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第二章 王国動乱
ティカロン同盟はどちらにつくのか?
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「え、えぇー・・・では、リリーナ陛下の使者の方、前にどうぞ」
先ほどまで会議に使われていた椅子や机などが片付けられ、その先に交渉に使うための机とこの場にあった中で一番立派な椅子が設えられている。
その上にちょこんと座ったユーリが、たどたどしく使者を招き入れる口上を述べていた。
彼の恰好は先ほどまでの女性陣に改造されたものではなく、普段通りのこざっぱりとしたものになっていた、それは周囲の者達が慌てて戻したからである。
「リ、リリーナ陛下の使者を務めておりますボロア・ボロリア、ここに参上仕りました!」
ユーリの声に呼ばれたリリーナの使者、ボロアはしゃちほこ張った動きで前へと進み出ると、返礼の口上を上げると共に深々と頭を下げ、そのまま固まってしまっていた。
それは失敗を悟り青くなってしまった顔を隠すためだろう、彼はその姿勢のままプルプルと小刻みに震えてしまっている。
「あれ、もしかしてボロア?あのボロア・ボロリア?何だ使者って君だったのか、なら緊張する事なんてなかったのに。ボロア、俺だよユーリ―――」
極度の緊張の中にいる彼は、頭を下げている相手が知り合いのユーリであることに気がつかなかったのだろう。
ボロアとは逆にその顔を目にしたユーリは一気に緊張から解放され、安堵した表情で彼へと声を掛けようとしていた。
「我々より先に、向こうの使者を迎え入れるとはどういう了見だ!?」
その時、何やら扉の向こう側が騒がしくなると突然それが乱暴に開かれ、そこからがっしりとした体形の男が踏み込んできていた。
彼の声に、ボロアはびくりと震えるとさらに小さくなってしまっていた。
「これはとんだご無礼を、彼と同じく使者としてやって来た者として深くお詫び申し上げます・・・ここは本来これで引き下がるべきところ。ですが、どうか我々の提案をお聞きくださいますよう、切にお願い申し上げます!その価値はあるとこの私、フェルデナンド・フレイル・ジェニングスが保証いたします!」
がっしりとした体形の男、ルーカスの背後から足早に、しかし優雅な足取りでやって来た貴公子然とした男、フェルデナンドは彼の頭を無理やり下げさせながら無礼を詫びる。
しかし彼はそれだけ終わることは良しとせず、この場で交渉まで済ませてしまおうと意気込んでいた。
その確信に満ちた表情からは、自らの提案によっぽどの自信がある様子が窺えた。
「えーっと、ではそちらの方から・・・」
「・・・トム・エマスンではないのか?」
彼の勢いに小さくなっているボロアへと視線を向けていたユーリは、おずおずとフェルデナンドへと手を伸ばし彼に先を促している。
ユーリがその場を仕切ったことで、それまで彼の隣に窮屈そうに椅子に収まっているトムへと視線を向けていたフェルデナンドは、その反対側のダニエルへとチラリと視線へと向けた後、不思議そうに首を捻っていた。
しかしそれも一瞬の事だ、彼はすぐに気を取り直すと提案の内容を話し始める。
「我々の側についていただけるならば、所領の安堵は勿論のことながら敵から奪った所領も切り取り放題・・・つまり恩賞として与えることを約束いたします。さらにエマスン卿、貴公にはオブライエン家の所領を、そしてオーリス卿とそこの方には好きな大臣の位を差し上げましょう」
フェルデナンドが口にした提案、その内容で一番ざわついたのは彼がオブライエン家の所領をトムに与えると言った部分だろう。
それはオブライエン家の現当主、ジーク・オブライエンが彼らの陣営に今もまだ所属しているからだった。
にも拘らず彼がそれを口にしたのは、彼の相棒であるコーディー・レンフィールドがオブライエン家を敵視しているからで、彼らの間でこの戦いが終わればオブライエン家を切り捨てる事が決定事項となっていたからだった。
