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第二章 王国動乱

裏切り

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 ここは王都から西に遠く離れた鉱山都市パパゲア、その街の主であるコーディー・レンフィールドの屋敷、通称金鉱御殿の応接室には彼とその協力者であるフェルデナンドの姿があった。
 そして彼らが応接室にいるという事は、そこに招かれた客の姿もあるという事。
 その客は応接室に用意された椅子の上にふんぞり返っており、元々大きい体格をさらに大きく見せているという、とても客とは思えない態度を見せていた。

「・・・今更、我々と手を組みたいと?それは流石に虫が良すぎるとは思わないのかい、ルーカス?」

 その客、ルーカスが口にした言葉にフェルデナンドは顔を預けていた手を交代すると、呆れたようにそう口にしていた。

「ふんっ!我は頼まれたのでそう言っているだけだ!!でなければ、貴様などと誰が手を結ぼうなどするものかっ!!」

 ルーカスが決戦に挑んで大敗北したという情報は、ここ鉱山都市パパゲアにまで伝わっている。
 その情報を踏まえた上で手を組もうというのは虫が良すぎると苦言を呈したフェルデナンドに、何故かルーカスは逆に不満そうに腕を組むと、こちらの方が嫌々それを口にしたのだと叫んでいた。

「これは、どういう事のなのです?説明いただけますか、ボールドウィン卿?」
「どういう事も何も・・・ルーカス様の仰った通りでございます、フェルデナンド様。今回の提案は、この私パトリック・ボールドウィンが主導させていただきましたので」
「つまり・・・その意図も説明していただけると?」
「勿論でございます」

 ルーカスの意味の分からない振る舞いに諦めたように首を横に振ったフェルデナンドは、その場にいるもう一人の客人、パトリックへと目を向ける。
 ルーカスの性格を考えると、わざわざ尋ねるまでもなく今回の訪問は彼の企てだと分かっていたが、実際に口にしてみると思ったよりも生き生きとした表情でパトリックは前へと進み出てきており、フェルデナンドはそんな彼の様子に思わず面食らっていた。

「フェルデナンド様はリリーナ王女・・・おっと今は女王ですね。彼女の即位を良くは思っていない、ここまではよろしいですか?」
「・・・あぁ」
「そうでありながら今まで兵を起こしていなかったのは、先にルーカス様と衝突させ消耗させてから事を起こすつもりだった・・・この私の推測は、間違っておりますか?」
「いや、間違ってはいないよ・・・大筋はね」

 パトリックがつらつらと口にするフェルデナンドの思惑、それを彼は詰まらなそうな表情で聞いていた。
 それはそれが当たり前の事実であり、ここでわざわざ話されたとしても気にするほどの事ではなかったからだ。

「何だと!?貴様、我を当て馬に使ったとでもいうのか!!」

 しかしここに、そんな当たり前の事すら理解していなかったものが一人いた。
 その一人、ルーカスは怒鳴り声を上げながらフェルデナンドへと掴みかかろうとする。

「まぁまぁ、ここは抑えてくださいルーカス様。済んだ事ではありませんか」
「・・・ふんっ、そうだな!確かにそうだ、だがこれは貸しだぞフェルデナンド!!」

 そのルーカスをパトリックがあっさりと押し止め、席へと戻していた。
 ルーカスの性格を知っていたフェルデナンドからすればその振る舞いは驚きに値しなかったが、それをあっさり収めて見せたパトリックには一目を置く様子を見せていた。

「さて、話を戻させていただきます。どこまで話しましたか・・・あぁ、フェルデナンド様の思惑まででしたね」
「あぁ」
「フェルデナンド様の思惑はルーカス様の軍勢をぶつけることによる消耗、しかしそれがあっさり敗れてしまったためにその目論見は外れてしまった・・・お困りなのでは?」
「まぁ、そうかもしれないね」
「でしたら、手を組みましょう。それで全てが解決するではありませんか?」

 話を戻すパトリック、彼はフェルデナンドの目論見が外れたことを語り、それを補うために手を組もうと誘う。

「メリットがない。先日の大敗がどれ程のものか、私達が知らないとでも?もはや貴方がたに付き従う者も少ないと聞いているよ」
「確かに、我々に残された兵は少ない・・・しかしそれでも、私達が手を組むメリットまでなくなった訳ではないのです」
「へぇ、気になるなそれは、是非聞かせてもらいたいね」

