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第二章 王国動乱

誤算

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 カンパーベック砦の正面、多くの兵員が出入りすることを想定した巨大な門の前に一人の男が立っていた。
 彼の背後には少数ながら兵の姿もあり、本来であればそんな状況になる前に彼は撃退されてしかるべきだろう。
 しかし彼の余りに無防備な振る舞いに敵意を感じず砦の兵達は戸惑い、ここまでの接近を許してしまっていたのだ。

「開けてくださーい!俺、懲罰部隊のユーリです!あの、憶えてませんか?ちょっと前にこの砦を取り返したりしたんですけどー!」

 そして今も、その男ユーリ・ハリントンは呑気にそんな事を口にしていた。
 彼は門の横にある塔、その敵の姿を見定めたり時には矢で射掛けるための窓に向かって手を振りながら、ニコニコとそこに詰めている兵士に自分は敵ではないとアピールしていた。

「ユーリだと?その名を・・・忘れる訳がないだろう!」
「あぁ、良かった!実は俺達、そっちへ戻ろうと思ってるんです!!ですので、門を開けて―――」

 窓の向こうから、彼の事を知っているという声が返ってきた。
 それに安堵するユーリはさらに大きく手を振ると、自分達はそちらに寝返るためにやって来たのだと口にする。
 その緩んだ頬を、何かが掠めて通り過ぎていった。

「え・・・ひぇ!?」

 それはボルトだった、あのクロスボウなどで射出されるボルトが彼の頬を掠めて地面へと突き刺さっていたのだった。

「はははははっ!!どうだ、驚いたかユーリ!!このボロア・ボロリアとて、このような道具を使えばこんな事も出来るのだ!!」

 そのボルトを放ったのは金髪のボンクラ貴族、あのボロア・ボロリアであった。

「ふふふっ、見ろあの間抜け面を!痛快ではないか!!よし、セバス次だ!巻き取りは頼んだぞ」

 クロスボウを撃つには、事前に弦を引く必要がある。
 それには相応の力が必要であり、ボロアはその面倒臭い作業を他人にやらせようと、隣に控えるセバスに投げつけていた。

「何故、私が?自分でおやりになればよろしいかと」
「いや、こういうのは部下の役目だろ!?」
「では私の役目ではありませんね、私は『執事』でございますので」
「あぁもういい!お前には頼まん、自分でやる!ぐぎぎぎぎ・・・」

 そんな主人の頼みを、セバスはあっさりとはねつけている。
 そこから繰り広げられるやり取りはいつもの二人であり、彼らが変わっていないのだと安心させた。

「ボロア!?ボロアなんだろ!?どうしてそんな事をするんだ、あんなに仲が良かったじゃないか!?」

 かつての上司ボロアとは最初、険悪な仲から始まった。
 しかし戦場を共にし、一緒に成功を味わう事で彼らは心を通じ合わせた筈だったのだ。

「どうして、だと?知りたいのならば教えてやる!!僕はなユーリ、僕が逃げだした後のあの戦場でお前達が大活躍したせいで散々な言われようだったんだぞ!?そのせいで折角上がった評判まで台無しになって・・・それもこれもユーリ、全部お前達のせいなんだからな!!」

 仲が良くなった筈のボロアが再びユーリを嫌うのは、彼の活躍によってボロアが逃げだした事がより一層に情けなく惨めなものになってしまったからだった。

「・・・それって自業自得じゃないの?」
「でさぁね。そもそも上がった評判だって、全部兄さんの手柄じゃねぇですかい」
「なー。それを僻んじゃってさ・・・馬っ鹿じゃねぇの!」

 ボロアの声は高く良く響いた、そのためユーリの背後に控えていた懲罰部隊の面々、仲間達にもその内容は伝わっていた。
 彼らはその内容の余りの自分勝手さとしょうもなさに呆れ、ボロアを馬鹿にした視線を彼に向けるのだった。

「う、うるさいうるさいうるさーい!!僕が悪いと言ったら悪いんだよぉ!!そんな事を言うお前らなんかなぁ・・・謝ったって入れてやんねーからな!!お前達、奴らは敵だ!追い払え!!」
「え、でも・・・」
「でも、じゃなーい!!この砦の指揮官は僕なんだぞ!?お前達は僕の命令に黙って従えばいいんだ!!分かったな?分かったら、撃て撃てー!!」

 ユーリの仲間達が離れた場所からひそひそと話した言葉も、ボロアは悪口だけは器用に聞き取る能力でも持っているのか耳にしたようで、顔を真っ赤にして怒っている。
 彼は近くの部下達を怒鳴りつけると、ユーリ達に攻撃するよう命令を下す。
 彼の命令に戸惑いながらも、兵士達は弓を射掛け始めていた。

「ちょ、待ってくれボロア!話を―――」
「駄目よ、ユーリちゃん!あの子はもう話を聞く気はないわ!ここは引きましょう!」

 ユーリはそんな状況になっても、まだ諦めずに何とか話し合おうと声を張り上げる。
 しかしその間にも彼の身体を狙って矢は降り注いでおり、見るに見かねたシャロン達が飛び出してきては彼を無理やり連れ戻して去っていく。

「はははははっ、見たか!あのユーリが尻尾巻いて逃げていくぞ!!ふふん、やはりこのボロア・ボロリアの方こそ本物であったようだな!!」

 文字通り尻尾を巻いて逃げてゆくユーリ達の姿に、ボロアはふんぞり返り鼻の穴をピスピスと膨らませながら勝ち誇っている。

「・・・今の状況からすると向こうの方が勝ち馬だったのですから、むしろ坊ちゃまがお願いして向こうに寝返らせて貰った方が良かったのでは?」
「・・・あ」

 去っていくユーリ達の姿を眺めながら、セバスはそうポツリと呟く。
 確かに今の状況は、圧倒的のこちらの方が不利なのだ。
 それに今更気がつき、ボロアは口を開けて固まってしまう。

「お、おーいユーリ!!戻ってこーい!!頼む、僕をそっちに加えてくれー!!僕と、僕とお前の仲ではないかー!!?」

 振り返りもせずに去っていくユーリ達の背中に、ボロアの空しい声が響く。
 彼は窓から身を乗り出し、必死にそれを繰り返すがそれが彼らに届くことはない。
 彼の周りには、そんな彼の姿にこいつは駄目だと呆れた表情の兵士達の姿があった。

◇◆◇◆◇◆

「仕方ない、一旦元の部隊に戻ろう」

 ボロアから追い返され、寝返る筈だったカンパーベック砦から逃げ帰ったユーリ達は、それ以外行く場所がなく仕方なく元の部隊へと戻ろうとしていた。

「えぇそうね。でも、そううまくいくかしら・・・」

 今が駄目でもまた次の機会があると気楽な様子を見せているユーリに、シャロンがどこか不安そうな表情を浮かべていた。

「え?それってどういう意味―――」 

 シャロンが口にした言葉、その意味が分からないと振り返るユーリの背後に何やら妙に軽い音が立つ。
 それは彼の背後の地面に矢が突き刺さった音であった。

「・・・こういう意味よ」

 一つ、地面に突き刺されば後は雨あられのように矢が降り注いでくる。
 彼らの目の前には、すぐに矢で埋め尽くされた地面が広がっていた。

「た、た、退却ー!!」

 シャロンの言葉をすぐには理解出来なかったユーリも、その光景を目にすれば一発で理解出来た。
 今や彼らはリリーナ側からも、フェルデナンド側からも敵として認識されているのだという事が。
 ユーリの退却の号令に、彼らは慌ててその場を後にしていく。
 その先に、行く当てなかった。
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