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後姿

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 電話をした後、俺はカイが出発すると言った日の香港発東京行きのスケジュールを確認した。早朝と午後の二便しかない。きっとこんな状況だから便数が限られているのだろう。

 アパートから空港までは一時間も掛からないがカイは朝が弱いからきっと午後だとそう信じてその日はルイスに車を借りる事にした。車を借りる理由をルイスに尋ねられて俺は正直に話した。

「好きな人が国に帰ってしまうんだ。見送りたい」

「空港までですよね?電車の方が速いのでは?」

「そうなんだけど見送った後で人ごみを歩く気分じゃないんだ。すげぇ大事な人だから、その後耐えられるかわかんねぇ」

「そうですか」

 ルイスはどこか不安気な顔をしたが空港に一緒に行ってもいいなら貸すと言った。

「何でお前が付いて来るんだよ」

「貴方の好きな人を一目見ておく必要があります」

「そんな必要ねぇだろ!」

「僕にはあるんです。マネージャーですから、色々知っておかないと」

「知っておく必要、全然ねぇ!」

「嫌ならレンタカーを借りて下さい」

「面倒くせぇな、わかったよ、付いてきていい」

 安心した様子のルイスに不思議を感じて俺は彼が同行する事に同意した。あれ程ツンケンしてたと思ったら一緒に行動したいとか、考えている事が掴めないがルイスはどんな行動も根拠があってそうしているのだと最近知った。きっとこれにも訳があるのだろう。


 ――――


 カイが飛び立つ日、俺はサングラスを掛けて車を運転し空港に着いた。助手席には約束したとおりルイスが座っていた。駐車場に付いたのは発着二時間前だから十二分に時間はある。きっと彼に会える。

 飛び立つ前に会いに行こうと何度も思ったけれど、自分の中のルールをどうしても覆したくなかった俺は一目見るだけとそう決めていた。

 出国ゲートが見える場所で俺は彼が来るのを待った。一時間半程持て余すかと思ったがルイスが居たから英語の発音の練習をしているとあっという間に出国間近のアナウンスがかかった。

「一三時〇五分香港発、成田行きC五三〇に御搭乗のお客様はゲートナンバー十六にお越し下さい。」

 俺はすぐに外していたサングラスを掛け少し身を屈めてゲートを見張った。

 日本人らしい人達がバタバタと走ってゲートを通って行く。もう出発三十分前だった。アイツまた寝坊したのか、前日に飲んだくれたんじゃねぇだろうな。

 じっとゲートへ来る人達を見る俺をルイスが不思議がった。

「どうして直接会わないんですか?好きな人なんですよね?」

「一度振られてるんだ。あいつをちゃんと守れるいい男になるまで、ライバルに立ち向かえる男になってから会うって決めてるんだ」

「律儀ですね」

「自分の中で決めた事だ。それに会ったら抱きしめてキスせずに居れるか解らない」

「そこまで思われるなんて素敵な女性なんですね」

「女性って……あっ!来た!」

 相手は女性じゃないんだとそう言い掛けて見覚えのある姿を捉えた。

 少し小走りでゲートへ向かうその姿を人々が振り返る。オッドアイに銀色の長髪、目を惹かない訳が無かった。

「お前が朝しつこくするから、結構早く起きたのにギリギリじゃないか!」

 走りながら何か喋っているが俺には分からなかった。

「すいません、でも私だけの所為では……」

「何だと?!」

 振り向いて話すカイの目線の先にはヨシオミが居た。

 そうか……ヨシオミも一緒に居たんだな。やっぱり直接会いに行かなくて正解だった。

 ギリッと奥歯に力が入る。俺の、俺の場所だった。その笑顔が見える場所に俺は確かに居たのに……。

 ゲート前でヨシオミがスーツの内ポケットから出したチケットを一枚カイに渡すと、覗き込んだカイの髪の毛がスーツのボタンに少し絡んだようだった。

「あっ、ごめん」

 謝ったのが解った。この言葉はよくカイから聞いた。不意に口に出る言葉だから覚えている。

 絡んだ髪を丁寧に切れないように優しく取るヨシオミがカイを愛おしそうに見る。カイはその視線に気付いて彼を見上げて少し微笑んだ。そして二人はゲートの奥へと姿を消して行く。幸せそうな横顔のカイを見れて良かったと、そう思えと心が囁く。

 入る余地の無い二人のお互いを想う視線を目の当たりにして俺は席を立ち車へと向かった。

 ルイスが付いてくる。

「あのっ、貴方が好きな人ってもう入りましたか?」

 俺は前を向いたまま歩き続けた。

「あぁ」

「けど、女性は年配の女性二人だけでしたよ。どちらを好きだったんですか?」

「俺が好きなのはあの銀色の長い髪の人だ」

「でも、あの人は男性ですよね?」

 沈黙が流れる。そうか、ルイスが確かめたいのってそういうことなのか。歩く速度を速めた俺にルイスが少し足並みを乱して付いてくる。クソっ、やっぱり一人で来るんだった。

「俺は男が好きな訳じゃない、アイツが好きなんだ。お前がどれ程綺麗だって眼中にねぇ。心配するな」

「別に心配など……。声を掛けなくて良かったんですか?」

「もしお前が俺ならアイツらを見て声が掛けれたのかよ?」

 黙ったルイスの答えはわかっていた。

「俺は諦めた訳じゃねぇ。ただ少しの間アイツに任せてやるってだけだよ。俺はこの世界で絶対に成功してみせる。そしてアイツに会いに行くんだ」

 サングラスを持ってきて良かった。後ろから付いてくるルイスに見えないように俺は勝手に流れてくる涙を指先で払い落とした。


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