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ルイスの家3

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 僕とシリルが取ってきた野菜はサラダとして出され、レナはベイクドポテト、ベーコン、ソーセージ、茹でたブロッコリー・人参を用意していて、熱いプレートで溶かしたチーズを掛けて食べるラクレットという料理を出してくれた。

 とろとろのチーズの塩気とコクが素材の旨味を引き立ててシンプルなのに美味しくて白ワインが進んだ。

「私達はシャブリを作っているから本当は牡蠣でも準備できれば良かったんだけど」

「いえ、十分ご馳走ですよ。それにワインも凄く美味しい」

「気に入ってもらえて良かった。明日のワイナリーも楽しんでね」

 話をしながら今度はバゲットにたっぷりと溶かしたチーズを掛けて口に運ぶ。熱いチーズの濃い味が本当に美味しかった。一人で暗い中を帰るだけだった時間を有意義に過ごせて、明日はずっと行ってみたかったワイナリーとは、ルイスに会いに来ていい事づくめな気がする。

「ねぇ、ルイスと会うのはこれで二回目なのにここまで来るなんてよっぽどルイスの事が好きなんだね、アンディ」

 小さくカットした野菜を口に運びながらシリルが僕に言う。彼は少食らしく体も細かった。

「ダオ監督にも頼まれているし、倒れる所を目の当たりにしたからね、心配だったんだよ。だから会ってちゃんと確認したかったんだ」

「本当にそれだけ?」

 シリルが意図する所は僕には分からなかったけど、僕はそうだよと真っ直ぐに彼を見て答えた。

 ルイスが席を立ち、キッチンからワイングラスを持ってきてグラスの横に置いてあるボトルを持つとレナにワインをせがんだ。

「ねぇ、僕も飲んで良いでしょう、少し頂戴」

「良いわよ、でも前みたいに倒れないでね」

「僕も飲みたい」

 シリルも同じようにグラスを取り出してレナの元にやってきた。もう飲める年齢なのか?そんな風には見えないけれど。僕はびっくりして聞いた。

「二人はまだ未成年じゃないの?いいんですか?」

 何のことだと不思議そうにレナは僕を見る。

「フランスでは十六歳からお酒が飲めるのよ。厳密に言うと年齢によって度数の高いものは本当は駄目なんだけどね」

 フランスで活動する様になったのは最近だったし、仕事と付き合いのパーティばかりで高校生と関わることなんて無かったから知らなかった。

「うちはワインを作ってるから、ちゃんと味がわかる子になって貰わないとね。でも面白いのよ、ルイスったらワイナリーの息子なのにあまり飲めないの。でも貴方が来てるからって少し大人ぶってるみたい」

「ママ、それは言わないって約束したじゃないか!」

「あらっ、そうだったかしら?ごめん」

 ルイスは少し腹を立てたようで新しいボトルをワインクーラーから慣れた手つきで選んで取り出すと、シリルと二人でソファへ移動して開栓した。

 
「あの二人本当にずっと一緒なのよ。今日だって貴方が来る予定だって行ったら、シリルが心配してルイスの事務所の先輩がどんな人か見ておかないとって朝からうちに来てたの。あの日も一緒に……」

 仲良くソファでお酒を飲み始める二人を見てレナは言いかけた言葉を飲み込み遠い目をした。そして二人が開けたボトルのエチケットを見るとダイニングテーブルから叫んだ。

「あー!それ、ママがパパと一緒に飲もうって思ってた高いやつじゃないっ!ちょっとぉ!」

 ワインを取り返そうとレナがボトルに手を伸ばし三人で楽しそうに騒いでいる。僕はルイスの無垢で澄んだその性質がこの温かい家庭環境から来るものなのだろうと感じた。酷い目にあったけれどそれを忘れているお陰で屈託なく時間を過ごせているのは幸運なことだと思った。

 ワインが進み、ルイスは左程飲んでも居ないのに酔っ払ってソファに寝転がってしまった。シリルが横になっている彼の傍らに座りながら彼の髪を優しく撫でるとルイスはすぐに寝息をたて出した。

 レナが片付けを始めたので手伝いを申し出たら丁重に断られ、逆にグラスにワインを注がれ僕はグラスを片手にソファに移動した。

「ルイスはお酒飲んで一度寝ると朝まで起きないんだ。二階に連れて上がるの手伝ってくれる?」

 僕は勿論と言って飲みかけのグラスをテーブルへ置きシリルと二人で彼を支えて二階へ上がってベッドへ横たえた。

「ありがとう。いつもならジョシュとするんだけど、今日は会合で遅くなってるみたいだから」

「全然かまわないさ」

 話していると階下からレナの声がした。

「シリルー、ついでにアンディをゲストルームに案内しておいて」

「はーい!」

 シリルは案外大きな声で返事をしてゲストルームへ連れて行ってくれた。

 ゲストルームは二部屋あるらしく、一つはいつもシリルが泊まる時に使う一人用、もう一部屋には二つベッドが備え付けてある二人用でルイスの部屋の横にあった。ワイナリーがあると親戚や友人が泊まりに来ることが多いらしくこの家族は人が滞在するのに抵抗が無いのだとシリルは教えてくれた。

 ゲストルームのベランダから綺麗な夜空が見えるよ、と彼が言うのでベランダに出て見た。

「ワォ、本当に綺麗だね」

「でしょう。周りに何も無いからね」

 ほろ酔いの体に冷たい夜風が心地良く美味しいワインに食事に綺麗な星、最高の土曜日だと僕は少し浮かれていた。ふと目のあったシリルは普通に会話をしているけれど二人きりでいる事に緊張しているように見えた。

「緊張してるの?」

「別に……そう言うんじゃ無い」

 躊躇いがちに僕を見る彼の容姿は暗がりで見ると違和感がなかった。穏やかでとても美しい造形だと思った。僕はちゃんと謝っていなかったのを思い出して謝罪する。

「シリル、ごめんね、さっき窓越しに……
 君の事傷つけるつもりは無かったんだ……」

「いいんだ、慣れてるって言ったでしょ」

「悲しい想いをする事に慣れては駄目だよ。本当にごめん」

「もういいんだってば。僕シャワー浴びてくるよ。アンディも入れば?タオルはその棚に入ってるよ。僕は一階のを使うから貴方は二階のを使うといい」

 そう言って部屋を出て行った。僕と話したいと言っていたのだけれど結局何も特別な事は話せずにいた。恥ずかしいのだろうか、顔の事を言及されて嫌になったのだろうか。

 次の日の朝は早めにワイナリーの見学をしたかったから、シャワーを借りたらそのまま寝ますとレナに伝えてバスルームを借りた。シリルは息を潜めたように静かに部屋へ入って行ったので僕はそれ以上自分から話しかけずそのままゲストルームで眠った。

 夜中、アルコールを飲み過ぎたせいでトイレに行きたくなって起きた。

 トイレは階段の近くでゲストルームから一番遠い場所にあったのでシリルの寝ている部屋とルイスの部屋の前を通る。動きたく無い体を起こして音を出来るだけ立てないように小走りでトイレに入り、部屋へ戻る途中音が聞こえた。

 小さく呻くような、囁くような声はルイスの部屋から聞こえるようだった。






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