「さらに―――」
「金二千を参加する貴族全てにくれてやろう!金といっても、オルツでではないぞ?金貨で二千だ!そらっ!」
ざわざわと動揺が広がっているその場の貴族達の姿に、フェルデナンドが満足そうに頷きながら続きを話そうとしていると、ルーカスが割り込んでくる。
彼はそれと同時、目の前の机の上に何かをぶちまけていた。
それは金貨がたっぷりと詰まった袋であり、そこからは金貨の眩い輝きが津波のように机の上に溢れていくのだった。
「き、金貨で二千!?と、となると、一人当たり・・・二千万オルツ!!?」
オルツとはこの国の通貨単位であり、それは一番下の硬貨である銅貨を基準としたものだ。
そのため金貨となればその価値も跳ね上がり、彼らが提案した額は二千万オルツもの大金となっていた。
「余り勝手な事をしてもらっては困るな、ルーカス。今回の事は協力して事に当たる、そう話し合いで決まっただろう?」
「ふんっ、全ては勝ってからの話という事か?分かっておるわ!だからこそこうしてアシストしてやったのではないか!見てみるといい連中の顔を、これは勝ったも同然だな」
度重なるルーカスの勝手な振る舞いにフェルデナンドは彼を交渉の席から引き離し、潜めた声で注意を促していた。
しかしルーカスはフェルデナンドの言葉にも鼻を鳴らすばかりで、自分は何も悪い事はしていないと成果を誇るように、その場の貴族達の顔を指し示していた。
「ま、それは否定しないけどね・・・」
フェルデナンドがそちらに顔を向ければそこには、彼らの話や目の前にぶちまかれた金貨に目を眩んでしまっている貴族達の姿があった。
「どうだ、これはもう決まったも同然であろう!向こうの話なぞ、聞く必要はないのではないか?」
「い、いえ、そういう訳には・・・」
「ふんっ!であれば、聞いてみればいい!!我々の提案の素晴らしさが際立つだけだと思うがな!!」
周囲の雰囲気はもはや、フェルデナンド達の提案を受ける事に決まっているかのようであった。
それに焦れたルーカスは、さっさと決めろとユーリに迫る。
しかし一応両方の意見を聞いてみないとと渋るユーリに、ルーカスは鼻を鳴らすと小さくなっているボロアへと視線を向けていた。
「えぇと、ではそちら方、提案を聞かせてもらえますか?」
「は、はいぃ!!」
ユーリの声にボロアはようやく顔を起こすが、その視線は定まっておらず目の前の彼の顔を捉えることはない。
「わ、私共の提案としましては、こちら側に味方してくれるのならば所領は安堵するという事であります!更にリリーナ陛下は、例え味方になる事はなくとも非もなく所領を没収することはないと仰られております!」
ボロアは天井を見上げながら、その提案の内容を叫ぶようにして告げる。
その内容に、先ほどとは異なる様子のざわつきが奔った。
「ふははっ!!何だそれは!?要は所領の安堵だけだという事か!?しかも味方にならなくても、それは変わらないと!?それでは味方になるメリットが何もないではないか!ふははっ、これは決まったな!!」
ボロアが発した言葉に、思わず吹き出すように笑い声を上げたルーカスが、その内容について全て説明していた。
ルーカス、さらにフェルデナンドはそれに勝利を確信する。
「あぁ、その通りだ・・・完全に終わった」
そしてボロアは完全に敗北を確信し、がっくりと項垂れてしまっていた。
「さぁ、これで両陣営からの条件が出揃ったのだ、返事を聞かせてもらおうか!!」
鼻息荒く、ルーカスはユーリへと提案への返答を求める。
それは彼らが勝利を確信しているからだろう、そしてそれは周りの者達からしても同様だった。
「あ、はい。では私達、ティカロン同盟はリリーナ陛下の下に参集させていただこうと思います」
ユーリはそう、あっさりと告げる。
空気が凍りついた。
「ん?んん?す、すまない良く聞こえなかったのだが・・・もう一度言ってもらえるか?」
