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第二章 王国動乱

再会

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「はぁ~・・・こんなのんびりしたの、久々だなぁ」

 ティカロンの街、その領主の館の中の一室で柔らかなソファに横たわりながらユーリはしみじみとそう呟いていた。

「くつろいでいただけているようで、僕も嬉しいです」
「あぁ、これはダニエル様!とんだところをお見せして・・・」

 そこにこの館の主であるダニエルがやってきては、だらけきったユーリの姿に浮かんだ笑みを隠すように手の平で口元を覆う。
 彼の登場にユーリは慌ててソファから飛び起きると、その足の上で日向ぼっこをしていた長い毛の猫が無理やり退かされて、不満そうな低い声で一声鳴いていた。

「楽にしていてください。それに様はいりません、ユーリさんとは同年代ですしダニエルとお呼びください」
「は、はぁ・・・でしたら俺の事もユーリでいいですよ」
「ではユーリと。ふふっ、いいですねこういうの。僕にはこうして気軽に付き合える同年代の友達がいなくて・・・憧れだったんです」

 そう口にしてその柔らかい茶色の髪を掻くダニエルは、照れくさそうに笑った。
 なんとなくこの空気が気恥ずかしくなったユーリは窓の外へと目を向ける、そこには街の景色とそこに混ざっている懲罰部隊の面々の姿があった。

「うちの隊員達はご迷惑おかけしてませんか・・・その、ダニエル?」

 懲罰部隊の面々は元々この街を襲おうとしていた、それが偶々巡り合わせで救う側に回っただけで、その凶悪性を目の当たりにしたユーリは、彼らがこの街で問題を起こしていないか不安だった。

「大丈夫、問題ありませんよユーリ。ここでは皆さんは英雄ですから、寧ろ皆喜んで歓迎しています」
「はははっ、そうなんですか安心しました」

 ダニエルはユーリの隣に立ち、彼と同じように外の景色へと目を向けると、何も問題ないと太鼓判を押す。
 その言葉にユーリは軽く笑うと胸を撫で下ろしていた。

「あっ、でも・・・」
「えっ!?な、何かありましたか!?」
「えっと、そのですね・・・エディさんに金を巻き上げられて困っているという苦情が何件かありまして」
「あ、あぁ!そういう・・・その、本人にそれとなく注意しときます」
「お願いします」

 何かを思い出したかのように声を上げたダニエルに、何か深刻な事態かと顔を青ざめたユーリ。
 しかしその口から告げられたのは、些細な問題だった。
 それに安堵し対処を約束したユーリと、彼に深々と頭を下げるダニエル。
 二人はそんなやり取りが何だかおかしく、いつしか笑い出してしまっていた。

「ユーリちゃーん、ユーリちゃーん!どこー?どこにいるのかしらー?」
「はははっ、あぁシャロンさんの声だ。シャロンさーん、ここですここー!」

 穏やかな笑い声が響くだけの空間に、シャロンの騒がしい声が届く。
 その声に目元に浮かんだ涙を拭ったユーリは、シャロンに自らの居場所を教えようと声を張り上げる。
 少し間をおいて、部屋の扉を開きそこからシャロンが顔を見せていた。

「あら、ここにいたの。丁度良かった、ダニエルもいるじゃない!ほら早く、こっちにいらっしゃい!」

 扉を開きそこから顔を覗かせるシャロンは何故かそこから中に入ろうとはせず、その外へと向かって何かを手招きしているようだ。

「い、いいよあたいは!こんなの柄じゃないし・・・」
「いいからいいから!今更恥ずかしがらないの!」
「や、やっぱり無理!!」
「あっ!?もぅ、手間の掛かる子ねぇ・・・デズモンドちゃん、捕まえて!!」

 外にはどうやらシャロンだけでなく、ケイティも来ているようだ。
 扉の外の騒がしいやり取りに、扉の内の二人は顔を見合わせては肩を竦めていた。

「デ、デズモンド!?あんたまであたいを・・・や、止めな!放せ、放せってんだよこの!!」
「もぅ、暴れないないの!ここをこうして・・・っと、いいわよデズモンドちゃん下ろしてあげて」
「・・・あぁ」

 何やら騒がしいやり取りの後に、デズモンドののっしのっしとした足音が響く。
 そしてシャロンがそっと開けた扉の向こうに、デズモンドが何かを下ろしていた。

「じゃーん!どうかしら?あたしがコーディネイトしたのよ」

 扉の隙間から抜け出てくるように前に進み出てきたシャロンは、それに対して両手を伸ばすと自慢げに示して見せる。

「・・・ジ、ジロジロ見るんじゃないよ」

 そこには普段身に纏っている服装とは全く異なる、真っ赤なドレスに身を包み正装をしたケイティの姿があった。
 彼女の全身は髪から服、そして恥ずかしさから真っ赤に染まったその肌に至るまで燃えるように赤い。
 美しかった。

「な、何か言ったらどうなんだい?その可愛いとか、綺麗だとか、見違えたとかさ・・・ごにょごにょ」

 シャロンは何度も顔を背けながら、チラチラとユーリへと視線を向けている。
 そして瞬きを繰り返した彼女は、ようやくごにょごにょとそう呟いていた。

「・・・・・・綺麗だ」

 ユーリは彼女の姿を一目見た途端固まっている、その手からはダニエルに勧められた菓子が零れ落ち、それが日の光に表面を乾かしてから、彼はようやくそれだけを絞り出していた。