 パトリックが差し出した手、フェルデナンドはそれを掴むことなく両手を開いて見せていた。
 彼からすれば、先日の決戦で大敗した彼らと手を組むメリットなどないのだ。
 しかしそれを語ったフェルデナンドにもパトリックは引くことはなく、堂々と手を組む価値はあるのだと言ってのける。

「逃げた者達の受け皿です、フェルデナンド様。私達は大敗した、だからこそそこから逃散した者達の受け皿が必要なのです。彼らは今や女王の下にも帰れず、かといってフェルデナンド様の下にも向かい辛い・・・そうした苦しい立場に置かれています。そこにルーカス様とフェルデナンド様が手を組んだと聞いたらどうでしょう?彼らはこぞってここに集まってくる・・・違いますか?」

 ルーカスの下から去っていった貴族達、彼らは今どこにも行き場がないのだとパトリックは語る。
 そしてその者達は、ルーカスとフェルデナンドが手を組めばこぞって集まってくるとも。
 それは確かにそうだろう、彼らは今とにかく力ある人間の下につきたいのだ、しかしそれをするには彼らの貴族としての体面が許さない。
 そこにルーカスがフェルデナンドと手を組んだという話が舞い込めば、彼らは体面を気にすることなく、それどころか忠義者の面をしてフェルデナンドという力の下に収まれるのだから。

「それは・・・」

 パトリックの言葉に、フェルデナンドもすぐには即答出来ない。

「フェルデナンド様、お客様でございます」
「今は大事な話の途中だ、後にしろ!」
「で、ですが・・・!」

 そこに、来客を知らせる声が部屋の外から響く。
 今はそれどころではないと、初めて声を荒げるフェルデナンド。
 しかしそれでも来客を知らせた声は粘り、どこか困ったような様子を見せていた。

「私が対応いたしましょう」

 来客を告げた家の者、恐らくこの家の執事だろうか、に苛立つ様子を見せ席を立とうとするフェルデナンドに、パトリックが前へと進み出る。

「何?だが・・・」
「フェルデナンド様、ここは」
「ん?あ、あぁ。では頼む」

 来客の立場ながら来客の対応をしようというパトリック、それは明らかに越権行為だ。
 それに難色を示すフェルデナンドに、この家の主人であるコーディーが止めたのは、パトリックがいない場所で彼と相談したかったからだろう。

「・・・やはり貴方でしたか。お待ちしておりました」

 何やら小声で相談している様子の二人をチラリと振り返りながら扉を開いたパトリックは、そこで待ち受ける人物を目にするとにっこりと笑みを浮かべる。
 そして深々とその人物に頭を下げたパトリックは、彼を部屋へと招き入れていた。

「本日の主役のご登場でございます」
「ボールドウィン卿?一体何を・・・っ!!?」

 芝居がかった口調と共に、来客を連れて戻ってくるパトリック。
 彼のその信じられない行動に疑問の表情を浮かべたフェルデナンドは、彼と共に入ってきた人物を目にすると驚愕の表情で固まり言葉を失ってしまっていた。

「・・・その話、私にも一枚噛ませてもらおうか」

 そこに現れたのは現リグリア王国宰相、ジーク・オブライエンその人であった。

◇◆◇◆◇◆

「ふぅ、さっぱりしたぁ」

 恐る恐る指を浸した川のせせらぎは、まだ冷たい。
 そこから一掬い水を掬って顔を洗えば、その冷たさが爽やかさに変わって、まどろみに残った眠気を吹き飛ばすだろう。
 ユーリは顔についた水気を乱暴に拭うと、身体を伸ばして朝の空気を胸一杯に吸い込んだ。

「はぁ、平和だなぁ・・・」

 ここはリグリア王国某所、先日の決戦の終わりに下された新しい指令によってやって来た、あのカンパーベック砦近くの場所だった。

「ふあ~ぁ、うーんどうにもまだ眠気が取れないねぇ。こいつはどこかでさっぱり・・・お、こんな所にちょうどいい川が!よし、顔でも洗って・・・お、おぉ!ユーリじゃないか、偶然だね!あんたも今起きた所かい?」

