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「ほんまや、すごいな、跡形なく消えてる」
刺青があった場所を手で触り、青は他の場所に移ってないか友彦の体を隅々まで確認した。それらしきものはどこにも見当たらない。完全に消えてなくなったのだ。寝台の上の友彦はすぐに服を着た。
「辰也くんの花が食べたように見えたって言ってたね」
「はい、俺の体から飛び出て、友彦の皮膚に吸い付いてました」
「ふーん、なるほど、蔦は要注意やな」
知らなかったと言うそぶりに辰也の顔が怒りに赤くなった。
「どうなるか知らんと入れたんですか!」
「毎回おんなじやないもん。人間もそれぞれ反応違うやろ? 僕が描く墨は人によって毎回違う反応見せるんよ」
「そんな事って……」
「君のも枯れてきてるんやね」
青は辰也の服を捲り上げて確認する。蔦の刺青も萎れて少し前の友彦の桔梗のように枯れている。ただ萎れた蕾がふっくらとして種を蓄えているように見えた。
「辰也君さ、どれくらい友彦君の事好きなん」
「なんでそんな事言わなあかんのですか!」
「これ、すごい大事なことやから教えて?」
青は再び詰め寄る。刺青がこんな状況になっているのだからハッタリではないだろう。辰也は何度か咳ばらいをして、友彦を見ながら答えた。
「もし振られても、変わらず友彦が好きです。友彦の事、変わらず応援したいて思ってます。友人としてでもなんでもええから、ずっとそばにおりたい。刺青入れたときから気持ちは変わりません」
まっすぐに力強く告げられた言葉を聞いて友彦は赤くなった。青はじっと辰也の刺青を観察したまま動かない。
「辰也、この刺青入れたときそんな事思って入れたん?」
「お前が刺青格好ええってずっと言うから、入れたら俺の事も格好ええって思ってくれるかなって。お前の事、どう転んでもずっと見てたいって思ってたから。中途半端な気持ちで一生ものの墨入れれるわけないやろ。俺ちゃんと本気でお前の事好きや」
「辰也……」
抱きしめあいそうになる二人を見て青がふっと辰也の刺青に息を吹きかけた。想像以上の強い刺激が走り、辰也はびくりと飛び上がった。瞬間辰也の肌から何か黒いものがいくつも飛び、パラパラと音を立てて床に落ちる。
「なに?!」
「種や」
「た、種?」
「そう、種採れたら頂戴って言うてたやろ。今弾けて種飛ばした。全部拾わな、どないなるかわからんから手伝って」
言われて二人は床に落ちた黒い種を拾い青に渡した。
「これで全部かな」
「っぽいです」
「ええ種採れた」
青は手のひらに集まった黒い種子をつんつんと指先で触りながらニコリと笑う。友彦と辰也は眉をひそめた。辰也の刺青の花はさらに萎んでこのまま消えていきそうなのに青はもう辰也の刺青には興味がないようだった。刺青を入れたのに消えてしまうなんて、あまりに無責任な彫師ではないか。
「俺の刺青、このままなくなってしまいそうですけど」
「うん、多分消えちゃうかな? 珍しいパターンやけど」
「その種は」
「これ?」
青は嬉しそうな顔を浮かべて話す。
「これを潰して墨の材料にするんや」
「それを?」
「うん。辰也くんの種、強力やと思うわ。なんせ他人の墨まで食べてしまうほど執着してるんやから。花言葉通り、“死んでも離れない”ってやつね」
目をキラキラさせながら種を指で確認している。二人は顔を見合わせた。
「僕んとこに来る人って大体仏様とか龍とか、鬼とかしか彫らしてくれへんの。どれも子孫を生む存在じゃない。植物の絵でしか種は取れへんの。たまに蓮も描くけど、蓮の花言葉って清らかな心とか神聖、とかやからさ。その世界の人に基本種は望めんわけ。でもたまにこうやって若い子らに書く絵はちゃんと育ってくれるから、ほんま嬉しいわ」
