38 / 79
贐 ハナムケ
しおりを挟む
台本を読んでいたルイスが手を止め、小難しい顔をして少し躊躇いがちに言う。
「そこはもっと、こう……感情を込められませんか……」
「目一杯感情込めてるぜ?これ以上大声張り上げるのも違うと思うし」
「僕にはただ台詞を読んでいるだけに聞こえます」
「……何が足りないのか具体的に言ってくれないと分かんねぇ」
「……」
二人はテーブルを挟んで考え込んでしまった。ルイスはレベッカの練習にずっと付き合っていたし、舞台も沢山見ていたから演技というものが実際はどう言うものなのかある程度分かっているつもりでいるけれど、フィンには経験以前に生の演技を見た回数が圧倒的に少なく、アクションで必要な動きは体現できても内側から溢れる感情を表現する事に関しては何かが不足しているように思えた。ルイスは提案する。
「生の舞台を見れる場所が近くにあるんです。小さい劇場ですがとても有名で色んな種類の演技が見れる。出ている演者達も実力者ばかりです。撮影の合間に見にいけるものがないか調べておきますから見にいきませんか?演技の勉強になりますし、気分転換にもなりますから」
「そりゃいい考えだ。練習ばっかりしててもインプットが足りてないから上達しねぇしな」
自分の現状をよく理解しているフィンは提案に素直に乗り、ルイスは次の日の朝早速チケットを予約した。小さな劇団の演目ですぐに見れるチケットはそれしか入手できなかったがロイヤルエクスチェンジで公演しているならどれでも大丈夫だと思った。
*
マンチェスター市内の小さなオフィスで舞台の主役を務めるミリアは最後の公演を翌日に控え団長を説得中だった。
「ねぇ、レベッカお願い、明日で私の公演は最後になるわ。貴女が居てくれたから私はオーディションにも受かったの。貴女と最後に共演したい、それが無理ならせめて見に来て、お願いよ」
ミリアは何度も話したが、美しい劇団長は首を横に振るばかりだった。
「駄目よ、私は行けないの……暫く舞台にも立てない」
「どうしていきなり舞台に立てないなんて言い出したの?他に舞台の仕事が入った訳でもないし、貴女の代役はとてもじゃないけどあの子には務まらないのに……。あんなに舞台には絶対穴を開けるなっていつも口をすっぱくして言ってたじゃない」
「そうなんだけど、今回は事情が色々あって……劇団の存続も掛かっているのよ、分かって」
まさかアンディ・クローに脅されてるなどと言える筈もなくレベッカは自分の説得に失敗し肩を落として歩いて帰るミリアを窓から見下ろした。
「私だって貴女の最後の舞台を見に行きたかったわ。苦労を共にした仲間よ……」
そうして独り言を呟いてふと思った、どうしてここまで執拗に人生を妨害されなくてはならないのか。自分のした事は褒められる事ではなかったが、人生を滅茶苦茶にされる程ルイスに酷い事をしたつもりはない。ルイス本人に責められるならまだしも何故アンディが出てくるのだろう。
アンディは売れっ子のスーパーモデルでこんな極小劇団や落ちぶれた女優に構っている暇はない筈だ。ルイスの事が大切なのだろうけど……。
レベッカはそこで気づいた。自分が出演しているかや劇場に来ているかどうかなんてアンディが確認しに来るはずがないと。
ロイヤルエクスチェンジの様に小さな舞台へ売れている彼が顔を出す事はまず無いと思っていい。もし来ればそこはパニックになるだろう。自分が影から舞台を見ていようが見ていまいがアンディには見つかりっこない。それに自分を追いやった彼の言う事に何故こうも純朴に従わなければならないのか、そう考え始めると沸々と怒りが込み上げてきた。何度オーディションで受かっても数日経てばアンディの力によって断られ、自分の劇団を立ち上げるのにも随分苦労した事を思いだすと尚更腹立たしい。
苦労してやっと立てた舞台なのにルイスがこの街に来たから舞台に立つなという理不尽な要求。こんな要求を毎回のんでいたら一生振り回される羽目になる。
役者名を伏せていれば分かりっこない、そう思い直してレベッカはミリアへの贐《はなむけ》に次の日だけ舞台に立つ事を決めた。
「そこはもっと、こう……感情を込められませんか……」
「目一杯感情込めてるぜ?これ以上大声張り上げるのも違うと思うし」
「僕にはただ台詞を読んでいるだけに聞こえます」
「……何が足りないのか具体的に言ってくれないと分かんねぇ」
「……」
