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第48話 水③

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 自分は弁財天神に仕える生命童子という眷属で、鬼や物の怪を退治して暮らしていた。だがある時から鬼が姿を消し、神に悪い噂が立ち始めると人々は疑心暗鬼になって童子たちを追いやり神への信仰を止めた。力を失い鬼に堕ちてしまった童子たちは人を惨殺し、妹も殺した。人を守るため、そして妹を殺された怒りに駆られて鬼に堕ちた仲間を殺し、鬼になるなと何度も神に言われたのに自分も鬼に堕ちてしまった。力を失いかけていた神は鬼に恐怖する人々から再び崇められるようになり、力を取り戻して七福神として祀られその存在を確たるものとされた。青竜が生まれる前の年、神は山の下の神社で紅生と言う名前を自分に与えた後、神社の山上空高く昇った。空に浮かぶ御神体から星屑が零れ、山頂に降り注いだ。落ちた場所には川の源となる泉があって青竜の母親が話した通り、蒼く光る川の水を飲んで彼女は青竜を宿したのだろう。青竜が弁財天に生写しなのは、神が零した星の一部、つまり神の一部を宿しているからだと推測される。神の泉に行くと神に逢えるような気がして、時間が出来る度にここへ来ていた。そして青竜と出逢った。

 今まで敬翠以外誰にも話す事が無かった所為か堰を切った様に話した紅生を青竜はじっと見つめていた。その視線に気付いて紅生は我に返る。

「すまない、喋り過ぎた」

「ううん、話してくれてありがとう。紅生、凄く大変だったんだな」

「大変というよりは、運命に翻弄されているのだろう。望んで鬼になったわけではないが、鬼になるのは運命というよりも宿命だった」

「運命と宿命はどう違うの」

「運命は自分で変えられる。己の命をどこへ運ぶのかは自分で決める事が出来る。だが宿命は定められていて避けることが出来ない」

「鬼になるのは避けられなかったって事?」

「俺は半分鬼で半分人だから……いや、それは俺の言い訳だ。俺の事はいい。知っている事は話した。青竜が我が主であった弁財天神と瓜二つなのは、神の一部を体に宿しているからだと思う」

 青竜は腕を頭の後ろに廻して空を見上げ鼻をぎゅうっと顰めた。

「まぁ、合点がいったっちゃいったんだけど疑問は残る。俺が神様の一部を宿してるとしても、俺は何の力も持たない。神様に母ちゃんの病気を治してくれって願った事もあるけど何も起きなかった。そっくりなら少しくらい力が宿されててもいいとは思わない?」

「それは俺にもよく分からない。隠れた力を持っているが発揮されていないだけなのかも知れないし、力などないのかも知れない」

「でもさ、神様ってすげぇんだろ?人を鬼から守ってくれたり、雨降らせたり洪水起こしたり、米を豊作にしてくれたりさ。そんな力の一部を持っていたら……」

 そう話しながら青竜は牛鬼の事を思い出した。自分と母親と家を守り、そして田畑まで豊かにして死んでいった妖怪。醜い姿をしていたが、やはり神様だったのだと思った。

「母ちゃんが言ってたことは正しい。人を助けてくれるのはやっぱり神様だ。俺は人に迷惑ばかりかけてきて、神様の生まれ変わりなんかじゃないけど……」

 期待された存在が反転して疫病神と言われ鬼へと堕ちた童子たち。自分を信じる事が出来ていれば鬼に堕ちずに済んだのかも知れない。紅生には青竜が己の存在意義を求めているように見えた。

「其方は其方で良いではないか。神様の生まれ変わりである必要はない。人に何と言われようと、自分は自分だ。行いは全て自分へ返って来る。俺は人で、鬼で、半妖で、そして今は神様と其方に呼ばれているが、人の為と言いながら鬼や物の怪を殺し、仲間を殺してしまった本質は鬼であったのだろう。今の姿がきっと偽りない自分の姿だと思う。そなたは神と同じ顔を持つ美しいおのこではあるが、神とは違うただの人。恐ろしい妖怪を救い、紅い髪の鬼と言葉を交わしてくれる母思いの優しい男。ただそれだけだ」
 
 紅生は哀しそうな目をしたまま笑った。青竜もその顔を見て笑った。神様の生まれ変わりともてはやされた事も、妖怪の子だと噂された事も、全て自分の鏡。紅生の言葉を聞いていると全てが腑に落ちて、悩んでいた事が些事に思えた。彼の傍に居る事はとても自然でそれだけで充たされ、心地よく、何でも話して大丈夫だと思える。二人はいつの間にか泉に着いていた。

 喉が渇いていた青竜は泉の水を飲もうとちょうど踏み場になりそうな小さな岩を見付けて腰を屈めた。水は清く透明で底まで見える。手を入れると冷たい水が熱を奪って汗がすっと引いていった。青竜はそのまま両手で水を掬い、ごくごくと喉を潤した。

「冷やっこくて上手い。紅生も飲めよ、ほらっ」

 そう言って青竜は自分の両手に水を汲み、後ろで見ていた紅生に差し出した。紅生は目を見開いて驚き、その紅い目は青竜の顔と手の中の水を何度か往復した。そしてすぐに青竜の前に跪くように膝を折った紅生は、自分より幾分小さい両手の中の水が零れないようにそっと下から手を添えて、ゆっくりと口を運び青竜の汲んだ手の中から水を飲んだ。こくりと喉が鳴り、紅生の目が赤く潤む。青竜は吸い込まれそうな紅い瞳の炎を鎮めなければいけないような気がして、再び水を掬って紅生に差し出した。自分の手を包むように支える鬼の手は熱く、触れる度に熱さが増すようだ。

 水を含む度少しだけ開かれる口元に光る鋭い歯、飲み込んでいく喉元、伏し目にかかる睫毛の長さ。目に映る全てが流麗で美しい。何故紅生に自分の手から水を飲ませたいなどと思ったのだろう。美しい男が手のひらから水を飲む光景は不自然で、いたたまれない程青竜は耳を赤く染めた。鬼の長い角は輝いていて、触れたい衝動に駆られたが触って良いものなのか訊くのも憚られた。
 再び汲んだ水を見てふっと笑った紅生の顔は愛おしいものを見るようにどこまでも優しいのに焔を孕んで燃えていた。見てはいけないものを見ているような気持ちになって、青竜はそろそろ戻ろうかと泉を後にした。青竜を追いかけて紅生は手を掴んだ。

「待ってくれ」

 あんなに喋り続けて登った道を、二人は黙って下った。捕まえられた手が焼けるように熱かった。




 
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