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第二章 王国動乱

第三の勢力

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 ユーリ達懲罰部隊が離れた後もフェルデナンド・ルーカス連合軍の侵攻は続き、彼らはカンパーベック砦を抜いてその先、ラダトムの街に続く荒野まで軍を進めていた。
 しかしここまで快進撃を続けてきた彼らに、この頃は陰りが見え始めていた。
 圧倒的なほどの多数の兵を従え、この国最強の将であるジーク・オブライエンを従えた彼らにどうしてそのような事が起こったのか、その原因は―――

「フェルデナンド!!貴様・・・我々の作戦をわざと邪魔したな!?」

 これである。
 幕舎へと飛び込んできたルーカスは、その金色の髪を振り乱すと鬼の形相でそう叫ぶ。
 彼が叩きつけたこぶしによって、恐らく淹れたばかりであったであろう紅茶が零れ、フェルデナンドの目の前のテーブルには赤橙色の新しい流れ生まれてしまっていた。

「まさか、そんな事を私がするとでも?それよりもルーカス、日和見の貴族達に対して随分と強気な態度に出ているそうじゃないか?苦情が来ているよ」
「ぐっ!そ、そんな事、我は知らん!!言いがかりも甚だしいな!!」

 吠えるルーカスにも余裕の態度を崩さないフェルデナンドは、倒れていたティーカップをソーサリーに戻すと、スッと椅子を動かして自らの身体が紅茶の川で汚されてしまわないようにしていた。
 彼はそうして椅子に座り直すと、目を落としていた手紙をルーカスへと差し出している。
 フェルデナンドが口にする通り、そこにはルーカスに脅された日和見貴族達の苦情が記されているのだろう、しかしルーカスはそれに知らぬ存ぜぬを決め込むようだった。

「そんな事よりも我の件の方が問題だ!!どうするつもりなのだ、フェルデナンド!?」
「別に何も?私には何も悪びれることはないからね。あぁ、もしかしたら何か行き違いがあって実際に問題が起きたのかもしれない。だがそれがどうした?ルーカス、君の作戦などたかが知れている。むしろ失敗してよかったじゃないか、感謝して欲しいくらいだね」
「何だと!?」

 フェルデナンドのおちょくるような態度に再び怒りを爆発させたルーカスは、それを目の前のテーブルへとぶつけ粉々に砕いてしまう。
 フェルデナンドはそれを予想し事前に席を立っており、テーブルの破片や割れたティーカップが舞い散る中、その向こう側からルーカスを挑戦的に睨みつけていた。

「またか・・・」
「これで今週は何度目だ?」
「もう数得るのも飽きたよ・・・はぁ、自分達が勝つと分かった途端足の引っ張り合いか。確かにその後の王位争いこそ本番といえなくもないが・・・これではその勝利すらおぼつかなくなるのではないか?」

 フェルデナンドとルーカスの足の引っ張り合い、それが彼らの連合軍に陰りが見える理由だった。
 もはや何度目かも分からないそれを目にした貴族達は、嫌気が差したように溜息を漏らす。
 フェルデナンドの幕舎は幕僚達が会議を催すことも多く、そのため特別に大きな作りをしており、出入り口も大きく作られていた。
 そのためその光景は周りからもよく見え、また彼らの争いの声は大きく、野営地のどこにいても聞こえてくるといった有様であった。

「実は私、ここを抜けようかと考えているのですが・・・」
「それは私も考えたが、今更どこに?リリーナ陛下の下に戻る訳にもいかないだろう?ルーカス様の要請でさる大貴族が陣営に加わるという噂もあるしな」

 そんな有様に、貴族達の中にはここを離れて別の勢力の下に走ろうと考え始める者達の姿もあった。
 しかしその貴族達も今更リリーナの下に下る訳にもいかないという考えはあり、行き場がないというのが現実であった。

「それが、あるんですよ。私も耳にしたばかりなのですが、どうも最近急速に頭角を現してきている勢力があるとか。彼らはことによると、第三の勢力になるのではというのがもっぱらの噂でして」

