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信頼

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 アンディを問い詰める事無くレベッカをそっとしておくよう伝える事が出来て、安堵したからかルイスはすぐにソファで寝転がって眠ってしまった。酒が飲めない体質なのだから当然と言えば当然だ。実家の稼業を聞くと可哀想なくらいの下戸だが本人は「今は酒を飲む必要のない仕事をしているから気にしていない」らしい。

「ルイス、寝ちゃったね」

 ブランケットをそっと掛けてシリルが呟いた。アンディは一人掛けのソファに座ってテーブルの上のチェスを睨んでいた。シリルと対戦しているのだがずっと苦戦している。

「にしても、話があるとか言いながらあんなに飲むなんて珍しい」

 それはアンディにレベッカへの干渉を止めるよう上手く話さないといけないから珍しく緊張したんじゃないのか、とアンディの前では言えず、俺は無難な回答をした。

「たまにはいいんじゃねぇか。新人俳優の世話焼くのに大変でいつも張り詰めてるし、シリルもアンディも来るって浮かれたんだろう」
「ルイスの事よく見てるんだね」
「面倒掛けてる身だからな」

 ルイスを見てふっと笑うシリルはとても柔らかい笑顔をみせた。本当にルイスを大事に思っているのがよく分かる。こんなに大切に思って貰えて彼はとても幸せ者だと思った。シリル、アンディ、ダオ監督、両親にもとても愛されている。類稀なる秀でた容姿が衰えぬ限り嫉妬ややっかみは続くだろうが、ルイスならきっと乗り越えていくだろう。

「君はルイスの事どう思ってるの」

 おっと、やっとひと段落したと思ったら矛先が俺に向かってきた。

「いや、俺は別に思う人がいるからルイスのことは何とも……」
「女の人?男の人?」

 こういう事をストレートに訊いてくるのはルイスとアンディの影響だろうか。普通というのは人それぞれで、俺はカイに出逢う前は女の人が恋愛対象だった。だけどカイに出逢ってからジェンダーという枠のようなものがどうでもよくなった様な気がする。女の人だから惹かれるとか男の人だから恋愛対象外だとか、そういう概念が取っ払われたと言うとしっくりくる。実質今惚れてる男はカイセイ・カナミという男なのだから、正直に答えてもいいのだが、男の人と答えてしまうとルイスを恋愛対象にしているのだと思われて変な警戒心を持たせてしまうのではないかと躊躇った。その考えている時間でシリルには状況が伝わってしまったようだった。

「話したくなければ話さなくてもいいよ」

 チェスの駒を一つ動かしてチェックメイトと言ったシリルはそろそろシャワー浴びて寝るよとアンディの存在を無視するように二階へ上がろうとした。

「え?シリル、もう寝るの?僕今日泊まっていい?ねぇ?」

 知らないと言われアンディは肩を竦めて情けない顔になっていた。チェックメイトは覆らないようだ。

「おい、捨て犬みたいな顔になってるぞ」
「だってぇ」

 アンディは俺に寄りかかり甘えた声を出した。彼の体は思った以上に重く、肩をぐいと動かして押し返す。ぐすんとわざとらしく泣くふりをする彼は口を尖らせていた。大きな体格にはあまり似合わない仕草だ。

「皆冷たいよ。ルイスは先にぐうぐう寝ちゃうし、シリルは僕に笑いかけてもくれない。君なんて寄りかからせてもくれない。あー、僕はなんて可哀想な男なんだ」

 顎に手をついてアンディは不貞腐れたまま起きそうにないルイスをじっと見た。

「ルイス、置いて行っちゃったね」
「まぁ、なんだかんだ言って信頼されてるんじゃね、あんた」
「違うよ、君がいるから安心して行ったんだ」
「俺?」
「そうだよ。自覚ないんだね」

 警戒していたと思ったのにルイスを置いてけぼりにするのは思えば意外だ。アンディは全く鈍感だねとテーブルのワインボトルをとり自分のグラスに注いだ。

「ルイスがこんな風に飲むのは気を許した相手の前だけだよ。シリルが来たからだけじゃない。君はとても信頼されてる」
「そうかな。そりゃルイスは俺のマネジャーだから信頼関係は成り立っているとは思うけど」

 注いだワイングラスを何度か回しながらアンディはルイスの傍に座った。

「しかもルイスが信頼している事をシリルもちゃんと分かってるから妬けちゃうよ。君はシリルに出逢ったばかりだろう」
「今日初めて会った。でも話は前から聞いてたぜ」
「シリルとルイスは本当に仲がいい。それこそ兄弟の様だ。シリルはいつもルイスの事ばかり考えて心配してる。傍にいればそれだけ守ってやらなきゃって思ってる。だから僕が居ても僕に手を出されていないのか心配してるんだ」
「あんた、それ分かってて」
「分かってるよ、勿論。だけど僕だってルイスを大事に思ってるんだよ。きっとシリルが思いやるような感情ととても似ていると思う。その証拠にキス以上はできない。愛しい思いは持っているんだけど、それ以上には進めない。それは彼に魅力がないという意味ではなくて、僕の中に壁があってね。シリルが嘆く事をしたくない、っていう妙な感覚があるんだ」
「ふーん」
「まぁ、僕の部屋から出て来てキスしてる所見られてるから説得力はないよね。ははは」

 ルイスの赤面はキスだけだったのか。初心な奴だと少し顔がにやけた。いや、特に深い意味はない。それより、アンディは兄弟二人共好きになったって事なのか。俺には感情がつかめないけど、とにかく二人の事が大事なのはよく分かった気がした。

 そろそろセリフの練習をしたいと話し、二人でルイスを抱えて部屋に連れて行くことにした。肩にそれぞれルイスの片腕を抱えて階段を上りながらアンディが訊く。

「明日、撮影見に行ってもいいかな」
「え」
「嫌かな」
「別に嫌じゃないけど」
「じゃぁ決まり。ルイスの許可は明日取るよ」

 ルイスの部屋に連れて行ってベッドに寝かせた後、アンディは階下で寝ると言った。きっとシリルを心配させないためだろう。アンディはとても優しい。だがレベッカへの弾圧と氷のような冷たい目を思い出すとぞっとする。優しい男を怒らせるもんじゃないなと思うと同時に何故かカイの顔が頭に過った。おい、お前は今は出て来るな。明日も撮影がある。独り言ちて俺は噴水の前でセリフの練習を始めた。


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