「初めからその種が欲しくて俺らに墨入れたんですか」
「人聞き悪いこと言わんとって。墨を入れたいって僕のところ来たんは君らで、僕は何も強制してない。こうやって人から欲望と力を持った種をもらって、それを他人の肌に彫って埋めていってあげると墨は宿主から栄養をもらって、彫られた意味を全うしようと懸命に育つ。友彦くんはその時の気持ちとは別の感情に揺さぶられたか、辰也くんの思いの丈をいっぱい浴びて枯れてしもたんかも」
友彦の刺青は田中への淡い思いと同じように消えていった。きっと辰也のアレをいっぱい墨に掛けられたんじゃないかと青は揶揄ったが、思い当たる節があった辰也は気まずそうな顔をした。辰也はその刺青がまるで田中への思いのような気がして邪険に思っていため、いつも目の敵のようにそこに自分の吐露したものをぶつけていた。家に帰ってからはまさか盗撮されていないかと部屋の隅々を調べたが何も見当たらなかった。種子をはじけ飛ばしてから数日と経たずに辰也の刺青も消えて行った。
「一体なんやったんやろう、僕らの刺青」
刺青のあった場所をしげしげと見つめる友彦の背後から辰也が腕を回す。
「もうええやん。刺青も消えたし、これからは気兼ねなくスーパー銭湯でもジムでも行けるし」
「うん……」
「あ、でも友の家の近くの銭湯はもう行くなよ。また新しい墨に興味もって勝手に入れてきたら困る」
「もう行かへんよ。こっからあの銭湯は遠いし」
友彦の顎をそっと掴み、唇を引き寄せて辰也は優しく口づける。
「もう刺青は禁止な? お前は墨なんか入れんでも十分魅力的や。自信もて。俺が手伝う」
「うん、ありがとう」
首に腕を回し友彦はそのまま押し倒されて辰也の墨があった場所をそっと撫でた。
友彦は正式に辰也と付き合うことにした。大学により近く広い辰也の家に引っ越す方が家賃も安く済むし一緒にいれる時間も多いと同棲も始めた。バイトも勉学も順調に進み、体も心も満たされている。溺愛してくれる恋人の存在は思った以上に性格に影響しているのか、自信も持てるようになったし、セクシャリティに悩むこともなくなった。墨を入れたのに消えてしまったが、願い事が叶うという噂は本当だったのではないかと友彦は思う。結局友彦は自信を持てて、辰也は友彦のそばにずっといる事ができるのだから。
「青さんの刺青、願いが叶うってほんまやったんかも」
「俺も、まぁ、そう思う」
苦笑いしながら辰也も同意した。
*
「なぁ、あの学生の子らどないなったん?」
背広を着たサラリーマン風の男は店の前の手すりに寄りかかり、棒付きの飴を口の中でカラコロ言わせる青の隣で煙草を吹かした。
「種できた」
「まじで」
「しかも大きいのんいっぱい。強力な墨になりました」
「それはそれは」
「若いってええなぁ」
「まぁな」
「あの子らの中にあんなに大きな欲望が埋まってるとは思わんかったけど、今回は楽しかったわぁ」
「商人の道具にされて可哀そうに」
「二人の願いも叶えてあげられたし、黒いもんも取り除いてあげられたんやからウィンウィンやろ? 次の幹部候補さんの墨入れるのに最高の材料も用意できてほんま仕事熱心! 褒めて?」
「極道もんの絆を強固にするのにどれほど貢献したいねん。それええことなんか?」
「ははは、この世界には失ってはいけないものがあるのだよ」
「誰の真似やねん。あっちの世界に足踏み入れたら、もう戻ってこれんのやな」
「僕はどっちの世界にもおらへんよ。天使、みたいな?」
「悪魔の間違いやろ」
「いけず」
「ほな、疲れた天使の肩でも揉ましてもらいましょか」
「うん、ありがとう、狩谷」
青の肩に腕を回し、狩谷と呼ばれた男は後ろ手に店のドアを閉めた。