その信じられない言葉に、ルーカスの聴力は聞き取ることを拒み、彼はもう一度ユーリに先ほどの発言を繰り返すように求める。
「え、ですから私達はリリーナ陛下と手を組みます。これでよろしいですか?」
しかしもう一度繰り返しても、その内容は変わらない。
「っ!?何故だ、何故向こう側につく!?これ程の条件なのだぞ、それに向こうについても何のメリットもないではないか!!?」
ルーカスはユーリの言葉をようやく理解したのか、信じられないと雄たけびを上げると、こちらにつくメリットを示すように机の上の金貨を掬い上げて示していた。
「え、だって・・・俺、元々ユークレール家の人間なので。それと敵対してる陣営につくとかちょっと・・・」
「は?」
ルーカスの絞り出すような問い掛け、それに答えるユーリの返答はシンプルなものであった。
その余りのシンプルで当たり前の理由にルーカスは面食らい、ポカンとした表情で固まってしまう。
「そ、そんな個人的な事情が通る訳がないだろう!!?分かっているのか、この決断はここにいる全ての人間の運命を―――」
しかし当然、その理由はユーリ個人の事情であって周りの人間には関係がない。
そのため周りの貴族達は、ユーリの決断に一斉に反対の声を上げる。
それに固まっていたルーカスも、俄かに息を吹き返そうとしていた。
「それでいいんじゃなぁい?おらはユーリに賛成するぞぉ」
「わ、私もユーリの判断を尊重します!」
そんな空気も、その二人の発言で一変してしまう。
この場に集まった貴族、その中でも一番の有力者であるトムと、勢力の名前の由来ともなったこの地の領主ダニエルがユーリの意見に賛成ともなれば、他の有象無象の意見など吹っ飛んでしまうのだ。
「あ、じゃあそれで決まりって事でいいですよね?ふはぁ、肩の荷が下りたぁ・・・あぁ、ボロアもお疲れ様」
両サイドの二人に確認を取ったユーリはこれで決まりと結論を下すと、ゆっくりと息を吐き出していく。
そして立派ではあるが座り心地の悪い椅子から飛び降りると、彼はまだ状況がよく分かっていないボロアの下へと歩み寄るのだった。
「な、何だ?何が起こったというのだ?」
「えっと、この場合どういったらいいのかな?あぁそうだ。君が勝ったんだよボロア、おめでとう!」
訳が分からないという表情で左右を見回すボロアに、ユーリは少しばかり彼に掛けるべき言葉を頭の中で探すと、にっこりと笑いそう口にしていた。
「僕が勝った・・・?お、おぉ・・・」
ボロアの手を握り上下に振り回すユーリによって、ようやくその事実を理解したボロアの目に焦点が戻る。
そうして初めて、彼は目の前の人物ユーリだと気づいたのだった。
「ユーリィィィ!!!心の友よぉぉぉ!!!」
そして彼はユーリに抱きしめると、激しく泣き叫ぶ。
「おや、丁度良いタイミングでしたかな?皆様、お茶の準備が出来ております。ここいらで一つ、お茶会でもいかがですか?」
そこに優雅な足取りで現れたセバスが、まるで全て分かっていたかのようにお茶会の用意を整えてやってくる。
「わぁー!!お茶会お茶会!!」
「お、お菓子もありますか!?」
「勿論、ございますよお嬢様方」
彼が口にしたお茶会という言葉に、甘いものに目がないネロとプティが飛び出していく。
彼女達はお菓子があるかどうかを気にしていたが、勿論セバスに抜かりはない。
「な、何だこれは!?これでは茶番ではないか!!?我は認めぬぞ、断じて認めぬぞぉ!!!」
ほのぼのとした雰囲気になりつつあった部屋の空気を、ルーカスの怒声が吹き飛ばす。
彼の背後では声こそ発していなかったが、フェルデナンドも同じ意見だと厳しい表情を浮かべていた。
「駄目駄目ぇ。もうお話し合いは終わったんだからぁ、敗者は帰った帰ったぁ」
「な、貴様!我を誰だと・・・!!」
そんな彼らを、その巨体をブルンブルンと揺らしながらやって来たトムが無理やり追い返してしまう。
それには流石のルーカスも為す術がなく、彼らは部屋から追い出されてしまっていた。
