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第二章 王国動乱

兄弟

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「くっ、折角味方と合流出来たというのに、このままでは・・・」

 フェルデナンドに嵌められたと気づいたルーカスが包囲を解いた事で、敵の圧力から解放されたマーカスは、自らの手勢を率いてアーヴィングの軍勢と合流していた。
 それにより一時は持ち直した勢いも、フェルデナンドがレンフィールド家の兵を主力とする本軍を動かしてきた事によって、またしても窮地に追い込まれてしまう。
 マーカスが焦った表情を浮かべながらそう呟いたのは、そうした状況を嘆いての事であった。

「っ!ヘイル卿、向こうに兵を―――」

 刻一刻と崩壊へと向かっていく戦線を何とか支えようと、周囲へと必死に視線を送っていたマーカスは、また新たな綻びを見つけると鋭く声を上げる。

「足の速いのを三十騎程・・・という所かの?」
「え?あ、はい。そ、それで大丈夫だと思います」

 その声に割り込むようにして、アーヴィングはマーカスが口にしようとしていた指示を先回りして見せる。
 その内容はマーカスがまさに指示しようとしたものそのものであり、それを先に口にしてきたアーヴィングにマーカスは思わず呆気に取られ、ただただ頷くだけとなってしまっていた。

「了解した、兵の選別はこちらでやろう。こうした細々とした仕事は我々に任せ、マーカス卿には全体の指揮をお願いしたい!どうやらそれについては貴公の方が上手のようだ!」

 マーカスの指示を先回りし、ある意味では彼の上手をいったアーヴィングが、彼の方が指揮官として優れていると言い残してその場を後にしていく。
 そんな彼の振る舞いに、マーカスは混乱しながらもすぐに任された仕事へと頭を切り替えたようで、周囲へと慌ただしく指示を出していた。

「・・・わしにはあれは見えなんだからな。オブライエン家の麒麟児、その噂は真であったか」

 アーヴィングはそう呟くと、周囲の兵から足の速い三十騎を選抜し、マーカスが指示した地点へと向かわせる。

「義父上、ここにいたのですか!戦況の方はどうなのです?私にはどうにも分からなくて・・・」
「婿殿!いや、余りよろしくはない。マーカス卿の力で何とか踏ん張ってはいるが・・・っ!?」

 そこにおろおろと戦場の中を彷徨っていたラルフが、アーヴィングの姿を見つけて安心したように近づいてくる。
 彼と再会し、険しかった表情を若干ながら緩めたアーヴィングは戦況についての見立てを話し始める。
 その途中、彼は何かに気づき弾かれるように顔を上げていた。

「婿殿、逃げろ!!」

 アーヴィングはラルフに逃げるように促しながら得物を抜き放つ、しかし肝心のラルフは状況についていけていないようで、ポカンとした表情を浮かべるばかりであった。

「・・・アーヴィング・ヘイル、その命貰い受ける!!」

 そしてそこにアーヴィングが気づいた厄災、シーマス・チットウッドが切り掛かってくる。

「わしのような老骨なら、簡単に仕留められると思ったか?あまり舐めてもらっては困るな」

 だがそれもそれを予測していたアーヴィングを上回るほどの鋭さはなく、彼によって何とか防がれてしまうのだった。

「・・・舐めてはいないさ」
「何だと?っ!しまっ・・・ぐぅ!?」

 必殺の刃を防がれたのにも拘らず、シーマスに動揺した様子は見られない。
 そんな彼の様子と口にした言葉に違和感を感じたアーヴィングは、何かに気がつくがそれを行動に移す前にシーマスによって突き飛ばされてしまう。

「ラルフ・スタンリー、この軍は貴様が領地から引き連れてきた兵なのは分かっている。ならば、貴様さえ亡き者にしてしまえば!」

 今、敵の軍勢を率いている主な指揮官は、マーカスとアーヴィングの二人だ。
 それはつまり、彼らを仕留めさえすればこの軍は瓦解するという事であった。
 しかしその二人は指揮官としても優秀だが個人としても腕も立ち、仕留めるのは難しい。
 であるならば、この軍におけるもう一人の重要人物、ラルフ・スタンリーに狙いを定めるのは自然の成り行きであった。

「婿殿!?」
「え?」

 ラルフへと襲い掛かるシーマス、彼に突き飛ばされたアーヴィングはそれを防ぐことが出来ない。
 そして当のラルフ本人もまた、それに対してただただポカンと見上げる事しか出来ず、為す術なく襲われてしまうのだった。

「・・・何とか、間に合ったか」

 ラルフを狙った必殺の、そしてこの争いの行方を決定づける一撃、それは紙一重の所で防がれる。
 彼が持ち合わせている特殊な才能、それが教えてくれた最大級の危険な予感、それに従い駆けつけたマーカスの手によって。

