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シリルの隠し事

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「シリル、やめるんだ、落ち着いて」

 ベッドサイドの小さなデスク照明しかついていない薄暗い部屋の中、僕は小さな声で沈静を求め彼を制止した。そして神秘的なタンザナイトの瞳が言葉とは裏腹に涙で濡れている事に気づいた。
  
「そうだよね、僕みたいな醜い顔の人間に触れられるなんて嫌だったよね。でもお願い、ルイスには手を出さないで……ルイスを傷つけないで。僕が代わりになるから……」
 
「どうしてそんな事を……シリル、君を醜いだなんて思ったりしてないよ。それに何度も言うけど僕はルイスに色んなことを諦めないで欲しいってお願いに来ただけなんだよ。あんな風に倒れた彼の事が気になって心配だっただけなんだ。彼とどうこうなりたいからってここに押しかけたんじゃないんだよ。勘違いもいいとこだ」

「本当に?本当にルイスには何もしない?」

 彼は僕の両腕を掴んで尋ねた。見ているこっちが辛くなる程必死に訴えて、ルイスに全く惹かれていないのだと100パーセントの自身を持って言い切れるかと言えばそうでは無かったが、彼が心配するような類いの事は断じてなく僕は冷静に否定した。

「神に誓うよ、ルイスが嫌がる事なんて絶対にしない。君が嫌がる事もね、シリル。どうしてこんな事をするのか僕には分からないけれど、僕には異性の恋人もいるし君の思い違いだよ。それにこう見えて分別のある大人のつもりだ」

「本当に……?」

「あぁ、僕は彼をこのまま埋れさせるのが勿体ないと思ってるだけだよ。過去に引き摺られて未来を駄目にして欲しくない。彼は特別な存在だと思うんだ。ダオ監督も同じだよ、彼の未来を見れるなら僕らは協力を惜しまない。ルイスの未来を守りたいと思ってるんだから」

 そう優しく笑って諭すとシリルは力んでいた身体の力が抜けた様で、ぽすりとベッドの端に腰を下ろし両手を膝の上で握りしめてポロポロと涙を溢し始めた。ほっとしたのだろう、僕は彼をこれ以上怖がらせたくなくて離れた窓辺にもたれてワケを聞いた。自分から男をベッドへ引っ張っていくなんてこの年齢の少年がすることではない。だがルイスを守る為にそんな行動に出ると言うなら理由があるのだろう。こんなに泣いているんだ、好き好んでこんな行動に出たわけではなく半ば強制されている様に見えなくもない。今日知り合ったばかりの人間に話してくれるか分からないけれどダメ元で聞いた。知らない人間だからこそ寧ろ縛られずに話せる事があるかも知れない。

「こんな事が前にもあったのかい」

 始め唇は硬く閉じていたが、ふるふると震えながらゆっくりと首を横に振り彼は言葉を紡いでいった。それは否定しているのか頭の中の考えを振り払っているのかよく分からない動作だった。

「昔からルイスの周りにはいつも人が溢れてた。皆んな天使みたいに可愛いルイスの気を惹きたくて彼に優しくしてた。ルイスは自分を飾ったりせずとても正直で……でもそれが災いして嫌がらせを受ける事が多かった。その嫌がらせは色んな形で彼を襲ったよ」

 妬みや嫉みが渦を巻き、普通にしているだけで目を引く彼に起こりそうな事だ。そうやって目をつけられてあんな事件に巻き込まれたのだろうから世の中は恐ろしい。シリルが僕を勘繰ったのはごく自然な事だったのかも知れない。僕は彼の目を見て頷き、続きを促した。

「僕、ルイスに起こる色んな嫌がらせがなくなるように頑張ったんだ。叔父さんや叔母さんもあんな事があったから凄く敏感で彼に過保護だった。学校では彼を僻む連中から陰湿なイジメを受けていたけど僕がそいつらからルイスを守っていた。僕は彼のお兄ちゃんみたいなもんだから」

 彼はそう言いながらぎゅうっと握りしめていた自身の両掌をさらに強く握った。

「大きくなってきて行動範囲が広がると、叔母さん達の目の届かない所が増えてきた。学校にはルイスに変な憧れを持つ奴もいた。変な妄想を走らせて何とか防いでいたんだけど、どうにもできない奴らも出てきて……」