「エマスン卿、我々はまだ納得していません。ですので追い返そうというのならば、それ相応の説明を―――」
力では敵わないルーカスが大人しくなると、今度は知恵で勝るフェルデナンドが抵抗を示す。
「あ?あんまり舐めてっと、殺すぞ餓鬼が」
「ひっ!?」
しかしそれも、トムがそう囁くまでの間だ。
彼らの間に頭を押し込み囁いた彼の表情、それを他の者は目にすることはない。
しかしそれは相当恐ろしいものであるらしく、それを目にした二人の顔にはまるで死神に睨まれたかのような表情が浮かんでいたのだった。
「ふぅ・・・やっと帰ったなぁ。全く・・・おらにオブライエン家の所領やるだってぇ、それじゃあおらにオスティアとの諍いも対処しろって事かぁ?そんなのおら、ごめんなんだなぁ」
尻尾を巻いて逃げていく二人の姿を見送っているトムは、一人そう呟く。
「ねーねー、トムおじちゃーん?お茶会参加しないのー?」
「んー?勿論、おらも参加するぞぉ」
「わーい、やったー!」
お茶会に姿のないトムを心配して、ネロが彼を呼びにやってくる。
その声にいつものニコニコとした表情で振り返ったトムは、彼女に手を引かれながらお茶会へと向かう。
彼らが向かう先からは、楽しそうな笑い声が溢れていた。
先ほどまで会議に使われていた椅子や机などが片付けられ、その先に交渉に使うための机とこの場にあった中で一番立派な椅子が設えられている。
その上にちょこんと座ったユーリが、たどたどしく使者を招き入れる口上を述べていた。
彼の恰好は先ほどまでの女性陣に改造されたものではなく、普段通りのこざっぱりとしたものになっていた、それは周囲の者達が慌てて戻したからである。
「リ、リリーナ陛下の使者を務めておりますボロア・ボロリア、ここに参上仕りました!」
ユーリの声に呼ばれたリリーナの使者、ボロアはしゃちほこ張った動きで前へと進み出ると、返礼の口上を上げると共に深々と頭を下げ、そのまま固まってしまっていた。
それは失敗を悟り青くなってしまった顔を隠すためだろう、彼はその姿勢のままプルプルと小刻みに震えてしまっている。
「あれ、もしかしてボロア?あのボロア・ボロリア?何だ使者って君だったのか、なら緊張する事なんてなかったのに。ボロア、俺だよユーリ―――」
極度の緊張の中にいる彼は、頭を下げている相手が知り合いのユーリであることに気がつかなかったのだろう。
ボロアとは逆にその顔を目にしたユーリは一気に緊張から解放され、安堵した表情で彼へと声を掛けようとしていた。
「我々より先に、向こうの使者を迎え入れるとはどういう了見だ!?」
その時、何やら扉の向こう側が騒がしくなると突然それが乱暴に開かれ、そこからがっしりとした体形の男が踏み込んできていた。
彼の声に、ボロアはびくりと震えるとさらに小さくなってしまっていた。
「これはとんだご無礼を、彼と同じく使者としてやって来た者として深くお詫び申し上げます・・・ここは本来これで引き下がるべきところ。ですが、どうか我々の提案をお聞きくださいますよう、切にお願い申し上げます!その価値はあるとこの私、フェルデナンド・フレイル・ジェニングスが保証いたします!」
がっしりとした体形の男、ルーカスの背後から足早に、しかし優雅な足取りでやって来た貴公子然とした男、フェルデナンドは彼の頭を無理やり下げさせながら無礼を詫びる。
しかし彼はそれだけ終わることは良しとせず、この場で交渉まで済ませてしまおうと意気込んでいた。
その確信に満ちた表情からは、自らの提案によっぽどの自信がある様子が窺えた。
「えーっと、ではそちらの方から・・・」
「・・・トム・エマスンではないのか?」
彼の勢いに小さくなっているボロアへと視線を向けていたユーリは、おずおずとフェルデナンドへと手を伸ばし彼に先を促している。
ユーリがその場を仕切ったことで、それまで彼の隣に窮屈そうに椅子に収まっているトムへと視線を向けていたフェルデナンドは、その反対側のダニエルへとチラリと視線へと向けた後、不思議そうに首を捻っていた。
