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8)貪の儀-2

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 本当は柚果に触れるのが少し怖かった。

 人間たちは彼が十の時から稚児の鍛錬を行なっていた。鍛錬と名がついているがその実は拷問に近い。尊厳も何もかもを奪われる行為は耳を塞ぎたくなるような内容で、鬼の所業ではないかと思えるものがいくつもあった。

 人間の欲は濃い。その欲が積もり積もってさらに業を増すと鬼になる。鬼まで引き摺り出すほど欲に塗れているのに、寺という場所は神聖な場所とされるのだから自分たち妖には人間が分からない。

 出逢った時、柚果は淡々と話して何もかもを諦めたような悲しい瞳をしていた。鴉天狗の里の話をすると目を輝かせて無邪気に笑い、楽しそうに話を聴いていた。

 屈託のない笑顔になるのは辛い生活を忘れている間だけだった。何とか救い出してやりたい。柚果の世界を知るほどにその思いは強くなり、いつの間にか魅入られていた。

 笑った顔が見たい。俺が守ってやりたい。里に来ないか、そう言うと、世話のかかる弟がいるから置いていけないと言った。鴉天狗と契ると人間は他の人間と触れ合った時の記憶を失う。そうなれば苦しかった事も弟の事も忘れて楽しく暮らせるのにそれが嫌だと言う。忘れられるなら悲しくもないだろうに自分がいなくなった後の弟が心配だと言うのだからなんと心の優しい子だと思った。柚果は辛い生活から逃げもせず弟のために耐えていた。神の眷属に出逢うまでは。

 神の眷属たちは鬼を追い払い、柚果が鴉天狗と共に生きるならば弟を請け負うと言ってくれた。弟の身の安全を確認した柚果はやっと鴉天狗の里へ来ることを決めたのだ。大事にしていただろう弟の記憶を全て失う事は柚果にとっても寂しい事であっただろう。鴉天狗の世界でつらい事があっても寄り添ってくれる記憶がないという事はとても孤独だ。その孤独を宥めてやりたい。一人ではないと教えてやりたい。愛を、伝えてやりたい。体を重ねる事は、柚果にとってはその逆の行為かも知れない。寧ろ恐怖自体であるかもしれない。

 だから触れ合うのが怖かった。怖がりはしないか。悪い記憶だけ戻りはしないだろうか。だが柚果のうす赤く染まる頬を見ると庇護欲が湧いて堪らなかった。触れて、口を吸うと体を委ねてくれた。

 どんな事があっても守ろう。過去を思い出しても辛くないように、柚果の心を愛で埋め尽くしてやろう。己に誓った。

 
 
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