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レベルアップは突然に
そして彼らは再び出会う 1
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薄暗い洞窟は、それでもダンジョンの不思議か薄く輝いて、僅かな見通しを保っている。
その剥き出しの地肌に今、伝った水気はどこから湧いたものだろうか。
それと一緒に滴った水気は、冷たく粘り気を帯びている。
それはそれが、彼女の感情を如実に現しているものだからだろう。
「ね、ねぇ、貴方達。ここは一旦止めにして、お姉さんと楽しい事しない?ね、悪くない話でしょ?」
背中に当たる硬い感触は、もう逃げ場ない事を示している。
それまではせめてもの虚仮威しに構えていた剣を下ろしたセラフは、必死に周りを取り囲む彼らに対して思い留まるように呼びかけている。
絶世の美女であるセラフが語る、その誘惑の言葉は確かに絶大な効果があるだろう。
その相手が、人型であるのならば。
「―――!!」
しかし彼女を取り囲んでいる魔物、スライムにそんな言葉など通用する筈もなく、彼らは声を上げずに一斉に飛び掛ってきていた。
「ちょ!?何でよ!!?この私が・・・ちょ、ちょっと待って!本当に、これは・・・まずっ」
凄腕の執事であるベンジャミンが用意した片手剣は、流石の鋭さを誇っていた。
それを警戒し、飛び掛るタイミングを窺っていたスライムに、それを引っ込めて誘惑などすれば一気に飛び込んでくるのも道理である。
しかし如何な異形の魔物とはいえど、自らの誘惑が無視されるなどと思ってもいなかったセラフは、その不満に憤ってしまっていた。
それはどうしようもないほど、致命的な隙だ。
「―――、―――――」
「・・・い、息が・・・嘘、でしょ・・・?溶か、され・・・だ、誰・・・もががっ!!」
最初のスライムに飛び掛られ足を止められてしまったセラフは、次々に新手のスライムから覆い被さられてしまう。
口元付近にも覆い被されてしまった彼女は、息が出来ないともがき苦しんでいる。
しかし本当の恐怖は、そんなものではない。
奔った痛みに、しゅうしゅうと立ち込める煙は酸の匂いがする。
それは紛れもなく、彼女の身体が溶かされ、咀嚼され始めている音であった。
「こ、この!!」
急激に高まる死の予感に、セラフは最後の力を振り絞って掴んだままであった剣を振るう。
「そ、そんな・・・これじゃ・・・むぐっ!?」
しかしそれは、あっさりと弾き返されてしまう。
如何な選りすぐりの逸品といえど、スライムに動きを制限されたこの状況では、その威力を発揮する事は出来ない。
それどころか、スライムの弾力のある身体に弾き返された衝撃に、セラフは思わずその剣を手放してしまっていた。
「ぷはっ!だ、誰か!!お願い誰か、助けて!!!」
最後の希望を失った絶望に、目を見開いて固まってしまった隙は、スライムによって塞がれてしまう。
それでも、まだ諦めきれないセラフは、最後の気力で何とかその拘束から逃れ、声を上げる。
しかしほとんどの冒険者がスルーして先に進んでしまうこんな浅い階層に、彼女の声を聞き届ける存在などいるだろうか。
「―――手を、引っ込めてろ」
その冷たく、落ち着き払った声はどこから聞こえてきたのか。
少なくともその声が聞こえる前の瞬間までは、人の気配などどこにも存在しなかった筈だ。
しかし次の瞬間には、その声の主は彼女のすぐ近くに降り立っていた。
褐色の肌に、短く乱暴に切り揃えられた黒髪をなびかせる青年は、既にその手にした剣を振り下ろそうとしている。
それはどう考えても、セラフが手を引っ込めるよりも早い。
「ま、待って!!きゃあ!!?」
このままでは自分の腕ごと切り落とされてしまうと感じたセラフは、慌てて彼に制止の言葉を叫ぶ。
しかしそれは、既に彼が全てを終えた後の事であった。