しかしそれも一瞬の事だ、彼はすぐに気を取り直すと提案の内容を話し始める。
「我々の側についていただけるならば、所領の安堵は勿論のことながら敵から奪った所領も切り取り放題・・・つまり恩賞として与えることを約束いたします。さらにエマスン卿、貴公にはオブライエン家の所領を、そしてオーリス卿とそこの方には好きな大臣の位を差し上げましょう」
フェルデナンドが口にした提案、その内容で一番ざわついたのは彼がオブライエン家の所領をトムに与えると言った部分だろう。
それはオブライエン家の現当主、ジーク・オブライエンが彼らの陣営に今もまだ所属しているからだった。
にも拘らず彼がそれを口にしたのは、彼の相棒であるコーディー・レンフィールドがオブライエン家を敵視しているからで、彼らの間でこの戦いが終わればオブライエン家を切り捨てる事が決定事項となっていたからだった。
「さらに―――」
「金二千を参加する貴族全てにくれてやろう!金といっても、オルツでではないぞ?金貨で二千だ!そらっ!」
ざわざわと動揺が広がっているその場の貴族達の姿に、フェルデナンドが満足そうに頷きながら続きを話そうとしていると、ルーカスが割り込んでくる。
彼はそれと同時、目の前の机の上に何かをぶちまけていた。
それは金貨がたっぷりと詰まった袋であり、そこからは金貨の眩い輝きが津波のように机の上に溢れていくのだった。
「き、金貨で二千!?と、となると、一人当たり・・・二千万オルツ!!?」
オルツとはこの国の通貨単位であり、それは一番下の硬貨である銅貨を基準としたものだ。
そのため金貨となればその価値も跳ね上がり、彼らが提案した額は二千万オルツもの大金となっていた。
「余り勝手な事をしてもらっては困るな、ルーカス。今回の事は協力して事に当たる、そう話し合いで決まっただろう?」
「ふんっ、全ては勝ってからの話という事か?分かっておるわ!だからこそこうしてアシストしてやったのではないか!見てみるといい連中の顔を、これは勝ったも同然だな」
度重なるルーカスの勝手な振る舞いにフェルデナンドは彼を交渉の席から引き離し、潜めた声で注意を促していた。
しかしルーカスはフェルデナンドの言葉にも鼻を鳴らすばかりで、自分は何も悪い事はしていないと成果を誇るように、その場の貴族達の顔を指し示していた。
「ま、それは否定しないけどね・・・」
フェルデナンドがそちらに顔を向ければそこには、彼らの話や目の前にぶちまかれた金貨に目を眩んでしまっている貴族達の姿があった。
「どうだ、これはもう決まったも同然であろう!向こうの話なぞ、聞く必要はないのではないか?」
「い、いえ、そういう訳には・・・」
「ふんっ!であれば、聞いてみればいい!!我々の提案の素晴らしさが際立つだけだと思うがな!!」
周囲の雰囲気はもはや、フェルデナンド達の提案を受ける事に決まっているかのようであった。
それに焦れたルーカスは、さっさと決めろとユーリに迫る。
しかし一応両方の意見を聞いてみないとと渋るユーリに、ルーカスは鼻を鳴らすと小さくなっているボロアへと視線を向けていた。
「えぇと、ではそちら方、提案を聞かせてもらえますか?」
「は、はいぃ!!」
ユーリの声にボロアはようやく顔を起こすが、その視線は定まっておらず目の前の彼の顔を捉えることはない。
「わ、私共の提案としましては、こちら側に味方してくれるのならば所領は安堵するという事であります!更にリリーナ陛下は、例え味方になる事はなくとも非もなく所領を没収することはないと仰られております!」
ボロアは天井を見上げながら、その提案の内容を叫ぶようにして告げる。
その内容に、先ほどとは異なる様子のざわつきが奔った。
「ふははっ!!何だそれは!?要は所領の安堵だけだという事か!?しかも味方にならなくても、それは変わらないと!?それでは味方になるメリットが何もないではないか!ふははっ、これは決まったな!!」