「えっ・・・そ、それは本当―――」

 ケイティは大きく目を見開く、その目も赤く輝き、美しい色を放っていた。

「姉さーん!!あぁ、僕は僕は・・・この日をどんなに待ち望んだか!!!姉さんが、姉さんがドレスを・・・僕はずっどこれが・・・うわああぁぁぁん!!!」

 見つめ合う二人の男女の間を、泣き声を喚き散らす一人の男が引き裂いていた。
 それはケイティの姿に感動の余り泣き出し、彼女に抱き着いては今も涙を流し続けているダニエルであった。

「何だいあんた、こんなのが見たかったのかい?そんなの頼まれればいつだって・・・あぁ、よしよし。ったく、いい年した男がいつまでも泣いてんじゃないよ」

 憎まれ口を叩くケイティ、しかしその表情は優しかった。
 そんな二人のやり取りに、彼女らの周りに穏やかな空気が流れていた。

「あぁ、兄さんこんな所に・・・って、何ですかいこりゃ?」
「えーっと、これは・・・話すと長くなるんだけど。それより、何か用かいエディ?」
「まぁ用ってほど大層なもんじゃねぇんですが・・・何でも兄さんに会わせろってのが来てるって話で。おかしいんですがねどうも連中、兄さんの事を『おとーさん』って呼んでるんだそうで。まぁそういう頭おかしい連中何で、追い返した方がと思ったんですが一応お耳には入れとこうと思いやして」

 そこにエディが現れ、室内の様子に面食らっている。
 彼にこの状況を説明しようとしたユーリはすぐに諦め、彼がここにやって来た用事を訪ねていた。

「『おとーさん』?・・・まさかっ!?」

 エディが語る用事、それはユーリを「おとーさん」と呼ぶ怪しい人物の訪問を告げるものであった。
 彼はそれを頭がおかしい人物として門前払いしようとしていたが、それは間違っている。
 そう間違っているのだ、何故ならその人物は―――。

「兄さん!?」
「っ!追うわよ、皆!」 

 飛び出していくユーリ、追い駆けるシャロン達。
 ユーリは一度も足を緩めることなく、その人物が待っているであろう街の入り口まで駆け抜けていた。
 そしてそこには、彼女達がいた。

「「おとーさーーーん!!!」」
「ネロ、プティ!!」

 広げた両手に、心地よい重さが掛かる。
 その重たさを抱きしめることに、躊躇などない。
 二人の耳がユーリの頬をくすぐり、その身体からはお日様の匂いがした。

「にーーーさまーーー!!!」

 さらにもう一人、彼の下へと飛び込んでくる黒い塊の姿があった。

「エスメラルダ!?どうして・・・うわぁ!?」

 ネロとプティを抱きとめたユーリの両手には、もう余裕はない。
 そのためエスメラルダの身体を受け止めるには、彼もその身体を投げ出すしかなかった。
 それは結果、彼が悲鳴を上げ、三人の少女に押し倒されるという今に繋がっていたのだった。

「兄様、兄様!!」
「あー!ねーさまずるーい!!」
「いくらねーさまでも独り占めは駄目です!めっ!!」

 ユーリの胸元に顔を埋め、そこに頬を擦り合わせているエスメラルダに、ネロとプティの二人がずるいと唇を尖らせている。

「ね、ねーさま?ど、どういう事なんだ?二人とも、一体どうやってここまで・・・?」

 自分の娘達が、いつの間にか実の妹と行動を共にした挙句、彼女の事をねーさまと呼んでいる。
 その訳の分からない状況に、ユーリは完全に混乱していた。

「えっとねー、色々あったんだけど・・・」
「ここまではトムおじ様に連れてきてもらったんです!」
「あー!ボクが言おうと思ってたのにー!?」

 ここまでやってきた経緯を巡って、ユーリの上で喧嘩を始める二人。
 彼女達の身体を何とかずらしながら、ユーリはゆっくりと身体を起こした。

「ト、トムおじ様?それって誰の―――」
「おらの事だよぉ!」

 また出てきた見知らぬ名前に、ユーリは意味が分からないと首を捻る。
 するとそれを応える声が、彼の正面から聞こえてきていた。

「あ、あぁ・・・その節は娘がお世話にっ!!?」

 聞こえてきた声にユーリはそちらへと顔を向け、条件反射で頭を下げていた。
 そして再び顔を上げると、彼はその先の光景に固まってしまう。

「おら一人だけで行くなんて駄目だよぉ、行くなら皆で行かないとぉ」

 それはそこにエマスン家の軍勢、さらに周辺の日和見貴族達の軍勢も加わった、地平を埋め尽くさんばかりの大軍勢の姿が広がっていたからであった。

「・・・ユーリちゃん、一体何があったの?」
「お、俺にも何が何だかさっぱり分かりません・・・」

 そこに追いついてきたシャロン達もやってくるが、彼らもまたその大軍勢の姿に固まってしまっていた。
 誰もが理解を拒むようなその光景の前に、ネロとプティの二人、そしてトムと呼ばれた巨漢の男だけが楽しそうにハイタッチを交わしているのだった。
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