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ルイスの家2

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 僕が彼の表皮の不自然さに言葉を失い驚きの表情を見せてしまうとシリルは顔をまたチェスボードに向けた。しまった、傷つけたかも知れない…。

 ルイスは僕の心を読むように喋った。

 「残念だ、まだらでなければ綺麗な顔なのに、でしょう?」

「……別にそんな事は」

 口ではそう弁解したが図星だった。

「みんな口を揃えて言うんだ、あの白い影がなかったら美男子なのにねって。シリルはあのままで十分綺麗だ。貴方も他の人と同じなんだね。いや寧ろ貴方みたいな完璧な人には分からないのかも知れない」

 ルイスは少し怒っている様で僕は再び否定した。

「そんな事思ってないよ。少しびっくりしただけなんだ。悪気はなかったんだ。許して欲しい。彼にもちゃんと話しを……」

 ルイスは僕に最後まで言わせずにじっと僕を見た。

「ねぇ、どうして僕に優しくしてくれるの?監督にそうしろって頼まれたの?それとも僕のルックスがそんなに気に入った?」

 僕は言葉を探した。選ばれしものの行く末を見てみたい、そんな事を本能的に感じたと言っても理解してくれるとも思えない。

「監督と同じ様に君のような逸材を放っておくのは勿体無いと本当にそう思うんだ。今回現場に偶々居合わせただけだけど、これもきっと何かの縁さ。僕だって監督に見初められて成り上がった一般人だ。だから君の可能性を無駄にして欲しく無い。この世界は嫌な事もあるけど、面白い。興味を削がれていないならこの世界に残って欲しいんだ」

 ルイスは少し黙ってからちょっと考えさせて、とそう言って立ち上がると外へと出て行った。そしてチェスの駒を進められないレナと交代するとレナが戻ってきた。
 レナは僕に一番近い場所に座り、ルイス達に背を向けて話した。

「お話できたかしら?」

「ええ、ルイスはモデルをしてみたかったと言ってました。でも発作の事があるから難しそうだと。監督はルイスに籍を置いたままにして貰いたいと言っています。カメラ恐怖症と言う事だけ説明していますが、彼を事務所に置いておきたいと言う意向に変わりはないので、モデルをしなくてもこのまま残って色んな事を試して貰ったら良いんじゃないかと思います」

 レナは頷いた。

「あの時の記憶は戻っていないけど、これからいつどんな衝撃で記憶が蘇るのか判らない。だけどそれに怯えて彼のやりたい事を制限したり我慢させたくないわ。彼には彼の好きな事をしてもらいたいの。あの子は何をしていても目立つから貴方の世界に居る方がきっと楽に生きれると思うのよ。

 アンディ、あの子を貴方の世界に引っ張っていくならあの子を守って貰えないかしら?それが約束して貰えるなら私は全面的に応援するつもりよ。あの子は私達が心配するのを極端に嫌がるから今回も見に行けなかったけど監督は倒れた現場に居なかったと言うし、彼に任せるのは不安だわ。でも貴方なら任せても良いとそう思えるの。こうやって足を運んでくれる程ルイスを心配してくれる人なら信頼できる」

 その後レナと話してルイスが同じエージェントに居る限り僕が彼のガーディアンとして必ず彼を守ると約束した。そしてシリルの事でルイスを少し怒らせたかも知れない事を謝った。

「シリルはね、ルイスのお兄ちゃんみたいなものなのよ。いつもルイスの事を気にかけてくれる。とても仲が良いの。あの顔の白斑は事件の後暫くしてから出だしたの。確立した治療法もないのだけど自己免疫疾患の一つらしくて精神的ストレスが原因じゃないかとも言われてる。本人は男だから気にしないって言ってるけど…初めての人は皆驚くのよ、その度にルイスは怒るの。皆シリルの事を知りもしないでって。あなたも最初はびっくりしただろうけど、慣れるわ。それにシリルは本当にいい子だから」