ボロアが発した言葉に、思わず吹き出すように笑い声を上げたルーカスが、その内容について全て説明していた。
ルーカス、さらにフェルデナンドはそれに勝利を確信する。
「あぁ、その通りだ・・・完全に終わった」
そしてボロアは完全に敗北を確信し、がっくりと項垂れてしまっていた。
「さぁ、これで両陣営からの条件が出揃ったのだ、返事を聞かせてもらおうか!!」
鼻息荒く、ルーカスはユーリへと提案への返答を求める。
それは彼らが勝利を確信しているからだろう、そしてそれは周りの者達からしても同様だった。
「あ、はい。では私達、ティカロン同盟はリリーナ陛下の下に参集させていただこうと思います」
ユーリはそう、あっさりと告げる。
空気が凍りついた。
「ん?んん?す、すまない良く聞こえなかったのだが・・・もう一度言ってもらえるか?」
その信じられない言葉に、ルーカスの聴力は聞き取ることを拒み、彼はもう一度ユーリに先ほどの発言を繰り返すように求める。
「え、ですから私達はリリーナ陛下と手を組みます。これでよろしいですか?」
しかしもう一度繰り返しても、その内容は変わらない。
「っ!?何故だ、何故向こう側につく!?これ程の条件なのだぞ、それに向こうについても何のメリットもないではないか!!?」
ルーカスはユーリの言葉をようやく理解したのか、信じられないと雄たけびを上げると、こちらにつくメリットを示すように机の上の金貨を掬い上げて示していた。
「え、だって・・・俺、元々ユークレール家の人間なので。それと敵対してる陣営につくとかちょっと・・・」
「は?」
ルーカスの絞り出すような問い掛け、それに答えるユーリの返答はシンプルなものであった。
その余りのシンプルで当たり前の理由にルーカスは面食らい、ポカンとした表情で固まってしまう。
「そ、そんな個人的な事情が通る訳がないだろう!!?分かっているのか、この決断はここにいる全ての人間の運命を―――」
しかし当然、その理由はユーリ個人の事情であって周りの人間には関係がない。
そのため周りの貴族達は、ユーリの決断に一斉に反対の声を上げる。
それに固まっていたルーカスも、俄かに息を吹き返そうとしていた。
「それでいいんじゃなぁい?おらはユーリに賛成するぞぉ」
「わ、私もユーリの判断を尊重します!」
そんな空気も、その二人の発言で一変してしまう。
この場に集まった貴族、その中でも一番の有力者であるトムと、勢力の名前の由来ともなったこの地の領主ダニエルがユーリの意見に賛成ともなれば、他の有象無象の意見など吹っ飛んでしまうのだ。
「あ、じゃあそれで決まりって事でいいですよね?ふはぁ、肩の荷が下りたぁ・・・あぁ、ボロアもお疲れ様」
両サイドの二人に確認を取ったユーリはこれで決まりと結論を下すと、ゆっくりと息を吐き出していく。
そして立派ではあるが座り心地の悪い椅子から飛び降りると、彼はまだ状況がよく分かっていないボロアの下へと歩み寄るのだった。
「な、何だ?何が起こったというのだ?」
「えっと、この場合どういったらいいのかな?あぁそうだ。君が勝ったんだよボロア、おめでとう!」
訳が分からないという表情で左右を見回すボロアに、ユーリは少しばかり彼に掛けるべき言葉を頭の中で探すと、にっこりと笑いそう口にしていた。
「僕が勝った・・・?お、おぉ・・・」
ボロアの手を握り上下に振り回すユーリによって、ようやくその事実を理解したボロアの目に焦点が戻る。
そうして初めて、彼は目の前の人物ユーリだと気づいたのだった。
「ユーリィィィ!!!心の友よぉぉぉ!!!」
そして彼はユーリに抱きしめると、激しく泣き叫ぶ。
「おや、丁度良いタイミングでしたかな?皆様、お茶の準備が出来ております。ここいらで一つ、お茶会でもいかがですか?」
そこに優雅な足取りで現れたセバスが、まるで全て分かっていたかのようにお茶会の用意を整えてやってくる。
「わぁー!!お茶会お茶会!!」
