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第二章 王国動乱

勝利報告

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 王都クイーンズガーデン、その王城黒百合城。
 謁見の間に立ち並ぶ貴族達の間には、ざわざわと不穏な空気が広がっていた。
 それはこの内乱の趨勢を決める決戦、その結果を伝える使者が現れたからであった。

「マーカス・オブライエン自らが報告に?」
「あの綺麗な姿はどうだ?まさか戦わずに逃げ帰って来たのでは?」
「オブライエン家の者が戦わずに逃亡を?であれば、結果は当然・・・」

 玉座へと続く深紅の絨毯、その左右に分かれ並んでいる貴族達はお互いにひそひそと囁き合っている。
 それはその間を颯爽と歩いている、若者の姿を目にしたからであった。
 その若者、マーカス・オブライエンは戦場から帰ってきたにも拘らず、傷一つなくまるで戦いがあったことなど感じさせない姿であった。

「報告申し上げます、陛下!」
「・・・直言を許します」

 彼の余りに身綺麗な姿は、戦いの敗北を予感させる。
 それに周りの者達がひそひそと声を高くするのを気にも留めずに、マーカスはリリーナの前にまで進み出ると、その場で跪いていた。

「その前に、本来ならばここで陛下の御前に参上すべきであるジーク・オブライエンが不在な事をお詫びいたします!」
「・・・彼にも色々と事情があるのでしょう。それで戦は?どうなったのです、マーカス?」

 リリーナの声に顔を上げたマーカスは、再び頭を下げるとこの場にいない父親、ジーク・オブライエンの事を謝罪する。
 彼の不在はさらに周りのざわめきを加速させたが、リリーナはそれを気にした様子を見せない。

「はっ!我が方の完勝、完膚なきまで敵軍を打ち倒すことに成功いたしました。敵方の損害は著しく、立て直しは困難なものと」

 マーカスが僅かに表情を緩めたのは、そんなリリーナの態度を喜んだからか。
 彼が口にした勝利の報告に、周りはそれ以上の歓喜に包まれていた。

「では、講和もあると?」
「はっ、現場ではそう考えております!」
「そう・・・それは良い報告を聞きました。ありがとう、マーカス」

 玉座から身を乗り出し、僅かに前のめりになりながらマーカスの報告を聞いたリリーナは、その内容に安堵するとゆっくりと玉座へと戻っていく。

「・・・伝令に無理言って自分で来て、本当に良かった」

 その顔には、綻ぶように穏やかな笑顔が広がっていく。
 リリーナのそんな表情を目にしたマーカスは小さくこぶしを握ると、そんな事をぼそりと呟いていたのだった。

「そうだ。陛下、少しよろしいでしょうか?・・・ありがとうございます。オリビア、君に伝えたいことが」
「私に?」

 マーカスがリリーナに再び声を掛けたのは、そんな個人的な動機の不純さを誤魔化すためではない。
 彼は彼女に伝えることがあった事を思い出し、その許可をリリーナへと求めたのだ。
 無言の頷きに許可を得たマーカスは、リリーナの背後に控える彼女の侍女オリビアへと声を掛ける。

「君の父上、ヘイニー・ユークレール卿が戦場で負傷した。今は後方の部隊で治療を受けているが・・・君も見舞いに行ってやるといい」
「お父様が!?っ!」

 マーカスがオリビアへと伝えなければならない事、それは彼女の父親の負傷の事であった。
 それを知ったオリビアは言葉を詰まらせると、涙目でリリーナへと振り返る。

「私なら大丈夫、行ってきなさいオリビア」
「ありがとう、リリーナ!!」

 かつての主人に、今の主人が応える速度は速い。
 すぐにでも父親の下に向かいたいオリビアに、リリーナは迷わず許可を与えるとその背中を押す。
 オリビアはそんな彼女に感謝の言葉を叫ぶと、そのまま玉座の横からこの場を後にしていくのだった。

「・・・容態は悪いのですか?」
「いえ、命には別条はないと聞いております」
「そうですか、良かった・・・」

 彼らのやり取りは、その場所とお互いの立場を考えれば許されないものだろう。
 しかし今はこの場に集まった誰しもが勝利の喜び我を忘れており、彼らのやり取りを咎める者もいなかったのである。

「はい。ですが気になる事もあります。ユークレール卿を襲った兵器なのですが、それがどうやら得体の知れない―――」

 ヘイニー・ユークレールはリリーナにとってもかつての主人である、その命に別条がないと知って安堵する彼女に、マーカスはある懸念について口にしていた。
 それは彼を襲った凶弾、それが見たこともない兵器であった事であった。

「た、大変です!!陛下、大変でございます!!?」
「陛下の御前だ、控えろ!!」

 そこに、慌てふためき泡を食っている兵士が飛び込んでくる。
 彼はそのままリリーナの前にまで飛び込んで行こうとし、その途中でマーカスによって止められていた。

「っ!し、失礼しました!!」
「謝罪はいい!何があったのだ!?」
「はっ、実は―――」

 マーカスの言葉に、慌ててその場に跪く兵士。
 マーカスは彼の傍へと寄り添うと、彼がそうまで慌てて持ってきた報告について尋ねる。

「・・・何、だと?そんな、馬鹿な」

 そしてその内容を耳にしたマーカスは信じられないと目を見開き、その場に崩れ落ちるのだった。
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