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「めぐちゃん、葉月さんと仲いいの」
帰りに家へ寄った恵に、爽太が不満そうに訊いた。
「仲良いっていうか俺の先輩だし仕事全部葉月さんから教わったんだよ。仲良い悪いの問題じゃない」
「あんなに近いの変だよ」
「葉月さんはああいう距離感の持ち主なんだよ。俺だけじゃなくて誰にでもああなの」
「でも嫌だ」
「何が嫌なんだよ」
俺だってお前が同じ会社なの嫌だよと言いたくなって恵は肉に小麦粉をまぶして手を動かした。就職祝いをしてほしい、お祝いは外食じゃなくて恵の手作りがいいというのでビールも買ってきて恵が夕飯を作っている。手間が掛かるが恵も外食より家で食べる方が安くつくし安心でいい。弟たちの夕食は今日は母親に任せてきた。最近は大学生の弟も家の事を手伝うようになり、バイトもし始めて若干の余裕が生まれてきた。お前も早く成長しろよと言いたいところ、再び箸を動かして言葉を飲み込んだ。折角の御祝いに水を挿すことはない。
「めぐちゃんは、葉月さんの事どう思ってるの」
料理している恵の背後に立ち、念仏が聴こえそうな暗い顔をして爽太が見下ろす。
「どうって、だから会社の先輩だっつうの。好きも嫌いもあるか」
「好きか嫌いかっていうとどっち」
「嫌いだと一緒に仕事するのしんどいだろ。嫌いじゃない。先輩は仕事ができるんだ。尊敬してる」
「……」
ずーんと頭の上に黒い影を抱え、しずみ込んだ爽太は音なく移動して炬燵の前に座った。就職祝いだから品数は多めにしてある。卵焼きにブロッコリーのアイオリソース掛け、味噌汁とご飯に鳥のから揚げを揚げている最中だ。油が飛び跳ねたのを寸でで躱す。
「なんでへこむんだよ。仕事場の先輩だ。そんなに気にするならなんで同じ職場選んだりしたんだ。仲いい人のひとりや二人いて当たり前だろ。俺は普通に働いてるだけだっつうの」
水分がついていただろうか、からあげの油がまた飛んできて今度は避け切れず顔に当たった。
「あっちぃ!!」
左頬の端をこすってすぐに水を流して蛇口下に顔を突っ込んだ。
「めぐちゃん! 大丈夫?!」
「大丈夫、ちょっと肌に当たっただけ」
大した事はないが営業マンなのだから顔に傷は作りたくない。すぐに消えるほどの火傷ならいいのだが。
鏡を見に洗面所へ移動し、照明をつけた。左頬の端が赤くなっているが、大丈夫そうだった。
爽太は冷凍庫から小さな保冷剤を出して恵の頬に充てた。珍しく気が利く。
「大丈夫?」
「大丈夫」
「本当?」
顔をずいと近づけてくる。キスされると構えて恵は爽太を押しやった。
「やめろ!」
「めぐちゃん……」
気遣ってくれているのに爽太の顔を見ていると腹が立ってきた。
俺はなんで今もこいつの世話を焼いているんだろうと自問自答した。もう就職したんだ。金の心配もしなくていいし、部屋が少しくらい汚れていても死にはしない。俺と居たくて同じ会社を選んだのだからきっとちゃんと仕事を続けるだろう。じゃぁもうこんな風に世話を焼く必要はないのかもしれない。こいつのために料理して、大事な営業スマイルに傷をつけてる場合じゃない。恵は我に返った気がした。
「爽太はもう大丈夫だよな?」
「え?」
「就職おめでとう!」
から揚げを皿に盛り、いただきますと手を合わせ、バクバクと自分の作った料理を食べて、また会社でな、と平静を装って部屋を出た。もう来ない。心に決めて恵は振り返らずに家へ帰った。
帰りに家へ寄った恵に、爽太が不満そうに訊いた。
「仲良いっていうか俺の先輩だし仕事全部葉月さんから教わったんだよ。仲良い悪いの問題じゃない」
「あんなに近いの変だよ」
「葉月さんはああいう距離感の持ち主なんだよ。俺だけじゃなくて誰にでもああなの」
「でも嫌だ」
「何が嫌なんだよ」
俺だってお前が同じ会社なの嫌だよと言いたくなって恵は肉に小麦粉をまぶして手を動かした。就職祝いをしてほしい、お祝いは外食じゃなくて恵の手作りがいいというのでビールも買ってきて恵が夕飯を作っている。手間が掛かるが恵も外食より家で食べる方が安くつくし安心でいい。弟たちの夕食は今日は母親に任せてきた。最近は大学生の弟も家の事を手伝うようになり、バイトもし始めて若干の余裕が生まれてきた。お前も早く成長しろよと言いたいところ、再び箸を動かして言葉を飲み込んだ。折角の御祝いに水を挿すことはない。
「めぐちゃんは、葉月さんの事どう思ってるの」
料理している恵の背後に立ち、念仏が聴こえそうな暗い顔をして爽太が見下ろす。
「どうって、だから会社の先輩だっつうの。好きも嫌いもあるか」
「好きか嫌いかっていうとどっち」
「嫌いだと一緒に仕事するのしんどいだろ。嫌いじゃない。先輩は仕事ができるんだ。尊敬してる」
「……」
ずーんと頭の上に黒い影を抱え、しずみ込んだ爽太は音なく移動して炬燵の前に座った。就職祝いだから品数は多めにしてある。卵焼きにブロッコリーのアイオリソース掛け、味噌汁とご飯に鳥のから揚げを揚げている最中だ。油が飛び跳ねたのを寸でで躱す。
「なんでへこむんだよ。仕事場の先輩だ。そんなに気にするならなんで同じ職場選んだりしたんだ。仲いい人のひとりや二人いて当たり前だろ。俺は普通に働いてるだけだっつうの」
水分がついていただろうか、からあげの油がまた飛んできて今度は避け切れず顔に当たった。
「あっちぃ!!」
左頬の端をこすってすぐに水を流して蛇口下に顔を突っ込んだ。
「めぐちゃん! 大丈夫?!」
「大丈夫、ちょっと肌に当たっただけ」
大した事はないが営業マンなのだから顔に傷は作りたくない。すぐに消えるほどの火傷ならいいのだが。
鏡を見に洗面所へ移動し、照明をつけた。左頬の端が赤くなっているが、大丈夫そうだった。
爽太は冷凍庫から小さな保冷剤を出して恵の頬に充てた。珍しく気が利く。
「大丈夫?」
「大丈夫」
「本当?」
顔をずいと近づけてくる。キスされると構えて恵は爽太を押しやった。
「やめろ!」
「めぐちゃん……」
気遣ってくれているのに爽太の顔を見ていると腹が立ってきた。
俺はなんで今もこいつの世話を焼いているんだろうと自問自答した。もう就職したんだ。金の心配もしなくていいし、部屋が少しくらい汚れていても死にはしない。俺と居たくて同じ会社を選んだのだからきっとちゃんと仕事を続けるだろう。じゃぁもうこんな風に世話を焼く必要はないのかもしれない。こいつのために料理して、大事な営業スマイルに傷をつけてる場合じゃない。恵は我に返った気がした。
「爽太はもう大丈夫だよな?」
「え?」
「就職おめでとう!」
から揚げを皿に盛り、いただきますと手を合わせ、バクバクと自分の作った料理を食べて、また会社でな、と平静を装って部屋を出た。もう来ない。心に決めて恵は振り返らずに家へ帰った。
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