「マーカス・オブライエンか・・・流石に分が悪い」

 目の前に現れたマーカスの姿に、シーマスはあっさりと計画を放棄をするとその場を後にしていく。

「待て!こんな事をして、生かして帰すと―――」

 それを咄嗟に追いかけようとするマーカス。

「っ!?待つのだ、マーカス卿!!あ、あれを・・・あれを見よ!!」

 しかしそんな彼を引き留めるように、すっかり腰を抜かしてしまったラルフを支えているアーヴィングが声を上げる。

「あれ?っ!?あ、あれは・・・!?」

 アーヴィングが焦燥を浮かべて顔を向ける方向、そちらへと視線を向けたマーカスが見たのは、突然現れた謎の大軍勢の姿であった。
 それは真っすぐにこちらへと向かい、この戦いに今にも参戦しようとしているようだった。

「くっ、何だあの軍勢は!?あんなのに今来られたらどうしようも・・・でも、ここを放り出す訳には」

 突然現れた謎の大軍勢に、マーカスは咄嗟にそちらに向かおうとする。
 しかしこの場の戦いも切羽詰まった状態であり、彼はすぐに二の足を踏んでしまっていた。

「ここはいい!マーカス卿は向こうへの対応をお願いする!!ここならばわしでも何とか支えられるが・・・あれに来られては一溜りもない!!」

 逡巡するマーカスの背中を、アーヴィングが押す。
 彼はここは自分に任せろと言うと、マーカスに謎の軍勢へと対処するように送り出していた。
 彼が口にした通り、この場を支えるだけならば人の業でも何とかなる範疇であったが、あの謎の軍勢に対処するとなるとそれはもはや神の領域の話であった。
 しかしそれでもアーヴィングは、マーカスならば不可能ではないと送り出すのだった、彼が奇跡を起こすと信じて。

「ヘイル卿・・・分かりました、ここはお任せします!」

 アーヴィングの言葉に頷き、迷いを振り払って飛び出していくマーカスは、自らの少数の手勢だけを引き連れると、その謎の軍勢への対処へと向かう。

「・・・何だ、あれ?」

 そこでマーカスが目にしたのは、圧倒的なほどの大軍の姿。
 そして彼の目を通して見ると、信じられないほどに弱点だらけの烏合の衆の姿であった。
 何故それほどの大軍がそんな隙だらけの姿を晒しているのか、その理由は―――

「ふはははっ、大軍に確たる兵法なしというではないか!どれここは一つ、この僕ボロア・ボロリアに指揮を任せてみないか!?」
「えー!?だったらボクもやりたい!ねーねー、おとーさんいいでしょー?」
「だ、駄目だよネロ!!ボロアさんもそんな我儘いったら、めっ!ですよ!」
「あらあら、あのボロアちゃんもプティちゃんに掛かれば形無しね」
「なぁユーリ、もうこれ突っ込んじまった方が早くないか?あたいに任せてくれれば・・・」
「え?ちょっと待ってケイティ、今戦場の情報を・・・えーっと、ここがこうなって、こっちがこうだから・・・あれ、これどうすればいいんだっけ?」

 彼らを率いる指揮官達が、この有様であったからだ。

◇◆◇◆◇◆

「・・・奴らの軍が間に合ってしまったか」

 戦場に現れた新手の軍勢、その正体をフェルデナンドは初めから知っていた。
 そのため彼の顔に動揺の色はなかったが、その口元は悔しげに歪んでいるのだった。

「まぁいいさ。それなら、彼らが合流してくる前に王都を落とせばいいだけだ。コーディー、兵を急がせろ。一刻も早く王都を―――」

 しかし彼が悔しさを表に出していたのも、僅かな間だけだった。
 何故なら彼らの目的はあくまでも王都を落とすことであって、その軍勢を打倒する事ではないからだ。
 危険な軍勢が現れたのならば、それが何かする前に王都を落としてしまえばいい。
 そう頭を切り替えたフェルデナンドは、隣のコーディーへと声を掛け兵を急がせようとする。

「お逃げください!!今すぐ兵を引いてお逃げください、コーディー様!!あれは、あの二人は・・・!!」

 そこに顔を真っ青に染めたシーマスが、必死な表情を浮かべ飛び込んでくる。
 彼は知っていたのだ、今まさにその軍勢で出会ってしまった二人がどういった存在であるかを。

「・・・何を言っているんだこいつは?」
「無視なさいませ、フェルデナンド様。所詮は下賤な生まれの者でございます、野良犬の声に大軍が動かされたとあれば―――」

 乗ってきた馬から転がり落ちるようにしてそう訴えてくるシーマスの姿に、フェルデナンドは意味が分からないと首を捻っている。
 フェルデナンドはその言葉の意味を彼の上司であるコーディーに尋ねるが、彼もまたシーマスの言葉など取り合う価値もないと扱き下ろすだけであった。

「っ!!?何だ、何があった!!?」

 その時、彼らの軍勢に横から殴りつけられたかのように衝撃が奔り、次いで兵士達の動揺した声が響き渡っていた。
 コーディーは驚きの声を上げ、その衝撃があった方へと顔を向ける。
 その先には―――。

「えーっと、こんなもんでどうかな?」
「・・・助かるよ、兄さん。これがあれば、僕は負けない」

 兄と弟、その二人が横に並んだオブライエン兄弟の姿があるのであった。
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