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そうだ、俺の責務は全うされたのだ。爽太は就職したのだからもう心配する必要はない。俺がいるからという理由だけで選んだにも関わらず、無事にこの会社の正社員となってバリバリ働いている。これでやっと落ち着いて仕事に集中できる。あの時の借りはもう返したことにしていいはずだ。
爽太への怒りをどこかへ落ち着かせたくて、恵はビールをあおった。向かい側で酒を飲んでいる葉月が訊く。
「昼間も訊いたけど、清野君となんかあったの」
串カツの盛り合わせでーす、と軽い口調で店員が皿をテーブルに置いて行く。葉月はありがとうと飲み屋でも営業スマイルを忘れずに振る舞った。
「いえ、あいつのいい加減さにイラつくだけで」
「それだけ仲がいいってことだよ。同級生、だよね」
「はい」
「羨ましいな、同級生と一緒の仕事場なんて。心強いじゃない?」
「俺は一緒の会社なんて嫌です」
「なんで?」
葉月が串カツを一本取り、新しい箸で恵の皿に半分盛り、残りを自分の皿に置いた。新しい箸で別々にしてくれて、尚且ついろんな種類が食べられるように分けてくれるところもありがたい、と恵は葉月の丁寧さに感心した。爽太と違ってきっと家も綺麗に整頓されているに違いない。葉月の爪の垢でも煎じて飲めと言ってやりたい。
「あいつ、俺がいるからって理由だけでこの会社選んだし、部屋は汚いし、飯は作れないし」
「でも仕事はできるみたいだよ」
「そりゃそうかも知れないっすけど」
そこがまた癪に障るんですよ、と恵はまたぐいと酒を飲んだ。
「俺がいないと何もできなかったのに、就職して仕事はできるとか、詐欺じゃないっすか」
「なんの詐欺」
「できないできない詐欺っす。俺あいつの部屋掃除したり飯作ったり洗濯したり、ゴミ捨てたり。すげぇ世話してやってたの、本当はあいつが怠惰でしてなかっただけなんすよ。本当はできるのに俺にさせてたんです。腹立ちます」
ふーん、と葉月は布巾で手を拭う。
「その時は本当にできなかったんじゃない? 引きこもってたんでしょ、彼。 人っていつも元気なわけじゃないし、世話されるのが嬉しくて甘えちゃうってこともあるから」
「でも、あいつの顔、しばらく見たくないんす」
「そっか、そっか」
葉月は恵の愚痴を延々と聞いてやった。
*
「あいつが来てからぁ業務課の仕事がれすね、効率化されたとかってぇ、周りが喜んでんのもぉ、腹立ってて~。会社としてはいいんすけどぉ~」
葉月の肩に寄りかかりながら恵が大きな声で話す。はいはいと言いながら葉月はアパートの鍵を開けた。あれから恵は大いに酔っぱらい、近場の葉月のアパートに泊まる事になった。恵の家は電車で三駅だがこの状態で一人で歩かせるのも危険だし、支えながら歩くのもしんどい。タクシーで恵の実家までだと料金も随分高くつくからだ。
「さーせん、葉月さん」
「いいけど、随分清野君の事が好きなんだね、荻野は」
「なんれすか……?」
潔癖症のはずが酔っぱらうとそれも忘れて肩を抱かせるのだから、重度ではないようだと葉月は憶測する。恵を玄関で下ろし、靴を脱がせてそのまま靴下も脱がせた。
「あいつの事なんて、好きらねぇっす。でも……これで恩返しは、完了……」
「恩返し?」
「はい……」
ネクタイを自分でぐいぐいと伸ばしながら解くと恵はのそのそと体を引きずって床にばたりと倒れた。
「おい、荻野、水、入れてやるから飲め。ほら」
葉月は台所からコップに入れた水をもって来て渡そうとしたが渡し損ねてびしゃりと恵の服にかけてしまった。
「ごめんっ」
「あー、濡れちゃっ……」
ろれつの周らない状態で服を脱ぎ始める。上半身を露わにしてそのまままた倒れこんだ。色素が薄く、肌の色も淡い。ぼーっと見つめてくる瞳はお酒のせいでうるうるしている。
「荻野、無防備だな」
葉月はそういって恵の体に手を伸ばした。近づく手を見て恵が寝ころんだまま遠ざかろうとする。
「ぅ……やばっ……、と、トイレ……」
口に手を当てて恵が言うので、吐き気だとすぐにわかり葉月は指差した。
「あそこ!」
駆け込んだトイレで恵は盛大に吐いた。葉月はすぐに背中をさすろうとしたが恵が挙手して拒否のジェスチャーをしたので触れるのはやめておいた。
「もうちょっとだったのになぁ」
