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 失恋からの回復には時間を要しそうだがやるべきことはやらなければ。実家に帰った時誰もいなかったがすぐにホワイトボードのスケジュール表を確認し、収穫予定の畑へ出向いた。何年も同じことを繰り返してきたのだから造作のない事だ。



 一仕事終えた後、花のビニールハウスに向かった。ずっと面倒を見ずに二人に任せきりでいたハウス。リンドウやネリネ、ダリアやアナベルなど種類は少ないが枯れる事なく季節の花を咲かせていた。



「綺麗に管理してくれて……」



 視界がぼやけて慌てて目を擦った。一通り作業を終えて久しぶりの農作業の疲れをいやしていると弟が帰って来た。ツーシーズン帰らなかっただけで随分と大きくなっている。実質的には一年会っていないのだから、成長期の中学生ならそういうものだろう。



 母親を亡くしたことはつらかったし、恋人を失ったこともつらかった。中高の青春を失ったと嘆いていたけれど、苦労の甲斐あってか浩輔はとても優しい子に育っている。長期休暇に戻らなかったことも何かあったのかと気づかってくれるし、生花のビニールハウスも崇の夢のために手入れを欠かさずにしてくれていた。協力して支えようとしてくれる家族がいる事はなんて幸せなのだろう。それが家族でも友人でも恋人でも、どんな縁であっても応援してくれる、助けてくれるという事が本当にありがたい事だと改めて思った。自分の夢を追いかけている大城の事をやっとちゃんと心から応援できるような気がした。



 別の夜に浩輔が同級生の事で悩んでいたので相談に乗った。その子の苦しみが何となくわかるような気がした。



 皆と違う事の恐怖。それを知られる葛藤。知られた時の不安。それでもずっと見てみないふりをするわけにはいかない。結局は自分を殺して生きていくなんてできないのだから。



 一人で田舎に越してきて不安な上に喘息という呼吸に関わる重大な病気を抱えているその子の力になれたらいいけどと思った矢先、大城にもらったシャツがもしかしたら案山子の服にされている事を知った。



 崇は案山子に着せる服を持って田んぼへ走った。波田野家の田んぼの奥側に自分の服を着た案山子が立っている。父親がわざと髪型を模倣したのだろう自分と同じ髪型にされていた。呆れるのを通り越して笑えて来た。



 服を汚さないようにそっと案山子の脚を土から抜こうとしたがなかなか抜けなかった。何度か足回りをぐるぐるさせて力を入れてみたがやっぱり抜けない。倒れないように深く土に差し込んであるので左右に振って足元をぐらつかせてみる。これで抜けるだろうと木を抱えた時、人が歩く音がした。



「誰かおるんじゃろか……」



 案山子を倒して妖しい人間だと思われてはなんだし、通報されても困るので田んぼの中から様子を伺っていると少年が一人で畦道を歩いているところだった。こんなところで夜に一人で出歩いているなんて何か危ない事をするのではないだろうか。気になってぐらぐらにさせた案山子を抜きそっと稲の上へ置いてその子の元へと移動した。



 近づくと男の子はしゃがんで小さい声で何度も謝って震えていた。怖がらせてしまったかもしれないと思って声を掛けた。何か思い詰めているのかもしれないと思案しながら気づく。恐らくこの子が浩輔の言っていた喘息の男の子だろう。



 訊けばやはり藤原の家の子だと言った。暗がりでも分かるほど色白で華奢な綺麗な子だった。あまり人と話すのが好きじゃないのかもしれない。昔の自分とどこか重なって見えて相談に乗ってほしかったらまた来いと伝えた。来るか来ないかは本人が決めればいい。



 案山子の元に戻って別の古着に交換してまた案山子を立てた。服は相変わらずシャツとジーンズだ。間違えて持ってきたスカーフは穂高というその男の子が寒そうにしていたのであげた。



 家に帰ってから浩輔に報告すると、彼に逢ったのが自分の兄貴だと知られたくないと言った。



「なんで」

「だってそんなお節介な奴やと思われたくないし」

「別にお節介やなんて思わんじゃろ。名前言うてないし」

「ほんまに?」

「うん。田んぼの中からニョキって顔出したからちょっと怖がっとったが」

「可哀相、泉川」

「なーにが可哀相じゃ。俺がおらんかったらあの子山の中入って危ない事するんやないじゃろかと思ってひやひやしたし」

「危ない事って……」

「思春期にありがちな、自分なんてこの世に要らないんじゃない、的な?」

「別に学校でいじめられてる訳じゃないのに!」

「そやけど、皆と上手くやっていけてんのじゃろ」

「泉川も不器用や……」



 浩輔は頭を抱えた。



「仕事終わったら今日と同じぐらいの時間に行って、あの子が来たら話聞くけ」



 崇は宥めるように言った。



「泉川大丈夫かな。なんか皆話しかけたいけど話しかけにくいらしくて」

「周りが気にしてあげてるなら後は本人が勇気出すだけじゃ」

「うん……」



 浩輔は友人思いだ。サバサバしているように見えて人一倍気遣いができる。だからこそ崇は更に気を回して浩輔を看てやらなくてはならなかった。大変だったが浩輔が曲がらずに育ってくれて本当に良かった。



「ええ子に育ってくれて、兄ちゃん嬉しい」

「何泣いたふりしてるの」

「ほんまに思ってるの」

「嘘くさー」

「可愛くないな」

「可愛くなくてもええんじゃ。俺は男じゃけ」

「男でも可愛げは必要なんだよ、浩輔君」

「誰?」

「はははは」



 そばに誰かがいる事で安心したり、誰かに話せる事で心のつかえが取れる事もある。崇は次の日同じ場所で待つ事にした。


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