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チェス

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「なぁ、これはここに動かして良いんだよな」

 フィンがルークの駒を持ってチェス盤を指差す。

「ルークは上下左右、四方向に好きなだけ動けます、大丈夫です」

 ルイスはそう言いながら、すでにフィンから取ったであろう白のポーンを手で遊びながら組んだ足先を揺らせて微笑んだ。

「アンディ、僕喉が渇いたからキースに紅茶を頼んでくるよ。僕の代わりに次の手を打って」

「酷いな、僕のチェスの腕前は知ってるじゃないか」

「フィンは今日始めたばかりだから大丈夫だよ」

「……厳しい先生だね」

 そう言ってアンディがフィンにウィンクをすると、フィンはフンッと鼻を鳴らした。移動するルイスの背中を見遣った後アンディは背伸びをしながらソファに座る。

「長い間車の中にじっとして居たから体が鈍いよ」

「人気者は大変だな」

「まぁね」

 そう言ってアンディは少しの間チェス盤を眺めてルイスが取らなかっただろう彼のビショップを容赦なく取った。

「あー!」

「これ、こんなところにあったら取られちゃうよ」

 フィンはどうするのが正解なのか分からない様で腕を組んでチェス盤を睨んでいた。

「どうしてまたチェスなの?」

 フィンは苛立ちを解放して足の先を何度かトントンとさせた。頭を使うゲームだから無理もない。

「英語の先生する代わりにチェスの相手をして欲しいから覚えろって言われたんだ。簡単なゲームだっていうけど初めてだってのに、あいつドSだな」

 ルイスの取った駒が沢山チェス盤の横に固まっている。容赦ない練習は早く上手くなって欲しいからだろう。アンディの心の中にまた嫌な色が生まれる。ルイスはフィンのマネージャーだから終始一緒に居るのは当たり前で、台詞や演技で頭が埋まる時はこういうゲームで気分転換をするのも大事な事だ。頭を整理する手伝いもしてくれるし、嫌な事も忘れることが出来る。だが理由をいくら積み重ねてもルイスの心にあるシリルの場所をフィンが埋めてしまう様な気がして、ルイスがフィンに心を許した気がして、アンディは意地悪な気持ちになった。

「ルイスはね、どSなんかじゃないよ。僕の前ではね」

 そう言って思わせぶりな目をして唇に自身の指を当て輪郭をなぞった。

 フィンがその素振りを見て何かを悟った様に顔を少し赤らめるとナイトの駒を動かしてルイスのポーンを獲得した。

「あっ」

 アンディが少し狼狽して考える。

「君初めてだと言ったじゃないか」

「初めてだよ、ルイスは俺が勝てる道も残してるだけだろ。そうか別にドSって訳じゃないんだな」

 フィンは笑って俄然やる気を出し始めた。

「嫌だなぁ、君実はこう言うの得意なんじゃないかい?」

「さぁな」

 紅茶と烏龍茶を入れたキースとルイスが一緒にやってくるとアンディはルイスに席を譲り、二人の対極を眺める事にした。どうやらフィンは思った以上に頭が切れるのだと、そう感じたアンディの内心は穏やかではなかった。



 *



 フィンとルイスはそれからと言うもの二人で時間が取れればいつもチェスをしていた。そしてチェスの間中ずっと会話を続けている。

「そこのビショップは……そうだね、そうした方がいいかもね」

「なんだよ、先生、今日は優しいじゃねぇか」

「”じゃねぇか”、じゃなくて、"じゃないか"、にして貰えますか?これはもう何十回も言ってます」

 そう言って眉毛を片方上げてフィンが動かしたビショップを簡単に取ってしまう。

「あーーっ」

「言葉遣いに気をつけて頂かないと困りますからね」

「判ってるよ、でも随分上達した方だろ、俺?」

「えぇ、まぁ」

 そう言いながら二人はチェス盤と睨みあいを続ける。

「明日からとうとう撮影が始まりますね、緊張してますか?」

「まぁしてねぇって言うと嘘になるけど、俺は出来る事をするだけだから」

「いい心構えです。言葉はその時折に何度も発音すれば余程長い台詞で無い限りは問題ないはずです。アクションはもともと得意のようだし、心配はしてませんよ」

「そう言ってもらえると有り難いよっ、と」

 そう言ってルイスの駒を一つ取り上げると、フィンはにこりとルイスに笑い、その笑顔にルイスも先生として誇らしいとでも言いたげに微笑み返した。

「こちらも上達しましたね、早い」

「お褒めの言葉をどうも」

 嬉しそうなフィンはまたチェス盤に集中した。マネージャーの過去を知らないフィンはこの時彼が抱えている不安など知る由もなかった。









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