雪の記憶 ー僕を救った妖精ー

小鷹りく

文字の大きさ
上 下
25 / 26

第二十五話

しおりを挟む




 永雪の名を夢の中で叫び、消えた空に手を伸ばしながら体を動かすと痛みが走りユキトは目を覚ました。泣きながら起きたユキトを宥める母親は疲労感を漂わせていて、何日も目を覚まさないから付ききりで居たのだと聞くとユキトはまた泣いた。

 傷は驚く早さで塞がり、ナイフを抜いた時にも血が溢れ出ず、傷口が開かなかった不思議を医師達は全てユキトの若さのお陰だと誤認識した。

 学校へ行く頃になると周りが必要以上に優しく接してくる事に気持ち悪さを覚えながらユキトは変わらず授業を受けた。ユキトを刺した同級生は転校し、傷害事件としてニュースで扱われた為本人とその家族が大変な目に遭っていると母親から聞くと、被害者であったユキトだったが彼に同情した。

 夢の中で見た教室の記憶は恐らくユキトが忘れていた虐めの発端となった出来事だったのだろう。それを見てもユキトは何をしたのか思い出せなかったし、悪意を持たれる事をした覚えも無かった。だが自分が心を開いていれば彼も人を傷つけるような事をしなくても済んだのでは無いかと少年を少し不憫に思った。

 ユキトの母親は変わらず仕事中心の生活だったが以前の様にユキトにお金を渡すのではなく夕食を作り置きする様になった。この変化にユキトは少なからず感謝した。苦しい生活は変わらないのに手作りの夕食を食べると心が救われ、学校の行事や面談にもちゃんと応じる様になった母親に感謝の気持ちを持った。

 少しだけ家に帰る事が嫌じゃなくなり、再び桜の季節を迎え同じクラスになった水野と毎日帰るようになった春の終わり、ユキトは水野を誘って山に登った。水野はあの日起きた事を何度もユキトに聞こうとしていたがユキトが話し出すまで口を噤んでいた。

 山道を歩きながらユキトは話す。

「この山はね、清い心を持った人しか登れないんだよ、知ってた、」

「知らない、そんな事あるの」

「僕が刺された所まで行ってみようよ、そうすれば判る」

「なに、僕が清らかじゃないって言いたいの」

 笑いながら言った水野にそうじゃないと言ったユキトは真面目な顔をしていた。二人がその場所まで来ると、ユキトはじっと土を見つめ怯えた様に体を震わせていた。恐怖が蘇ったのだろう、当然の事だと水野はユキトの背中を摩る。

「あの時……僕を助けた人、居たでしょう」

「……うん、白い着物着てた、いきなり現れて、びっくりした」

「僕の恩人だよ……君もね」

「僕は何もしてない、あの時も何も出来なかったよ……」

「ううん、庇ってくれた、ちゃんと救ってくれたよ」

「庇ったのはユキトだろう、あの人の事も」

 ユキトは苦笑いをして水野の手を取り更に山道を登った。永雪は“彼は登れなかった”と言った。だからきっとどこかで水野が躓くと思っていたのに、転ける事もなく二人は山頂まで辿り着いた。

 ユキトは山桃の樹の下まで来るとボロボロ泣き出した。水野が頂上まで来れたと言う事、それは永雪の結界がもう無くなってしまっている事を意味し、つまり永雪は死んだのだとそう理解した。

「ユキト……どうしたの、どこか痛む、」

「ううん……僕を救ってくれた人を、僕は……僕は結局助けられなかったんだ……失敗したんだ」
「ユキト……」

「あの人はね、特別な人なんだ……」

「うん……」

「約束したんだ……僕ここで、大きくなったら……愛がわかったら———」

 そう言い掛けてユキトは泣き崩れた。

 暑くなって行く季節の間、頂上でユキトの泣く声を消す様に雨が降り出した。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜

西浦夕緋
キャラ文芸
【和風BL】【累計2万4千PV超】15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。 彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。 亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。 罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、 そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。 「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」 李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。 「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」 李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。

貧乏神の嫁入り

石田空
キャラ文芸
先祖が貧乏神のせいで、どれだけ事業を起こしても失敗ばかりしている中村家。 この年もめでたく御店を売りに出すことになり、長屋生活が終わらないと嘆いているいろりの元に、一発逆転の縁談の話が舞い込んだ。 風水師として名を馳せる鎮目家に、ぜひともと呼ばれたのだ。 貧乏神の末裔だけど受け入れてもらえるかしらと思いながらウキウキで嫁入りしたら……鎮目家の虚弱体質な跡取りのもとに嫁入りしろという。 貧乏神なのに、虚弱体質な旦那様の元に嫁いで大丈夫? いろりと桃矢のおかしなおかしな夫婦愛。 *カクヨム、エブリスタにも掲載中。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...