残念そうに呟いた葉月は恵用の布団を敷いて、自分はベッドでさっさと眠りについた。恵はというと吐いた後、他人の布団で眠れないという事に気づいてしまい、台所に置いてあったキッチンペーパーで床を拭き、布団を使わず雑魚寝した。
爽太への怒りをどこかへ落ち着かせたくて、恵はビールをあおった。向かい側で酒を飲んでいる葉月が訊く。
「昼間も訊いたけど、清野君となんかあったの」
串カツの盛り合わせでーす、と軽い口調で店員が皿をテーブルに置いて行く。葉月はありがとうと飲み屋でも営業スマイルを忘れずに振る舞った。
「いえ、あいつのいい加減さにイラつくだけで」
「それだけ仲がいいってことだよ。同級生、だよね」
「はい」
「羨ましいな、同級生と一緒の仕事場なんて。心強いじゃない?」
「俺は一緒の会社なんて嫌です」
「なんで?」
葉月が串カツを一本取り、新しい箸で恵の皿に半分盛り、残りを自分の皿に置いた。新しい箸で別々にしてくれて、尚且ついろんな種類が食べられるように分けてくれるところもありがたい、と恵は葉月の丁寧さに感心した。爽太と違ってきっと家も綺麗に整頓されているに違いない。葉月の爪の垢でも煎じて飲めと言ってやりたい。
「あいつ、俺がいるからって理由だけでこの会社選んだし、部屋は汚いし、飯は作れないし」
「でも仕事はできるみたいだよ」
「そりゃそうかも知れないっすけど」
そこがまた癪に障るんですよ、と恵はまたぐいと酒を飲んだ。
「俺がいないと何もできなかったのに、就職して仕事はできるとか、詐欺じゃないっすか」
「なんの詐欺」
「できないできない詐欺っす。俺あいつの部屋掃除したり飯作ったり洗濯したり、ゴミ捨てたり。すげぇ世話してやってたの、本当はあいつが怠惰でしてなかっただけなんすよ。本当はできるのに俺にさせてたんです。腹立ちます」
ふーん、と葉月は布巾で手を拭う。
「その時は本当にできなかったんじゃない? 引きこもってたんでしょ、彼。 人っていつも元気なわけじゃないし、世話されるのが嬉しくて甘えちゃうってこともあるから」
「でも、あいつの顔、しばらく見たくないんす」
「そっか、そっか」
葉月は恵の愚痴を延々と聞いてやった。
*
「あいつが来てからぁ業務課の仕事がれすね、効率化されたとかってぇ、周りが喜んでんのもぉ、腹立ってて~。会社としてはいいんすけどぉ~」
葉月の肩に寄りかかりながら恵が大きな声で話す。はいはいと言いながら葉月はアパートの鍵を開けた。あれから恵は大いに酔っぱらい、近場の葉月のアパートに泊まる事になった。恵の家は電車で三駅だがこの状態で一人で歩かせるのも危険だし、支えながら歩くのもしんどい。タクシーで恵の実家までだと料金も随分高くつくからだ。
「さーせん、葉月さん」
「いいけど、随分清野君の事が好きなんだね、荻野は」
「なんれすか……?」
潔癖症のはずが酔っぱらうとそれも忘れて肩を抱かせるのだから、重度ではないようだと葉月は憶測する。恵を玄関で下ろし、靴を脱がせてそのまま靴下も脱がせた。
「あいつの事なんて、好きらねぇっす。でも……これで恩返しは、完了……」
「恩返し?」
「はい……」
ネクタイを自分でぐいぐいと伸ばしながら解くと恵はのそのそと体を引きずって床にばたりと倒れた。
「おい、荻野、水、入れてやるから飲め。ほら」
葉月は台所からコップに入れた水をもって来て渡そうとしたが渡し損ねてびしゃりと恵の服にかけてしまった。
「ごめんっ」
「あー、濡れちゃっ……」
ろれつの周らない状態で服を脱ぎ始める。上半身を露わにしてそのまままた倒れこんだ。色素が薄く、肌の色も淡い。ぼーっと見つめてくる瞳はお酒のせいでうるうるしている。
「荻野、無防備だな」
葉月はそういって恵の体に手を伸ばした。近づく手を見て恵が寝ころんだまま遠ざかろうとする。
「ぅ……やばっ……、と、トイレ……」
口に手を当てて恵が言うので、吐き気だとすぐにわかり葉月は指差した。
「あそこ!」
駆け込んだトイレで恵は盛大に吐いた。葉月はすぐに背中をさすろうとしたが恵が挙手して拒否のジェスチャーをしたので触れるのはやめておいた。
「もうちょっとだったのになぁ」
残念そうに呟いた葉月は恵用の布団を敷いて、自分はベッドでさっさと眠りについた。恵はというと吐いた後、他人の布団で眠れないという事に気づいてしまい、台所に置いてあったキッチンペーパーで床を拭き、布団を使わず雑魚寝した。
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