沈み鳥居の鬼—愛してはならない者を愛した罪—

小鷹りく

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第23話 愛敬童子②

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 見つけたとて、話を聴いて貰えるのかも定かではなく、彼が姿を眩ます前に足止めをしなければならなかった。今度見失ってしまえばもう二度と見つけることが出来ないような気がしていた。説得するには時間が掛かる。ならば時間の掛からぬ方法にしなければならない。飢える鬼の本能があるならば考えた策が一番効果的だった。人でさえその欲に抗う事が出来ないのだから、鬼ならば尚更。
 蠱惑の策を使い鬼の本能を刺激する事は諸刃の剣。危うくすれば食い殺されるか生気を吸いつくされて朝には屍となりかねない。だが自分ならきっと大丈夫だと思った。策に失敗しても彼が居ないこの世界など生きる意味が無い。彼の傍に居ることが出来ないのなら死んでも良かった。だから策を練り、自制することなくこれが最後と思って後悔のないよう思い切り気をやった。想像以上に体力は奪われたが、童子である為か鬼が無意識に制御したからなのか、死なずに済んでいる。

 頬に触れ、そのまま彼の首の周りの大きな傷跡を指でそっとなぞった。自分の知る限り闘いで大きな怪我など負ったことは無かった筈。傷が出来ても神の庇護を受け全て癒えていたのに腹にも新しい傷をいくつも見つけた。なのに背中には一つも無い。全て自害しようとした傷だからだろう。岩場の端に無造作に置かれている刀では彼の強靭な肉体は斬れないということだ。宝剣を預かっておいて良かったと、そう思いながら刃こぼれした刀を横目に、寝ている生命童子の肩へ覆いかぶさった。

「もう一人ではありません」

 耳元で囁くと生命童子は身じろいで目を覚ました。

「重い……」

 小さく呟いて紅い瞳が薄っすらと見えると愛敬童子は微笑んだ。

「兄様……お早うございます」
「うん……、お早う……」

 数秒の沈黙の後、いつもと違うと気づいた生命童子は飛び起き顔を真っ赤にして岩の壁まで後ずさりした。そして自分の頭の角を確かめた。孤独な時間が長すぎて昨日起きた事が現実なのかそれとも夢なのか判別がつかない。

「夢ではなかったのか……」
「はい、兄様」

 そして昨晩の事を思い出し、今度は蒼白になりながら愛敬童子の両肩を掴まえて確認した。

「体は、大丈夫か」
「ええ」
「本当か」
「平気です」

 良かった、と生命童子は安堵のため息を吐いた。

「……すまなかった」
「どうして謝るのです。私は何も後悔していません」

そこでぐぅと愛敬童子の腹が鳴った。

「腹が減ったのか」

 少し赤くなった愛敬童子だったが、ここまでの旅路に加え生気を吸われた後だ、腹が減るのは当たり前。生命童子は微笑みながらその音を聞いて自分の腹に手を充てた。今まで何を食べても満たされなかったのに嘘の様に腹が満たされていてはっとした。際限なく求めて貪った生気で鬼の体が満たされたと言う事に罪悪感を感じ顔を顰める。昨夜の意識は曖昧で翻弄されてはっきり覚えていない。知らぬ間に生気ではなく、人の肉を食べていたらと思うとぞっとした。鬼として人を喰らった事実に、いよいよ肉体までも鬼へと堕ちたのだと奥歯を噛み締めながら生命童子は着物を探し、「お前も着替えろ」と愛敬童子に言うと身繕いを始めた。端に桐の紋様が付いた角帯を腰に回し、しっかりと括るとそれをじっと見つめる。春乃が縫っていたお守りの角帯だ。大事そうにそっと親指で撫でると、重たそうな口を開いた。

「お前とは、一緒におれん。飯を食ったら帰ってくれ」

 突き放す言葉に動じず愛敬童子は問うた。

「何故ですか」
「昨夜の事はすまん。鬼になって初めて人の肌に触れて自分を抑えることが出来なかった。鬼の血がそうさせたのだ。俺は、俺ではなかった。このまま共に居ればお前の気を全て食い尽くしいつかお前を殺してしまう。帰れ」
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