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第二章 王国動乱

戦いの終わりに

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「またしても、またしてもか・・・我の前にいつも立ち塞がる!あいつは、あいつは一体何なのだぁぁぁ!!?」

 エクスの手によって一瞬の内に壊滅した自らの軍、そこから命からがら逃げだしたルーカスは、涙ながらにそう叫ぶ。

「っ!そうだ、まだあいつの部隊が・・・パトリック、パトリックー!!我を助けろー!!」

 馬の首にしがみつくようにして必死に逃げるルーカスは、その途中で何かを思い出すと希望に満ちた表情で顔を上げる。
 その視線の先には、後方に配置されまだ無傷のまま残っているパトリックの部隊の姿があった。

「どうした、何故動かん?聞こえていないのか?パトリック、パトリックー!!我だ、ルーカスだ!!!」

 しかしルーカスの必死の呼びかけにも、パトリックの部隊は動かない。
 それを訝しんだルーカスは、聞こえていないのかと再び声を張り上げる。

「っ!?何だ?何かが・・・っ!!?」

 その声の返事として、何かがルーカスの下へと飛来する。
 それが掠めた頬を押さえながら、振り返ったルーカスが目にしたのはパトリックの部隊の方角から放たれた矢の姿であった。

「そうか、そういう事か・・・ふははははっ!!」

 その意味を悟り、ルーカスは笑い声を響かせる。

「裏切ったな・・・裏切ったな、パトリックゥゥゥ!!!」

 そう、パトリック・ボールドウィンは裏切ったのだ。

◇◆◇◆◇◆

「はぁ、これで・・・何とか、役目は果たせましたか」

 背後に消えていく大柄な男の姿を見送って、マービン・コームズはそう呟いていた。
 殿として、逃げ延びる兵士達の退路を守っていた彼の周囲には、夥しい数の兵士達の亡骸が転がっていた。
 それらはジークが領地から引き連れてきた兵士達だろう、彼らの姿をよく見てみればマービンよりも年下の者の姿はなく、齢を重ねた老兵ばかりであった。

「すまない、皆。私もすぐにそちらに向かうから許してくれ」

 マービンは手にしていた刃こぼれしてボロボロの剣を放り捨てると、予備の短剣を引き抜いた。

「ジーク様。マービン・コームズ、先に参ります」

 主へと詫びの言葉を告げたマービンは、その先端を自らの首筋へと突きつける。
 そして彼はそれを、一息に押し込んでいた。

「マスターーー!!!」
「ちょ、待てって!一旦冷静になろう!!その勢いで突っ込まれると流石に身体が・・・ふぎゃあああああ!!!?」

 そこに何やら騒がしい声が近づいてきたかと思うと、物凄い勢いで何かが突っ込んできてはマービンの身体を吹っ飛ばしてしまっていた。

「あぁ、マスターマスターマスターマスターマスターマスター!!!」
「痛ててて・・・って、怖っ!?え、ちょ・・・大丈夫なの、お前?ちょっと見てない間に、何か変になってない?」
「・・・むー!!」
「うぎゃああああ!!!?」

 押し倒したユーリの胸元に頬を擦り合わせ、無我夢中でその感触を確かめているエクスの姿に、ゆっくりと身体を起こしたユーリは若干引いてしまっていた。
 それを思わずそのまま口にしてしまったユーリに、エクスは可愛らしく頬を膨らませると彼の身体を思いっきり抱き締めていたのだった。

「あー!!エクスがおとーさんを独り占めしてるー!!ずるいずるーい、ボクも混ぜてよー!それ、どーん!!」
「あ、ネロ!だ、駄目だよ・・・えっと、その・・・わ、私も!えーい!!」

 ユーリが上げた悲痛な叫びに、その姿を見つけたネロとプティの二人が、エクスだけに独り占めしてなるものかと飛び込んでくる。

「不味いかもと思い、急いでやって来たのですのに・・・何をやっていますの、貴方達は?」
「あら、楽しそうでいいじゃない?ねぇ」
「まぁ、こうしていられるのも兄さんのお陰なのでどうか大目に・・・」
「ネロとプティはともかく、あの美女は誰!?ま、まさか・・・ユーリ兄様の結婚相手!?」

 騒がしさに釣られたのか、そこにユーリの仲間達もぞろぞろとやって来る。
 正面の方が危険かもと慌ててやって来たオリビアは彼らの姿に呆れ、シャロンは背後のデズモンドとエディに同意を求めては振り返る。
 ユーリのお陰で今回は勝てたのだと周りをフォローするマーカス、エスメラルダは彼に今も抱き着いたままのエクスに何やら余計な想像を働かせているようだった。

「これは・・・」

 ぞろぞろとやって来た集団によって、さっきまでのシリアスな雰囲気をすっかり緩々にされてしまったマービンは、そう呟きながら戸惑っていた。

「あれ、マービンさん?」
「あ、本当だ。わーい、マービンマービン!お菓子ちょーだい」
「だ、駄目だよネロ!マービンおじさんは・・・」

 その声に、ここにきてようやく彼の存在に気がついたユーリが振り返る。
 それに同じように彼の存在に気がついたネロが、かつてと同じようにお菓子をねだりに行くが、それを慌ててプティが引き留めていた。

「そうよ!そいつは敵よ、ユーリ!!」

 プティがネロを引き留めたのは、マービンが正体を隠して彼らを裏切った敵であると憶えていたからだ。
 そしてその彼に直接騙され、攫われた張本人であるオリビアが警戒の声を上げる。

「・・・そうです、私は敵ですユーリ様。ですので・・・どうか処断を」

 マービンは彼女の言葉に静かに笑うと、吹き飛ばされた時に取り落としていた短剣を拾い上げると、その柄の部分をユーリへと差し出していた。

「マービンさん、俺には・・・」
「お願いします、ユーリ様!!」

 それを受け取ったもののどうしたらいいか分からずに躊躇うユーリ、そんな彼にマービンは縋るようにして頼み込んでいた。
 彼らの周りには沈黙が流れる、何故ならこの場にいるほとんどの者にはその事情に関りがなかったからだ。

「・・・それは、困りますなぁ。マービン殿には私と一緒に領地に帰って、特産品の開発に従事して貰わねばなりませんから」

 誰もが言葉を発せない、そんな沈黙の中にカツカツと杖が地面を叩く音が聞こえてくる。
 そちらへと顔を向ければ、身体を包帯だらけにしたヘイニー・ユークレールが、松葉杖をつきながらゆっくりとこちらへと歩いてくる姿が、そこにはあった。

「はははっ、参りましたなこれは」

 ヘイニーの言葉に頭をぺしんと叩き、困ったように笑うマービンはそう呟いた。
 身分を偽るために始めた商人の仕事、しかしそれは楽しかった。
 彼はそれを思い出したのだ、まだやるべきことがあるのだという事を。
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