-End of Episode 1ー
刺青があった場所を手で触り、青は他の場所に移ってないか友彦の体を隅々まで確認した。それらしきものはどこにも見当たらない。完全に消えてなくなったのだ。寝台の上の友彦はすぐに服を着た。
「辰也くんの花が食べたように見えたって言ってたね」
「はい、俺の体から飛び出て、友彦の皮膚に吸い付いてました」
「ふーん、なるほど、蔦は要注意やな」
知らなかったと言うそぶりに辰也の顔が怒りに赤くなった。
「どうなるか知らんと入れたんですか!」
「毎回おんなじやないもん。人間もそれぞれ反応違うやろ? 僕が描く墨は人によって毎回違う反応見せるんよ」
「そんな事って……」
「君のも枯れてきてるんやね」
青は辰也の服を捲り上げて確認する。蔦の刺青も萎れて少し前の友彦の桔梗のように枯れている。ただ萎れた蕾がふっくらとして種を蓄えているように見えた。
「辰也君さ、どれくらい友彦君の事好きなん」
「なんでそんな事言わなあかんのですか!」
「これ、すごい大事なことやから教えて?」
青は再び詰め寄る。刺青がこんな状況になっているのだからハッタリではないだろう。辰也は何度か咳ばらいをして、友彦を見ながら答えた。
「もし振られても、変わらず友彦が好きです。友彦の事、変わらず応援したいて思ってます。友人としてでもなんでもええから、ずっとそばにおりたい。刺青入れたときから気持ちは変わりません」
まっすぐに力強く告げられた言葉を聞いて友彦は赤くなった。青はじっと辰也の刺青を観察したまま動かない。
「辰也、この刺青入れたときそんな事思って入れたん?」
「お前が刺青格好ええってずっと言うから、入れたら俺の事も格好ええって思ってくれるかなって。お前の事、どう転んでもずっと見てたいって思ってたから。中途半端な気持ちで一生ものの墨入れれるわけないやろ。俺ちゃんと本気でお前の事好きや」
「辰也……」
抱きしめあいそうになる二人を見て青がふっと辰也の刺青に息を吹きかけた。想像以上の強い刺激が走り、辰也はびくりと飛び上がった。瞬間辰也の肌から何か黒いものがいくつも飛び、パラパラと音を立てて床に落ちる。
「なに?!」
「種や」
「た、種?」
「そう、種採れたら頂戴って言うてたやろ。今弾けて種飛ばした。全部拾わな、どないなるかわからんから手伝って」
言われて二人は床に落ちた黒い種を拾い青に渡した。
「これで全部かな」
「っぽいです」
「ええ種採れた」
青は手のひらに集まった黒い種子をつんつんと指先で触りながらニコリと笑う。友彦と辰也は眉をひそめた。辰也の刺青の花はさらに萎んでこのまま消えていきそうなのに青はもう辰也の刺青には興味がないようだった。刺青を入れたのに消えてしまうなんて、あまりに無責任な彫師ではないか。
「俺の刺青、このままなくなってしまいそうですけど」
「うん、多分消えちゃうかな? 珍しいパターンやけど」
「その種は」
「これ?」
青は嬉しそうな顔を浮かべて話す。
「これを潰して墨の材料にするんや」
「それを?」
「うん。辰也くんの種、強力やと思うわ。なんせ他人の墨まで食べてしまうほど執着してるんやから。花言葉通り、“死んでも離れない”ってやつね」
目をキラキラさせながら種を指で確認している。二人は顔を見合わせた。
「僕んとこに来る人って大体仏様とか龍とか、鬼とかしか彫らしてくれへんの。どれも子孫を生む存在じゃない。植物の絵でしか種は取れへんの。たまに蓮も描くけど、蓮の花言葉って清らかな心とか神聖、とかやからさ。その世界の人に基本種は望めんわけ。でもたまにこうやって若い子らに書く絵はちゃんと育ってくれるから、ほんま嬉しいわ」
「初めからその種が欲しくて俺らに墨入れたんですか」
