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 空気の綺麗な町の商店街の外れに小さな生花店がオープンした。黒の暖簾に白い字で「Scarecrows」と書いてある。ガラスドアの前にワイン箱が段々に積んであって、その上にも下にもブリキのバケツに入った花が置かれていた。商店街の端に位置していて通勤中の人たちが色々な花や緑に元気をもらって出かけていく。本当に元気になっているのか分からないけれど、崇はそう思うようにしている。弟と父親が作ってくれた花だから。



 切り花だけではなく鉢に植わった花も店先に置いていて、店内の天井には売れなかった花をドライフラワーにしたものを吊るしてある。花の世話をできない人も花が楽しめるように売れ残りそうなものを自分でドライフラワーに加工したものだ。



 大学を卒業したと同時に大手の生花店チェーンへ就職した崇だったが、大手チェーン店では沢山の花を廃棄しなければならない事情を知り、花を捨てる事がつらくて捨てずに済むサイクルを何とか見つけられないかと崇は自身で小さな花屋を営むことにした。



 店の立ち上げは思った以上に大変だったが、店舗は商店街の外れという事もあって格安で借りることができ、生花の半分ほどは実家で育てられているものだから仕入れ費用も抑えられて助かっている。運よく通勤の道なりにある店舗なので帰りに花を買って帰る人も多い。生花は試行錯誤を繰り返してもやはり残って廃棄せざるを得ないものも出てきてしまうが、季節に外れた花は置かないようにして長く保つものを置いている。



 秋も深まってきたおり、店を臨時休業にして実家の稲刈りを手伝うために三、四日ほど休みにしようと思っている。世話をしないで済むような生花はないから売り切りたいので今週いっぱい安売りセールをする予定だ。鉢植えのものに関しては水をやっておくよと商店街のおば様方に言われているので甘える事にした。残った生花を毎週プレゼントしているから持ちつもたれつだと割り切るようにしている。



 就職や店の立ち上げて実家の手伝いをするのに期間が開いたが、浩輔ももう二十歳になって農家を継いでいるので心配は要らない。だができるなら手伝いたいとずっと思ってきてやっと戻れるタイミングができた。 



 花の世話をしながら店のトレードマークの案山子のシールを見ると穂高の事を思い出す。色白の細身の喘息の男の子。自分を案山子の神様だと思い込んでいた男の子。



 あの夜背中を向けて帰ってしまったけれど、穂高はちゃんと皆に病気の事を話せたらしい。また以前のようにクラスに馴染んで、楽しく過ごせてたと浩輔から聞いた。違う高校に進んだらしいので連絡をたまに取る程度だそうだが元気にしていると聞く。



 兄弟二人して穂高を騙したような気もしたが、卒業するころには喘息も完治に近い状態に改善したとの事で本当に良かったと思う。



 実は穂高が自分の胸に飛び込んでくるかもしれないと内心ひやひやしていたのは浩輔には話していない。多分杞憂だっただろうが穂高にしてみれば孤独な状態が続いていたのだから誰かに縋りたいと思うのは自然な事だ。ましてや神様なら尚更。でも自分は本物の案山子の神様でもないし、彼の喘息を治してあげる事も出来ない。ずっとそばに寄り添って元気づけてあげられるわけでもないのだから無責任に彼の頼る先になる事などできなかった。だから案山子の神様としてアドバイスした。ただそれだけだった。



 けれどやはりどうしているのか気にはなっていた。恋人に振られて打ちひしがれていたけれど、穂高の背中を押すことで自分の背中を押せた気がした。正月実家に帰るたびに連絡は取っているのかと浩輔に訊いてしまう。店の名前もあの時の事が頭から離れないので名付けた。



 昼の一時を過ぎ、もう少しで昼休憩に店を閉めようとしたとき、スーツ姿の男の人が店先にやってきて花を観ていたので畳みかけのエプロンをまた付けた。買ってくれるかどうか様子を伺いながら花の世話をしていると声を掛けられた。まだ新入社員のようなフレッシュな雰囲気の人だ。



「あのー」

「はい、いらっしゃい」

「いい匂いですね、中」

「花に囲まれていますから。プレゼント用でお探しですか?」

「はい、プレゼント用のブーケで」

「どんなお花がいいですか? イメージとかあれば費用に合わせてお作りしますが」

「案山子のイメージで作ってくれませんか。一万円位で」

「案山子? それはどういった……」



 案山子といえばモンペに麦わら帽子だけど、お店の名前を見てそう言ったのだろうかと崇は首を捻った。



「案山子、案山子……そうか、ハロウィン的なってことですかね?」



 ハロウィンは少し先だけど、案山子とかぼちゃのイメージを持っている人もいるかもしれないと、オレンジと紫の色を物色し始めた崇の後ろから客が声を掛けた。



「案山子さん、ですよね」

「え?」



 訊かれてもう一度崇は客を見た。どこかで見たことがあるような無いような大きな瞳を見てはっと気づく。崇を案山子さんなどと呼ぶのはこの世に一人しかいない。



「もしかして穂高、くん?」

「はい! 覚えててくれたんですか!」



 若干前のめりに返事をして穂高は嬉しそうな顔をした。そう言われれば面影がある。けれど目の前の男性は崇よりも背が高くて体つきもしっかりしてあの時の穂高とは思えなかった。



「本当に?」

「はい! 泉川穂高です!」



 喘息で運動できなかったせいで線の細い子だったのに、過去のイメージと結び付かない。



「やっと逢えました!」

「なんでここに?」

「ずっと探してたんです、案山子さん」



 案山子の神様だと当時は思っていたそうだが、ふとした折りに浩輔に借りた服の残り香に崇の香水の匂いがついていて人間だったのだと気づいたそうだ。



「どうしてあの時案山子だなんて嘘を? 僕秋が来るたびに案山子さんを探してたんです」

「でもなんでここが……」

「会いたかったから色々訊いて回って」

「ご、ごめんね、嘘ついてて」



 あの時はああする方がいいと思って、と言い訳を呟きながら崇は花束を作る。一万円のブーケとなると少し大きいがハロウィンをイメージしたオレンジベースの花束を作り上げ、こういう感じでどうですか、と穂高に見せた。



「はい。いい感じです。ありがとうございます」



 そういって花束を受け取った穂高は用意していた一万円を崇に渡した。



「ありがとうございました」



 すると穂高はもらった花束を崇にそのまま渡した。崇は何のことだか分からずにまた首を傾げた。



「これ、案山子さんに」

「へ? 俺に?」

「はい」

「どうして」

「ずっと感謝してました。あの時声を掛けてくれた事。そのお礼です」

「あの時って、俺話聞いただけだけど……でも助けになってたならよかった」

「僕今でもずっと案山子さんの言葉を覚えているんです。案山子さん、時間ありますか?」



 昼休憩を取ろうとしていたところだ。崇はうんと頷いた。花は萎れないように店に置いて出た。



「案山子さん、名前を訊いていいですか」

「波田野 たかし

「いい名前ですね。案山子と同じ韻を踏んでて」

「そう、かな」

「はい、そうです。いっぱいお米採れそうです」



 背の高くなった穂高は笑い、以前と同じ白シャツにジーンズを履いた崇は二人並んで商店街を歩いて行った。




 



 Fin




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