「えっ?嘘・・・どこも痛くない?」
自らの身体を庇うように、その四肢を縮こめたセラフの姿は、拘束から解放された証だ。
まるで溶けてゆくように、彼女の身体から剥がれ地面へと流れ出ていくスライムは、そのまま地面に吸い込まれるように消えていく。
その様子に気づく気配のないセラフは、不思議そうに自らの身体を見下ろしては、それがどこかなくなってはいないかと執拗に確かめていた。
「当たり前だ、俺がそんなミスをする訳がないだろう?さっきの注意も、一応だ一応」
そんなセラフの様子に、彼女の事を助けた青年は不満そうな表情を見せている。
彼からすれば、彼女に手を引っ込めろと警告したのは万が一を備えての事であり、そうしなければ危ないという事ではなかったらしい。
寧ろ彼は、自らの身体の一部がなくなっていないかと執拗に確認するセラフの姿に、自らの技量が疑われように感じ不満なようだった。
「あははっ、そうなんだ!ごめんね、疑っちゃって。でも、凄いね・・・こんな数のスライムを一瞬でだなんて・・・あ!ありがとう、助けてくれて!!」
青年の不満そうな表情に、セラフは屈託のない笑顔を見せると、素直に彼の技量を賞賛する感想を漏らしていた。
それに感心する余り、お礼の言葉を言い忘れそうになってしまった事が、彼女の本心を如実に表している。
それには青年も満更でもない様子で、若干恥ずかしそうに顔を背けてしまっていた。
「はっ、ついでだついで!・・・どうやら、ここも違うようだな」
彼が照れ隠しの最後に呟いた言葉を、セラフは聞き逃す。
それは背けた顔で彼が一瞬見せた深刻な表情を、彼女は目にすることが出来なかったからか。
「でも、本当に助かったよ!君が来てくれなかったら、どうなってたか・・・痛ててっ」
本心からの感謝を青年へと告げるセラフは、その全身でそれを表そうとしている。
しかしその途中で彼女は、痛みのために身体を引き攣らせていた。
彼に救われたことで一命をとりとめた彼女はしかし、スライムによってその全身を僅かに溶かされている。
その傷跡は、痛々しいほどにはっきりと彼女の身体に残っていた。
その剥き出しの地肌に今、伝った水気はどこから湧いたものだろうか。
それと一緒に滴った水気は、冷たく粘り気を帯びている。
それはそれが、彼女の感情を如実に現しているものだからだろう。
「ね、ねぇ、貴方達。ここは一旦止めにして、お姉さんと楽しい事しない?ね、悪くない話でしょ?」
背中に当たる硬い感触は、もう逃げ場ない事を示している。
それまではせめてもの虚仮威しに構えていた剣を下ろしたセラフは、必死に周りを取り囲む彼らに対して思い留まるように呼びかけている。
絶世の美女であるセラフが語る、その誘惑の言葉は確かに絶大な効果があるだろう。
その相手が、人型であるのならば。
「―――!!」
しかし彼女を取り囲んでいる魔物、スライムにそんな言葉など通用する筈もなく、彼らは声を上げずに一斉に飛び掛ってきていた。
「ちょ!?何でよ!!?この私が・・・ちょ、ちょっと待って!本当に、これは・・・まずっ」
凄腕の執事であるベンジャミンが用意した片手剣は、流石の鋭さを誇っていた。
それを警戒し、飛び掛るタイミングを窺っていたスライムに、それを引っ込めて誘惑などすれば一気に飛び込んでくるのも道理である。
しかし如何な異形の魔物とはいえど、自らの誘惑が無視されるなどと思ってもいなかったセラフは、その不満に憤ってしまっていた。
それはどうしようもないほど、致命的な隙だ。
「―――、―――――」
「・・・い、息が・・・嘘、でしょ・・・?溶か、され・・・だ、誰・・・もががっ!!」
最初のスライムに飛び掛られ足を止められてしまったセラフは、次々に新手のスライムから覆い被さられてしまう。
口元付近にも覆い被されてしまった彼女は、息が出来ないともがき苦しんでいる。
しかし本当の恐怖は、そんなものではない。
奔った痛みに、しゅうしゅうと立ち込める煙は酸の匂いがする。