 そんな彼らに朗報があると囁くとある貴族、彼は現政権であるリリーナ、そしてフェルデナンド・ルーカス連合に加わる第三の勢力が現れたのだと語る。

「第三の勢力!?そんなものがいつの間に!?ど、どこの誰なのですか!?その第三の勢力というのを作ったのは!?」
「えぇ、それは―――」

 驚きの情報に、周りはその噂を口にした貴族へと激しく食いついていく。
 その様子に満足げに頷いた貴族の男は、ゆっくりと語り始める。
 新たに現れた第三の勢力、それを率いるのは―――。

◇◆◇◆◇◆

 ここはリグリア王国南部、トトリア平原を望む穀倉都市ホルムバーグ。
 その領主であるトム・エマスンの館ではいつもように賑やかな光景が繰り広げられていた。

「はむっ、はむっはむっ!!んん~、これもうんめぇなぁ!!」
「ねー、美味しいよねー!はむっ、はむっはむっ!!」
「ほら、ネロ。口元にソースがついちゃってる。取ってあげるからこっち向いて」
「えー、いいよー!」
「駄目!いいからこっち向くの!」
「もぅ、プティはうるさい・・・むにゃにゃ!?」

 いやよく見ればそこにはいつもの光景とは違う、はっきりとした違和感があった。
 その違和感の原因、白と黒の獣耳をピコピコと楽しそうに動かしている二人の少女は、それぞれにトムの両側に座り、目の前のテーブルに並べられた美食の数々を頬張っている。

「まぁ!宅のトムちゃんよりも大きな身体!食べる方はどうなのかしら?」
「こ、これ全部、お、おらが食べていいのかぁ?」
「えぇ勿論よ!お食べになって。まぁ、凄い食べっぷり!惚れ惚れしちゃう!!」

 そこから少し離れたテーブルでは、トムの母親であるキャシーがヌーボの食べっぷりにニコニコと笑顔を溢れさせていた。

「ったく、損な性分だぜ。人が忙しくしてるとどうもいけねぇ・・・放っておけなくなるんだもんな!」
「ガララ君、こっちも頼むよ!」
「あいよ、今行くからちょっと待ってな!」

 また彼らが豪快に食べ散らかしているテーブルの間には、忙しそうにそこを駆け回っているトムの父親ベンの姿もあった。
 そして彼の忙しさに見ていられなくなり、すっかり手伝う事が板についてしまったガララの姿も。

「ねーさまねーさま、これ美味しいよ?食べないのー?」
「もぅ、そんな食べかけ人にあげちゃ駄目でしょネロ!ね、ねーさま。欲しいものがあるなら、私取ってきてあげますから!言ってくださいね!」

 それぞれがそれぞれにこの屋敷での生活を満喫している、そんな様子の中一人エスメラルダだけが部屋の片隅でポツンと小さくなっていた。

「ううん、私はいいの。二人で楽しんでいらっしゃい」

 そんなエスメラルダを気遣い、トトトッと可愛らしい足音を立てながら駆け寄ってきた二人に彼女は静かに首を振ると放っておいてくれと告げていた。
 二人はそんなエスメラルダを心配そうに見つめていたが、やはり御馳走が気になってしまうのか、暫くするとそちらの方に戻っていく。

「・・・あぁ!いくら正気を失っていた時の事とはいえ、オブライエン家の娘が野菜泥棒をしてしまうなんて・・・こんな事がバレたらお嫁にいけなくなっちゃう!!」

 去っていく二人にひらひらと力ない表情で手を振っていたエスメラルダは、その二人が食事に戻ったのを確認すると、サッと手で顔を覆って嘆きの声を上げていた。
 彼女はキャンプ生活と飢えによって正気を失い、野菜泥棒というとんでもないことをしでかしてしまった自分を恥じていたのだった。