「人聞き悪いこと言わんとって。墨を入れたいって僕のところ来たんは君らで、僕は何も強制してない。こうやって人から欲望と力を持った種をもらって、それを他人の肌に彫って埋めていってあげると墨は宿主から栄養をもらって、彫られた意味を全うしようと懸命に育つ。友彦くんはその時の気持ちとは別の感情に揺さぶられたか、辰也くんの思いの丈をいっぱい浴びて枯れてしもたんかも」
友彦の刺青は田中への淡い思いと同じように消えていった。きっと辰也のアレをいっぱい墨に掛けられたんじゃないかと青は揶揄ったが、思い当たる節があった辰也は気まずそうな顔をした。辰也はその刺青がまるで田中への思いのような気がして邪険に思っていため、いつも目の敵のようにそこに自分の吐露したものをぶつけていた。家に帰ってからはまさか盗撮されていないかと部屋の隅々を調べたが何も見当たらなかった。種子をはじけ飛ばしてから数日と経たずに辰也の刺青も消えて行った。
「一体なんやったんやろう、僕らの刺青」
刺青のあった場所をしげしげと見つめる友彦の背後から辰也が腕を回す。
「もうええやん。刺青も消えたし、これからは気兼ねなくスーパー銭湯でもジムでも行けるし」
「うん……」
「あ、でも友の家の近くの銭湯はもう行くなよ。また新しい墨に興味もって勝手に入れてきたら困る」
「もう行かへんよ。こっからあの銭湯は遠いし」
友彦の顎をそっと掴み、唇を引き寄せて辰也は優しく口づける。
「もう刺青は禁止な? お前は墨なんか入れんでも十分魅力的や。自信もて。俺が手伝う」
「うん、ありがとう」
首に腕を回し友彦はそのまま押し倒されて辰也の墨があった場所をそっと撫でた。
友彦は正式に辰也と付き合うことにした。大学により近く広い辰也の家に引っ越す方が家賃も安く済むし一緒にいれる時間も多いと同棲も始めた。バイトも勉学も順調に進み、体も心も満たされている。溺愛してくれる恋人の存在は思った以上に性格に影響しているのか、自信も持てるようになったし、セクシャリティに悩むこともなくなった。墨を入れたのに消えてしまったが、願い事が叶うという噂は本当だったのではないかと友彦は思う。結局友彦は自信を持てて、辰也は友彦のそばにずっといる事ができるのだから。
「青さんの刺青、願いが叶うってほんまやったんかも」
「俺も、まぁ、そう思う」
苦笑いしながら辰也も同意した。
*
「なぁ、あの学生の子らどないなったん?」
背広を着たサラリーマン風の男は店の前の手すりに寄りかかり、棒付きの飴を口の中でカラコロ言わせる青の隣で煙草を吹かした。
「種できた」
「まじで」
「しかも大きいのんいっぱい。強力な墨になりました」
「それはそれは」
「若いってええなぁ」
「まぁな」
「あの子らの中にあんなに大きな欲望が埋まってるとは思わんかったけど、今回は楽しかったわぁ」
「商人の道具にされて可哀そうに」
「二人の願いも叶えてあげられたし、黒いもんも取り除いてあげられたんやからウィンウィンやろ? 次の幹部候補さんの墨入れるのに最高の材料も用意できてほんま仕事熱心! 褒めて?」
「極道もんの絆を強固にするのにどれほど貢献したいねん。それええことなんか?」
「ははは、この世界には失ってはいけないものがあるのだよ」
「誰の真似やねん。あっちの世界に足踏み入れたら、もう戻ってこれんのやな」
「僕はどっちの世界にもおらへんよ。天使、みたいな?」
「悪魔の間違いやろ」
「いけず」
「ほな、疲れた天使の肩でも揉ましてもらいましょか」
「うん、ありがとう、狩谷」
青の肩に腕を回し、狩谷と呼ばれた男は後ろ手に店のドアを閉めた。
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