 そこに何やら酷くわざとらしい一人芝居を繰り広げながら、ケイティがやってくる。
 彼女は偶然を装ってこの場にやって来たかったらしいが、ユーリと目が合うと途端に真っ赤に顔を染め、何のために偶然を装ったのか分からない状態になってしまっていた。

「あぁケイティ、おはよう。君も顔を洗いに?」
「ん?ま、まぁね。ちょっとあんまり見るんじゃないよ!これでも女なんだ、身支度前の姿を男に見られるのはいい気分じゃないんだよ!」

 まだ若干眠気が残っているのか、ユーリはふにゃふにゃとして表情でケイティを出迎える。
 ケイティがそんなユーリに真っすぐ見られることを嫌ったのは言葉通りの意味だろうか、寝起きにしては彼女の見た目はばっちりと決まっていたようだったが。

「えっ?あっ!ご、ごめん!!」
「・・・へへっ」

 それでもユーリが自らの言葉に慌てて背中を向ける姿を目にすれば、自分も女の子扱いされていると知って嬉しくなる。
 ケイティは笑みを零しながら、軽く川の水を掬って顔を洗う。
 彼女は知っていたのだ、水も滴るいい女などという言葉があることを。

「あら二人とも、随分早いのね。そこ、あたしもいいかしら?」
「ちょっと姉さん、そいつは野暮ってもんでさぁ」
「えっ・・・まぁ!?あたしったら!!ごめんなさいね、すぐに向こうに行くから」

 そこにユーリの仲間達、シャロンとエディとデズモンドが現れる。
 シャロンは偶々出会った友人として軽やかにユーリ達に声を掛けるが、その行動の意味をエディに指摘されると慌てて口元を押さえるのだった。

「ほら、デズモンドちゃんも行くわよ!デズモンドちゃん?」

 彼らが口にした会話にユーリは不思議そうに首を傾げ、ケイティは真っ赤な顔をさらに真っ赤に染めてしまっていた。
 そんな二人の様子に顔を綻ばせながら、シャロンはこの場を後にしようとしている。
 しかしデズモンドだけが彼に促されてもその場を動こうとせず、ある一点を見詰めて固まっているのだった。

「・・・あれを」

 デズモンドが見詰めていたのは川を挟んだ対岸、そこに翻る旗であった。

「あれ?あぁ、向こうの旗の事?別に普通に味方の旗じゃない、えーっとあれはどこの部隊だったかしら?」

 手を伸ばしそれを指し示すデズモンドに、それへと視線を向けたシャロンはしかし、それをおかしいとは思わなかった。
 何故ならそれは、味方の旗であったからだ。

「で、でもおかしかないですかい姉さん?何で味方の部隊の旗が向こう側に?」
「・・・え?」

 しかしそれはおかしいのだ、それは川を挟んだ対岸、つまり敵側の陣地に翻っていたのだから。

「お、おい!周りを見てみな!!」

 異常な事態に焦るシャロン達、その空気に触発され周りへと視線を向けていたケイティが、今度は彼らの周囲を指し示して声を上げる。
 そこには、先日まで敵であった部隊の旗ばかりがはためいているのだった。

「これってもしかして・・・」
「あっしら・・・」

 胸に巻き起こる嫌の予感、しかしシャロン達はそれをあえて口に出来ないと言葉を濁している。

「敵に寝返っちゃってたりして・・・何て、ある訳ないですよね?あはははっ」

 彼らが敢えて口にしなかったその事実を、ユーリがあっさりと口にしてしまう。
 彼は恐らく、冗談のつもりだったのだろう。
 しかし周りの反応は、明らかに冗談を言った時のそれではない。

「えっ、えっ?」

 彼もやがて、それに気づく。

「えぇぇぇぇぇ!!!?」

 そうして叫ぶのだ、いつの間にか知らない間に敵に寝返ってしまったという驚愕の事実に驚いて。
 ユーリの声に驚いた白い羽の鳥達が、近くの森から一斉に飛び立っていく。
 それはとても、平和な朝の一幕であった。
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