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第63話 沈④
しおりを挟む赤く染まる池の淵で、敬翠は慟哭し続けた。
「生命童子様ーー!兄様ーー!アアアアアッーー!!」
これ以上彼を苦しめるなんて耐えられなかった。選択肢は一つだった。こうするしかなかったんだ。あのままになんて出来ない。神はこれを見越していたのだろう。だから自分に言霊を渡したのだ。敬翠は最後の紅生の顔を思い出しては嗚咽し、血反吐を吐いた。気がふれそうになる。これが現実なのか。
もう何もない。紅く美しい瞳はもうこの世に存在しない。この手で消してしまった。自分を救うものもいない。生きていく意味などもうどこにもない。
絶望の果てに敬翠は宝剣を自分の首に中てた。
「兄様、私もすぐそちらへ……」
震える腕に力を込め、剣身を引こうとしたその時、狼の遠吠えが聞こえた。
「ウォオオオーーン」
風のように風靂が森から走り出て来て敬翠に飛びつく。
己の首を斬ろうとした敬翠は押し倒されて土に塗れた。
「風靂……」
風靂は倒れた敬翠を上から押さえて、涙塗れの顔を何度も舐めた。死ぬなと言われているようだった。たまらず起き上がってふわふわの白い首元に抱きつく。何度も背中を撫でるとやっと落ち着いたようだった。
はっはっと舌を出して池を見る風靂は再び遠吠えを始め、紅生を呼ぶような、悼むような哀しそうな遠吠えを何度も何度も繰り返した。
「そうだ、お前が彼を見つけてくれたんだ……分かるのか……。
哀しいな……淋しい、な……もう呼んでも答えてくれないよ……。
全部私の所為なんだ」
風靂の遠吠えに呼応するように敬翠の目から再び嗚咽が洩れる。
「兄様………兄様……」
白い獣と天鵝絨の髪の美しい鬼は池を見つめていつまでもいつまでも啼いていた。
*
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