 一目で人の注意を惹き、外見から憶測で好き勝手に色々思われる事に関してはルイスもシリルも悩みを抱えているのだろう。

 僕とレナは少し重たい話題を変えて彼らの小さな頃の話や僕がモデルになるまでの話など沢山お喋りをした。

 太陽が低い位置に見え温かみのあるオレンジ色に変わる頃、シリルとルイスのチェスはシリルに軍配が上がり、騒ぐ二人を横目に僕はそろそろ帰りますと立ち上がった。これから三時間半の運転をしてパリまで帰るのは少し気が重かったけれど、ルイスはきっと前向きに考えてくれると思えたし、レナにルイスの小さい頃の話を沢山聞いて僕はまるでルイスの事を沢山知っている兄にでもなったような素敵な気分だった。

 立ち上がる僕を見てルイスとシリルが中へ入ってきた。

「帰るの?シリルが話をしてみたいって」

 シリルは少しルイスの後ろに隠れ気味で恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を見せた。

「それならもっと早くにチェスを切り上げて入ってきなさいよ。アンディはパリに戻るのよ、シリルと違って車で二十分って訳には行かないんだから」

「そんなのママだって分かってただろう。シリルは恥ずかしがり屋なんだから」

 顎に指を当てながら考えてレナが提案をした。

「そうね、アンディ貴方明日何か用事あるのかしら?」

 明日は恋人のソフィアと会う約束があるが仕事は入っていない。

「仕事は入ってませんが……」

「じゃぁもう辺りも暗くなるのだし、今日は泊まっていかない?ドライブしながら眺める夜の星も綺麗だけれど泊まって明日私達のワイナリーを少し見て帰るって言うのはどう?」

 ワイナリーを見れるとなって僕は二つ返事でOKを出した。前から見たかったけれどなかなか機会が持てずに居たからこの申し出はとてもありがたかった。ルイスと兄弟同様に育ったと言うシリルと話をしてみたかったし、今日は泊まらせてもらう事になった。

「じゃぁ夕食の準備をするわ。ルイス手伝って。シリルはサラダに使う野菜を裏庭の畑から取ってきて。小屋の横よ、知ってるでしょ?」

「うん」

「僕は何を?」

「貴方はお客様だから座ってくれてて良いわよ」

「でもそれじゃぁ手持ち無沙汰です」

「じゃぁシリルを手伝って。シリル、話をしたいんでしょ?丁度いいから一緒に行ってらっしゃい」

「えっ?うん……」

 恥ずかしがり屋というだけあってシリルは本当に顔を真っ赤にしていた。色のない部分が普通の皮膚よりも赤く染まる。色素が薄い分皮下の血流がより透けて見えるのだろう。

 台所から持ってきたボールをルイスから受け取り、僕たちは外に出てチェスが置いてあるテーブルを横切り裏庭の小屋らしきものを目指して歩いた。

 緊張している彼の後ろ姿を見ながら話しかけた。左の首の後ろまで皮膚が白く侵食されている。

「君はルイスと仲が良いんだってね、レナが言ってた」

「うん、とっても。ルイスが五歳の時こっちに引っ越してきてからずっと一緒だから……」

 シリルの英語はルイスの英語と違い強いフランス訛りが入っていて少しゆっくり喋るが親しみを感じた。小屋へ着くと軋む木のドアを開いてシリルが長靴を二足取り出した。

「靴が汚れるからこれに履き替えて」

「あ、うん」

 履き替えながらシリルは言った。

「ルイスは……とても特別なんだ」

「うん、そうだね、彼は特別な人だと思うよ」

「でも皆んな表面しか見ないんだ」

「そう……」

「だから皆ルイスを傷つけようとするんだ」

 どういう意味だろう。僕は理解しかねた。やっかまれて嫌がらせでも受けるのだろうか。

「僕の顔の事聞かないんだね」

 そんなセンシティブな話を彼から振られるとは思っていなかった。彼はシャイではないのか。

「人には触れて欲しくない事もあると思うから……」

「平気だよ。慣れてるんだ。から僕に天罰が下って、この病気が始まった。ルイスは守ってあげないとダメなんだ。貴方は彼を守ってくれる人なの?それとも……」

 それ以上は言葉を躊躇い、顔を上げた彼の左半分に横から暖かい光が当たって青い瞳に夕陽が映ると目の中に不思議な色が生まれるのを見た。

「直ぐに見えなくなっちゃう、急ごう」

 僕達はすぐにその姿を潜めて沈んでいく夕陽を見て急いで野菜を収穫し家の中に戻った。僕はシリルの意味した事が理解できずにモヤモヤした気持ちを抱えたままだった。







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