二人はテーブルを挟んで考え込んでしまった。ルイスはレベッカの練習にずっと付き合っていたし、舞台も沢山見ていたから演技というものが実際はどう言うものなのかある程度分かっているつもりでいるけれど、フィンには経験以前に生の演技を見た回数が圧倒的に少なく、アクションで必要な動きは体現できても内側から溢れる感情を表現する事に関しては何かが不足しているように思えた。ルイスは提案する。
「生の舞台を見れる場所が近くにあるんです。小さい劇場ですがとても有名で色んな種類の演技が見れる。出ている演者達も実力者ばかりです。撮影の合間に見にいけるものがないか調べておきますから見にいきませんか?演技の勉強になりますし、気分転換にもなりますから」
「そりゃいい考えだ。練習ばっかりしててもインプットが足りてないから上達しねぇしな」
自分の現状をよく理解しているフィンは提案に素直に乗り、ルイスは次の日の朝早速チケットを予約した。小さな劇団の演目ですぐに見れるチケットはそれしか入手できなかったがロイヤルエクスチェンジで公演しているならどれでも大丈夫だと思った。
*
マンチェスター市内の小さなオフィスで舞台の主役を務めるミリアは最後の公演を翌日に控え団長を説得中だった。
「ねぇ、レベッカお願い、明日で私の公演は最後になるわ。貴女が居てくれたから私はオーディションにも受かったの。貴女と最後に共演したい、それが無理ならせめて見に来て、お願いよ」
ミリアは何度も話したが、美しい劇団長は首を横に振るばかりだった。
「駄目よ、私は行けないの……暫く舞台にも立てない」
「どうしていきなり舞台に立てないなんて言い出したの?他に舞台の仕事が入った訳でもないし、貴女の代役はとてもじゃないけどあの子には務まらないのに……。あんなに舞台には絶対穴を開けるなっていつも口をすっぱくして言ってたじゃない」
「そうなんだけど、今回は事情が色々あって……劇団の存続も掛かっているのよ、分かって」
まさかアンディ・クローに脅されてるなどと言える筈もなくレベッカは自分の説得に失敗し肩を落として歩いて帰るミリアを窓から見下ろした。
「私だって貴女の最後の舞台を見に行きたかったわ。苦労を共にした仲間よ……」
そうして独り言を呟いてふと思った、どうしてここまで執拗に人生を妨害されなくてはならないのか。自分のした事は褒められる事ではなかったが、人生を滅茶苦茶にされる程ルイスに酷い事をしたつもりはない。ルイス本人に責められるならまだしも何故アンディが出てくるのだろう。
アンディは売れっ子のスーパーモデルでこんな極小劇団や落ちぶれた女優に構っている暇はない筈だ。ルイスの事が大切なのだろうけど……。
レベッカはそこで気づいた。自分が出演しているかや劇場に来ているかどうかなんてアンディが確認しに来るはずがないと。
ロイヤルエクスチェンジの様に小さな舞台へ売れている彼が顔を出す事はまず無いと思っていい。もし来ればそこはパニックになるだろう。自分が影から舞台を見ていようが見ていまいがアンディには見つかりっこない。それに自分を追いやった彼の言う事に何故こうも純朴に従わなければならないのか、そう考え始めると沸々と怒りが込み上げてきた。何度オーディションで受かっても数日経てばアンディの力によって断られ、自分の劇団を立ち上げるのにも随分苦労した事を思いだすと尚更腹立たしい。
苦労してやっと立てた舞台なのにルイスがこの街に来たから舞台に立つなという理不尽な要求。こんな要求を毎回のんでいたら一生振り回される羽目になる。
役者名を伏せていれば分かりっこない、そう思い直してレベッカはミリアへの贐《はなむけ》に次の日だけ舞台に立つ事を決めた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
俺の親友がモテ過ぎて困る
くるむ
BL
☆完結済みです☆
番外編として短い話を追加しました。
男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ)
中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。
一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ)
……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。
て、お前何考えてんの?
何しようとしてんの?
……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。
美形策士×純情平凡♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる