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ランチ

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 オフィスのビルの周りにはお洒落なカフェがあり、ルイスについてオフィスから十分程歩いた所にある店に入った。来る途中でも彼とすれ違う人は皆んな振り返る。

 陶器のような白い肌に澄んだ空色の碧い瞳、金色に揺れる美しい髪、天使が具現化されたらこうなるのだろうと思い描くような国籍を定められない美しい造形は人々の目を奪い、足を留めて他の人にぶつかる人まで居た。少し歩いただけでこうなのだから毎日どうしているのかと少し心配になったりするが、こう見えて気が強いし、慣れているのだろうとその時は思っていた。

 俺は店の席に着くまで殆ど喋らなかった。発音練習を兼ねていると思うと何だか構えて言葉が上手く出てこないのだ。

 店に入ると店員達がざわつき出す。来たわよ、来た、きゃーっと密かにキッチン側で騒ぐ声が聞こえる。ここにはよく来るようだ。俺達は外から見えない一番奥のパーテーションが付いている席へ座った。両側ソファでゆったりしている。

「やけに無口ですね」

 席について上着を脱いでルイスが口を開いた。

「発音意識すると言葉が出てこないだけだ。それにレッスンでちょっと疲れた」

「そうですか」

 突き放すような言い方をされる。やっぱり俺は凄く嫌われてるんだな。女性にはキツいけど男にはそうでもないってアンディは言っていた。まぁ好き嫌いなんて誰にでもあるんだし、仕方ねぇ。そう思ってるとルイスが話し出した。

「意識して喋るのは大切な事です」

「考えながら喋るのは得意じゃねぇ」

「”じゃねぇ” より ”ではない” の方が良いと思います」

「クソ丁寧に喋るのがイギリス英語って訳でもないだろう?」

「使う単語が違えば言い回し方や文の構成に違いが出てきます。慣れてください。それと”クソ”はどこの英語であろうと貴方が使うのは禁止です。気をつけてください。特に僕はその言葉嫌いです。何にするか決めましたか?なら早速発音を意識して頼んで見て下さい」

 そう言って店員を呼んだ。何だっていきなり先生面するんだ。いや、今は先生って事になるけど……。

 ルイスが手を上げて店員を呼ぶと俺達が店に入ってきてから黄色い声で騒いでる女性店員の内の一人が嬉しそうな顔をしてやって来た。ルイスの顔に釘付けで俺のほうには見向きもしない。

「注文を……」

「はい、何にしましょう?」

 どうぞ、とルイスが俺の方に手の平を差し出して促す。

「俺はベーコンとマッシュルームのパニーニとコーラを、お願いします」

 彼女はルイスの顔を見たままメモを取り、ルイスはメニュー越しにこちらをちらりと見てから自分のを頼んだ。

「僕はムール貝のオープンサンドとアイスティをお願いします」

 店員は一度も俺を見ること無く注文を繰り返しルイスに満面の笑顔で確認すると去っていった。カフェに来るだけで道行く人の足を止め、スタッフからこの熱視線。昨日の夜の出来事が起こりうるのが簡単に理解できる。

「お前はもうここら辺じゃ有名人なんだな」

「僕が?」

「あぁ。店に入った時に、来たーって女の子達が騒いでた。そのルックスは一度見たら忘れられねぇだろうから」

「忘れて欲しいですけどね。特に昨日の三人組みのような輩達には覚えられたくない」

「余りにも綺麗だと良いもんも悪いもんも寄って来るんだな、大変だ」

 そう言うと少し目を見開いて、何か言いたげにしたけれどその言葉は飲み込み、俺の発音をまた訂正した。

「さっきの注文でもやはり語尾に訛りが出ますね。慣れですからイントネーションを出来るだけ意識して、僕の喋るように言って見てください」

「分かったよ、先生」

「せ、先生はいいですよ、いつものようにしてください。但し発音は僕のを真似て」

「あぁ、やってみる」

『仲間を見つけないといけない?でもどうやって?俺はずっと一人だったんだ』

 これ……。

「台詞、全部覚えてるのか?」

 それは俺の出る予定になっている映画の台詞の一部だった。

「いえ、全部完璧って訳じゃありませんが大体は。僕だってこの世界に結構居るんですから台本の一つや二つ読んだことはありますし、貴方の台詞の練習相手をするかも知れないから」

 てっきり勝手にトレーニング受けて皆の足引っ張らないように精々頑張れば、と冷たくあしらわれているのだとばかり思っていたから、俺の台詞まで覚えてくれているとは思っても居なかった。今日も先生の頼みごとだから仕方無しなのだと思った。

「俺お前に嫌われてるからそんな事まで考えてくれてると思わなかったよ」

「別に…嫌ってなど居ません。警戒心を解ける人とそうで無い人を見極めるのが難しいんです。僕、人に親切にすると勘違いされやすいので」

 ルイスは少し申し訳なさそうな顔をした。今まで俺にずっと辛く当たられていたと思って居たけれど彼なりに身を守るよう防衛線を張ってるって事なのか。

「俺は俺がまるでど素人だから嫌われてるんだと思ってた。何だよ、それならそうと早く言えよ」

「すいません。でも僕はマネージャーだから貴方と過す時間が自然と多くなるから」

 俺に惚れられたら困る、と言いたそうだ。テーブルの上で両手を組んで少し親指と親指を擦り合わせながら自意識過剰といわれるのを怖がっているのか。

「俺は他に惚れたヤツが居るからお前がどれだけカッコ良かろうが綺麗だろうがお前に惚れる事はねぇよ。安心していいぜ。まぁ一回振られてっけど、そいつの事諦めるつもりねぇし」

 自分でさらりと言ってしまうと少し肩の力が抜けた。こんな事を喋るつもりはなかったけれど、ルイスの片肘を張った態度には理由があったのだと思うと何だかホッとした。きっとずっと俺に気を使いながら、傷つけると分かっていても棘のある言葉を使って距離を保とうとしていたのなら、罪悪感もあっただろう。

「お前あんまり自分の事しゃべんねぇから分からなかった」

「いえ、僕こそ……。突っかかる様な喋り方になってすいません。余り上手く人との距離を取れなくて」

「ああ、俺こんな平気そうな顔しても一応傷心中だからよ、今は硝子のハートだ。丁重に扱ってくれよな」

 そう言って冗談を言うとルイスは初めて俺の前で破顔した。それを覗き見ていた店員達から溜息が漏れる。彼の警戒癖は解いていい場所とそうでない場所があるのだと彼の苦労を理解した。










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