それは紛れもなく、彼女の身体が溶かされ、咀嚼され始めている音であった。
「こ、この!!」
急激に高まる死の予感に、セラフは最後の力を振り絞って掴んだままであった剣を振るう。
「そ、そんな・・・これじゃ・・・むぐっ!?」
しかしそれは、あっさりと弾き返されてしまう。
如何な選りすぐりの逸品といえど、スライムに動きを制限されたこの状況では、その威力を発揮する事は出来ない。
それどころか、スライムの弾力のある身体に弾き返された衝撃に、セラフは思わずその剣を手放してしまっていた。
「ぷはっ!だ、誰か!!お願い誰か、助けて!!!」
最後の希望を失った絶望に、目を見開いて固まってしまった隙は、スライムによって塞がれてしまう。
それでも、まだ諦めきれないセラフは、最後の気力で何とかその拘束から逃れ、声を上げる。
しかしほとんどの冒険者がスルーして先に進んでしまうこんな浅い階層に、彼女の声を聞き届ける存在などいるだろうか。
「―――手を、引っ込めてろ」
その冷たく、落ち着き払った声はどこから聞こえてきたのか。
少なくともその声が聞こえる前の瞬間までは、人の気配などどこにも存在しなかった筈だ。
しかし次の瞬間には、その声の主は彼女のすぐ近くに降り立っていた。
褐色の肌に、短く乱暴に切り揃えられた黒髪をなびかせる青年は、既にその手にした剣を振り下ろそうとしている。
それはどう考えても、セラフが手を引っ込めるよりも早い。
「ま、待って!!きゃあ!!?」
このままでは自分の腕ごと切り落とされてしまうと感じたセラフは、慌てて彼に制止の言葉を叫ぶ。
しかしそれは、既に彼が全てを終えた後の事であった。
「えっ?嘘・・・どこも痛くない?」
自らの身体を庇うように、その四肢を縮こめたセラフの姿は、拘束から解放された証だ。
まるで溶けてゆくように、彼女の身体から剥がれ地面へと流れ出ていくスライムは、そのまま地面に吸い込まれるように消えていく。
その様子に気づく気配のないセラフは、不思議そうに自らの身体を見下ろしては、それがどこかなくなってはいないかと執拗に確かめていた。
「当たり前だ、俺がそんなミスをする訳がないだろう?さっきの注意も、一応だ一応」
そんなセラフの様子に、彼女の事を助けた青年は不満そうな表情を見せている。
彼からすれば、彼女に手を引っ込めろと警告したのは万が一を備えての事であり、そうしなければ危ないという事ではなかったらしい。
寧ろ彼は、自らの身体の一部がなくなっていないかと執拗に確認するセラフの姿に、自らの技量が疑われように感じ不満なようだった。
「あははっ、そうなんだ!ごめんね、疑っちゃって。でも、凄いね・・・こんな数のスライムを一瞬でだなんて・・・あ!ありがとう、助けてくれて!!」
青年の不満そうな表情に、セラフは屈託のない笑顔を見せると、素直に彼の技量を賞賛する感想を漏らしていた。
それに感心する余り、お礼の言葉を言い忘れそうになってしまった事が、彼女の本心を如実に表している。
それには青年も満更でもない様子で、若干恥ずかしそうに顔を背けてしまっていた。
「はっ、ついでだついで!・・・どうやら、ここも違うようだな」
彼が照れ隠しの最後に呟いた言葉を、セラフは聞き逃す。
それは背けた顔で彼が一瞬見せた深刻な表情を、彼女は目にすることが出来なかったからか。
「でも、本当に助かったよ!君が来てくれなかったら、どうなってたか・・・痛ててっ」
本心からの感謝を青年へと告げるセラフは、その全身でそれを表そうとしている。
しかしその途中で彼女は、痛みのために身体を引き攣らせていた。
彼に救われたことで一命をとりとめた彼女はしかし、スライムによってその全身を僅かに溶かされている。
その傷跡は、痛々しいほどにはっきりと彼女の身体に残っていた。
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