 シリルの体が小さく震えだした。

「ある日、僕が身代わりになれば許してやるって、ルイスには手を出さないって言われて……ルイスの為なら、彼を守れるなら僕なんてどうなっても良い、そう思ったんだ……」

 小刻みに震える体を両腕で抑え込もうとしていたが震えは止まらなかった。

「話して楽になるなら話して。話したくないなら話さなくても良い。無理しなくてもいいんだよ、シリル」

 シリルは両腕を自身で抱えながら僕を見据えて頭をぶんぶんと振り下唇をぐっと噛むと苦しみを解放した。

「話したい……もう抱えきれない……怖いんだ、本当はとても、とても……」

 泣きながらシリルは全てを話してくれた。



 ルイスを見た途端誰もが彼を好きになり、当然の如くシリルも彼が大好きになった。明るく、嘘をつかず、正直で愛くるしい。自分に弟ができた様で嬉しかった。いつも仲良く遊びながら、類稀なる美貌を持つ少年の兄貴分を気取る事は何だか鼻が高い心持ちでもあった。ルイスをやっかんで意地悪をする奴達から守ってあげれば彼は羨望の眼差しで自分を尊敬し感謝する。それは一歳年上なだけのシリルにとって得難い唯一の優越感でもあった。ある時などは学校帰りに不審者に声を掛けられていて大声を上げてその不審者を追っ払ったりした事もある。だがそんな経験が彼に大きな過ちを犯させた。

 事件が起きる前、シリルはルイスが男に連れて行かれる所を目撃していた。親を呼びに行って助けを乞うより自分でルイスを助けてやるんだ、その方がきっと早い、自分なら出来る、今までずっとルイスを守ってあげたんだと、事の恐ろしさをまだ知らない少年は普段いじめっ子から彼を守る気概もあり、恐れ知らずになっていた。それに大抵の不審者は大きな声を出せばすぐに逃げ出すと知っていたから不必要に自信が付いていた。

 水風船を入れる予定だった鉄製バケツを片手に持ち、水知らずの男と手を繋いで歩くルイスの後ろ姿を追い掛けたが、直ぐに追いつくと思ったのに二人の姿は見えなくなってしまった。目の前にあるのは古びた倉庫だけ。きっとそこに入り込んだんだと思ったシリルは倉庫の隙間からそっと中を覗いた。

 覗いた少年の目に入ってきたのは想像を遥かに越える恐ろしい映像だった。

 手足を拘束され金色に光る髪が無惨に刈られ、痛みに泣き叫ぶ彼がそこにいた。衝撃的な状況を目の当たりにしてシリルの時間は止まった。恐怖の余りに声など出なかった。ぶるぶると下顎が降るえ脚が竦み上がり固まって動かない。

 ささやかな傲慢と小さな虚飾心が大きな判断ミスを招き事件を未然に防ぐチャンスを失ったのだ。

 狂った様に喜ぶ悍しい笑い声と大好きなルイスの聞いた事もない悲鳴にシリルは自分の犯した罪の重さを耳からも目からも捻じ込まれている様な気がした。そして震える体を引きずる様にしてそこから逃げ出し親達を呼びに言った。

 周りの大人達が一斉に倉庫へ駆けつけ犯人は捕まったが、ジョシュが抱えて出てきた意識のない白い裸体には赤い傷が大きく型付いてその髪は見るも無残で羽をもがれた鳥の様だった。

 シリルは自分のほんの少しの出来心がルイスをこんなに傷つける結果になると思わず、今までこの事を誰にも言えなかった。言えばもう誰とも口を聞いてもらえなくなると思っていたからだ。

 そして自分の所為でルイスがあの事件に巻き込まれたと思いこみ、その罪悪感からずっとルイスを守る為だけにその身を犠牲にしていた。

 力で守れない時は自分の身を差し出したと言う。ルイスを狙ってる奴に近づき、自分から誘って弱みを握りルイスに手を出せない様にする術を得た。

「僕の顔の白斑は事件の直後から始まったんだよ、神様から罰が下ったんだ」

 シリルは諦めた顔をして悲しく呟いた。









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