見惚れたのか、女性スタッフが台車を機材の角に当てて載せていた箱が落ちた。中からエキストラたちが脱いだ金髪のウィッグがバサバサと落ちる。
トレーラーから出た瞬間に金色の髪があちこちに散らばって金髪の人の散髪をそこでしたように見えた。
「なんだこれ」
「すいません、すいません、すぐに片づけます!」
そう言ってスタッフが急いでウィッグをかき集めていたので俺も手伝だおうと屈んだがアンディとシリルはぎょっとして立ち尽くして二人共ルイスの方を見ていた。視線を辿り、ルイスを見ると顔面が蒼白になってガタガタと震えている。
「おい、どうしたんだよ」
俺がそう言うが早いかシリルがルイスの目を手で塞いだ。
「早くルイスを別の場所に!」
「なんだ?」
当のルイスは足も上手く動かせないようでアンディが彼の腰を掴んで移動させようとしていた。
「ゥア、ア……」
ルイスは声にならない声を発していた。
俺とルイスの後について二人はトレーラーまでやって来たがルイスはカメラの前に立つことはできないのでトレーラーから覗いて見学する。アンディとシリルだけ俺と一緒に現場に入り、近い場所から見学をすることになった。アンディの登場にスタジオ全体が一気に色めき立つ。そうだ、シリルに足蹴にされているから忘れがちになるけれどアンディは俺とは違って既に名を馳せた有名人で業界内で知らない人間などいない。アンディが得意げになってほら僕結構凄いでしょうととシリルにこっそり話したが、シリルは鼻でフンと一蹴りするとアンディは頭をがっくり垂れる。ルイスが見ていたらきっとアンディを慰めているのだろう。二人のやり取りは何だか微笑ましく映った。
今日撮影するシーンは主人公の心の中を描写する。能力者である敵が主人公の頭の中に入り込み幻覚を見せて感情を直接揺さぶる。エキストラが沢山出て来て具現化されたトラウマとなり、弱っている主人公を闇に誘うがそれに屈さず葛藤や過去を乗り越えて現実の苦難に立ち向かっていこうとする、大切な場面だった。
同じ灰色のスモッグの様な服を着たエキストラたちが続々と現場にやって来た。みんな一様に金髪のウィッグを被っていて、週刊誌で目元を隠すような四角い形の帯を目元にペイントされていた。後で特殊効果を施すのだろう黒ではなく緑に塗られている。目元が緑で灰色のユニフォームを着た金髪集団がウジャウジャとスタジオの中に犇めく光景は異様だが、エキストラたちの興奮度は凄く、スタジオ全体が熱気球の中の様に熱く感じられた。実質汗を掻き出したエキストラのペイントを直そうとメイクスタッフがフレーム内に入り込んでメイク直しをしている。早く風を起こせと巨大な扇風機がつけられ、とうとう撮影が始まるとエキストラ内での熱量が更に上がった。エキストラの準備が完了すると監督が出てきて、アンディに手を振る。アンディは手を振り返し、監督が椅子に座ると一気に緊張が走った。
敵による心の中への侵入の声は前もって録音してあり、場面に合わせて流される。俺のセリフ回しに合わせて調整され、エキストラたちにセリフもないので俺の独演だ。
自分に語り掛けるように、それでいて敵の思惑通りにはいかないように抗いながら自分自身との葛藤を表現するのは難しかった。見えない敵と戦う恐怖、猜疑心を克服し大切な人を守るために振り出す勇気。どれも現実には経験しえない設定だが、香港の港の倉庫での戦いを思い出しながら演じた。守りたいものを守る力があっても無くても、立ち向かっていく覚悟と勇気。教えてくれたのはカイだった。あいつの隣に立てる男になるんだ。そう思うと力が湧いた。
金色の髪のエキストラたちから一斉に手を伸ばされて恐怖にうずくまり、どこからか聞こえる闇の声に抗う。暗闇を打ち破り、金色の髪の幻想たちは散り散りに走って消えて行くと台詞のシーンは終わった。独演の後は、別視点でのショットもいくつも撮影し、特殊加工を施す為、何度か同じようなシーンでの動きを繰り返す。朝に始まった撮影は昼過ぎまで掛かり今日の撮影はこれで終わりだと言われたのは午後四時を過ぎていた。俺の移動した後にエキストラたちが列をなして小道具のウィッグと服を脱いで箱に入れそれぞれスタジオを出て行った。
アンディとシリルは途中何度か休憩を取って終わった時は姿が見えなかったが、トレーラーに戻るとまだいた。俺は動きのあるショットが後半に控えていたので、途中の食事は控えめにしていたため腹ぺこで、トレーラーに届けられていたサンドイッチとフルーツを大量にかきこんだ。
「そんなに焦って食べなくても誰も取らないから。この後皆で食事しようかって言ってたのに」
「腹減って死にそうだ」
「ワイヤーに釣られたり、飛んだり大変だよね」
撮影を初めて見たと言うシリルは本当に感動したように言う。
「心の中に重力なんてないからな」
「本当カッコよかったよ」
シリルに褒められて俺は親指を立てた。ルイスは後で映像チェックしますから、と冷静にマネージャーの顔をしている。昨日のへべれけ状態を思い出してそのギャップにうっかりつっこんでしいまいそうだが黙っておいた。氷の仮面は彼の防御術の一つだ。
「それ食べ終わったら行きましょうか。これ以上食べたらあなた寝てしまいそうですし」
ルイスは目の前に置いてある食べ物をごっそりのけて冷蔵庫にしまった。
「あ、サンドイッチは持って帰ろうぜ。夕食後に腹減ってたら食うから」
「夕食をしっかり食べればいいでしょう」
シリルとアンディが俺たちのやり取りを見て笑っていた。とげとげした空気はもうない。どうやら完全に打ち解けたみたいだった。
荷物を抱えて四人でトレーラーから出る。アンディとシリルが先に出てのだがスタッフが片づけをしていた。出てきたアンディに見惚れたのか、女性スタッフが台車を機材の角に当てて載せていた箱が落ちた。中からエキストラたちが脱いだ金髪のウィッグがバサバサと落ちる。
トレーラーから出た瞬間に金色の髪があちこちに散らばって金髪の人の散髪をそこでしたように見えた。
「なんだこれ」
「すいません、すいません、すぐに片づけます!」
そう言ってスタッフが急いでウィッグをかき集めていたので俺も手伝だおうと屈んだがアンディとシリルはぎょっとして立ち尽くして二人共ルイスの方を見ていた。視線を辿り、ルイスを見ると顔面が蒼白になってガタガタと震えている。
「おい、どうしたんだよ」
俺がそう言うが早いかシリルがルイスの目を手で塞いだ。
「早くルイスを別の場所に!」
「なんだ?」
当のルイスは足も上手く動かせないようでアンディが彼の腰を掴んで移動させようとしていた。
「ゥア、ア……」
ルイスは声にならない声を発していた。
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