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贐 ハナムケ

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 台本を読んでいたルイスが手を止め、小難しい顔をして少し躊躇いがちに言う。

「そこはもっと、こう……感情を込められませんか……」

「目一杯感情込めてるぜ?これ以上大声張り上げるのも違うと思うし」

「僕にはただ台詞を読んでいるだけに聞こえます」

「……何が足りないのか具体的に言ってくれないと分かんねぇ」

「……」

 二人はテーブルを挟んで考え込んでしまった。ルイスはレベッカの練習にずっと付き合っていたし、舞台も沢山見ていたから演技というものが実際はどう言うものなのかある程度分かっているつもりでいるけれど、フィンには経験以前に生の演技を見た回数が圧倒的に少なく、アクションで必要な動きは体現できても内側から溢れる感情を表現する事に関しては何かが不足しているように思えた。ルイスは提案する。

「生の舞台を見れる場所が近くにあるんです。小さい劇場ですがとても有名で色んな種類の演技が見れる。出ている演者達も実力者ばかりです。撮影の合間に見にいけるものがないか調べておきますから見にいきませんか?演技の勉強になりますし、気分転換にもなりますから」

「そりゃいい考えだ。練習ばっかりしててもインプットが足りてないから上達しねぇしな」

 自分の現状をよく理解しているフィンは提案に素直に乗り、ルイスは次の日の朝早速チケットを予約した。小さな劇団の演目ですぐに見れるチケットはそれしか入手できなかったがロイヤルエクスチェンジで公演しているならどれでも大丈夫だと思った。




 *

 マンチェスター市内の小さなオフィスで舞台の主役を務めるミリアは最後の公演を翌日に控え団長を説得中だった。

「ねぇ、レベッカお願い、明日で私の公演は最後になるわ。貴女が居てくれたから私はオーディションにも受かったの。貴女と最後に共演したい、それが無理ならせめて見に来て、お願いよ」

 ミリアは何度も話したが、美しい劇団長は首を横に振るばかりだった。

「駄目よ、私は行けないの……暫く舞台にも立てない」

「どうしていきなり舞台に立てないなんて言い出したの?他に舞台の仕事が入った訳でもないし、貴女の代役はとてもじゃないけどあの子には務まらないのに……。あんなに舞台には絶対穴を開けるなっていつも口をすっぱくして言ってたじゃない」

「そうなんだけど、今回は事情が色々あって……劇団の存続も掛かっているのよ、分かって」

 まさかアンディ・クローに脅されてるなどと言える筈もなくレベッカは自分の説得に失敗し肩を落として歩いて帰るミリアを窓から見下ろした。

「私だって貴女の最後の舞台を見に行きたかったわ。苦労を共にした仲間よ……」

 そうして独り言を呟いてふと思った、どうしてここまで執拗に人生を妨害されなくてはならないのか。自分のした事は褒められる事ではなかったが、人生を滅茶苦茶にされる程ルイスに酷い事をしたつもりはない。ルイス本人に責められるならまだしも何故アンディが出てくるのだろう。

 アンディは売れっ子のスーパーモデルでこんな極小劇団や落ちぶれた女優に構っている暇はない筈だ。ルイスの事が大切なのだろうけど……。

 レベッカはそこで気づいた。自分が出演しているかや劇場に来ているかどうかなんてアンディが確認しに来るはずがないと。

 ロイヤルエクスチェンジの様に小さな舞台へ売れている彼が顔を出す事はまず無いと思っていい。もし来ればそこはパニックになるだろう。自分が影から舞台を見ていようが見ていまいがアンディには見つかりっこない。それに自分を追いやった彼の言う事に何故こうも純朴に従わなければならないのか、そう考え始めると沸々と怒りが込み上げてきた。何度オーディションで受かっても数日経てばアンディの力によって断られ、自分の劇団を立ち上げるのにも随分苦労した事を思いだすと尚更腹立たしい。

 苦労してやっと立てた舞台なのにルイスがこの街に来たから舞台に立つなという理不尽な要求。こんな要求を毎回のんでいたら一生振り回される羽目になる。

 役者名を伏せていれば分かりっこない、そう思い直してレベッカはミリアへの贐《はなむけ》に次の日だけ舞台に立つ事を決めた。








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