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第22話 愛敬童子①
しおりを挟む体中を貪られ、抑えられずに声が響くと理性がどこかで働くのか鬼は躊躇い動きを止めた。だがその度に人が耳元で囁く。
「大丈夫、止めないで」
手を引かれ優しく誘われると鬼は目を光らせて再び生気を貪り喰らった。これではどちらが鬼なのか分かりませんね、と妖しく人は笑う。
風靂は耳を倒して入り口付近で蜷局を巻き、大きな体に似合わぬ小さな声で暫くクンクン鳴いていた。主人が出てくるのを待っていたが程なくして諦めた。丑三つ時を過ぎても闇夜は紫に染まったまま音を紡ぎ、漸く静けさを取り戻した頃には明けの明星が輝いていた。主人を心配していた白い門番は鬼の寝息に耳を立てると、やっと眠れると思ったのか、木の下の寝床へ移り大きな鼻息を吐いて目を閉じた。
*
陽が上り、風が鳥と戯れ始める頃、いつもならとっくに空になっている筈の寝床にはまだ白い獣が眠っていた。丸太屋根の間から漏れる光に起こされて愛敬童子は目を開く。布団は無いが寒くは無い。横に眠る愛しい鬼の体温は人と変わらず暖かかった。
鉛のように重い体を捩り、紅い前髪を掻き分け、寝息を立てる顔をまじまじと見つめ捜索の日々を思い返す。
場所を特定するのには随分苦労した。狼達の行動範囲を広げるのにも時間が掛かり、もしかして彼がふらりと戻ってくるかもしれないと家を空ける事が出来なかった。春次の様子も気になって見に行く事も多く、じっと待っているようで思った以上に忙しない暮らしだった。鬼が再び姿を現し残虐な殺戮が起こった件は神の怒りだと人々は慄き、残された愛敬童子に不自然な程恭しく接した。人の浅ましさをよく知る愛敬童子にとって、その冷酷さや豹変ぶりは驚くものではなかったが大層居心地が悪かった。
いつ見つかるかも分からず漫然とした毎日ではあったが諦めなかった。きっと生きている、直感がそう告げていた。どうせ自分など、どうせあの方には敵わない、そんな気持ちに何度も揺さぶられながら彼を探し出せるのは自分しか居ないのだと信じてやってきた。紅い髪を一筋指に絡めて遊び、彼の体に自分が付けた傷を見ればそれだけで苦労の全てが報われた気がした。
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