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第二十五話
しおりを挟む永雪の名を夢の中で叫び、消えた空に手を伸ばしながら体を動かすと痛みが走りユキトは目を覚ました。泣きながら起きたユキトを宥める母親は疲労感を漂わせていて、何日も目を覚まさないから付ききりで居たのだと聞くとユキトはまた泣いた。
傷は驚く早さで塞がり、ナイフを抜いた時にも血が溢れ出ず、傷口が開かなかった不思議を医師達は全てユキトの若さのお陰だと誤認識した。
学校へ行く頃になると周りが必要以上に優しく接してくる事に気持ち悪さを覚えながらユキトは変わらず授業を受けた。ユキトを刺した同級生は転校し、傷害事件としてニュースで扱われた為本人とその家族が大変な目に遭っていると母親から聞くと、被害者であったユキトだったが彼に同情した。
夢の中で見た教室の記憶は恐らくユキトが忘れていた虐めの発端となった出来事だったのだろう。それを見てもユキトは何をしたのか思い出せなかったし、悪意を持たれる事をした覚えも無かった。だが自分が心を開いていれば彼も人を傷つけるような事をしなくても済んだのでは無いかと少年を少し不憫に思った。
ユキトの母親は変わらず仕事中心の生活だったが以前の様にユキトにお金を渡すのではなく夕食を作り置きする様になった。この変化にユキトは少なからず感謝した。苦しい生活は変わらないのに手作りの夕食を食べると心が救われ、学校の行事や面談にもちゃんと応じる様になった母親に感謝の気持ちを持った。
少しだけ家に帰る事が嫌じゃなくなり、再び桜の季節を迎え同じクラスになった水野と毎日帰るようになった春の終わり、ユキトは水野を誘って山に登った。水野はあの日起きた事を何度もユキトに聞こうとしていたがユキトが話し出すまで口を噤んでいた。
山道を歩きながらユキトは話す。
「この山はね、清い心を持った人しか登れないんだよ、知ってた、」
「知らない、そんな事あるの」
「僕が刺された所まで行ってみようよ、そうすれば判る」
「なに、僕が清らかじゃないって言いたいの」
笑いながら言った水野にそうじゃないと言ったユキトは真面目な顔をしていた。二人がその場所まで来ると、ユキトはじっと土を見つめ怯えた様に体を震わせていた。恐怖が蘇ったのだろう、当然の事だと水野はユキトの背中を摩る。
「あの時……僕を助けた人、居たでしょう」
「……うん、白い着物着てた、いきなり現れて、びっくりした」
「僕の恩人だよ……君もね」
「僕は何もしてない、あの時も何も出来なかったよ……」
「ううん、庇ってくれた、ちゃんと救ってくれたよ」
「庇ったのはユキトだろう、あの人の事も」
ユキトは苦笑いをして水野の手を取り更に山道を登った。永雪は“彼は登れなかった”と言った。だからきっとどこかで水野が躓くと思っていたのに、転ける事もなく二人は山頂まで辿り着いた。
ユキトは山桃の樹の下まで来るとボロボロ泣き出した。水野が頂上まで来れたと言う事、それは永雪の結界がもう無くなってしまっている事を意味し、つまり永雪は死んだのだとそう理解した。
「ユキト……どうしたの、どこか痛む、」
「ううん……僕を救ってくれた人を、僕は……僕は結局助けられなかったんだ……失敗したんだ」
「ユキト……」
「あの人はね、特別な人なんだ……」
「うん……」
「約束したんだ……僕ここで、大きくなったら……愛がわかったら———」
そう言い掛けてユキトは泣き崩れた。
暑くなって行く季節の間、頂上でユキトの泣く声を消す様に雨が降り出した。
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