「どうにか正体がバレないようにしないと・・・トム様とは子供の時に一度お会いしただけだし、大人しくしてれば、バ、バレないよね?」

 名門中の名門の生まれであるエスメラルダが野菜泥棒をしていたとなれば、それは一大スキャンダルだ。
 彼女はとにかくそれがバレないように、隅で大人しくしてこの場でやり過ごそうとしているようだった。

「はぁ・・・ルーカス様がどうしてもぉと言うから受けちゃったけどぉ、やっぱり止めておけばよかったなぁ」

 上機嫌で食事を楽しんでいたトムが、何かを思い出すと突然暗い表情で溜息を漏らす。
 彼はルーカスからのしつこい誘いに負け、遂に参戦を表明する手紙を返してしまったところであったのだ。

「ねー、どうしたのトムおじちゃん?ポンポン痛いのー?」
「えっ!だ、大丈夫ですかトムおじ様!?」
「んー?何でもないよぉ、二人は心配しなくてもいい事だぁ」

 そんなトムの事を心配する真ん丸な瞳が、彼の左右から見上げてくる。
 彼はその顔にいつもの笑顔を浮かべると、心配ないと二人の頭を軽く撫でていた。

「ふーん。ねーねー、だったらさーボクがお願いしたことはどうなったか教えてよー!ねーねー、いいでしょートムおじちゃーん?」
「んん、お願い?あぁ、あれかぁ!ベンジャミンー、どうなってるぅ?」

 トムの誤魔化しにネロは不思議そうにし、プティはまだ心配そうな表情を浮かべている。
 ネロは彼の言葉にもう大丈夫なのだと解釈すると、その腕へと寄り掛かりおねだりをするように彼を上目遣いで見詰めていた。
 彼女が以前から頼んでいたこと、それを思いだしたトムは指を鳴らして執事のベンジャミンを呼んだ。

「はっ、それでしたら。ティカロンにそうした部隊が入ったとの情報があります。ネロ様が探しておられるのは懲罰部隊、そしてそれを率いているユーリ・ハリントン氏でよろしかったですね?」
「う、うん!そーだよ!」
「で、あればほぼ間違いないかと」

 ベンジャミンはネロから頼まれた情報、つまり彼らのおとーさんであるユーリの情報を掴んだと話す。
 その言葉にネロとプティは顔を見合わせると、目をキラキラと輝かせては頷いていた。

「やったー!!おとーさんだ、おとーさんだ!!」
「うんうん!ようやく見つけたね、ネロ!!」

 ようやく見つけたユーリの所在に、二人は抱き合って喜びあっている。
 ベンジャミンの前へと駆け寄り、抱きしめ合ってはぴょんぴょんと跳ねる二人に、その暴れる二振りの尻尾がぺしぺしと彼の頬を叩いていた。

「そうだ!トムおじちゃんも一緒に行こうよ!!」
「うん、そうだね!その方がいいよ!ね、いいでしょトムおじ様?」

 そして二人は無邪気に、そんなとんでもないお願いをしていた。
 トムは四大貴族の一つであるエマスン家の当主だ、そんな彼がユーリの下へと加わるとなれば、それはもはや第三の勢力といっても過言ではないだろう。

「・・・駄目」

 ごくりと生唾を呑む音が周囲から響く沈黙に、トムは静かにそれを告げた。

「「えぇー!?なんでー!!?」」

 その予想外の言葉に、ネロとプティの二人は抱き合ったままがっくりと肩を落とす。

「あ、あぁ・・・ど、どうすれば!?私がここで正体を明かせば、きっとトム様は兄様の下へ。で、でもそうすると私が野菜泥棒をした事もバレて・・・あぁ、どうすればいいの!?」

 そしてここに一人、苦悩に悩み頭を抱えている少女がいた。
 その少女エスメラルダは、二つの問題の間で揺れ動いていたのだ。
 つまり自分の正体を明かすことでユーリがオブライエン家のだと人間だと示しトムに協力を求める事と、野菜泥棒をしてしまったという事実をひた隠しにしなければならないという問題の間で。
 その問題はついに解決することなく、彼女の悩みも晴れることはなかった。
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