「お、お菓子もありますか!?」
「勿論、ございますよお嬢様方」
彼が口にしたお茶会という言葉に、甘いものに目がないネロとプティが飛び出していく。
彼女達はお菓子があるかどうかを気にしていたが、勿論セバスに抜かりはない。
「な、何だこれは!?これでは茶番ではないか!!?我は認めぬぞ、断じて認めぬぞぉ!!!」
ほのぼのとした雰囲気になりつつあった部屋の空気を、ルーカスの怒声が吹き飛ばす。
彼の背後では声こそ発していなかったが、フェルデナンドも同じ意見だと厳しい表情を浮かべていた。
「駄目駄目ぇ。もうお話し合いは終わったんだからぁ、敗者は帰った帰ったぁ」
「な、貴様!我を誰だと・・・!!」
そんな彼らを、その巨体をブルンブルンと揺らしながらやって来たトムが無理やり追い返してしまう。
それには流石のルーカスも為す術がなく、彼らは部屋から追い出されてしまっていた。
「エマスン卿、我々はまだ納得していません。ですので追い返そうというのならば、それ相応の説明を―――」
力では敵わないルーカスが大人しくなると、今度は知恵で勝るフェルデナンドが抵抗を示す。
「あ?あんまり舐めてっと、殺すぞ餓鬼が」
「ひっ!?」
しかしそれも、トムがそう囁くまでの間だ。
彼らの間に頭を押し込み囁いた彼の表情、それを他の者は目にすることはない。
しかしそれは相当恐ろしいものであるらしく、それを目にした二人の顔にはまるで死神に睨まれたかのような表情が浮かんでいたのだった。
「ふぅ・・・やっと帰ったなぁ。全く・・・おらにオブライエン家の所領やるだってぇ、それじゃあおらにオスティアとの諍いも対処しろって事かぁ?そんなのおら、ごめんなんだなぁ」
尻尾を巻いて逃げていく二人の姿を見送っているトムは、一人そう呟く。
「ねーねー、トムおじちゃーん?お茶会参加しないのー?」
「んー?勿論、おらも参加するぞぉ」
「わーい、やったー!」
お茶会に姿のないトムを心配して、ネロが彼を呼びにやってくる。
その声にいつものニコニコとした表情で振り返ったトムは、彼女に手を引かれながらお茶会へと向かう。
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これは無能と言われた一人の冒険者が、自動人形(ドール)と共に成り上がる物語。
7/25男性向けHOTランキング1位
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復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
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「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
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治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
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えっ、能力なしでパーティ追放された俺が全属性魔法使い!? ~最強のオールラウンダー目指して謙虚に頑張ります~
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生まれつき、一人一人に魔法属性が付与され、一定の年齢になると使うことができるようになる世界。
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・12/27〜29 HOTランキング 2位 記録、維持
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